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Aurum Online [Shooter]  作者: 亜空間会話(以下略)
第三章 Weiswald
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#048 Traum der Nacht

 図書館に雑誌が置いてあって、その中になぜかアニメ雑誌も混じっていました。でも女性向けなんだよなあ。たぶん司書さんとかがほぼ(全員?)女性なのが原因なのでしょう。まあ男性向けアニメ雑誌って風紀紊乱の原因にもなりますし……。分かってはいるんですが、通り過ぎていく人々の目が冷たすぎて。


 ちょっと遅くなりましたね。


 どうぞ。

 エイルンの街はいつも通りだ。壁はいつも通りの、掃除をしても追いついている感じがしないマチュアな(じゃなくて古臭い)色だし石畳も埃っぽくなってきた。掃除のスキル上げをしているのだろう家政婦さん風の装備に、ちょっぴりおしゃれなイヤリングなどしているプレイヤーもいる。奥さんっぽく見えるな。


 奥さんという言葉に、はしゃいでいるわけでも何でもなくただ横を歩いているだけのリセイを意識して、そういえば明日はデートじゃないか、と思い立った。


 デートか。


 ……デートだ。


 どんな格好をしていけばいいのか、待ち合わせのどれくらい前に来るのが普通なのか、はたまたリセイが期待通りじゃなかったときなんてあったら、どうすればいい。ネットで知り合って結婚した夫婦の話なんて聞いたことがあるが、どう考えてもおかしいとしか思えない。お互いの心の中身を知ってはいても、精神的であってそうじゃない相性はぴったり合致すると思えないのだ。


 と言ってリセイに男性の好みを直接聞いてしまうなんてのは究極的にナシだろう。アウトどころの話じゃない。異性として認識する、を飛び越して夫婦、いや家族だ。


 いや待て俺。高校生になるかどうかって歳で将来の計画を立てるのは早い。童貞なうえに女の口説き方を練習しているわけでもないのだ。まして安定した収入があるわけでもないし…… いや余計にひどくなっているんじゃないか。


「ゼルムさん」

「な何だ」


「なが一つ多いですよ、焦ってます? お着替えでも見えました?」

「やいや。何の話だった」


 今から話すところですよとリセイは笑う。いけねえ、焦りすぎだ。


「ほら、あそこ。薬草と毒草を栽培して売ってるらしいです」

「お、そりゃいいな」


「一緒に栽培することで解毒ってふれこみみたいですね」

「ほーほー。そりゃすげえ」


 確か硬度7.8さんが、毒草を栽培するととんでもないことになってしまうといっていたような気がするが、やはりこういう解除手段はあったのだ。畑とも言えないようなスペースで栽培しているようなので、収穫量はそう多くないのだろう。


 と思ったら、顔が同じだ。本人らしいが、パフォーマンス的にもうけを出そうという計画なのだろうか。


「って、あれ俺の知り合いだよ」

「そうだったんですか? あんな渋いおじさんが?」


 本人そこ気にしてるから! まだ大学生だから! ということを必死でいうと、なるほど老け顔なんですねとリセイは一言でまとめた。


「いや言うなよ……。硬度7.8さん、俺ですよ」


 ああ、ゼルムさんですかと硬度7.8さんはにこにこと対応した。この優しさは、おじさんを通り越しておじいさんに思えてしまう。こーこーやってやつだ。


「こんなところで栽培できるもんなんですか?」


「ときには意を曲げないとお金は儲かりませんよ。というのも、今回のこのような苦肉の策は慢性的な金欠に端を発しているのです。そのような状態でなければ、私はいつも通りに農家のおじさんと錬金術師の相の子のような生活をしているでしょう。そもそも……」


 戦闘能力が低いわけではないが、土魔法はやっぱり人気がない。普段の生産の様子などを見せても、これが真髄かと納得されてしまい、やっぱり戦闘には使うべきじゃないんだと思われてしまう。そういうわけで戦闘の仲間が集まらないんだそうだ。


