#035 Dead end
さて、だれが勝つんだろう(すっとぼけ) ……なんて冗談はともかく、誰からも無形のレスポンスしかねえ……。いや読者を読者とも思わない、というより読者なんて一人もいない前提のものであるからには桃のように読者の数を数えてにこにこするようなあほ極まることをする必要はないのですが。
どぞ。
属性をまとった剣技は強力だが、それは属性による弱点補正がかかっているというだけであって、魔法属性がまったくダメージ源にならない場合はむしろ通常特技よりダメージが低くなる。説明するまでもない、当然のことである。
またゴーレム種やジュエル種のようなモンスターは闇の魔術によって作り出された、とされており闇魔法が通じにくい。というよりも全般的に物理攻撃や弱点の属性以外は通じにくく、クリティカルポイントにせよ苦手なものにせよ、弱点を集中的に攻撃することが望ましいとされている。
簡単にまとめるとすれば、ゼルムとミサに対してクリスタル・ソードゴーレムは最悪の相手である、ということだ。
対抗するすべが半端にあるために抵抗してしまうが、最終的に敵わないということは誰も教えてくれない。敵うかもしれないと言っても、その可能性が現実的なものとして示されているわけでもないのだ。
攻撃は通じる。
剣の耐久値がもつ限りはいくら硬いものに叩きつけ続けても折れも砕けもしない。飽くまでゲームであり、現実とは違うのだ。もちろんMPを消費し特技を使えば耐久値の消耗を減らすことができるし、ダメージも上がる。
もちろんのことゲームなので、錆びによる腐食は恐るべきスピードで進む。腕という名の剣は片方、すでに使い物にならないほどひどく錆びており振るえば粉が飛び散ってしまうほどだ。
ゲーム的な考えで行けば、錆びの状態異常は「防御力ダウン」と「浸食ダメージ」をもたらすもので、生物モンスターに対する「ダメージ毒」に近い働きをする。それよりも効果が大きい、より後に使えるようになる状態異常であるからには強力であるはずなのだ。そしてゲームであるからには「HPがゼロになる」ということ自体が「死」であり、現実の失血でもなく、定点を攻撃され続けるだけでも「死」は訪れる。
しかしそれは大いなる欺瞞だ。
たった二文字のみ「錆び」と説明されたそれには、効果時間も具体的な数字も書かれていない。ということはすぐにでも切れるのかもしれないし、じわじわと減っていくゴーレムの体力ゲージの差分のうちどれだけがそのダメージだったのか示す値もないことになってしまう。
心理戦のようでもあるそれは、現実の戦いに等しいヴァーチャルにあって最悪の効果を生み出していた。
過信。
変化する数字を目で追って、数字のみを信じてしまうという状況だ。そしてそれは、彼らも例外ではなかった。
◇
ミサが苦心していることは知れたが、見ているような暇はない。解析スキルがMPを食う速度はことのほか早いもので、回避に集中することも難しくなっているのだ。
「どうやったら止まるんだこいつは!」
「こいつ自体は三分の一か四分の一まで弱くなってるはずなんだけど……」
召喚するモンスターというのは元の力は出せないような扱いを受けているらしく強さが下方修正される。そうじゃなかったらモンスターを手なずけたやつが最強だろう。
とはいえ、レベルがおかしい。
やっとこ22まで上げたってのに解析で見たこいつのレベルは56だ。今は鍛えている最中だということだろうが、それでもこれだけ格上の相手はあきらめたくなる。
希望はある。三倍近いレベルということは、二倍か三倍の強さしかないということだ。普通のモンスターだったら体力だけでも俺たちの二倍はあるし、ルーティーンとアルゴリズムに従っているとはいっても情け容赦なく倒しに来る。
だがアルゴリズムに外からの命令が加われば、動きは鈍る。
そして恐らく、あまりに強力過ぎるためにこのモンスターは剣技以外の特技は使えないのだろう。相手の強さに合わせるのではなく、純粋に戦闘力の計算として。
