Σ(゜д゜lll) 監督失格
最終審査の結果発表が終わった直後、『奥館』の客席で一部始終を黙視していた一達が、いきなり動いた。
海箱ユユの制止を無視して舞台に上がると、アノン監督の間近に迫り、
「《無無劇》をなめるな!」
一喝したのである。
あまりの怒号に、その場にいた全員が凍りついた。
さらに一達は続ける。
「これから一か月の間、お前の《無無劇》を毎日、お客さまの前でやってみろ。どこまで実力を伸ばせるのか、一か月だけ待ってやる。駄目な時は、わかっているだろうな?」
震えるアノン監督の顔をのぞき込むと、首をかき切る仕草を見せつけてから、舞台上を去っていく。
要するに、一か月で一達の認める水準に達しなければ、「監督失格」ということだった。
各曜日の監督たちの間でも、この件については意見が分かれた。
新人の成長を促すために、あえて嫌われ役を演じているのだ、と褒める者。
いくら何でも新人に厳しすぎでは、と苦言を呈する者。
両方の意見に挟まれて、海箱ユユは頭を抱えていた。一達の真意がわからない。今さら文句をつけてくるのなら、後任を誰にするのか、指名してくれればいいのに。
しかも、海王丸監督は「だんまり」を決め込んでいる。こっちが助けを期待する視線を送っても、「面倒はお断り」という顔を返してくる。師匠も師匠なら、弟子も弟子だ。
とりあえず、代表支配人として今やるべきなのは、これから一か月の間、《無無劇》を行うための劇場を「手配」することだ。
それ自体は難しくないのだが、海箱ユユの脳裏には、不安ばかりがよぎっていく。
(アノン監督は大丈夫でしょうか)
そもそも、《無無劇》とは、「流動的な配役」で、「全編が即興」で構成された芝居だ。
その特性上、携わる舞台監督は、芝居の間ずっと、高い集中力を維持しなければならない。
しかも、優れた演出を行うためには、柔軟な思考も必要になる。
非常に激務なので、普通なら週に一回の担当。
それを毎日なんて、アノン監督にできるのだろうか。彼女はまだ、素人同然なのに・・・・・・。
海箱ユユは熟考の末、一つの予定表を立てた。
まずは小さな劇場から始めて、そのあと少しずつ大きな劇場に移ってもらい、最終日は『奥館』で、というもの。
劇場の手配と並行して、一達の説得を試みたが、歴史とか伝統とかを持ち出されては、若輩者に言えることはない。すごすごと引き下がるしかなかった。
ならば、「他の監督たちに、アノン監督を指導してもらおう」と考えた。
しかし、肝心の彼女が、連日の《無無劇》で疲労困憊なのだ。指導を受けるよりも、休息の方が必要な状況。
各曜日の監督たちも心配しているようで、アノン監督の舞台に足を運んでは、良かった点をたくさん、悪かった点を一つ、メモに書いて、受付に置いてきているそうだ。
良かった点と悪かった点、その数に極端な差があるのには、ちゃんと理由がある。ただでさえ、アノン監督は大変な時だ。彼女には批判よりも賞賛の方が必要だろう、という判断なんだとか。
なお、劇場に通う監督の中には、海王丸監督の姿もあったらしい。
そうして、ついに運命の最終日を迎えた。
アノン監督の《無無劇》、本日は『奥館』で行われる。
今回の件、すでに街全体に話が広まっているようで、客席は満員御礼だった。その特等席には千座一達がいて、厳しい視線を飛ばしている。
幕が上がる前から、海箱ユユは居ても立ってもいられなかった。
この一か月間、劇場の規模が大きくなるのと比例するように、アノン監督の実力も成長している。
ただ、それでも一達の認める水準には・・・・・・。
アノン監督には、大きな弱点がある。
彼女の舞台は、ものすごいものになるか、収拾がつかなくなるか、両極端なのだ。
本日の《無無劇》が前者なら、一達の認める水準に、おそらく届く。
が、この一か月間での成功確率は、どうにか一割を超える程度。
それがそのまま、「アノン監督」が生き残る可能性でもあった。失敗すれば、「亡命少女」に逆戻りする。
そして、あの時の最終結果が、現在へとつながっている・・・・・・。