「収穫には、種をまいてからどれだけ早くとも一週間はかかります。ひと畝を長くしても、やはり収穫できるアイテムの量には限界があります。一般的なプレイヤーが一時間で儲ける額を、ようやく一日で儲けているかいないかというところなのですよ」


 それじゃあ狩りをしようかということになったが、土魔法がよく効く雷属性のモンスターは近辺にはあまりいない。頼りになりそうな仲間であるゼルム、俺も金属製の武器を使っている、防御力は高くないなどの情報を総合するとともに連れて行くべきではない。


「しかたなく、アイテムの販促を自分ですることになったのです」


「んじゃ俺が買いますよ。戦いに連れて行ってほしいんなら、ゲーム内アドレス渡しときますから、いつでも連絡してください」


「わざわざすみません、しかしお世話になります」


 まだ時間はある。毒草を少し買ってみると、やっぱり真似をして買うやつがいた。誰かがやると真似をしてみる、これがなかなか売り上げに貢献してくれるだろう。


 あまり買えなかったが、栽培したものとの、説明に現れない品質の違いを見ることができる。野性と栽培と、どっちがいいのか。そういうところもそうだが、肥料やなんかの効果が書かれた紙を渡されたので、それらがどういう効果をもたらしているのかというところも気になってくるところだ。


 効果を検証しようとは思うが、武器の補充と一緒にやっていると時間が足りない。どちらかにしぼらなくてはいけないのだが、どっちも重要だ。


「リセイ、武器と塗る毒とどっちが大事だと思う」

「武器ですかね。そろそろ手入れしてもらいたいので」


 そっちかよと思わず突っ込みつつ、普段俺が世の中…… じゃないゲームの中に放出している武器やら鎧は誰が修理しているんだろうということを考えた。


「あれ、俺の銘が入った装備品って誰が修理してんの?」

「銘を入れた人じゃなくても修理くらいできますよね」


 そうなんだが、しかしなんだか納得いかないような気がする。


「ゼルムさんは戦ってる感じがしますから。直接売っているなら頼みに来ると思いますけど、いつもどこにいるか分からない人にコンタクトするの、意外と難しいんですよ?」


「ああ、そうか……。誰も頼みに来ないわけだ」


 そりゃ来ないはずだ。「オーシャンズ」のタイヨウに、あからさまに怪しいやつがつなぎを取ろうとするようなもんだろう。どこにいるかも分からない口の悪いやつに仕事を頼むようなのは、あんまりいないに違いない。


 と思った。


「あのー」

「え、誰」


「ゼルムさんですか」

「おう、俺。何の用事っすか」


 俺と同じくらいか、それとも年上かというような年代の男がいた。でたらめなひびの入った、濁った鉄色の鎧を付けている。その人は自信のなさそうな顔をいっそう辛そうにゆがめて、装備の修理をお願いしたいんです、と言った。




 ものすげえ傷がついてやがる…… なんて漫画の刀鍛冶みたいなことを言うつもりはなかったが、十年使い込んだってこうはなるめえ、くらい言わせてもらいたいものだ。


「どうやってこんなに傷めたんです。ボスでもこうは行かないんじゃないすか」

「ヴァイスヴァルト…… 知ってますか」


「まあ。俺も惨敗でしたけど」

「そうなんですか? じゃあ別に心配ないのかなあ」


 二人で挑んだもんで、負けたんですよと俺が苦しい言い訳をすると、無謀にもほどがありますよね、めちゃくちゃだと言われてしまった。


「そういえば、ぼくはサトーって名前です。いやあ、仲間があんなにいたのに……。負けるのがこんなに惨めだなんて思わなかったです」


 剣も、斬ったのか溶けたのか分からないようなありさまになっていたので預かって修理することにした。どうやらどちらも俺の銘が入ったものらしい。


「使い勝手も性能もいいんですよ。そりゃ手が届かないような値段のものに比べたらいちだん劣るかもしれないけど、正しい値段で買えて、長く使えるって、いいですよ」


「ふーん。鎧の方、終わりましたよ」


 剣の方がヤバい。装備品に残る状態異常「腐食」が取れないのだ。支援効果で何とかなりそうだが、そこまでやるとなると作り直した方が早いだろう。


「剣は傷みすぎてるんで作り直しますよ。お代はいいんで」

「何から何まで、すいません」


 スキルレベル上げには「材料からものを作って材料に戻す」という無限ループ状態の修行があるのだ。それそのものは大したことがないが、回数を重ねるごとに精神に影響を及ぼしてくる。MPが減った分の金を請求するなんておかしなことは、俺はしない。


