Σ(゜д゜lll) マユハ、交戦(後編)
マユハは唇の端を、ぎゅっと引き締めると、最初の一撃を繰り出した。
自分でもわかる、不完全な一撃。
だけど、当たった。
相手がよけなかったのだ。
しかも、褒めてくれる。
「初めてにしては上出来だ」
「はいっ!」
「しかし、気を抜くな、すぐに次が来る!」
「はいっ!」
リーダー格の男が離れていくと、残りの《閣下隊》が迫ってくる。
マユハは迎撃を試みた。
白いハリセンが、甲高い音を発する。今度はクリーンヒットした。
このハリセンは、『役者連館』にて、《ゲキバン》の練習を行う際の必需品だ。つくったのは猫巫女ユスズで、ペンキが飛び散るのではなく、音で知らせる仕組みになっている。
本日の練習、そのラストが今だった。《劇番衆》役を担当するのは、マユハ一人。
交戦する前に、「我々を裏切るとは、いい度胸だ!」とか「私で良ければ、相手になります」とか言っていたのは、練習を盛り上げるための小芝居だ。
といっても、相手が《閣下隊》の面々ともなれば、たとえ小芝居でも、気を抜くわけにはいかない。演技の内容次第では、「ん? こうした方が良くないか?」と、《ゲキバン》の練習を中断して、指導タイムに突入する。
それはそれで勉強になるのだけど、これは他の人たちとの合同練習。自分の未熟さで、迷惑をかけては申し訳ない。だから、本気でがんばった。
そんなこんなで、本日の練習が終了する。
激闘の結果、マユハは五人を打ち漏らした。アヤトだったら、完封していたと思う。
全身を使って息をしていると、またもやリーダー格の男が近づいてきた。先ほどとは違って、のんびりとだ。
マユハは反省の言葉を伝える。
「五人に突破されてしまいました。うまくできなくて、すみません」
他の人たちが《劇番衆》役を務めた時、突破を許したのは、多くても三人だった。
「いやいや、悪くない動きだったぞ。もう少し慣れるまでは、突破人数を気にしなくてもいい。特に今回、相手が我々だったからな」
そう言ってリーダー格の男が、にやりと笑う。《閣下隊》は、役者たちの精鋭部隊だ。
「といっても、君の友人たちには、初陣で派手にやられたがね」
本気で屈辱を感じている口調ではなかった。強い相手の登場を歓迎する、といった爽やかさを感じる。
「それと、現在までの状況を知らせておこう。峰谷モトナと他一名の捜索を継続しているが、本人発見には至っていない」
モトナたちの誘拐に関しては、海箱ユユとは別に、《役者勢》も動いていた。彼らには独自のネットワークがある。
今のところ、手がかりと呼べそうなのは、デススちゃんが気に入っていた食べ物、その大量買いが、数件報告されていることだった。
彼女の好みを《役者勢》に教えたのは、マユハである。あのデススちゃんのことだ。本人が好き勝手に歩き回っているのなら、すでに発見されているに違いない。
しかし、そうなってはいないのだから、大量買いをしているのは、別の人間だろう。
変身したマノ先輩か、買い出しのために人を雇ったか。そのように、マユハは予想していた。
「何か進展があったら、ただちに知らせる。時間帯によっては、例の方法を使う」
「ピザの宅配でしたね」
役者たちの秘密のネットワーク。ただし、モトナたちが誘拐されて以降、使用する合言葉を変更していた。
以前は、「裏切り者には」「鉄槌オフ」。
現在では、「裏切り者には」「鉄槌を、あの新人にも鉄槌を」。
今朝の誘拐では、事件当時にホテルの周囲で、ピザの宅配人が目撃されている。
だが、そんな時間にその近辺での注文は、どの店でも受けていない。これも《役者勢》が独自に調べた情報だった。
つまり、誘拐に際して犯人が、偽の宅配人を装ったかも・・・・・・。
その可能性が出てきた以上、スパイ対策として、合言葉の変更は当然だ。
リーダー格の男が去り、マユハが一人で考えごとをしていると、
「お♪」
という声が、背後から聞こえてきた。
振り返ってみると、銀色のパーカーを着た人物がいる。
彼女はこちらに向かって、小走りに駆け寄ってくる最中だった。