だが相手、「召喚術師」ことサエは命令など出していない。自律ではないのだろうが、それに近い形であることは間違いないだろう。
ベイグラントスロウを当たるまで出し続けられる余裕は、もはや残っていなかった。二発か三発分なら何とかなるかもしれないが、当たるかどうかを賭けにするのは危険すぎる。というよりも確実に勝ちたいときに確率に頼るのはよくない。
まだ錆びに侵されていないほうの剣の腕をこちらに使ってくるあたりは油断しているのか警戒しているのか不明なところだが、当然ミサが防御力の落ちている方をカウンター技で痛めつけていることには間違いない。確実な、大きなダメージを出し続けることはもちろんこういう怪物を相手取るときに重要なことだ。
仲間のフォローがあればこそそれは成し遂げられるわけで、生物に効きそうなものがほぼ有効打とならない無機物塊をどうすればいいのか、阻害魔法の特技リストを見ても判断が付かなかった。
出血はダメだ。血がないし、鋭い投げナイフならデフォルトで出せるはずだ。
毒は効かない。呼吸に働きかける毒は生物以外に通じない。
麻痺の仕組みは分からない。試す余裕はありそうだ。
眠りが効くだろうか? 不安なところだ。
今しがた錆びが切れたらしい。と言ってもかけ直すことができるのか。
「やーれやれ! 遅いな、手伝うよ」
Jがこっちにやってきた。
「もう二人も仕留めたのか?」
「そりゃそうさ、タイヨウ君は真面目だからやりやすいし、セントラル君はかなり強かったが迷いが断ち切れてない。こっちが余計なことを言うたびに攻撃のキレがなくなっていくからねえ…… 悲しいね」
この野郎。
「術師を倒せるか?」
「問題ないね。よ、っとっ」
「わわっ、ちょっと……!?」
Jはゴーレムの背を登り、術師を蹴飛ばす。
「待てはなしだよ」
ぶじゅ、という湿ったものを握りつぶす音が聞こえた。どうやら危険な場所に一撃が入ったらしく、それだけで召喚術師は倒れてしまう。
「早いもんだな」
「この世界は呼吸が必要ないのが楽しいね。どんな激しい挙動を行いながらでもきちんとした会話をすることができる。さて」
「ああ」
置物のように沈黙したゴーレムの上で、Jは短剣を逆手持ちにしてこちらを向いた。
「〈良い殺しを〉」
「〈良い殺しを〉……ッ!」
エアルプラティンのピックはほぼ回避不可能な速度で飛翔する。だがそれを最小限の動作と器用に逆手と順手を入れ替えた短剣で弾いて見せた。
「ただもんじゃねーな」
「動作に関しては買いかぶりすぎかな。見ながら動くのは意外と難しいんだよ」
言いながら投げナイフを回転投げする。何本投げても通じる気がしない。回収することすらままならない速度の戦闘。
「ミサ、どうするんだ!?」
返事はなく、無言の打ち合いが始まった。
「はっは、さすがに重いな! とてもいい」
「お兄ちゃんを殺させない」
恐ろしいほど冴えた一撃がJの短剣を持つ腕をしびれさせたらしい。ミサとJが入れ代わり立ち代わりほれぼれするようなスピードで戦いを繰り広げているため、介入する余地がない。せめて回転投げがヒットすればまともなダメージが出そうだ。
「兄の言葉くらいは聞くのかな」
「それが」
「ゼルム君はどうやら君をここに連れてきたことを後悔しているようだ。妹は変わってしまった、とね。ためらいなく人を殺せる、それがどれだけ今の日本で異質なことだか分かるかな…… 殺人の技術自体は持っていて損するものじゃないよ? それは保障しよう。だが精神状態の汚染、これはとても大きな問題だね」
盾が空振り、剣が受け止められる。高速回転するナイフは弾き飛ばされてしまった。
「社会復帰できなくなる前にゲームをやめたほうがいい。これは殺人者としての警告じゃない、きみよりも人生経験のある大人としての忠告だ」
「あなたに言われても…… 聞く気はありません」
ミサが激しく戸惑っているのはよく分かった。一番信頼しているはずの俺が、信頼を裏切るようなことをしようとしている、とJは言っているのだから。
