#049 Stelldichein
いろいろとどうしようもない問題のひとつに「公然と使われている間違い」があります。バイト日本語なんて思いっきり筆頭です。「こちら○○になります」って絶対に間違ってるじゃないですか、でも代替案を提唱しても無駄なんですよね。まあ間違ってると本気で言ってるわけじゃありませんけどね。
あと「デートは日本語で何と言えばいいのか」ということについてもわかりません。逢い引きでいいんじゃないかとかは思うんですが、微妙。和語で「逢う」というと閨事まで入ってしまっているので早すぎるような気がしますし。ま、いっか。
どうぞ。
大事なことは教科書に載っていないことだ、とはよく言ったもので、恋愛の教科書はもちろんなく、あったとして「これで勝つる! デートの服装」なんてものは載っていない。勝つるという言い方はネットの言い方らしいので雑誌は使わないだろうが、それにしたってもう少しましな本があってもいいんじゃないか。このあいだ本屋さんに行ったときに確かだが「逆レの作法」というのがあったはずだ。……あれは女性向けか。
俺が持っている服の種類が少なすぎるとかそういったことはない。だが、いざデートに行こうということになると途端に迷い始めてしまって、どれを選んだらいいのかわからなくなるのだ。町に行くときの格好でいいのだろうか? それとももう少しキメた感じの服になるか。学生服はナシとしても、きっちりした格好のほうがいいだろうか。ナルシストばかり写っている男性ファッション誌が役にたつかどうかは考えないことにして、我流で行くべきなんだろうか。
と気が付いてみれば、いつの間にか10時になっていた。やべえ、正午にということになるとあと一時間しか迷える時間がない。
現実には確実なメソッドがない。当たり前といえばその通りなのだが、忘れていた。ゲームは、アウルムオンラインは、攻略サイトに嘘ばかり載ってはいても、敵との戦い方には定石があった。考えてみれば、ゲーム以外で「確実にうまくできること」なんてほとんどなかったのだ。
つまり、デートにはこの服で行けばオッケーというものはない!
いや、諦めてしまったらヤバい気もするが。
どうしたらいいんだよと聞く相手がいればいいのだが、誰に聞いてもいけないような気がする。美沙に聞くのはアウト、たぶん母さんもアウト。父さんも同じだろう。誰かに聞いて成功したとしたら、次は失敗するに違いない。そういう結果をもたらさないためには自分でやるしかないわけだが、心配だ。
それから30分が経過して、結局のところ、ベージュのズボンにアイボリーのシャツというホワイトな服装になった。白すぎるような気もするが、まあいいだろう。
美沙が部屋に入ってきた。ものすごく心配そうな顔をしている。
「お兄ちゃん、朝帰りはだめだよ」
「ばっか、相手が女かどうかも分からねーのに。そんなクズじゃねえよ俺は」
出会った瞬間手を付けるクズなんてどこに…… 父さんがそうだったっけ。
「女の人だよ。わかる」
「そうか……。大丈夫だよ、ちゃんと夕方には帰ってくるからな」
美沙は心配性だからな、と言いながら頭を撫でてみても、ぜんぜん安心していない。よほどリセイが嫌いなんだろうか。それとも、の可能性には賭けたくない。
「んじゃ、行ってくるな」
「うん。ちゃんと帰ってきてね」
玄関まで下りて、父さんが「おお、どこに行くんだ」と言って、俺は正直に答えたものかどうか迷った。「こんな」家族なのだ、何を言えばいいのか、父さん自身が困惑してしまうだろう。
「ちょっとデート」
「……そうか。行ってらっしゃい」
行ってきます、と言って俺は歩き出した。
われらが金堀町は、いずれの御時にか、とまでは言わないがむかしむかしに金山があった町なんだそうだ。詳しくは知らないが、まあ何か金属が取れるんだろう、今でも鉱山は動いている。特筆すべきほどではないが、それなりににぎわっている町だ。何がどういう経緯でこんなに発展したものか知らないが、都会っぽい感じになっている。
しかし次の駅までの間はくそ長い。石民町は港町だ、といえば分かってもらえると思う。こちとら全然海に縁もゆかりもないというのに、トンネルをくぐった先にはなぜか港町がひょっこり現れるのだ。小学校の頃に遠足で行ったような思い出があるが、あのころはそこで宿泊して食事して、というような遠足じゃなかったので、詳しく覚えてはいない。そもそもバスで行ったような気がする。
