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第6話:テスト期間の沈黙

一学期の期末テスト。それは、恋に浮かれる暇もないほどに無慈悲な、現実という名の壁である。

静まり返った教室内には、カリカリと小気味よいシャーペンの音と、重苦しい緊張感だけが漂っていた。


窓際の席に座るすずは、いつも以上に「無駄に神々しい」オーラを放っていた。難問を前にして眉をひそめるその横顔は、まるで苦悩する聖女の彫刻のよう。通りがかりの他クラスの男子が廊下の小窓から覗き見れば、一瞬で恋に落ち、その後のテストが白紙になること請け合いの美しさだ。


だが、その内情は「阿鼻叫喚」の一言に尽きた。


(……聞こえる。すっごく、ねっとりした声が聞こえる……!)


すずの鋭すぎる耳が、教室内を浮遊する「異界のノイズ」を完璧にキャッチしていた。


『……ヒヒッ、お嬢さん。三番の正解は「カ」だよ。でもね、解答欄は四番に書くんだ。一段ズレるだけで、人生はもっとスリリングになるよぉ……』


すずの肩に、体長十センチほどの薄汚れた羽を持つ小人が張り付いていた。【怪異:カンニング・ピクシー】。

テスト期間の焦燥感から生まれるこの妖精は、甘い声で正解を囁き、その直後に「解答欄を一段ずつズラさせる」という、受験生にとって死よりも残酷な呪いをかけてくるのだ。


「う、ううう……っ!」

すずは必死に耳を塞ぎ、身悶えした。美少女が悶絶する姿は絵になるが、机をガタガタと揺らし、白目を剥きかけている今の彼女は、ただの「挙動不審な無駄美人」である。


教卓で試験監督を務めるつよしは、出席簿をチェックするフリをしながら、鋭い視線をすずに送った。

(……おい、すず。また何か拾ったな)


つよしには妖精の姿は見えない。だが、すずの周囲だけ空気が妙に歪み、彼女が解答用紙を「一段ズラして」埋めようとしているヤバすぎる手つきは見て取れた。

ここで「綾瀬、一段ズレてるぞ!」と叫べば、試験は即座に無効。つよし自身も「監督不行き届き」で教育委員会送りだ。


(……やるしかない。教卓から離れずに、あのバカを正気に戻す!)


つよしは、教員用ジャージのポケットから、清め塩をこれでもかと染み込ませた「特選チョークの粉」を取り出し、おもむろに黒板消しに塗り込んだ。


「――ゴホンッ! ゴホゴホッ!」


つよしが突然、不自然なほど大きな咳払いをした。教室中の生徒がビクッと肩を揺らす。

すずの耳に、つよしの「咳払い」が特殊なリズムで届いた。


(……ト、ト、ツー。ト、ト、ツー……。これ、つよし先生の「モールス信号」!?)


つよしは以前、万が一の通信手段としてすずにモールス信号を叩き込んでいた。


『ト、ト、ツー(サ・ガ・セ)』

『ト、ツー、ト(ミ・ギ・カタ)』


(……右肩!?)

すずがハッとして右肩を見ると、そこにはピクシーがニチャアと笑いながら、すずのシャーペンを四番の欄へ誘導しようとしていた。


「ああっ! このチビ助っ!」

「――コラ、綾瀬。私語は慎め」


つよしは冷徹な教師の仮面を被ったまま、やおら黒板の前に立った。

「……少し、黒板が汚れているな。掃除させてもらうぞ」


つよしは、塩入りの粉をたっぷり含んだ黒板消しを両手に持った。そして、あろうことか、それをプロレスの入場シーンのように自分の胸の前で「パンッ!!」と叩き合わせたのだ。


――パフゥッ!!!


瞬間、チョークの粉という名の「聖なる粉塵」が、人工的な突風に乗ってすずの席へと直撃した。

「ゲホッ、ゴホッ! せ、先生、粉が……粉がすごいです!」

「失礼。手が滑った」


つよしは無表情で言い放ったが、その粉塵を浴びたカンニング・ピクシーは、まるで硫酸を浴びたかのように『ギャアアア! 教育的指導が目に染みるぅぅ!』と絶叫(すずにしか聞こえない)を上げ、煙となって消滅した。


静寂が戻った教室。

すずは真っ白な粉にまみれ、まるで「片栗粉をまぶされた高級食材」のような姿になっていたが、その意識ははっきりと覚醒していた。


(……助かった。今なら書ける! 一段ズレてない、正しい答えが!)


すずは猛然とシャーペンを走らせた。

つよしは満足げに頷き、再び教卓に座った。


チャイムが鳴り、答案が回収された。

放課後の廊下。粉まみれの制服を叩きながら、すずがつよしの元へ駆け寄ってきた。


「つよし先生! ありがとうございました! 先生の咳払い、ちょっとリズムが演歌っぽかったですけど、完璧に伝わりましたよ!」

「……うるさい。粉塵爆破並みの除霊だったんだぞ。おかげで始末書ものだ」


つよしは溜息をつきながらも、すずの髪に付いた白い粉を、無造作に手で払ってやった。

その瞬間、すずの顔がボッと赤くなる。


「……あ、あの、先生。さっき、モールス信号の最後に『ツー、ツー、ト(ス・キ・ダ)』って聞こえた気がしたんですけど……あれも除霊の呪文ですか?」


つよしは一瞬フリーズし、それから顔を耳まで真っ赤にして怒鳴った。

「……バカか! それは『ツー、ト、ト(ス・グ・ヤ・レ)』だ! 最後の一問、時間ギリギリだっただろうが!」


「ええーっ、そうなんですか!? 私、てっきり先生がどさくさに紛れて愛の告白をしたのかと思って、心臓がテストどころじゃなくなっちゃいましたよ!」

「お前のような無駄美人に告白する勇気がある奴がいたら見てみたいわ! ……大体、俺には千歳さんという心のオアシスが――」


「あ! お姉ちゃんと言えば! さっきLINEが来て、『先生にテストのお礼がしたいから、今度、私の撮影で使う【拘束着】のモデルになってくれないかな?』って!」


「……拘束着!? 千歳さん、どんな仕事してるんだ……。いや、待て、それに行けば千歳さんに会えるのか……?」


鼻血を出しそうになりながら葛藤するつよしと、それを「先生、変態の顔になってますよ!」と笑い飛ばすすず。


夕暮れの校舎に、二人の噛み合わない会話が響き渡る。

テストの結果は散々かもしれないが、二人の「境界線」を巡る絆だけは、一段もズレることなく深まっていくのであった。

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