「ミサ、避けてくれ」
「うん」
ランダムシュートはMP効率がいい割にダメージが大きめだ。それもそのはず、数だけは「手に持っているだけ」だからいくらでも増やせるからだ。バババッと激しくヒットする音が連続し全てがクリティカルであることが分かったが、鎧の防御を貫いたのは三割以下でダメージは少ない。
「単発だとそれなりに耐えられるんだが…… これはいけない。そっちからにするか」
「お兄ちゃんっ!」
回り込もうとしたミサが蹴られ、地面に転がった。素晴らしいスピードでJはこちらに走り寄り、そして目に見えないほど早い連撃で俺の腕や足を素早く切り刻む。いくつも手に持っているなかで通じそうなものは。
「〈スロウ〉」
意外にもヒットした金のボーラが、めしゃりとプレートをへこませた。さすがのJもよろめいて後ろに退がる。やったか、と思った。
「ぐ、っふ、 ……さすがだゼルム君。この装備が傷むとは思わなかったよ」
「そっちかよ、くそ……」
後ろからのミサの剣を逆手で受けたJは、そっちに向き直って短剣と剣の打ち合いを始める。俺はもはや動くことができないほど痛みを与えられていて、倒れていた。
『息もつかせぬ高速戦闘です! トーナメントに勝ち残っただけはあるようですね。ただしいつものごとくJ、めちゃくちゃ強い! 強すぎるのではないでしょうか!』
『あれだけ強いと言われた猛者たちが一瞬でやられて行きます…… もはや誰もJには敵わないことになってしまうのでしょうか?』
実況の声すらも、耳に正しく届かない。それくらい俺はやられていた。
「お兄ちゃん」
「ミサ? Jはどうした」
何も聞こえないところを見ると、待ってくれているのだろう。律儀なやつだ。
「ごめんな…… 俺が手を引っ張っちまったんだな」
「……そんなことないよ。これだけ通じ合える仲間、ふつうなら出会えないもの」
手ひどく傷つけられた鎧も、戦いで乱れた髪も、ひどいものだった。
「変わったところと変わらないとこ、どっちが大きいんだろうな」
「決意、した。帰る」
ミサはいつもの笑顔に戻っていた。
きっと気付いたのだ。
「分かったんだな」
「分かった。誰も死んでない。誰も私を恨んでなんてなかったよ」
これでいい。
「ミサ、お前の勝ちだ」
「うん」
俺をそっと地面に横たえて、ミサは誰かと向き合った。
俺が覚えているのはそこまでだ。
◇
人を殺すために人と向き合っているのに、不思議な胸の高鳴りを感じる。兄が気を失っていなければ、おい不謹慎だぞと突っ込んだかもしれない。
「さて、精神状態は戻ったみたいだね」
「ええ。あなたのおかげです」
おいやべえよ、どうすんだよ、とあの日の兄は言った。
どこのパーティーにも入れてもらえねえなこりゃ。
いっそスキル全部捨てちまうか。
あまりに兄らしくない、冗談めかしていてもその裏側が見えてしまうような声だった。
だから守らなくてはと思った。頼られるのが嬉しかったのだ。頭を撫でられるのは愛情の証だし、兄におなかをとんとんと優しく撫でられて寝られるのは信頼している証拠だ。
(いつまでもそれじゃいけないんだ。でも、変わらなくていい)
無理に変わろうとしたから、自分の、自分でも知らない部分に自分をむりやり変えられてしまった。それが今の黒い装束だ。それをミサは知った。
「うん? その光は装備成長かな」
「……戻るだけですよ」
まばゆいばかりの光が鎧から、服から吹き出し魔法の明かりを圧倒した。
『お、おおおーっ!? ミサ氏、完全復活です、白い装束に戻りました!』
『これが装備成長! 何という……!』
ミサにとってみれば、今までにも何度も見た光景だ。
もちろん耐久値が完全復活するわけではないし、性能が上がっているとはいってもそれがすべてに適用されるわけではない。
だが心は軽かった。復活していた。
「〈ダークネスブレイド〉」
