Σ(゜д゜lll) もしもの場合に備えて
「もしもの時には、責任を取ります」
海箱ユユは真剣だった。
「このことは、『八人座会』でも触れるつもりです。劇場にお越しのお客さまに危険の伴う方法を、あえて選択するわけですから。最悪の場合、現在の『奥館』を失う可能性だって・・・・・・」
その時には、お客さまにも、かなりの被害が出るだろう。三年前の大火災では、お客さまとスタッフに、一人の死者も重傷者も出さずに済んだが、今回も同じとは限らない。
「お前さんが指揮を執る限り、そうひどいことにはならないと思うがな。仮に、最悪の事態になったとしても、次の代表支配人、その候補なら他にもたくさんいるだろう。よそを当たってくれ」
渋る一達に対して、海箱ユユはきっぱりと言った。
「いいえ、あなた以外に考えられません」
もともと、自分が『海箱座』の代表支配人になれたのは、一達の言葉による後押しが大きい。
――新しい代表支配人は、新しい『奥館』とともに、新しい風を『海箱座』に吹き込める人物にすべきだ。
そういう経緯があるだけに、「せっかく若い人に任せてみたのに、大失敗して辞任した」となったら、「次の代表支配人も若い人に」とはならないだろう。
当然、反動はあるはずだ。
それは、代表支配人という役職に限定されない。
たとえば、《劇番衆》や《役者勢》、その他の裏方においても、若手を軽視しベテランを重視する、そんな風潮に変わることも考えられる。
ある程度は仕方がないことかもしれないが、それが苛烈を極めるものになっては困るのだ。
いざという時、『海箱座』の若手たちを守ってあげられるのは、千座一達以外に考えられない。
だから、自分が辞任することになったら、次の代表支配人をお願いしたいのだ。
一達はしばらく沈黙していたが、
「返事は保留する。今は、それでいいか?」
「十分です」
海箱ユユは微笑する。断ってこなかった、それだけでも意味がある。
「ところでユユよ、一つ聞いておきたいのだが」
「何でしょう?」
「次の『赤曜日』、舞台監督は誰に任せるんだ?」
「そのままアノン監督にお任せしよう、と思っているのですが・・・・・・」
もともと『赤曜日』の担当は彼女だし、暗号解読を頼んだ関係上、今回の件について、色々と事情を知っている。
とはいえ、この大一番を、彼女一人に任せるのは、どうにも心もとない。
だから、お願いしようと思っていたのだ。この話題が、相手の口から出たのは好都合。
「次の『赤曜日』、もしもの場合に備えて、『奥館』に待機していてもらえますか?」
「やだ」
そうくるのは予測済みだ。すでに、このあとの行動は決めてある。
「次の『赤曜日』、もしもの場合に備えて、『奥館』に待機していてもらえますか?」
同じ内容をリピートした。
「・・・・・・」
沈黙しても駄目。「はい」と言うまで、何度でも♪
「次の『赤曜日』、もしもの場合に備えて、『奥館』に待機していてもらえますか?」
「おいおい、こっちは病人だぞ。『八人座会』にも出席するというのに、その上さらにか」
「問題ありません。先ほどお医者さんに会って、許可をもらっておきました。だいたい、病気はもう治っているそうじゃないですか。そういうわけで、『奥館』待機よろしく!」
「なんてことだ。昔はあんなに愛らしかったユユが、今では冷酷非道な女になってしまった。こんな老人をこき使うなんて・・・・・・」
ウソ泣きだとわかる演技をしてくる。
海箱ユユは冷ややかな視線を向けた。
それで、この戦法は通用しないと理解したらしい。
「しかし、あの子は納得したのか? 自分の舞台に、他の監督が口出ししてくる可能性があるんだぞ。しかも、その相手が・・・・・・」
弱り顔で、自らを指差す一達。
それについては、海箱ユユも少しだけ心配している。
とはいえ、ここは強気に答えた。
「まだですが、そこは私が何とかします」
「無理だと思うぞ。あの子とは、あれだし。お前さんとルックナーの関係みたいなもんだから」




