第四話 十五分の攻防
指定されたWEB会議のURLをクリックすると、画面の向こうに『小林優子』が現れた。
パリッとした白いブラウス。隙なく整えられた髪。
そして、画面越しでもはっきりと分かる、一切の感情を排した能面のような無表情。
「本日はお時間いただきありがとうございます。さっそくですが、サーバーの稼働状況について――」
挨拶もそこそこに本題へ切り込んでくる彼女のペースに飲まれまいと、僕は身を乗り出して必死に説明を始めた。
「あの、先日のメールでも触れましたが、これは単なる化石のモデリング処理ではないんです。地層から抽出した極めて特殊な配列パターンが、御社のAIがディープラーニングを行う際のアルゴリズムと、驚くほど一致していまして。つまり、これを最後まで演算させれば、生命がどのように『設計』されたのかという……」
「星野様」
氷のように冷たく、ひどくフラットな声が、僕の熱弁をバッサリと切り捨てた。
「学術的な意義は結構です。私が伺いたいのは、その演算が『いつ終わるのか』、そして『なぜ弊社のリソースを限界まで占有し続ける必要があるのか』という点のみです」
まったく伝わっていない。
いや。そもそも彼女は、僕の研究内容になど一ミリも興味がないのだ。
画面越しの彼女の目は、「早く結論を言え。これ以上、私の時間を奪うな」と雄弁に語っている。
どうする。このままではマズい。
言葉でどれだけ熱く語っても、この合理主義の塊のような彼女には響かない。
百聞は一見に如かずだ。実際の配列データとAIの学習プロセスがどう連動しているかを見せれば、いくら専門外でも、その異常さに気づくはずだ。
しかし今はまだ生データのままで、パッと見せて理解させられるような状態にはなっていない。
「データを見てください!」
僕は思わず声を張り上げていた。
「口で説明しても、絶対に信じてもらえないと思います。でも、データを見れば一目瞭然なんです! ただ、今すぐ画面共有でお見せできる形にまとまっていなくて……明日の朝までに、必ず資料にしてお送りしますから!」
小林は、微かに――本当に微かにだが、面倒くさそうに眉根を寄せた。
「いえ、そのようなお手間を取らせる必要はありません。結局のところ何をしているのか、用途さえ明確にお答えいただければ結構ですので――」
「お願いします!」
僕はカメラに向かって、深く頭を下げた。
研究者としての勘が、強烈な嫌な予感を告げている。
彼女のあの瞳の奥には、「用途不明確・リソースの無駄遣い」として、いますぐにでもサーバーの電源を物理的に落とそうとする、冷酷な意思が透けて見えた。
ここで引き下がれば、数千万年の謎にようやくかかった指先が、完全に滑り落ちてしまう。
「ちゃんと真っ当な理由があるんです! 単なる思いつきで御社のシステムを占有しているわけじゃありません。だから、一度だけでいい。僕がまとめたデータを見てください!」
画面越しの沈黙。
小林は手元の時計に視線を落とし、小さく息を吐いた。
この押し問答を続けること自体が、彼女にとって最大のタイムロスなのだろう。
「……分かりました」
抑揚のない、どこまでも淡々とした声が返ってきた。
「では、データをお待ちしております。内容を確認の上、今後のリソース提供について判断いたします」
「ありがとうございます! 必ず明日の午前中には――」
「それでは、失礼いたします」
ブツッ。
僕の言葉が終わる前に、容赦なく通信が切断された。
真っ暗になったモニターに、泥まみれの作業着を着たマヌケな男の顔が映っている。
……やってしまった。
僕はこの化石のデータが「単なる石ころ」ではなく「人類の起源に関わる代物」であることを、あの氷のような事務担当者に、資料だけで理解させなければならないのだ。




