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「いただきまーす」
今日のお昼は牛肉のオリーブ焼きに各種サラダ、フルーツである。食堂の席に座ると舌鼓を打ちながら、なんとなく周りを見渡す。
入学してから2週間が経った頃、リサはちょっとした変化を感じていた。
(……また来ていない)
べヤードとの口論の後、アリーチェの姿を見なくなった。授業にも来ていないし、休日を挟んでも現れない。
(いやいや、あたしなんで心配してるんだろ。あんなにひどいこと言われたのに?)
と慌てて首を振ってみたものの、やっぱり気になるのだった。
「どうされましたか?」
「——へ!? い、いや、なんでもないよ!?」
浮かない顔で勢いよく首を振ったせいで、レレムに心配される。
「……そうですか」
リサの奇行に見慣れてきたのか、レレムはそれ以上、追及しようとはしない。
「ううん、違うの。最近アリーチェちゃん、見かけないなって……風邪ひいちゃったのかな」
ちょっとだけ恥ずかしい思いになって、小声でボソボソ伝える。
「アリーチェさんなら、あそこにいますよ」
「ええ、どこ!?」
「出入り口の近くに」
レレムに指摘されて目線を移すと、本当にいた。なんで気がつかなかったの、とリサは気持ちが動転して、自分の目は節穴なのかと不安になってきた。
背が高く、身分も高そうな紳士と何か話し込んでいる。
(何を話してるのかな)
リサは眺める。その答えはまもなく分かった。
午後の授業が始まる直前、教室にアリーチェが突然入ってきた。かと思うと、
「私、学校をやめるわ」
と高らかに宣言した。
友達同士での談笑が止み、全員の視線が一点に集まる。アリーチェはそれを望んでいたように、高慢にせせら笑った。
「分かったのよ。こんな学園にいたって、何にもなれない。ダンスや社交界のない世界にどんな魅力があって? 勉強より実力よ。閉じ込められた場所で、せいぜい這いつくばって頑張ってなさいな」
あまりの見下した発言に、場の空気が固まった。
「ふふ。みんな愚かすぎて何もいえないみたいね」
と満足げにいうと、立ち去ろうとする。その背中に、
「べヤードに言い負かされて気に食わないからって、やめる馬鹿がいるかよ」
と誰かが言った。
「なんですって」
アリーチェは振り返った。人を見下す割には、人の評価を気にしているらしい。
「今言ったのは誰?」
と問い詰めようとするが、誰も答えない。
一体どうなるのかと固唾を飲んでいると、廊下から、
「あのぅ、お父様がお呼びですぅ」
恐る恐る伝える召使の声があった。
「——チッ、今行くわ。……とにかく、私に歯向かおうなんて思わないことね」
アリーチェは捨て台詞を吐いてさっていく。廊下に足跡だけが聞こえてくる。
「何あれ」
と一人の女子がつぶやいたのを皮切りに、みんな思い思いにざわつき始めた。
「マジやばくない?」
「とりあえず、うるさい奴がいなくなるってことか。ハハ、寂しくなるな」
「おい、本気で思ってるのかよ」
とからかう男子。
「身分身分って言ってるくせに、礼儀がなっていないよね。第一、貴族ですらないじゃない?」
リサだけは、黙って廊下を見続けていた。他の人と同じようにくさす気にはなれなかった。アリーチェの言動よりも、その奥にあるものに目を向けてしまったからかもしれない。けれどそれが何なのかはよくわからない。理解できる前に、学校を去ってしまうのなら……。
「劣等感と被害者意識の権化ですね」
「え……?」
隣でレレムがクスリと笑った気がした。レレムまでアリーチェを笑い物にするのかと、裏切られたように感じられた。
「まあ、きっといい機会じゃないですか、これも」
「——レレちゃん!」
思わずリサは顔色を変えてさえぎった。他人事みたいに評価されていくのが、受け入れられなかったのかもしれない。
「……はい」
レレムは反射的に黙る。
さえぎったのはいいものの、かといって何を言えばいいのか分からなくて、リサも戸惑った。
「いけないよ、そんなこと」
とりあえず注意する。レレムも背筋を伸ばして「以後気をつけます」と誠実そうに述べるのだが、何の注意かわからないから対策のしようがないだろう。
(違う、違うの——)
言葉にできないのをもどかしく思っていると、先生が入ってきた。授業が始まると思ったのも束の間、全く知らない男の先生が出てきたので、教室はまた異様な空気に包まれた。
「担当の先生が体調不良のため、自習」
と告げられる。
静かに勉強するようにと言われたが、静かになるわけがない。
リサは何だかモヤモヤしながら考え込んでいた。
(劣等感?)
さっきレレムが言っていた言葉が引っかかる。あんなに人を見下しているアリーチェが、劣等感なんて持つのだろうか。
授業が終わり、たまたま校長室の近くに足を運ぶと、不意にドアが開き、人が出てきた。
「あっ」
アリーチェだ、とリサがびっくりしている間に、相手も人がいることに気がついて、
「あら庶民の子。何か用? 私は今、とっても忙しいの」
鼻につく物言いで通り過ぎる。
「……」
突然の出来事にリサは何も言えなかった。アリーチェの後ろ姿を眺めていると、リサの真ん前で植木鉢に蹴つまずいて転んだ。
「いた……誰よ、こんなところにお花咲かしちゃって——」
「大丈夫!?」
反射的にリサは飛び出した。どうしようどうしようと混乱の嵐に巻き込まれながら、
「ケガとか何にもない? た、立てる?」
手を差し伸べる。
アリーチェは一瞬目を見開いたが、すぐにプライドの塊のような顔にまた戻った。自力で立ち上がると、宙ぶらりんになったリサの手を気にも留めないで、土埃を落とす。
「あ……」
「助けなんか必要ないわ。それより自分の心配をしたほうがいいんじゃないかしら? 私をいじめた人は、一人も許さないから」
と言って、行ってしまった。




