197話 アダルトなムード?
前回のお話:ランドルフが怪盗フーテンを脅したった。
???:「義賊だニャ!」
誤字報告ありがとうござます。
フーテンと呼ばれている者が人気のない港裏にやってくると、隠していたカンテラの様な物を取り出して短く三回点滅させて灯りを付ける。少し間をおいてからまた短く二回点滅させた。
すると、複数の小さな灯りのついた小舟が息を合わせたように間隔をあけてフーテンの前の海を横切る。
それに合わせてフーテンが大風呂敷を抱えたまま跳躍した。
「おかえり~」
小舟に乗っていた者に声をかけられるとサッと小さく片手を上げて答える。
そしてまた次の小舟へと大きく跳躍して乗り継いでいった。
フーテンが過ぎ去ると小舟はそのまま散り散りになって何事もなかったように海を揺蕩う。
乗り継いでいった先では大きな船が待ち構えており、小舟を大きく揺らせて跳躍したフーテンは難なくその船の甲板へと降り立った。
「お帰り、旦那。予定よりちょっと遅かったですが問題なくご無事ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
優しそうな顔をした筋肉質な男が心配したようにフーテンに話しかける。
「そりゃよかった。立て続けに同じところに忍び込むって聞いた時にはどうかしてると思いましたからね」
「それはどういう意味だ? 吾輩がおかしいとでも言いたいのか?」
「その通りです」
「こいつ……」
口元をにやけさせながら優顔の男の胸に軽く拳を当てて問題なく余裕である態度を見せつける。
「いいからすぐに船を回せ、ずらかるぞ」
「はい。みんなっ! 今日も逃げかえるぞ!」
「退却だ!」
「あ~、今日もやられちまったか~」
彼らのノリなのか、呆れたような落胆したような言葉を口々に呟きながらもテキパキと船を動かす準備に取り掛かる。
「相変わらず変なノリだな。ところで、トリーチェは?」
「中で待ってますよ。早く会いに行ってあげてください」
「そうさせてもらおう。こいつはいつものだ」
そう言って金貨の入った小袋を渡すと優男が嬉しそうな顔をする。
「ありがとうございます」
礼に対して片手を上げて返答すると静かに船の中へと入っていった。
「戻ったぞ、トリーチェ」
「お帰りなさいジャファール」
「ふぅ……」
フーテンは薄暗い船室に入り大風呂敷を無造作に床に置くと、外套やターバンを脱いでベッドに投げ捨てて楽な格好になった。
その様子をじっと見ていたトリーチェと呼ばれた薄着姿の妖艶な猫の獣人の女性がいつもと違う様子のフーテンに声をかけた。
「……どうしたの? 浮かない顔ね」
「いや、ちょっとな」
「まさか、どこか怪我でもしたの?」
心配そうな顔で近づき、フーテンの身体を探り始めるトリーチェ。
「どこも怪我はしていなさそうね」
「ちょっと疲れただけで本当に何でもないんだ。それより、そっちはいつも通りだったのか?」
「ええ、ちょっとお酌をして話相手をしただけよ。はい、これ」
「ありがとう」
フーテンが服を脱いで下着姿になると、鍛え上げられたしなやかな身体が露わになり、ベッドに腰かけて体中びっしり付いた汗を布を使って拭き取る。
トリーチェは水の入った桶をフーテンに手渡すと、脱ぎ捨てられた服を丁寧に折りたたんだ。
「凄い汗ね。そんなに運動したの? 手伝うわ、背中向けて」
「すまない、ちょっとしつこい追手がいてね、撒くのに苦労したよ」
「ジャファールが苦労する相手って相当な手練れだったのね」
「あっちこっち走り回って大変だったよ」
「……嘘ね」
一緒にベッドに腰かけて背中の汗を拭き取るトリーチェの手が止まり、長い付き合いからかフーテンの……ジャファールの機微を敏感に感じ取った。
「だって尻尾の先が小さく動いてるもの。あなたの癖よ?」
「はぁ~、困った恋人だな」
「どれだけ長くあなたといると思っているの? 何があったかは無理には聞かないわ、でも危険はないの?」
「吾輩が余計な手出しはしない限りは危険はないニャ」
「ニャ? また言葉遣いを偽ってるの? 無意識に出るなんてもう完全に癖になっちゃってるじゃない」