日曜日だけあって、電車にはそれなりの人がいる。まあ座ること自体に問題はないようなので、俺はおじいちゃんと女子高生と赤ん坊を連れた奥さんが座っている四人がけの席に割り込んだ。なんだかんだ、痴漢扱いされたりもしないし、おじいちゃんの隣って意外に安心するよな。という風にアホなことを考えていると、長い長いトンネルに入り、何分もかかってそこを出る。
すると、意外に明るい町が待っていた。
見覚えがあるようなないような光景だ。でもあのビルは覚えているとか、あの観覧車は覚えてないなとか子供のように外の光景を見ていた。懐かしいような気がする。
石民駅に着いて近くを見渡すと、でかいケヤキの木が生えていた。やっぱりなとは思いつつも、その下に誰かがいないかと見てみる。
「……おじいさんにおばさんに女の子に主婦ね……」
俺と同年代らしい女の子、あれがリセイだといいなあと思いつつ、階段を下りて改札を通る。定期券を持っていないのはまあ仕方ないだろう。少し余計にお金がかかるような気もするが、まとめて払うと安いのは世の摂理だ。
いちおう冬休みの気持ちのいい晴れだ。意外に寒いが、なんでもない。
そう思いながらベージュのコートの裾を立て、寒さに耐えつつでかいケヤキの下に歩み寄った。すると俺と同年代らしい、近くで見ると驚くほど可愛らしい少女が立ち上がる。
「こんにちは」
「おう、こんちは。リセイか?」
ええ、ここじゃなんですからとリセイが向いた方向に、俺もついて行った。
ちょうど昼ご飯を食べていなかったところでカフェに入ったので、パンとサラダを頼んだ。地味な紺色のコートの上からはよくわからなかったが、店の中に入ってコートを脱いでみると、なんとも大きい胸だ。と言って全体的に太っているわけでもない。背丈は人並みだが、モデル体型といってもそこまで間違っていないんじゃないだろうか。
「コーヒー頼まないんですね」
「苦いんだよ」
あいにくだが俺の舌はそこまで大人じゃない。まだまだ敏感な子供の舌なのだ。猫舌じゃないが、コーヒー牛乳くらいじゃないと苦くて飲めない。
「リセイ…… いや、名前言うべきか? なんで俺のこと、分かったんだよ」
「あっちと顔がいっしょでしたから」
やっぱり俺はゲームと現実が似ているらしい。
「名乗るか? 匿名のままおしまいにするか」
別にそれでもいいぜというと、いえいえとリセイのリアルらしいやつは言った。
「名乗りますよ。私はコウミリゼ。小さい海、鋭利のリ、世間のセです」
「お、おう。俺はイブキトシオ。俊敏のシュンに御大将のオ。金堀町に住んでるよ」
意外に近いですねえとリセイ、いや小海リゼが感心した様子で言う。まあ、オフ会なんてやろうと思ったら、遠いですねちょっと行けませんよが普通だ。
小海がにやにやしながら、俺のほうを向いた。
「ふむふむ、ハニートラップは成功らしいですね」
「おま、その胸、偽物か!?」
しまった、いやいや、胸だけ見てたわけじゃと言い訳できなくなってしまった。
「どっちだと嬉しいですか? ホモでもいいですけど」
「いややめろって」
もはやどうでもいい。かわいければ正義…… いや父さんと母さんはどういうだろう。
「特徴だけ取り出されても、誰も喜びませんよ」
「悪い。にしてもエロゲみてえだな……」
ゲームのオフ会に行ったら美少女に出会いましたなんてエロ漫画のパターンだ。俺は何をする気もないが、パターンには違いない。
「正直すぎですよー。それはそうと、日頃いろいろお世話になってます」
「そりゃ俺もだよ。武器が役立ってて嬉しいぜ」
使ってるのを見るのは初めてだ。自分が作ったものが直接役に立っているところを確認できるのは、作り手としてはとてもうれしい。
俺も相当の数の本を読んできているのでボキャブラリーはあるはずなんだが、こんなときに限ってさっぱり頭から消えさってしまって、小海を褒める言葉が見当たらなかった。佳人麗人美人、なんて言葉は頭にあるが、どこからそれをつなげたらいいのかちっともわからない。隙の見えない敵よりも手ごわい。
「それにしても、現実でも同じように接してくれてありがとうございます。見たら顔つきが変わると思ってましたよ」
「いや、そもそも俺は、なんでこういうことになったのか一切説明されてないからな」
まったく意味が分からないままにここまで来たのだ。
数日後リアルで会いませんかと言われて、断る理由がなさそうだったので断らなかったらこうなった。つまり成り行きまかせでのこのこやってきたことになる。つつもたせの類ならすぐさま俺は引っかかっていることだろう。
