↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
数千万年前のプロンプト  作者: 横田 真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/15

第十話 データの密輸

 チャット画面に、小林さんから得体の知れない英数字の羅列――実行用のスクリプトファイルが送られてきた。


「僕は化石を掘るのが専門であって、ハッカーじゃないんですよ!?」


「四の五の言わない! 言われた通りにターミナルを立ち上げて、そのコマンドを貼り付けて実行して!」


 画面越しの小林さんは、もはや能面のような事務担当者ではなく、前線の指揮官のような鋭い声を出していた。


 僕は泥のついた指で震えながらマウスを握り、黒い画面にコマンドをペーストして、祈るようにエンターキーを叩いた。


 ズラズラズラッ!


 真っ暗だった画面に、無数の白い文字列が滝のように流れ始める。


『Data Migration Progress... 12%』


 プログレスバーが、ゆっくりと伸びていく。

 僕の研究室のオンボロPCを通して、数千万年前の地層から見つかった「生命のソースコード」が、隔離サーバーから会社のメイン基盤の最深部へと、密かに、そして強引に吸い出されていく。


 時刻は十四時四十五分。強制フォーマットまで、あと十五分。


「……まるで、干上がる寸前の水溜まりから、必死に新しい海へ逃げ出そうとしているみたいですね」


 流れ続けるデータを眺めながら、僕は思わずポエムのような感想を漏らした。


 四十億年前の海で生まれた最初の細胞も、きっとこうやって過酷な環境変化から逃れ、生き延びるために必死に形を変えてきたのだ。


「ポエムを詠んでる暇があったら、パケットの欠損がないか画面を監視して!」


 小林さんの鋭いツッコミに、首をすくめる。


 彼女は自分のPCでダミー領域の偽装作業を行いながら、僕の作業を遠隔で監視してくれていた。

 額にうっすらと汗がにじんでいるのが、画面越しにも分かる。


『Data Migration Progress... 85%』


 時刻は十四時五十五分。あと五分。


 いける。このペースなら間に合う――そう思った、直後だった。


 ピタッ、と。

 プログレスバーの進行が、「89%」で完全に停止した。


「えっ? 小林さん、止まりました!」


「くっ……全社一斉のバックアッププロセスが、予定より早く走り始めたわ。ネットワークの帯域が極限まで絞られてる。このままじゃ弾かれる!」


 小林さんが舌打ちをする。


「星野さん! 管理者権限を強制突破する追加コマンドを送る! でもコピペじゃセキュリティに弾かれる設定になってるから、あなたの手で直接タイピングして!」


 チャットに、意味不明な文字列が送られてきた。


「えっ、これは一体……?」


「質問してる暇はないの! そのまま一言一句間違えずに打って!!」


 小林さんの怒号が飛ぶ。


 僕は覚悟を決め、泥まみれのキーボードに指を置いた。


 ――不思議な感覚だった。

 頭で理解するよりも早く、指先が勝手にキーを弾き、複雑な英数字の羅列を、寸分の狂いもなく叩き込んでいく。


 極限状態での、火事場の馬鹿力というやつだろうか。


「S、U、D、O……ハイフン……」


「急いで! あと一分切った!」


「F、O、R、C、E……ッ、ターン!!」


 最後のエンターキーを、キーボードが割れんばかりの力で叩きつける。


『Override Accepted. Migration Resumed...』


 止まっていたプログレスバーが、再び猛烈な勢いで伸び始めた。


 95%……97%……99%……!


 時計の秒針が、十五時〇〇分〇〇秒を指した、まさにその瞬間。


 ブツッ。


 画面が真っ暗になり、「リモートサーバーとの接続が切断されました」という無機質なシステムメッセージだけが表示された。


 十五時ちょうど。隔離サーバーの強制フォーマットが、実行されたのだ。


「……小林、さん?」


 僕は震える声で、画面に呼びかけた。


 間に合ったのか。それとも、最後の最後でデータは消滅してしまったのか。


 スピーカーからは、ただノイズ混じりの沈黙だけが流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。