第45話 カメラが来る
「実は……正直に話します」
田中が翌日やってきて、お茶を受け取ってから、開口一番そう言った。
「どうぞ」
「ローカルテレビの取材を、組合の広報担当が独断で話を進めてしまいました」
悟はお茶を一口飲んだ。
「どういう状況ですか」
「組合の広報が、私に確認する前に番組の担当者と連絡を取ってしまっていて。『まもの預かり所があります』と話して、相手が乗ってきた状態で私に報告が来た、という形で」
「田中さんが動いたわけではない」
「そうです。でも組合の名前を出してしまっているので、完全に断るのも難しくて」
悟はしばらくテーブルを見た。
「私は大々的な取材は断りたいです。魔物がストレスを受けるし、変に有名になっても困ります」
「そうですよね」と田中は言った。「その通りだと思います」
---
田中がお茶を一口飲んだ。
「では、こういう形にしてもらうよう私が調整します。撮影は短時間のみ、一般的な世話の様子だけ。記事は小さめ、写真一枚。インタビューは最小限。これで相手に話をします」
「それなら」と悟は言った。
「ご迷惑をおかけしました」
「田中さんがやったわけじゃないですよ」
「でも私が管理すべき話でしたから」
悟は特に何も言わなかった。田中がメモを取り出して、条件を書き始めた。
---
取材当日は、平日の午前だった。
カメラマンと記者の二人組が来た。カメラマンは三十代くらいで機材を担いでいた。記者は二十代後半くらいの女性で、ノートと小さなICレコーダーを持っていた。
田中も同席した。
悟はいつも通りの朝の世話を始めた。ガッシュのエリアに干し草を補充して、水入れを確認して、パラサイトモスの容器の温度計を読んだ。
カメラマンが後ろからついて歩いて、撮っていた。
十分ほど経ったところで、記者が声をかけてきた。
「少しだけインタビューさせてもらえますか」
「どうぞ」
---
「ここを始めたきっかけを教えていただけますか」
「最初に来た魔物が怪我をしていたので、処置して預かったのが始まりです」
「普段の一日はどんな感じですか」
「朝に状態確認して、食事の準備して、記録をつけます。問題があれば対処します。あとは普通です」
「大変だと思いますが、やりがいはありますか」
「普通の仕事ですよ」
記者がICレコーダーを少し近づけた。
「もう少し詳しく、たとえば魔物と関わる中で印象的だったことや、感動した場面があれば……」
「ないんですよ、特に」と悟は答えた。
記者が止まった。
「え……と」
「いや、悪い意味じゃないですよ。ここにいる子たちが毎日普通にしているのが、いい状態ということです。何か劇的なことが起きたらむしろ困るので」
「……なるほど」
田中が隣で静かに聞いていた。
---
そのとき、カメラマンが「あ」と声を上げた。
レグが廊下の奥からのっそりと出てきて、カメラの方向へまっすぐ歩いてきた。
カメラマンが反射的にカメラを向けた。
レグは気にせず歩いてきた。カメラのレンズのほぼ正面まで来て、鼻先を近づけて、においを嗅いだ。
「かわいい!」と記者が言った。
「レグです」と悟が言った。
「ウォームドレイクですよね。こんなに近づいてくるんですか」
「カメラとか道具に興味があるみたいで」
カメラマンが「これ、めちゃくちゃ画が良いですよ」と言った。ICレコーダーとノートを持ったままだった記者が、レグをじっと見た。
「撮っても大丈夫ですか」
「どうぞ」
カメラマンがしゃがんで、レグの顔の高さに合わせて撮り始めた。レグは特に嫌がらず、ゆっくりとそこに立っていた。
---
撮影が終わって、二人が帰り支度を始めた。
機材を片付けながら、記者が「ドラマチックな話がなくても……なんか良かったですね」と呟いた。独り言のような声だった。
「記事は来週の地方版に掲載されます」と記者が最後に言った。「確認の連絡をまた入れます」
悟が「わかりました」と答えた。二人が出ていった。
---
田中が残っていた。
悟がお茶を二杯淹れて、一杯を田中の前に置いた。
「ありがとうございます」
二人はしばらく黙って座っていた。取材班が来る前から緊張していた空気が、少し抜けたような感じがした。
「どのくらいの大きさですか、記事」と悟が聞いた。
「小さいです」と田中が答えた。「でも写真付きです」
「写真はレグのですか」
「さっきの画で、おそらくそうなると思います。カメラマンが喜んでいたので、使われると思います」
悟は少し考えた。
「小さい記事で良かったです」
「私もそう思います」と田中は言った。「これ以上大きかったら、後が大変だったと思います」
田中がお茶を一口飲んだ。
「記者の方、最後に呟いてましたよね。ドラマチックな話がなくても良かった、って」
「聞こえていましたか」
「聞こえました。悟さんの答えを聞いて、何か変わったんだと思います」
悟は特に何も言わなかった。
「今後、別のメディアからも問い合わせが来るかもしれません。そのときも同じように調整します」
「お願いします」
「あと、野島先生から組合に連絡が来ていました。定期的に見学したいと」
「直接話していますよ。月一回で構わないと伝えています」
「では組合を通さず、先生と直接でいいです」田中がメモを取った。「他の研究者が来る可能性もあるということでしたっけ」
「野島先生が紹介したいと言っていました。了承しました」
「そうですか」と田中は言った。「研究者の方が来るようになると、施設の信頼性も上がります。悪いことではないです」
悟は頷いた。
「ガッシュの草の仕入れ先、一件候補が見つかりました」
「急に話が変わりましたね」
「それが気になっていたので」
田中がちょっと笑った。
---
田中が帰ってから、悟は施設を一通り回った。
レグがいつもの場所で丸くなっていた。ムクが水槽の端でこちらを見ていた。ガッシュが今日も定位置のくぼみに収まっていた。パラサイトモスの容器は棚の上で静かだった。
悟はノートを手に取った。今日の記録を書き終えて、次のページを開いた。
白紙だった。
記事が出れば、依頼が増えるかもしれない。研究者が増えれば、観察の機会も増える。施設がどうなっていくのか、今の時点では読めなかった。
ただ、ここにいる四匹は今日も変わらず普通にしている。
それでいい、と悟は思った。
そのとき、ポケットのスマートフォンが振動した。知らない番号だった。




