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リサのゆるふわ学園生活   作者: 武内ゆり
第二章 プライドお嬢様の鬱憤
13/19

2-5

 翌日、昼頃、校舎前の道に、一台の馬車が止まった。初夏の微風に吹かれながら降りたのは、ハッと息を呑むほどに美しい女性だった。


 端正な顔立ちをしている。こぼれるように赤い唇、細く通った鼻筋。ブロンドヘアー、自然と身につけている慮りの瞳。肌はワックスをかけられたように艶やかに光り、「真珠」という表現が似合っていた。通りすがった男子学生が、鼻の下を伸ばして立ち止まってしまったほどだった。

 どこの貴婦人だろう。わざわざ白ひげの校長先生が出てきて帽子を取り、挨拶をしているところからも、ただの来客ではなさそうだ。


 その女性が校舎へと案内されていくのを、リサは目撃した。

(誰だろう)

授業が始まるまで、まだ時間はある。リサは吸い込まれるようについていくと、校長室に入るのを見た。

(あ——!!)

扉が閉じられる直前、リサはアリーチェの姿を発見した。

(あの人、もしかしてアリーチェのお母さん?)

そうかもしれない。いや、そうなのだろう。リサは不思議な気持ちになった。雰囲気も性格も、アリーチェとは似ていないと感じたからだ。


(そういえば)

思い出した。再婚したとアリーチェは言っていた。

リサは、

(見えないかなー)

と思ってドアに向かって背伸びをした後、教室に戻ろうと踵を返した。すると、さっき見かけた男子学生が立っているのに気がついた。

 長身で、撫で肩の文官青年だった。体をしきりに動かして、落ち着かない様子で、

「あー、あの女性、どこの人か知ってるか?」

とリサに訊くあたり、かなりの好色らしい。驚いて固まっているリサではなく、明らかに意識が美人の方に向いているとわかって、リサは咄嗟に首を振る。その行為は小さな嫉妬も入っていたかもしれない。

「そうか……」

相手は落胆した。リサは、こんな男子と一緒にされたくないと思った。あの人は家族もいるのに、なにを落胆しているのと想ったけど、それを言葉にする勇気はなかった。リサは黙って教室に向かった。


「セルビアちゃん、おはよう」

セルビアの姿を見つけると、リサは喜んで駆け寄った。しかし、リサの声が思ったより響いたことに、リサ自身が驚いた。

 教室はお通夜のように静かだった。救われたように笑いかけるセルビアに、

「どうしたの?」

と尋ねる。セルビアは小声で教えてくれた。

「べヤードさんが校長室に呼ばれたらしいわ」

「えっ」

校長室といえば、さっきアリーチェを見かけたのを思い出す。


 ふと、昨日アリーチェが「退学よ退学」と叫んでいた言葉がフラッシュバックしてきて、リサの背筋が凍った。まさか本当に実行するつもりなのだろうか。

「彼だけじゃないわ。後でみんな、呼ばれるかもしれないって……」

不安が顔中に広がる。教室の空気がリサの心にも伝染していく。

 リサは重たい空気に耐えられなかった。


(こんなところにいたくない)

リサの想像していた、あのキラキラしていた学園と、天と地ほどの差を感じていた。「みんな仲良く平和に」というのは、うわべだけの理想だったのだろうか。

「それって……」

絶望のあまり、リサが不満を言いかけると、その気持ちを察してセルビアが手で制した。セルビアの視線の先に、いつから現れたのか、先生が壁に寄りかかって立っていた。


 あの嫌味で話の面白くない、おばちゃんのヤバリア先生だ。外国語——ガンドレッド語を教えているので、陰でスパイだとあだ名をつけられている。そう言われても仕方ないと思えるほど、生徒達を監視しては粗を見つけるのが上手だった。

 リサは青ざめて口を閉じる。抜け目ない笑いを浮かべた先生と目が合った。

どうしてこんな人が先生をしているのだろう。

 噂ネットワークによると、元々高名な貴族の女中をしていたが、口利きと世渡りでこのポストについたらしい。箔の数が人生だと思うタイプの人間で、生徒の不満を巧みに揉み消すことに一番の才能がある。クビにするにもお墨付きを与えた人たちのメンツが潰れるので、切ろうにも切れない。実力よりもネットワークがものをいう社会が存在するということを、ヤバリア先生は垣間見させてくれる。


 お母さんの価値観に色濃く影響されているリサにとって、ヤバリア先生は間違いなく嫌悪感を呼び起こさせるタイプだった。それでも嫌悪感を表に出せないでいるのは、「もし目をつけられたら、何をされるかわからない」という恐怖心の方が優っているからだろう。きっとここでアリーチェの悪口を言った後には、教頭先生や校長先生に告げ口されて酷い目に遭わされるのだろうということくらいは、リサも想像できた。


チャイムが鳴り、微妙な空気感の中、授業が始まった。

 先生の独裁的授業もたけなわという頃、

「ちょっと」

と廊下から手招きする声があった。勢いを削がれて残念そうな表情になったが、手招きした相手が校長先生なのだから従わざるを得ない。ヤバリア先生はすぐにへつらいモードに入った。

「いかがなさいましたでしょうか、何か困り事でもあったんじゃないでしょうね」

「いや、親御さんがぜひにお話ししたいとおっしゃるので、少々お時間をいただけないかと」

ぼそぼそと小声でやりとりしたかと思うと、ヤバリア先生は二つ返事で承諾した。

「それはもう、もちろんのことですわ」


(親御さんって、もしかして——)

リサの予想通り、まもなく教室に金髪の美人——アリーチェの母親が入ってきた。その後に続いて、アリーチェがドア越しで不機嫌な顔を覗かせたので、この美しい貴婦人をアリーチェの関係性を、クラス中が疑った。

