Σ(゜д゜lll) 回想、一年前のヘンデルリカ(後編)
女子トイレの個室で、ヘンデルリカは絶望していた。
トイレットペーパーがない!
予備の分もない!
それらが置いてあるべき場所には、何もなかった。
ヘンデルリカは頭を抱える。個室に入った時点で、ちゃんと確認しておけば良かった。
こういう時、魔法で解決できればいいのだけど、どの魔法をどう使えばいいのか、すぐには思いつかない。
焦っていると、個室の外で物音がした。
誰かがトイレにやって来たらしい。
耳をすませてみると、さらに聞こえてくる。これは、洗面台で水を流す音だ。
すぐ近くに誰かがいる! それを確信して、ヘンデルリカは目を輝かせた。
(誰だか知らないけれど、助けてもらおう)
まずは個室のドアを、靴のつま先で、トントントンと軽く蹴ってみる。
そうやって、こちらに注意を引きつけておいてから、
「あの、そこにいる親切な方。この個室にトイレットペーパーがなくて、困っているんですけど・・・・・・」
言う内容を少し工夫してみる。「親切な方」と呼んでおけば、親切にしてくれるかも。
ヘンデルリカがどきどきしていると、
「あ、わかりました。今すぐ探してみるので、ちょっと待っていてください」
女の子の声だ。自分と同じくらいの年齢だと思う。
その言葉に偽りはなかった。洗面台の上や下にある収納棚の戸を、パカパカパカと開ける音が聞こえてきた。
直後に吉報が届く。
「ありました! トイレットペーパー!」
相手の声も嬉しそうだが、ヘンデルリカはそれ以上に嬉しかった。
これで窮地を脱出できる。ありがとう、どこかの誰かさん。
余裕が出てきた分、くだらない考えが頭に浮かんできた。
(期待だけさせておいて、トイレットペーパーを渡さずに、去っていったりしてね)
しかし、そのような心配は無用だった。
自分の方へと、足音は向かってきている。
ところが、予想外のことが起きた。
相手が立ち止まったのは、隣の個室の前だった。
(え? そっちじゃない)
内心で慌てるヘンデルリカ。
隣のドアを数回、ゆっくりと開け閉めする、そんな音が聞こえてくる。
(どうしよう。こっちだよって、言った方がいいのかな)
でも、自分がトイレに入った時、他の個室はどれも空いていたはず。使用中の個室と、そうでない個室、簡単に見分けがつきそうなものだけど・・・・・・。
ひょっとして、外にいる誰かさん、うっかり者だったりするとか?
声をかけようと、ヘンデルリカが口を開きかけた時、再び足音が動き出した。
今度は、自分がいる個室の真正面で止まる。
「今から投げますね」
「はい、お願いします!」
うまくキャッチしようと、ヘンデルリカは身構える。視線は上空。いつでも来い!
そして、相手の声が告げてくる。「3、2、1」のカウントダウン。
ここぞというタイミングで、トイレットペーパーが飛んできた。ドアの上を越えると、ヘンデルリカの手元に、正確無比に着地してくる。
腕を伸ばしたりする必要はなかった。見事なコントロールだ。
ヘンデルリカはふと、あることに気づく。
外にいる相手が、隣の個室を開け閉めしていた理由だ。
(ああやって、先にイメージトレーニングをしていたのかも)
隣の個室を見ることで、ヘンデルリカがいるであろう場所、そこまでの正確な距離を、目で確認していたのかもしれない。
その結果が、これだ。自分は今、トイレットペーパーを手にできている。
(外にいる女の子、オーディションの受験生かな)
相手に興味がわいてくる。
(もしも、そうなら・・・・・・)
この女の子なら親切だし、機転も利きそうだ。
(あとは、《劇番衆》としての実力があって、前衛をしてくれるなら、言うことないんだけどな)
自分にとって都合のいいことを考えながら、「相方の候補」に追加するヘンデルリカ。
一分後、個室から出ると、相手の姿は消えていた。
でも、こんなことであきらめない。彼女の顔は見ていないけれど、声なら鮮明に覚えている。
オーディション会場に戻ると、ヘンデルリカは探した。
それらしい女の子を見つけては、声をかけてみる。
目的の相手は、すぐに見つけることができた。
青い道着の女の子で、やはりオーディションの受験生だった。