 作り直した方が早い、とはいえ材料に腐食状態が残っていたら元も子もないので、いちおうだが「支援魔法」と「治癒魔法」の両方で覚えられる〈ディスペル〉を使って腐食を解除しようとした。矛盾するようだが仕方ない。


「なに……」


 が、解除できなかった。


「サトーさん、腐食が解除できないんすけど」

「えっ? ほんとですか」


 本当だ。俺が嘘を言うのはエイプリルフールくらい…… いやそれ自体が嘘だが、少なくともゲームの中では嘘を言ったことはないはずだ。


「どうします、これ」

「どうしよう…… どうにかできませんよね」


「今の俺には無理っすね。魔法のスキルレベルが上がるとか、技の熟練度が上がれば、解除できるかもしれませんけど」


「でも、その。メインウェポンなんですよ?」


 俺はにやりと笑って見せる。とっておきの解決法がありますよ、と言う風に。


「錆びの状態異常、知ってます?」

「さんざん食らいましたよ。あんな最悪なものはないです」


「じゃあ、それが扱えたらかなり強いわけっすよね」

「……このまま作るってことですか?」


 察したらしい。


「錆びた剣なんて嫌っすか」


「いや、いいとは思うんですけど。いろいろ、耐久値とか、不安材料がいっぱいあるじゃないですか。錆びた剣なんて冗談じゃないですよ」


 まあ、分かる。贅沢が言える立場だったら、俺も投げ武器の材料を高級なものに統一しようとか言い出すだろう。この人は普通のぜいたくに慣れた人だ。そういうことを言ったりはしない。そういうものなのだ。


「試作品ってことで、どうです。試作品第一号を真っ先に使う人に選ぶというのは」

「いいですね」


 どうにか説得できたようだ。というわけで、いつものように剣を鉱石に戻すサイクルを経て、また何かが新しく生まれ変わることになった。まあ、鉱石の塊というか、ただの赤錆のかたまりなんだけどな。


「どう見てもだめですよこれ。できないでしょう」

「やるんですよ。幸い武器でも防具でも、素材を固定せずに作れるようになってるんで」


 大体のゲームだと固定された素材から、属性やら後付けのエンチャントだけできるような武器を作ることができる。でもこのゲームは、さすが新時代のそれというべきか、素材を固定しないレシピがいくつもある。性能もばらばら、効果もばらばらだ。ある程度のテンプレはすでに出来上がっているだろうが、それでも基本を何にするか、くらいのことだろう。


 素材の種類の数が多ければ多いほど高ランクのレシピだが、これはやっと4種類入れられるかどうかなので、そんなに高級なものではない。


「なんか入れたいやつあります?」

「じゃあ、これを」


 俺が手に入れたんだったらまず手放すことはないだろうと思わせる、宝玉でできているんじゃないかと思わせるような角だ。牙かもしれない。


「なんです、これ」


「獣系のレアからぶんどったんです。生きてるときに折らないと手に入らないです。素材アイテムなのに宝物扱いしててもしょうがないですから」


 まあそうだよな。俺も似たようなことを思ったことが何度かある。たいていはレアアイテムを素材として使うかどうか、ってところだ。もう一度手に入る保証はないが、それのおかげで超強い装備が手に入る…… なんてときは迷うものだろう。


 特技で失う耐久度が減るというポピュラーな宝石やら、防御力ダウン率がさらにアップする鬼畜な効果を持つ薬草やらを溶かし込んで、メシマズでもこうはいかないだろう異様な色彩を帯びた直剣ができた。デザインは超シンプルだが、刀身がコールタールの墨流しみたいな色だ。