先ほどまで心配そうな顔をしていたトリーチェがジャファールの語尾に苦笑する。
「さっきまでのことを思いだしたらつい出てしまっただけだよ」
「……余裕がなさそうだけど本当に大丈夫なんでしょうね?」
再び心配そうにジャファールを見つめるトリーチェ。
「ねぇ、もう危ないことは止めにしない? 私、あなたがもし死んでしまったりしたら嫌よ? 私も後を追って死ぬからね?」
「吾輩もトリーチェに死なれたら困る。発狂して海に飛び込んで、そのまま身も心も底まで沈んでしまうよ」
「ならもうやめて」
「残念だが……それはできない」
トリーチェもそう言われるのはわかっていたのか悲しい顔をする。
「クワッセやルキエピスが何をしようとしているのかはわからないが、きっと人々が不幸になる碌でもない事をしでかそうとしている。吾輩はそれを阻止しなければならない」
「その証拠を求めて二人の近しい者達の屋敷に忍び込んでいるのはわかってるわ。結構人気よ? 怪盗フーテン」
「義賊だニャ!」
「またニャって言ってる」
口元に手を添えて微笑むトリーチェは妖艶で、誰もが見惚れてしまう美しさを持っている。
身長は高くもなく低くもなく、腰の括れに対して胸は大きく存在を強調しており、髪は背中中ほどまで伸びていて足も柔らかでスラっと長く、お尻から生えている尻尾がくねくねと動いて男心をくすぐる仕草をしてる。
ひとしきり笑うとトリーチェの顔が真顔になって静かな時間が流れた。
「二人が信者を騙してこき使っているのは知っているわ。あの二人だけじゃない、他にもたくさん甘い汁を吸いたい奴らはいっぱいいる。確かに許せない事だけど、何もあなただけが一人でやればいいって訳じゃない」
「トリーチェがいるさ。君からもらった情報は吾輩の活動に大いに役立っているよ」
「本当ならこんな事は止めて普通に酒場の女店主として働きたいのだけど、あなたがそんなだから仕方なくよ」
「すまない。けど、君だけじゃない、この船だって吾輩の活動を支援したいという有志が集まってくれているし、貧民街の皆だって協力してくれているさ」
「……あなたが優しいのは知っているわ。危険から皆を遠ざけて自分だけ危ない目にあって……せめて誰か一人でも使える人を育てようとは思わないの?」
「残念だがもうそんなに猶予はない」
「せめてもう少し早くあいつらの目的を知っていれば……」
「今更言っても仕方がないさ。吾輩もルキエピスから昔馴染みだから協力しないかと聞かなければわからなかった。前々から黒い噂については知っていたというのに、古い友人だからと目を背けていた吾輩に責任がある」
汗を拭いとったジャファールの背中に優しく甘えるように身を預けるトリーチェ。
「……これからも心配をかける」
「ええ、仕方がないから心配してあげる。でも絶対に無事に私の所へ戻ってきて。約束だから」
これ以上は言っても無駄だと諦めたのか、寂しそうに両腕を広げてジャファールを抱きしめるトリーチェ。
ジャファールが振り向くとトリーチェの顔が近くにあり、見つめ合った二人の唇が自然と重なり合った。
「……チュッ、困った恋人だわ」
「それはさっき吾輩が言った言葉だよ」
「フフッ、お互いに困った者同士って事ね」
「それだけ仲がいいって事だよ」
「ねぇ、船が島に戻るまで時間はある事だし、似た者同士もっと仲良くなりたいと思わない?」
「それはよい提案だ。これからもお世話になるトリーチェにはもっともっと吾輩の事を知ってもらえるように頑張らねば」
ジャファールがトリーチェの下着を脱がして美しい裸体が露わになると、お互いに重なるようにベッドに倒れ込む。
船はゆっくりと動き出した。
「……これ以上は野暮だな」
フーテンが女性と二人っきりになってベッドに倒れ込んだところでランドルフは追跡を止めた。
「追跡終わりですか?」
「ああ、これ以上プライベートを覗くのは流石に気が引ける。眠れなくなりそうだし……」
「ぷらいべ~と? あの猫、どこかで女でも引っ掛けてるんですか?」
「船の中に入っちゃってよくわからなくなったよ」
「……嘘ですね」
アプスが鋭くランドルフの嘘を見抜く。
