Σ(゜д゜lll) よくぞ、ここまでたどり着いた
病院に担ぎ込まれて二日後。海箱ユユは再び病院を訪れると、水色の着物に白い帯という姿で、その廊下を闊歩していた。
担ぎ込まれた当初は、全身を襲う疲労が、一週間以上は続くかもと覚悟した。
ところが、意外や意外。今は絶好調を取り戻している。
(数日で回復するなら、またモトナちゃんに協力してもらって、模擬戦をしたいですね)
対戦してみたい《劇番衆》を数人ほど、脳内で見繕いながら歩いていく。
(やはり、紫の回廊の《選定候》でしょうか。彼女との模擬戦は楽しそうですね)
そして、ある病室の前で足を止める。
まずは周囲を確認し、誰もいないことを確かめると、
「おじいちゃん!」
子どもっぽい声色で、部屋の中へと呼びかける。
すると、ドアの向こうからは、低い笑い声がした。
それを聞いてから、海箱ユユは病室に入る。
部屋の中には、老齢の男がいた。
こちらを見るなり、悪人のような顔つきと声色に変わる。
「よくぞ、ここまでたどり着いた」
魔王が登場する場面のような不気味な旋律を、堂々と口ずさんでくる。
その曲を途中で止めて、男が破顔すると、海箱ユユも同じ表情になった。
この男は、「千座一達」という。二年前まで『海箱座』の舞台監督を務めていた。海王丸監督の師匠でもある。
本来ならば、『海箱座』の代表支配人になるはずだった男。
海箱ユユとしては非常に頼れる存在で、自分が代表支配人に就任して以降、たびたび一達に、仕事上の相談を持ちかけるようになっていた。
一達が持病で入院してからも、その習慣は変わらず、月に数回訪問しては、ほとんど「仕事の相談」、たまに「お見舞い」をしている。
「で、今日は仕事の方か」
「当たりー♪」
海箱ユユは決めていた。「仕事の相談」をする時は、まず「おじいちゃん」と呼びかけるのだ。
そうやってから相談すると、一達の集中力が比較的長続きする、そんな気がしていた。一種の「おまじない」だ。
なお、二人は「孫」と「祖父」という関係ではない。
二人が「役者」と「監督」という関係だった頃にやっていた、ちょっとした小芝居。それが今も引き継がれていて、海箱ユユは一達を、「おじいちゃん」と呼んだりする。
(さて、おまじないも済ませたことだし)
海箱ユユは意識のスイッチを切り替える。
代表支配人の顔つきに戻ると、
「ご相談、それと、ご協力を仰ぎたいことがありまして」
「先に聞いておくが、今回の相談、重たい内容か?」
「はい」
「どのくらい?」
「・・・・・・やばいです」
一達が露骨に嫌そうな顔をする。こういうところは、海王丸監督にそっくりだ。悪い癖は、師匠から弟子へと、しっかり引き継がれている。
しかし、海箱ユユとしても、退くわけにはいかなかった。
ここに来た目的の一つは、一達の説得にある。
そもそも、これから話す件に、一達は無関係ではない。
三年前、旧『奥館』が大火災で焼け落ちた。
あの翌日に焼け跡で、「半分に割れた懐中時計」のカードを見つけた時、その場に居合わせた一人が、一達だ。
だから、この街の多くの者が知らない、あの日の真実を知っている。
あの大火災で、旧『奥館』だけでなく、『海箱座』のご本尊たる八つの『海箱』、その一つが「焼失」したとされているが、それは真実ではない。
持ち去られた可能性がある。
そして、前回の怪文章に添付されていた写真。あれには、失われた『海箱』が写っていた。
これまでの経緯は、一達にも小まめに伝えている。
先日、新たな怪文章を見つけたこともだ。モノレールの支柱にあった水色の封筒、その中身は暗号化されていた。
が、すでに内容は把握している。
先に《アンゴール会》が解読し、数時間後にはアノン監督も解読に成功。両者の解読内容は、完全に一致した。
それを一達に伝えることが、今回訪問した目的の一つだった。




