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第7話:無駄美人のデート大作戦

「……いいか、すず。これはあくまで『公務』だ。断じて浮ついた心で行うものではない」


日曜日の駅前。待ち合わせ場所に現れたつよしは、いつものジャージ姿を封印し、清潔感のあるネイビーのシャツに、センタープレスの効いた無難なチノパンという出で立ちだった。眼鏡も心なしか丁寧に拭き上げられており、普段の「疲弊した独身教師」から「休日を楽しむ落ち着いた大人」へと、驚異的なビジュアルの底上げに成功している。


一方、待ち受けていたすずを見た瞬間、つよしの思考はホワイトアウトした。


「せ、せんせーーーい! こっちです! あの、今日の私……どうですか? お姉ちゃんに『本気を出せ』って言われて、三時間くらい捏ねられたんですけど!」


そこにいたのは、淡いピンクのワンピースを風にたなびかせた、神話の女神も裸足で逃げ出すレベルの美少女だった。透き通るような肌に、ほんのりと乗った紅。いつもは猪突猛進な彼女が、今日ばかりは所在なげに指先を弄び、上目遣いにつよしを見つめている。


「……あ、ああ。……一〇〇点だ。……いや、一万点。……お前、黙っていれば本当に……」

(……危ない。不覚にも、千歳さんの面影を差し引いてもドキッとしてしまった……!)


つよしは慌てて鼻を抑えた。ここで鼻血を吹けば、作戦開始前に不審者として現行犯逮捕される。

今回の目的は、校内に迷い込み、生徒たちの「青春のときめき」を栄養として喰らっている厄介な魔物**【怪異:縁結びの迷い犬】**を誘き出すことだ。この魔物は、強い「恋愛の気配」に反応して姿を現す。そのため、二人は「休日のカップル」という最大級の撒き餌を演じる必要があったのだ。


「……よし、作戦開始だ。すず、まずは……その、手を……繋ぐぞ」

「て、てててて、手!? せ、先生、それって、いわゆる『破廉恥』というやつでは!?」


すずの顔が、一瞬で茹で上がったタコのように真っ赤に染まった。

「バカ、偽装だと言っているだろう! 犬を釣るための疑似餌だと思え!」

「疑似餌……。そ、そうですよね! 餌ですね! 私、美味しいエビとかミミズになったつもりで頑張ります!」


すずは決死の覚悟で、つよしの差し出した大きな手に、自分の細い指を絡めた。

その瞬間。


――シュウゥゥゥゥッ!!


「ひゃあああ!? すず、お前の頭から蒸気が出てるぞ! 落ち着け!」

「む、無理です! 先生の手が、すごく……大きくて、あったかくて……! これ、心臓が爆発する音、先生まで聞こえてませんか!?」


恋愛耐性マイナス一万のすずにとって、意中の(?)男性……もとい、信頼するつよしとの接触は、核融合反応に等しい衝撃だった。すずはフラフラになりながらも、つよしの二の腕にしがみつく。


「あ、あの……せ、先生。私、今なら世界中のピアノの声より、先生の鼓動の方が大きく聞こえます……。これ、呪いですか? それとも、私の耳が壊れたんでしょうか……」


潤んだ瞳で見つめられ、つよしの理性がミシミシと音を立てて軋む。

(……落ち着け、俺。これは練習だ。いつか千歳さんとデートする日のための、シミュレーションに過ぎないんだ……!)


二人は並んで歩き始めたが、そのあまりの「美少女と地味な男」のコントラストに、周囲の通行人の視線が突き刺さる。

「おい、見ろよ。あの美少女、あんなおっさんと不倫か?」

「パパ活かな……。通報したほうがいいんじゃない?」

ヒソヒソという心ない声が、つよしのメンタルを物理的に削り取る。


「……すず。頼むからもう少し、幸せそうに笑ってくれ。俺が誘拐犯に見えるらしい」

「し、幸せですよ! 幸せすぎて、さっきから膝の震えが止まらないだけです! 先生、もっと……もっとぎゅっとしててください。じゃないと私、天国に昇っちゃいそうです……」


すずは、つよしの腕に顔を埋めるようにして密着した。その、柔らかい感触と、女の子特有の甘い香りがつよしの脳髄を直撃する。


「……っ! この、無駄美人が……!」


その時。

二人の背後で、キャンッという可愛らしい、しかしどこか歪んだ鳴き声が響いた。

石畳の影から現れたのは、全身がピンク色の毛に覆われ、目がハートの形をした奇妙な子犬――【縁結びの迷い犬】だった。


『……クゥーン……。甘酸ッパイ……。最高級ノ、純愛ノ匂イ……!』


「出たな、不法侵入犬! すず、離れろ!」

つよしは素早く、シャツのポケットから清め塩を塗り込んだ「映画のペア観賞券(有効期限切れ)」を取り出した。


「いいか、迷い犬! 青春の甘酸っぱさを喰らうのは勝手だが、この娘の情緒をこれ以上かき乱すのは、担任として許さん! 特に、この『疑似餌』があまりに高性能すぎて、俺の心拍数まで上がってるんだぞ、責任取れ!」


つよしが観賞券を天に掲げると、そこから「大人の、ほろ苦い現実」の言霊が溢れ出した。

「教育的指導! 恋愛は甘いだけじゃない! 倦怠期、価値観の相違、そして三者面談の現実を知れ!!」


あまりに重苦しく、現実的すぎる負の波動に、迷い犬は『ギャンッ!? 恋愛、怖イ! 重イ! 無理!!』と絶叫(すずにしか聞こえない)を上げ、消滅していった。


静まり返る駅前広場。

怪異は去ったが、すずはつよしの腕に縋り付いたまま、瞳を閉じて震えていた。


「……すず。もう大丈夫だ。犬は消えたぞ」

「……先生。私……まだ、胸のドキドキが止まらないんです。犬はいなくなったのに、なんで……?」


すずがゆっくりと目を開け、つよしを真っ直ぐに見つめる。その瞳には、怪異のせいではない、本物の熱が宿っていた。

つよしは、その熱に当てられたように、彼女の頭をそっと撫でた。


「……それは、あれだ。お前が今日、三時間もかけてお洒落した『努力』の反動だよ。……よく頑張ったな、すず」


その優しい声に、すずは再びオーバーヒートを起こし、「あわわわ……!」と崩れ落ちた。


「先生……! 私、やっぱり……先生のこと……!」

「ああ、分かっている。お礼ならお姉さんの最新写真一枚でいいぞ」

「……台無しです!! 先生のバカ!! 乙女心が分かってない!!」


すずは顔を真っ赤にして立ち上がると、つよしの足を踏んづけて、ドタドタと走り去っていった。

「い、痛ってぇ……! 何なんだよ、全く!」


つよしは足を引きずりながら、彼女の背中を追いかけた。

周囲からは「あ、やっぱり振られたんだ」という冷ややかな視線が向けられていたが、つよしの心は、なぜか少しだけ晴れやかだった。


「……あ。先生! 待ってください! さっきのペアチケット、期限切れてましたけど、お姉ちゃんに頼んで『本当のデート』に書き換えてもらいますからね!」

「それは犯罪になるからやめろと言ってるだろうが!!」


日曜日の駅前。

無駄美人と苦労性教師の、偽装ではないかもしれない「放課後の延長戦」は、まだまだ終わる気配がなかった。

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