「グロっ、なんだこりゃ」

「使えそうですか?」


 聞かれて、そうだと思いだした。使えないレベルの雑魚を、人のメインウェポンで試しに作ってしまったのでは俺が剣をもう一本作る丸損になる。


「錆び吸収……!? わりとすごいっすよこれ」


 悪夢の剣なんて直球な名前だが「特技での耐久度減少緩化」「防御力ダウン5%」という普通の効果から「錆び部分吸収」「錆び浸透速度アップ」なんていうおかしなものまで、いろいろと異常なものがある。

 耐久値はまあまあ、攻撃力は普通だ。このレシピならこれくらいになるだろうというものの中堅やや上くらいなので、ほめてもいいくらいだろう。


「いいものなんですか?」

「作ってる俺は満足なんだけどな…… しゃーない、もう一本どうぞ」


 これは錆びるやつ特効武器だろう。


 とにかく頑丈で長持ちする「特技での耐久度減少緩化」だけの剣をサトーさんは持っていった。まあ、錆びるやつに出会ったら「悪夢の剣」を使ってくれる、と思いたい。


「さて、リセイ。お前の小太刀だったな」

「ええ。朝顔の小太刀・白鞘です」


 アリアル鉱石で作るはずのところを、直前まで製錬していたザラルダイト鉱石で作ってしまった小太刀だ。運営かサーバーかの良心でなぜかアイテムの名前が変わりつつ、それなりに強い謎の武器として生まれた…… のだろう。詳細は分からない。


「ザラルダイト鉱石はちょっとあるから、それで補修するぜ」

「いいですよー。下手に魔改造されたら困りますし」


 レシピの魔改造はいつもやっていることだが、武器のトンデモエンチャントはやめたほうがよさそうだ。錬成スキルを起動して操作待ちにした後、素早くザラルダイト鉱石をこちらも操作待ちの状態にまで溶かす。そうしてお互いをくっつけて修理ボタンを押すと、MPがすっと自然に2割も持っていかれて、今日使えそうな分のMPがなくなった。


「だいぶスキルレベル上がったよな。そろそろ師匠にもなんか聞いてみよう」

「いいですね。私は着彩スキルあんまり上げてないですけど」


 どうやら、まだまだ紙は手に入りにくいらしい。どのスキルで生産できるのか分からないのだそうだ。そういうわけで個展を開くとかそういうのはまだまだ夢だということだ。


「……明日ってデートだよな」

「デートですね。時間に遅れる男は最低です」


 いやいや、そういうことじゃなくてと俺が言うと、なんですかとリセイはのぞき込む。天然で落とすようなしぐさだ。男の娘相手にどぎまぎするというのはどうなんだろう。


「明日の昼に、石民駅のケヤキの下だったな」


 忘れるようなことはまず考えられないしカレンダーに大書してあるんだから見間違えようもないわけなんだが、それでも不安に思ってしまう。


「ええ。そうび…… ごほん、服はそれなりのもので来てくださいね」

「わぁってるよ。お前もゲームに浸食されてんじゃねえか」


 赤くなったリセイがすぐさまログアウトしてしまったので、俺もログアウトした。




 現実が退屈だなんてやつは、まあ、自分の思うとおりに行かないからそういっているわけで、万事が思う通りでもつまらないとしても、不満なんだろう。俺も今の状況に対して不満を言う気はさらさらないが、それにしたってリセイがゲームの中では男の娘だということが納得できなかった。


 俺は現実とゲームの姿がそんなに違わないのだ。


 それじゃあ、リセイは現実にどんな不満を持っているのだろう。性別がわからないことがキーワードになるような悩み、だろうか?


 布団に寝転がっていると、睡魔は容赦なかった。やがて思考がとぎれとぎれになり、体を動かすのがだるくなってくる。立ち上がって明かりを消し目を閉じると、何もかもがなくなっていくような希薄さがあった。

 書くことないですねえ。近況報告しても怖い人に見られたらいやなことになるし。僕に一生もののトラウマを植え付けたあの人は、今はいったい何をしているんだろう。知りたくないな。


 次回更新はいつも通り遅いので、1年更新されないつもりで待っててくだせえ。

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