第八話 プログラマーは地球だった
「特許の餌食……?」
僕は目を白黒させた。
純粋な知的好奇心だけでここまで突っ走ってきた僕には、そんな生々しい企業論理など、少しも頭になかった。
だが、そんな恐怖よりも、僕の脳内ではパズルの最後のピースが組み上がっていく興奮の方が、遥かに勝っていた。
鼓動が、早鐘のように鳴っている。
「小林さん、聞いてください!」
僕はモニターに顔を近づけ、抑えきれない熱量で叫んでいた。
「もしこの化石のデータが、四十億年前の海で初めて起動した『成功したソースコード』なのだとしたら、そのプログラムを書いたのは誰だと思いますか? 宇宙人? 神様? ……違うんです!」
画面の向こうで、小林さんがハッと息を呑むのが分かった。
「プログラマーは、地球そのものだったんです!」
僕は一息に続けた。
「海の成分、マグマの熱、雷の電気。地球全体がひとつの巨大なコンピューターとなって、何億年もの間、天文学的な数のランダムな配列を、ひたすら試し続けた。いわば、惑星規模のブルートフォースアタックです。そして四十億年前のある日、奇跡的な偶然によって、ただ一つのコードがエラーを吐かずにコンパイルされた。それが、最初の細胞です!」
「地球そのものが、プログラマー……奇跡の、総当たり攻撃……」
小林さんが、信じられないものを見るような目で、画面越しの僕を見つめている。
「コードは一度起動してしまえば、あとは自律的に書き換わっていきます。環境に適応し、突然変異を繰り返し、優れたものだけが生き残る。ダーウィンの進化論……それは言い換えれば、四十億年という途方もない時間をかけた、究極の『自律型機械学習』だったんです。その果てに、僕たち人類が出来上がった」
僕は言葉を区切り、乾いた喉をゴクリと鳴らした。
ここから先は、僕の専門分野である「過去」の話ではない。
小林さんたちが創り出そうとしている、「未来」の話だ。
「つまり、今の現代のAIの仕組みは、四十億年前に最初の細胞が作られたときの状態と、完全に一致しているんです」
「……私たちが今作っているAIが、初期の細胞と……同じ?」
小林さんのフラットだった声が、微かに震えていた。
「そうです。今はまだ、人間が莫大なエネルギーを使ってコードを試行錯誤している段階です。でも、もし近いうちにAIが自律的に自己学習を繰り返し、自分自身でコードを書き換え、進化するようになったら……」
僕は、科学者としての畏怖と、抑えきれない好奇心を込めて、結論を口にした。
「途方もない年月をかけた先で、AIはただのソフトウェアではなくなる。僕たちと同じような『新たな生物』へと、進化するはずです」
研究室の静寂の中、僕の荒い息遣いだけが響いていた。
画面越しの小林さんは、何も言わなかった。
ただ、その整った顔に、見たこともないほどの深い驚愕と、そして隠しきれない高揚感を浮かべて、僕という存在を――いや、人類の未来そのものを、真っ直ぐに見つめ返していた。




