第二話 泥まみれの受信箱
一方その頃。
国立北稜大学の古生物学研究室は、発掘調査から持ち帰ったばかりの地層のサンプルと、埃っぽいカビの匂いに包まれていた。
「……これ、怒られてるのかな」
泥を被った作業着のままパイプ椅子に腰掛けていた僕、星野創は、スマートフォンの画面に表示された一通のメールを前に、頭を抱えていた。
差出人は、研究室にAIサーバーを無償提供してくれているスタートアップ企業の経営管理部。『小林優子』という人物だ。
件名には【重要】という物々しい文字が躍っている。
本文には「サーバーの負荷が規定値を大幅に超えているため、用途を至急確認したい」という旨が、極めて丁寧な、しかし有無を言わさぬ冷ややかなビジネス用語で綴られていた。
悪いことをしている自覚は、まったくない。
数千万年前の地層から見つかった、『あり得ない配列の化石データ』。
人間の手作業では一生かかっても終わらないそのパズルの解析を、先月からあのAIサーバーに学習させ続けているだけだ。
「自由に使っていい」という契約だったはずなのに、どうやら僕は、先方の虎の尾を踏んでしまったらしい。
『お世話になっております。星野です。規定値を超えているとは知らず、申し訳ありません』
スマートフォンのフリック入力でそこまで打って、僕は指を止めた。
いや。謝罪から入ると、不正利用を認めたみたいになるだろうか。
そもそも、この解析を今止められたら、ようやく見え始めた「生命の設計図」の手がかりが水の泡になってしまう。
かといって「人類の起源に関わる重要な計算をしているんです!」なんてバカ正直に返信したら、確実に頭のイカれた学者だと思われて、即刻サーバーを止められるだろう。
どう返信するのが正解なんだ。
ビジネスメールの作法なんて、泥まみれで化石を掘ってきた僕には、さっぱり分からない。
窓の外では、洗い終えた発掘用のふるいが風に揺れている。
僕はため息をつき、打ちかけた謝罪の文章を、すべて消去した。