 思慮に満ちていそうな、なんとも言えない表情で深々と一礼をとると、

「娘が散々ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。でも、悪気はないのです。あまり同年齢の人と接する機会がなくて、不慣れなだけなのです。娘はこれからも学園にいますから、どうか仲良くしてやってくださいね」

と柔らかな口調で言った。アリーチェは首を引っ込めて隠れてしまった。




 結局、べヤードが反省文を書かされたくらいで事件は終わったらしい。反省文の内容とは裏腹に、べヤードは校長室での武勇伝を吹聴しまくった。

「席に座わらされて、それで『何かいうことはありますか』って校長が真面目腐った顔で言いやがるんだ。だから俺は言ってやったぜ」

 実際その場で語った時よりも、おそらく堂々とした態度で、べヤードは再現した。

「『俺は自分が間違ってるなんて思いません』、そしたらあいつに睨まれたから、『俺らの町なら、あんなのしょっちゅうあることなんですよ、それにこいつとは一回しか喋ってないっすよ。気に食わなかったって言ったって、それでいじめられただとか学校辞めるだとか、大袈裟すぎっすよね』って言ったら、あいつ、顔を真っ赤にして『黙りなさい』って怒ったんだ。『俺がどうしたいかはお前が決めることじゃねえだろ』って言い返したら、そしたらあの美人さんが話のわかるやつで、俺の肩を持ってくれた。そんで、あいつは真っ赤っかだ」


 しかし、リサにとっては、ここからが始まりだった。

「コロボックル!」

アリーチェはリサにそんなあだ名をつけて、呼びまわった。授業移動の時も、お昼を食べている時も、いつも一緒。コロボックルというのは小人という意味だ。たまに「マイ・コロボックル」と呼ぶことがあったから、そちらが本心なのだろう。リサが最初にアリーチェを受け入れてくれた「友達」だからと、心を話せる相手はリサだけだった。

「退学する!」と叫んでいた頃とは打って変わって、アリーチェは優越感と幸福を享受していた。それを見れば、一緒にいること自体は受け入れられるし、我慢できる。でもアリーチェと一緒にいるだけで、同じクラスの女子友達に

「まだ一緒にいるの?」

と影で疎まれて、彼女たちが離れていく。


(アリーチェのせいにしちゃダメだ)

 そう思うということは、アリーチェのせいにしたい自分がいるということだ。そのことが余計にリサを苦しめた。でも、アリーチェにはリサしか、話し相手も友達もいないのだ。その原因がアリーチェが作ったのだと責めたところで、どうにもならない。

「コロボックル、一緒にお昼を食べましょ」

「……うん」

リサは気のない返事をする。少しでもそっけない返事をすると、アリーチェはとてつもない不安に襲われるようだった。

「ドーナツは好きよね? これ、あげるわ」

包に入ったドーナツを目にすると、リサは意識をそそられた。

「ほんと?」

「プレーン味、いちご味、チョコ味、クリーム味……」

一人で食べ切るには多すぎる量だ。完全に餌付けされているのだが、スイーツに目がないリサは、それに気がつかない。

 どうしていきなりくれるんだろうと、ちょっと戸惑いながらも受け取る。

「そういえば、アリーチェのお母さんって美人だよね」

(何か会話しなくちゃ)

と考えて、褒めただけなのだが、アリーチェはあからさま嫌そうに言った。

「私、あんな人だい嫌いよ」

「あんな人って、アリーチェちゃん……」

「だって、間違えてないわ。パパを浮気させた女だもの。自分のことしか考えていない下劣な人間よ」

心の底から嫌いなのか、そう言って毒を吐いた。リサは骨の髄から震えた。これは触れてはいけない内容だったのかと、アリーチェの延々と続く悪口を浴びながら確信する。リサは無意識に助けを求めた。その求めていた先が、前まではレレムだったのだけれど、「私はリサと一緒にいたいのよ」と主張したアリーチェの言葉をあっさりと受け入れて、学校にはいるはずなのに、最近、校舎内では見つけられない。


 アリーチェは、口から生まれてきたんじゃないかと思うほど、よく喋った。たまに耐えきれなくなって、優しく注意しようとすると、すぐに「私のこと、嫌いなの?」となる。リサは、どうすれば良いのかわからなくて困ってしまった。

 ある日、リサはたまたまセルビアと会った。

「セルビアちゃん!」

優しくておしとやかなセルビアが天使に見えてくる。リサが声をかけると、天使は微笑みかけて——たじろいだ。アリーチェから尋常ならざる視線を感じたからだ。

「ええ。また今度お話ししましょうね」

と、ろくに会話もできずに立ち去っていく。リサは無性に悲しくなった。

「あの子と仲がいいの?」

嫉妬の混じった詮索の目がリサに注がれる。

「ちょっとだけ……」

(どうしてこんなに、私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの?)

リサは心の中で泣いていた。アリーチェを助けよう、寄り添おうと意気込んでいたことは忘れて、ただ辛いという思いが心の中で渦巻いていた。


 一週間も同じことが続くと、リサは耐えきれなくなって、避けるようになった。アリーチェが抗議してきても、授業が始まれば何もできない。そして、授業が終わったら一目散に教室を出て、少し遅めに食堂に入ってご飯を食べる。放課後も一直線に帰る。そうやってうまく避けてきたと思っていたが、

「あ、コロボックル——」

「イヤアァァ」

廊下で、ばったり出会ってしまったが最後、リサはUターンして走り出す。悲鳴をあげているあたり、さながら怪物襲われているみたいになっていた。

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ。私が何か、いじめているみたいじゃないの」

とアリーチェは呼び止めようとしたけれど、逃げる足音が虚しく響きわたった。


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