Σ(゜д゜lll) ヘンデルリカの戦い(後編)
あの時、彼女と意気投合して、現在に至る。
ヘンデルリカが回想を終えると、左腕にいる飛竜が、甘える仕草をしてきた。
青の回廊内から、《役者勢》の姿が消えている。
(このまま最後まで、誰も出てこないでくれると、こっちは楽でいいんだけど・・・・・・)
そんなことを考えていると、足元のすぐ近くに、白いトイレットペーパーが転がってきた。
それを見るなり、ヘンデルリカは微笑する。ケイリィからもらった最初のプレゼントも、トイレットペーパーだった。
トイレに紙がない時の絶望感なら、自分も過去に体験している。
その辛さを知っているからこそ、『役者連館』のトイレットペーパー飢饉を、何もせずに見過ごすわけにはいかなかった。
あの問題の発端は、《役者勢》が《ゲキバン》の最中に、トイレットペーパーを使い始めたことにある。
あれに関しては、役者たちが悪い。《ゲキバン》で使用したトイレットペーパーは、あとで全部捨てられていたらしいから、代表支配人が怒るのも当然だろう。無駄づかいは良くない。
けれど、『役者連館』のトイレットペーパー予算を、いきなり八割も削減するのは、さすがにやりすぎだと思う。他の方法だってあったはず。トイレットペーパーに手をつけるのは、最後の最後にすべきだった。
代表支配人のあの判断、理解はできても、支持はできない。トイレットペーパーがなかった時の絶望感を、代表支配人は甘く考えすぎている。
それでヘンデルリカは、《役者勢》を支援することに決めた。
密かに行動を起こす。トイレットペーパーを毎朝、『役者連館』前に配達してもらうよう、手はずを整えた。ただし、自分の名は伏せたままで。
そうやって支援を開始したのだが、こっそり調達できるトイレットペーパーの量は、決して多くない。削減された八割分を、そっくりそのまま用意できるわけではなかった。
また、この支援、いつまで続ければ良いのか、予想がつかない。
でも、自分がやれるところまでやってみよう。
ヘンデルリカがトイレットペーパーの調達を頼んだのは、『お茶わん、堂』の店主だった。
あの店主なら、表問屋だけでなく裏問屋にも、顔が利くし、口も堅い。秘密を守ってくれるはず。
しばらくの間、この方法はうまくいっていた。
ところが、『お茶わん、堂』の店主が先日、何かの事件に巻き込まれたらしい。
警察からの取り調べを受ける直前、店主は店の入り口に、大きな貼り紙をしていった。
力強い書体で、「お客さまのプライバシーに関して、絶対に口は割りませんので、どうかご安心を」。
あれは自分に向けてのメッセージだと、ヘンデルリカは思った。『お茶わん、堂』の店主が、秘密を明かすことはないだろう。
とはいえ、取り調べがあったあとも、『お茶わん、堂』には監視がついているようだ。あの調達ルートを今後も使い続けるのは、色々とまずい気がする。
そんなわけで、すぐにでも別のルートを探す必要があった。
ケイリィにも手伝ってもらって、裏問屋の一つと接触するヘンデルリカ。
まずは数日分の契約を済ませ、その結果、特に問題なさそうなので、契約の延長を決める。人目につかない倉庫で昨夜、この話をまとめてきた。
そうやって隠密に事を運んでいるので、誰が『役者連館』にトイレットペーパーの支援をしているのか、これについての真実を知る者は、数えるほどしかいない。特に《役者勢》は、誰一人として知らないはず。
そこで突然、左腕にいる飛竜が、鳴き声を上げた。敵襲の合図!
ヘンデルリカは急いで、視線を回廊の奥へと向けた。
新たに現れた数人の役者たちが、こちら目がけて疾走してくる。
大集団で挑むのは愚行と気づいたらしい。代わりに、戦力を小出しにしてきた。
このやり方なら、時間はかかるものの、こちらの集中力を、ちまちま削ることができるだろう。
地味ではあるけれど、《役者勢》が現状とれる作戦では、最善のものだと思う。
(これは面倒かも)
でも、悪い気はしない。
ヘンデルリカは今の状況を、心の底から楽しんでいた。
役者たちが真剣な表情で、青の回廊を駆け抜けてくる。
さっきまでの彼らは、両目に絶望の闇を宿していた。
しかし、今は小さいながらも、闘志の瞬きが戻ってきている。《役者勢》は回廊突破をあきらめていない。
彼らが本気だからこそ、ヘンデルリカも本気になれる。
自分は青の《選定候》だ。この回廊は絶対に守り抜く。
左腕にいる飛竜、その口にオレンジ色の光が収束していく。
これを見ても、走る役者たちは臆さなかった。ひたすら前へと向かってくる。
オレンジ色の閃光を、飛竜が発射した。
そうやって役者たちを迎撃しながら、ヘンデルリカは考える。
今日の《ゲキバン》が終わったら大至急、裏問屋に連絡だ。
明日は、いつもの倍のトイレットペーパーを、『役者連館』に届けてあげたい。