さすがに人間不信すぎるかとは思うのだが、ネットで知り合った人に何らかの被害を受けるなんてことはごくごくありふれたことで、俺だけが被害に遭わないなんて思っていると即座に足元をすくわれて終わりだ。
「……確認したかったんでしょうか。人柄がいいかどうか」
「そんな確認にわざわざ? リスクがでかすぎるだろ?」
小海はそうでもないですよと薄く笑う。
「この街にしたのは、歩いていればだれか知っている人がいるからです。ちょっと待っててくださいねからの悪い人に引っかかっちゃって、でボコですよ。ちょっとゲスいかなとは思いますけど、女の子の自衛手段ってそれくらいしかありませんから」
怖いなおい。
まあ、日本には未だに銃刀法が生きているし、催涙スプレーのたぐいもそうそう持ち歩いていられるものではない。あれをどう考えても非常時にバッグを開けて取り出している余裕なんてないはずだ。なんだかんだでちゃんと防衛手段を持っているのはすごい。
「俺に何をさせるつもりなんだ?」
「あらら。即座に切り込む男は嫌われますよ?」
別に対した目的はないですと小海は言うが、わりと食えないやつなのであまり信用できない。問い詰めようとすると「こちらパン盛り合わせになります」と店員さんが言った。
「ほら、食べましょう?」
「ああ……」
おしゃれなだけのカフェかと思いきや、丸っこいパンとお総菜パンの組み合わせはおいしい。すぐに届いたツナサラダも、カフェーローズを思い出すように懐かしい味だった。料理がどうのこうの言うようなハイレベルな舌を持っているわけじゃないが、ついつい俺のような貧しい舌すら高尚な文芸論を語りだしそうな高級な味だと思う。実際にはそこまで高い値段でもないが。
「ゲームの話とかリアルの話じゃないんですよ。人と人の、繋がりの話です」
まあ、通り一遍の誰でも知っているようなネトゲの話をされた。
ネトゲは楽しみ方も人それぞれで、つまり、ゲームをガチでやっているやつらとそうじゃないやつらがいるということだ。チャットするだけのやつももちろんいるわけで、そういうのは話題作りとしてゲームをやり、それ以上の時間をだべりに費やす。
「キャラづくりに疲れたとか、あんまり言える話じゃないんですよね」
「いるよなそういうやつ」
もう○○キャラ疲れた、誰か代わって! とか言い出すやつのことか。自分からキャラ設定をしておいて何を言ってるんだとは思うが、まあ、たまには思うんだろう。一人になれる時間が必要だとかそういう文言だ。飽くまで俺はどうでもいいが、小海のためには話を聞く相手が必要だってことなんだろう。
「地元じゃ有名な家なんですよ」
「おお。すげえな」
何をやっているのか知らないが、会社の社長令嬢なんだそうだ。とは言ってもそこまででかい会社でもない…… とは言うが、地元のみんなが知っている会社ってかなりでかいところなんじゃないのか。
「でも顔が知られすぎてて…… その、あれなんですよ。始終あいさつしてるんです」
「確かにめんどくさそうだな」
おはようございますおはようございますおはようございますおはようございます……
じゃ、飽きるだろう。というか疲れそうだ。
「いまさら邪険にはできないでしょう?」
「だろうなあ。驚かれるだろうしな。田舎町っぽいからな、ここ」
田舎町は噂の広まりやすさがバフかかってるレベルですごい。あの子最近暗いのよという噂が流れると、尾ひれが付いて魚の形になったあげく超進化してカオスドラゴンとかそのほか訳の分からない邪神になりかねない。
比喩は置いといて。
「暗いのよ」からの「リストカットしてるんじゃない」とか「フラれたんですって」とか「乱暴されたんですって、復讐を企んでるんだわ」とか「会社が傾きそうなのかしら」という超展開が繰り広げられたあげく学校で孤立して実際にリストカットするような、恐ろしいの一言ではすまないことになるだろう。田舎ってそういうものだ。
「疲れるんですよ!」
「結論だけ言うと俺は知らん」
俺にはどうにもしようがないのだ。
「食べ終わりました?」
「おう。どうするんだよ」
私には考えがあるんですと言いながら、小海は席を立った。
ちなみに割り勘だった。
二日続けて投稿できたのは、謎のスピードのおかげですね。どうしてここまで早かったのかは全く不明ですが、次回はながーくお待たせすることになると思います。
スキルノートなんかは考えている時間があるときに、また。