「旦那様が嘘をついたり困っている時は小さく体を揺らしますから」
女性というものは意中の相手をよく見ているものだ。それは万国共通なのかもしれない。
「……アイツは揺れている小舟の上を乗り継いで大きな船に乗り移った。道理でどこに逃げたかわからないわけだよ、なんせあっという間に道筋が消えてなくなるんだからね」
「聞いてますか旦那様?」
「それより、ウィステリアはまだ目を覚まさないのか? もうそろそろ食堂も終わる時間だろう?」
「露骨に話を逸らしましたね」
「クックック」
身体を拭いている時も食堂で夕食をとっている時もずっと黙って追跡に集中していたランドルフ。
ようやく喋ったかと思えば見知らぬ女が絡む出来事だと察知して、アプスは少々不機嫌のようだ。
「ウィステリアなら大丈夫です。軟な鍛え方はしていませんから。それよりも女ですか? 女が気になったんですね? 胸は私よりも大きいんですか!? お尻はどうなんですっ!?」
「こっちくんなっ! 集中してたから疲れてんだよ!」
段々ヒートアップして椅子に座っているランドルフに近寄り、正面からランドルフの太ももに座り込んで自分の胸を押し付ける。
「個人情報はフーテンの名誉……いや、男の名誉の為に話さないぞっ!」
「やっぱり女なんですねっ!」
「いいから邪魔だ、どけよっ!」
「いいえ、放しません!」
自分の身体と椅子の背もたれの間にランドルフを挟み込んで小さく上下に動いて柔らかな存在を強調させるアプス。
「なんて卑猥なことをするんだっ! お嫁に行けなくなったらどうする!」
「安心してください、私が貰いますから!」
「立場が逆転しとるな、クックック。どれ、我も……」
カナンカもお酒の入ったマグを置いてランドルフに近づこうとする。
「お前まで参加せんでいい!」
抵抗するためにジタバタと暴れているランドルフがカナンカがやってくるのを制止するために手を出すと、その手がカナンカの胸を的確に捉えてしまった。
「……んっ」
「色っぽい声を出すなっ!」
「し、仕方ないじゃろ! ランドルフが乱暴に触るからじゃ!」
カナンカとしてはちょっと揶揄うつもりだったのだが、予想外の出来事に顔をちょっぴり赤くしている。
「ほらほら旦那様、どうなんですか? 私の方がいいんでしょ? 私を襲いたくなったでしょ?」
否、襲われているのはランドルフの方である。
「ウィステリア、助けてくれ! 主のピンチだぞっ!」
ランドルフの願いが通じたのか、はたまた騒がしいからか長い眠りからウィステリアが目を覚ました。
まだ起きたばかりで頭が冴えないのか、状況を確かめる為に辺りを見渡すウィステリア。
「……アプス、またやってるの? カナンカ様もそういう事はお控えください」
「邪魔をしないで!」
「わ、我は違うぞ!」
「何がどう違うんですか。ほらアプス、いい加減にしなさい。ランドルフ様があなたの事を本気で嫌いになったらどうするの?」
「っ!?」
ウィステリアの言葉に飛び上がってその場から離れるアプス。
「だ、旦那様は私の事嫌いになったりしませんよね?」
「いや~、手を出したくても出せない思春期の俺には拷問だったわー」
「拷問っ!? そんな、私は良かれと思って旦那様を誘惑しようと……」
「貴族は婚前交渉したら駄目だから―、間違った方向に歪んだら誰かさんのせいだわー」
棒読みで喋るランドルフだが、アプスは涙目になって縋ってくる。
「だんなさま~! 私が悪かったですから、男に走るような真似だけは」
「誰が走るかっ!」
「色々とぶっ飛んでるわね、アプスの思考は……」
「クックック」
「付き合いきれませんので夕食に行きますね。カナンカ様、行き過ぎたら悪乗りせずに止めてください。報告については後でしますので」
「うむ」
フーテンの様なアダルトな感じではなく、いつもの様に子供がじゃれ合う雰囲気しか作れないまだまだ未熟なランドルフ達だった。
「正直俺の身が持たない……。何とかしなければ……」
「男にだけは」
「お前は黙れっ!」
その夜、ランドルフのトイレに籠る時間が長かったりしたとか。
お読みくださいましてありがとうございます!
……どうしてこうなった。




