Σ(゜д゜lll) 亡命先を探す女の子
「全然違います!」
海箱ユユは思わず叫んでいた。
すぐに感情を抑えて、アノン監督のことを回想する。
彼女が『海箱座』にやって来たのは、大火災の一年後だった。
海箱ユユが代表支配人室で、お菓子の試食をしていると、警察署から連絡があったのだ。
その内容は、「不思議な女の子を保護しました。亡命先を探しているそうです」というもの。
とっさに頭をよぎったのは、『異世界転生者』という単語だった。
そっち関連の用事は、組合に任せてしまう、そんな選択肢もあったが、あの時の自分は、別の行動に出た。
お菓子の試食を中断して、警察署を訪問したのである。
それがアノン監督との、最初の出会いだった。
間もなく、彼女の正体が判明する。
飛び級で海外の大学に入り、まだ学生の身でありながら、世界的な論文を多数発表している、「天才数学者」だった。
ところが、本人曰く、「数学には飽きちゃった」そうで、大学をやめて逃走開始。
別に誰かに追われているわけではないのだが、自分の気持ちを盛り上げるために、「亡命先を探している」という「設定」を思いついたのだとか。
何はともあれ、彼女が滞在場所を探しているのは事実。その身柄を、海箱ユユは預かることにした。
しばらくの間、亡命少女アノンは、『奥館』に通う日々を送っていた。《無無劇》に興味を持ったらしく、ほとんど毎日、客席に出没していた。
そんな時、千座一達が病気を理由に、舞台監督からの引退を発表した。
その後任を誰にするのか。一達が指名してくれれば、それに従うのだが、何も言ってくれない。
しかも、一達の弟子といえば、海王丸監督だけ。すでに『緑曜日』を任せているので、後任は務まらない。
新たな監督を決めるため、各曜日の舞台監督たちに集まってもらい、海箱ユユは会議を開いた(※一達は欠席)。
しかしながら、八時間も話し合っているのに、結論は出そうになかった。
会議の開始から数えて、八回目の休憩を終えた直後に、監督の一人から、こんな意見が出る。
――せっかくだし、『海箱座』に新たな風を吹き込みたい。これまでにない試みとして、「監督経験のない監督」を抜擢してみてはどうか。
海箱ユユは面白いと思ったが、ひとまず自分の意見は控えることにした。他の監督たちの意見を、先に聞いてみる。
海王丸監督は「賛成」も「反対」もしなかった。これで選ばれる者が、師匠の後釜になるわけだから、慎重にもなるのだろう。
一方、他の監督たちからは、「賛成」の声しか出なかった。
あとになって、海箱ユユは思う。
会議が長くなったら、気をつけよう。
疲れきった頭は、時に冷静さを欠く。あの場の誰もが、おかしなテンションになっていたのは事実。
とはいえ、自分の意見も「賛成」だったので、結果的には良かったと思っている。
それで後日、「新しい監督」の希望者を募ることになった。
監督経験がなくてもいい代わりに、重視したのが、一芸に秀でていることだ。
元天才数学者アノンも、渡りに船とばかりに挑戦してきた。
いざオーディションが始まると、彼女は苦戦しながらも、どうにか各審査を突破していく。
最終審査の課題は、『奥館』の舞台で、実際に《無無劇》の監督をしてもらうものだった。
それまでの審査における成績上位者から順番に、自分が使いたい役者たちを選んでいく。
片や、常にぎりぎりで突破してきたアノンは、残りものの役者たちで最終審査を戦う。
本番は一発勝負。
そこで、まさかの逆転勝利を果たし、元天才数学者アノンは、アノン監督になった・・・・・・
かに思われたのだが、ここで文句を言ってきた男がいる。
千座一達、その人であった。




