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リサのゆるふわ学園生活   作者: 武内ゆり
第二章 プライドお嬢様の鬱憤
14/19

2-6

 リサは部屋で泣きじゃくっていた。

(どうしてあんなこと、しちゃったんだろう)

アリーチェと仲良くしたいと思ったのは自分の方なのに、目の前で叫んでしまった。逃げ出してしまった。そしてそのまま部屋に帰ってしまった。すぐに引き返せたら、謝れたらまだよかったのかもしれない。


 でも、嫌なものは嫌で、しょうがないのだ。こうして泣いていると、胸の内から込み上げてくるものがある。

(お家に帰りたい)

ホームシックというものを、リサは初めて体感していた。


 家のご飯は恋しいし、お母さんに会いたい! ついでにお父さんにも会いたい。お姉ちゃんも元気にしているかな、と故郷への思いが日に日に強くなっていく。


(でも、行きたいって言ったのはあたしだし……)

宣言した手前、嫌だからと言って、すぐには帰ってはいけないと思うのだけれど、望郷の念はしづしづと雪のように積もる。

家に帰れば待っている。辛いことなんて、何も起こらない安息の場が。それなりに生きていけば、平凡に暮らせるはずの場所が。


それなのにどうして、自分はこんなところにいて、苦しまなくちゃいけないんだろうとリサは思った。「それは自分で決めてきたことだから」という結論にまた戻ったと思いきや、今度は行きたいと言ってしまったことを後悔するという無限ループに陥っていた。

 出会ってまもないレレムに、こんなことを相談するのも気が引ける。かといって、家や近所のことを思い出していると哀愁を感じて涙が出てくる。そうするとさらに悲しくなって、リサは音が出ないよう、静かに泣き続けるのだった。


 不意に、一室のドアがガチャリと開け放たれる。リサは一瞬だけ泣き止んで、ドアを見ると、予想した通り、レレムが入ってきた。

鼻と目が真っ赤になって泣き腫らしているのを見たレレムは、

「どうされましたか?」

と、眉を下げ、心配そうに声をかけた。

(あたしの気持ちなんて、わかるわけないもん)

リサは黙ったまま答えない。代わりに、敵愾心にも似た瞳の輝きで、レレムを見た。

(そう、わかるわけないもん……)

心の中で繰り返して、目をふせる。


 レレムはリサの横に座ると、背中をさする。のぞくように腰を屈めて、

「話せる内容なら話してみませんか? 一人で抱え込むより、ずっと楽ですよ」

と穏やかに言った。その言葉に心を惹かれたが、差し伸べられた手を握る勇気は、まだリサにはなかった。

 それでもレレムは優しく背中をさすり続ける。


「寂しいんでしょう」

リサはピクッと、わずかに目線を上げる。

「お顔に全部書いてありますよ」

とレレムは言った。リサは両手で顔を隠そうとした。そんなことをしても意味はないのだが、リサなりの恥ずかしさを隠すための抵抗だった。レレムはその挙動を笑いもせずに、同情を示した。


「私も、そういう時がよくありましたから。周りに人がいるのに、孤独を感じてしまう、とでも言えばいいんでしょうか」

「そうなの?」

掠れた声でリサは聞いた。手を下ろしてレレムの瞳を見ていると、どこか遠い世界へと吸い込まれていきそうに感じた。

 レレムは安心させるような、親しみある微笑みを浮かべた。

「ええ。リサ様と同じですよ。今まで生きていた場所から離れて、慣れない土地に来たら、誰だって疎外されているように感じますから」

「……あのね」

自然とリサの口から、音がこぼれていた。

「アリーチェから逃げちゃったの」

「……」

「イヤ! って叫んじゃった。なんでだろ、仲良くしよって言ったのはあたしの方なのに、イヤだって言っちゃって、それで……」


続きを言えずにいると、レレムが代わりに話した。

「つらかったんでしょう?」

言葉がスッと胸に入ってくる。

(そっか、そうなんだ、自分はつらかったんだ)

と、リサは初めて自分の気持ちがわかった気がした。

「うん、それで、お家に帰りたいって……。おかしい、よね」


「おかしくなんかありませんよ。リサ様はとっても優しい、温かい心の持ち主でいらっしゃいますから、自分だけじゃなくて、アリーチェさんの気持ちにも寄り添ってあげたかっただけなんでしょう?」

リサは、遠慮がちにコクリと頷く。自分の心を言葉に表してくれると、気持ちがほぐれていくように感じられた。そうすると、持ち前の素直さが再び顔を出してきて、ひがみや見栄なしに話を聞く姿勢になれた。


「そのことは素晴らしいことだと思いますよ。でも、もう少しご自分を大切にされた方がいいと思います」

「たいせつ?」

「つらいからと言って、ずっと我慢するのが友情なんでしょうか?」

リサは何か盲点を突かれたような思いがした。仲良くなりたいと思ったことはあっても、友情のあり方について考えたことはなかった。


「私だったら……いえ、我慢しすぎるのも違うのでは、と思いまして」

「レレちゃんだったら、どうするの?」

言いかけてやめた先が気になって、リサは無邪気に訊ねる。すると、レレムの顔が一瞬、固まった。しまった、という表情を見せてから、心なしか言葉選びが慎重になった。


「……そうですね、ええ。まず相手がどんな方かを見定めてから——アリーチェさんの場合でしたら、ストレートに物言いをなさるタイプでしょう。それから、お父様に対して、尋常ではない誇りをお持ちのようですから、そこに敬意を払いつつ、ほどよい距離感を目指していると思います」

