第41話 設備改善の日
「これ全部、自分で直すんですか」
久保田が荷台を覗き込みながら言った。ホームセンターで買い込んだ材料が、軽トラの荷台にまとめてある。配管パーツ、砂と砂利、フィルターの替え、床材用の人工芝シート。それなりの量だった。
「直すというか、替えたり、整えたりする感じですね」と悟は言った。「壊れてるわけじゃないんですが、古くなってきたので」
「業者さん呼べばいいのに」
「呼んでもいいんですが」悟は少し考えてから言った。「自分でやる方が楽しいんですよ」
久保田が「楽しい」と繰り返した。少し意外そうな顔をしていた。
「やってみるとわかりますよ」と悟は言って、軽トラに乗り込んだ。
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施設に戻ってから、まず排水溝の修繕に取りかかった。ガッシュのエリアの端に一か所、長いこと水はけが悪い場所がある。土を掘って配管を確認し、目詰まりしている箇所を清掃してから、一部を新しいパーツに交換した。
「持っててください」と悟が言うと、久保田がパーツを押さえた。意外に手際よかった。
「器用なんですね」と悟は言った。
「探索でいろいろやるんで」久保田が答えた。「あとなんか、こういうの好きなんですよ。組み立てたりするの」
悟は「そうですか」と言いながら接続部を締めた。
水を流してみると、今度はちゃんと流れた。溜まりができなくなったことを確認して、悟は「よし」と言った。
「たったこれだけで変わるもんですね」と久保田が言った。
「気になりだしたら早めに手を入れた方がいいんですよ、こういうのは。放っておくと次の問題につながるので」
「動物園でもそういう感じでしたか」
「基本は同じです」と悟は答えた。「施設も生き物みたいなもんで、ちゃんと見ていないと傷んでいくので」
久保田が少し考えるような顔をしてから「それ、探索の装備とおんなじですね」と言った。「こまめにメンテしないと、いざというときに使えなくなる」
「そうですね」と悟は言った。
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次はムクの水槽フィルターだった。作業台に水槽を置いて、フィルターを外す。汚れの具合を確認してから新しいものに交換した。
ムクは水槽の端で丸まって、様子を見ていた。色は緊張の濃い黄色だった。
「嫌がってますよ、あれ」と久保田が言った。
「嫌というか、何が起きてるかわからないんだと思います」
悟は水槽を元に戻しながら言った。フィルターが動き始めると、ムクがゆっくりと伸び、色が落ち着いたベージュに変わっていった。
「なんか、ほっとした感じがわかりますね」と久保田が小さく言った。
「色で見ればわかりますよ、だいたい」と悟は言った。「慣れてくると表情みたいに読めてくるので」
「タコ型の魔物なのに、表情って言うんですね」
「顔が見えるかどうかの問題じゃないんですよ」悟は水槽を定位置に戻した。「緊張してる、落ち着いてる、それが伝わればそれでいい」
久保田がムクをしばらく観察してから「たしかに、落ち着いてる顔してますね、今」と言った。
「そうでしょう」と悟は答えた。
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午後はレグのエリアの床材を一新した。古いシートをはがして、新しい人工芝を敷く。端の処理をきれいにして、固定する。それだけの作業だが、エリア全体を動かす必要があったので、二人がかりでちょうどよかった。
レグは作業の間、外の柵に近い場所でじっとしていた。邪魔はしなかった。
新しいシートを敷き終えると、悟が「いいぞ」と声をかけた。
レグが近づいてきて、少し匂いを嗅いで、それからその場に横になった。そのまま背中を擦りつけるようにごろごろと転がった。
「気持ちよさそうですね」と久保田が笑った。
悟もつられてすこし笑った。
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夕方になって、ガッシュのエリアも整備し終わったころ、ガッシュが柵の中をゆっくりと歩き回り始めた。新しくなった地面の匂いを嗅ぎ、端まで行って戻ってきて、また端まで行く。そういう動きを何周か繰り返してから、決まったあたりに止まった。
前足で地面を掘り始めた。
「新しくなっても結局掘るんですね」と久保田が言った。
「そうですね」と悟は答えた。「掘るのがガッシュの仕事みたいなもんなんで」
悟は少し笑った。新しくなった地面に最初にやることが掘ることだというのは、ガッシュらしいといえばそうだった。
ガッシュは黙々と掘り続けた。あっという間にくぼみができた。
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作業が一段落したのは夕方の六時過ぎだった。
二人で施設の縁側に座って、お茶を飲んだ。日が落ちかけていて、空が少しだけ橙色になっていた。
「だいぶきれいになりましたね」と久保田が施設を見渡しながら言った。
「まだあるんですよ」と悟は言った。手帳を出してメモを書き足した。「屋根の一部が補修要なんですが、これは少し時間がかかりそうで」
「それも自分でやるんですか」
「一部は業者さんに頼みます。高いところは怖いので」
「正直ですね」と久保田が笑った。
悟はメモを書きながら「怖いものは怖いんですよ」と言った。
レグがそばに来て、新しい床材の上にまた横になった。しばらくの間、ごろごろと転がっていた。
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翌週、開所してすぐの朝、悟が水やりをしていると、若い探索者が施設の門の前に立っていた。両手で何か容器を持っていた。
「あの、ここで魔物を預かってもらえると聞いて」
「はい」と悟は言った。「どんな魔物ですか」
「蛾みたいなんですが」と探索者が言った。少し迷ってから付け足した。「少し、光っていて」
悟は手を止めた。