純黒を纏う「白き剣」が、それをガードしようとした短剣ごと男の腕を斬り飛ばす。怪物的なスピードでつなげた二撃目は籠手で防がれるが、獣のごとき攻勢が途切れることはない。そんなに簡単に心が折れるわけもないのだ。
「〈アビスフォール〉」
闇、それから水魔法を習得していればそれも含まれることになる一撃が完全にJをとらえた。相手との明確なレベル差すら埋めるほどの威力を持つそれは、勝負を一撃で決め得るものだったはずだ。だがやはり、致命的なものになるためには相手に残りHPでアドバンテージがありすぎる。
「今回の件はこれでいいだろう。なかなか楽しめたからね……」
それは不思議と負け惜しみに聞こえた。この男がそんなことを言うはずもないと知れていても、つぶやくような、寂しそうな響きはそれを連想させる。
「残念だがこればかりは譲れないのさ。だが、君の兄の友人として君が元に戻ったことを心から祝福するよ。さて、終わりの時間だ」
目の前に迫った男に剣を突き立てるのが精いっぱいで、それ以外のことを考える余裕も、する余裕もなかった。気持ちの悪い手ごたえと、のどに何かが刺さっている違和感だけがある。
「おやすみ」
兄のそれのような優しさを含んだ言葉に、ミサは静かに気を失った。
こうしてP.K.Cが企画した初めてのプレイヤーイベントである「プレイヤーキラー・トーナメント」は幕を閉じた。
順位六位はタイヨウ、賞品は多人数で使える、支援効果のある回復アイテムである。ギルドでのボス討伐などに向かう際は有用であろう。
五位はセントラル、彼には各地の洞窟でとれた宝石のセットが贈られた。売っても非常に高額になり、また素材アイテムとしても優秀なものだ。
四位はサエ、彼女に贈られたものは多量の食材アイテムだった。これだけの量があれば召喚したモンスターと食卓を囲めるだろう。
三位はゼルムで、彼には多量のレシピが贈呈された。投げ武器を自分で作って使うだけではない彼にこれが贈られたということは、彼らすらもゼルムを利用する気まんまんということであろうか。
二位ミサにはこの日のため用意されたと思しき装備アイテムがたくさん贈られた。たくさんという分量は、布でできているため比較的軽いはずのそれに彼女が困ったといえば理解を助けるだろうか。
優勝したJには、MPを即時に三割回復する「MP回復薬」と休憩時のMP回復を二倍に加速する「MP丸薬」がたくさん贈られた。これがどのような意味を持つのかは知れないが、彼がますます一般プレイヤーの脅威となることは間違いない。
興行収入、その他の詳しい結果については一切発表されていない。
あっはっは主人公が負けたぜ! ははは、ふははははは(狂
失礼。だが主人公が挫折するところが見たくてわくわくしていたので。最後に意味深なことが書かれておりますが本編とは一切関係ありません。顔すら書かれてないキャラクターいっぱいいるもんね。知らんわい。
考えてみれば設定を読むというベクトルの違う楽しみを用意しておきながら、それらを活用する機会はいっこうにないという現在の状況。作者が無能なだけなのか(これが最も有力)、それとも物語の方向が問題なのか(これも有力)。というか主人公と関係ない人物のデータを作っていなかったな……。
スキルノート
「錬金」
似たような「調合」や「錬成」と間違えやすい危険極まるスキル。というと何か危険があるように思われるかもしれないが、そうではなく、似たスキルと間違えると行えることがまったく違うということである。
生の成分を混ぜ合わせ薬品を作り出すのが「調合」であり、さまざまな素材から有効成分を取り出すことや、素材のランクを変動させることができるのが「錬金」である。ちなみに「錬成」は硬いものを変形させることができ、素材アイテムのみならず地形の「氷」や「結晶」までも操作できる。
素材そのものを変えてしまう超強力な効果があるため取る人が多めだが、具体的に有効な利用法を編み出している人は少ない。いわゆる「世間の常識」のようによく知られてはいるものの実態不明のスキル。