「それって、仲良くしないってこと?」

「そこまでではありませんよ。人は、出会っても急には、お互いのことを理解できませんから、少しずつ近づいていけばいいんです。急にくっついたり離れたりしたら、お互いつらいだけでしょう。でも、少しずつだったらお互い気が楽ですし、リサ様だってイヤな思いをしなくて済むと思いますよ」

「たしかに」

リサは大きく頷く。リサにとって、新鮮な考え方だった。達観しているというか、割り切っているというのだろうか。リサには全くない視点だった。


(そっか、そう考えればいいんだ)

納得できると、わだかまりがスーッと消えていく。心が軽くなるというのは、嬉しい反面、くすぐったい感覚にも襲われる。赤くなった目と鼻が、自分がさっきまで泣いていた証拠を見せつけてくるからだろう。

 きっと、急に近づきすぎたから拒絶してしまったんだと、リサは思った。今度会ったら、アリーチェに謝ってみよう。そしてもし許してくれたら、一からやり直せるかな。それとも、アリーチェは許してくれないんだろうか。


「許してくれるかな」

と、リサは思ったことをそのまま呟くと、レレムが意外そうに聞き返した。

「許す、ですか?」

「うーん、だって、もしあたしが『きゃー』って叫ばれて、同じことされたら、気まずくて学校行けなさそうだもん」

リサは真剣にそう思った。アリーチェが退学しようとした時、クラスメートに復讐すると吐き捨てていたのだが、その後も気にせず学校に行っているという事実は、リサの頭の中に存在しないようだった。


「……おそらくですが、心配されなくても大丈夫ですよ」

と、レレムは穏やかに言った。

「ほんと?」

「そうですね。きっと待ってくれます。義務感じゃなくて、謝りたいなと自然に思えた時に、謝ればいいんです。リサ様も、友達は一人だけじゃないでしょう? セルビアさんだって、味方になってくれると思いますよ」

「そうだよね……」

リサは、何となくスッキリとは受け入れられないものを感じて、素直にうなずくことができなかった。


 リサのことを心配して、レレムはそう言ってくれているのだろう。でもちょっとだけ、思ってしまった。他の友達がいるから今の関係が壊れても大丈夫だと考えるのは、その人に対しても、他の友達に対しても失礼なんじゃないのかなとリサは感じた。それとも、そんなことを考えてしまうのは理想が高すぎるせいなのだろうか。それに、好意で相談に乗ってくれているのに、批判したい気持ちが出てくるなんて、人としてどうなんだろう。

(きっと、あたし、考えすぎなんだわ——)

悲しい気分で考えても、迷路の中をさまよってしまうだけだ。アリーチェとはもう一度やり直すんだと決心したのだから、それからどうするかは後で考えればいいやとリサは考えて、頭を空っぽにしようとした。

それなのに、リサは他のことが気になり出した。


 それは、今まさにアドバイスをくれたレレムのことだ。この間、年齢を聞いたら3つしか違わなかった。なのに、こんなにいろんなことを知っていて、リサの気持ちもわかってくれる。お茶会をした時、セルビアは「召使と一緒にいると疲れる」と言っていた。リサにはその経験がないけれど、アリーチェとの関係を振り返ると、やっぱり、疲れるのは理解されていないからなんだと思う。

(もしかして……)

という思いが込み上げてきて、リサは見つめた。するとレレムは不思議そうに言った。

「……どうされましたか?」

(ほら、やっぱり気づいている)

 一度気になったら最後、居ても立っても居られなくなった。リサは心臓を高鳴らせながら、

「ねえ、レレちゃんって」

と話しかける。その表情があまりにも熱心だったので、名前を呼ばれた瞬間、レレムは緊張を走らせたように見えた。

「心が読めたり、する……?」

「読めませんよ」

即答される。


「お顔に書いてるって、さっき」

「あれは比喩です」

「だって、よくあたしの思ってること、言い当てるじゃん」

仮にそうだとしても、リサがわかりやすいからだと答えるわけにもいかなかっただろう。レレムは柔らかく微笑んで、

「リサ様は特別ですから」

とはぐらかした。

「それに、本当に読めていたらこんなことには——」

「……?」

「いいえ。どう思っているのか、知りたい方でもいらっしゃるんですか?」

レレムに尋ねられて、リサは身体中が熱くなった。図星だったのだ。リサは否定しようとして、不自然に慌ただしくなった。


「ううん、違う、違うの。最近なんだか誰かに心を読まれているような気がして」

「多感な時期ですからね。気になるのは、やっぱり王子様?」

「もう、からかわないで……」

言い返しながら、リサはみるみる赤くなっていく。

(あーもう、赤くなりたいわけじゃないのに!)

と恥ずかしさに悶えていると、レレムはそれ以上からかおうとはしなかった。

(やっぱり、読めてるよね……)

リサがじっと眺めていると、ふと思い立ったような様子で、レレムは言った。

「そうそう、心が読めなくても、誰だって似たようなことはできますよ」

「え、ほんと?」

「相手に興味を持つこと」

ニコリと笑った。


「それって……」

「——いや、待ってください、それは多分、誤解ですから!」

リサが本気で戸惑ったのを見て、レレムは丁寧な修正に入った。修正は的確で、「興味を持つ=恋愛、つまりレレちゃんってそういう……」という誤解は、解消された。

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