#034 Commonplace Evil
なんか説教臭い回になってしまいました。いつものことなんですけどね。読み返してみるとけっこう自分へのメッセージ的なあれが入ってるので、他人に言われたほうが効きそうなことばっかりですけど、ほんとうに自分のために書いてるんだなあと実感します。
どうぞ。
関節部が弱点か、とかいう推測をする暇もなく剣の腕がぎりぎりと引き絞られてこっちに恐ろしい速度で向かってくる。解析を使っていてもかすりそうになるほどの速さだ。もちろん関節部に打撃属性のあるボーラやいがぐりをぶつけてみても1パーセントの半分のダメージすら入っていない。
一撃で終わるはずもなく、ミサまで巻き込んで剣の腕は振るわれた。
いつだったか、風車は鳥を死傷させるというデータを読んだことがある。ものすごく長い羽根を持つ風車の先端は、当然恐ろしい速度になるため、当たった鳥は粉々に吹き飛ぶのだったか。今の俺はその鳥のようなものだ。
身長の倍もある鉄板が、自分が動く速度よりも早く自分を狙って動いている。
たったそれだけで現実という名が付いた非現実だということが分かるし、もういやだという気分にもなってくる。現実にこんなことを体験したことがないから、どういうたとえを使ったらいいのかもそうそう頭に浮かぶものじゃない。
HPを残り二割までに減らしたサエはゴーレムの影に隠れている。狙っても足に弾かれるのは分かっているが、回避しながらでも、いいやどんな体勢からでも投げられるのが俺の特技だ。ちょっとジャンプしたすきに、宙返りしながら、スウェーバックしながら足の隙間を狙って投げた。
「ミサ、避けてるだけでいいのか?」
「当たっても大したことないけど、避ける訓練になるから。助けよっか?」
「ああ、頼む…… 俺だけじゃちょっときつそうだ」
「ぜんぜん無理、じゃないの?」
軽口をたたいているように見えたが、ちょっと見るとあまり明るい表情じゃない。
「考えてみたら俺はデバフ与えたり一瞬だけ盾のフォローしたりってビルドだよな」
「そうだよね…… 来るよ」
再びヴォンッとかヴァオッというような音をさせて規格外の大剣が地面ごと空気を両断する。避けているのに若干のダメージが入っているあたりもはや戦略兵器とかいうレベルを超えてしまっているが、エアルプラティンのいがぐりなんてばかばかしいものを作ったかいがあったかもしれない。
「〈リメインスロウ〉」
一直線に飛ぶわけでもなく、また漂うわけでもない。MPを消費してゆったり落ちていくだけの特技だ。これもエアルプラティンじゃなければ落ちる速度はもっと早くなってしまって間に合わないだろう。
バギャイッと一撃で粉砕されるような音を出しておきながら、いがぐりはそこそこのダメージをはじき出した。と言っても二回目で金属くずに変わってしまったが。
「〈リメインスロウ〉」
今度はこれだ。
「意味ある?」
「ミサ、なきゃ投げないって」
意味があるのかと聞かれたのは、どう見ても錆びているからだ。無限投げナイフはとっくに売ってしまったしそもそも錆びていなかったので、わざわざ捨て値以下でも売られてすらいない錆びの欠片を集めて錬成したことになる。どうして作ったのかというと、まあ、ただの試作品なのだが。
「腐食の状態異常だよ」
「あ、なるほど…… 剣でやりやすくなるね」
真っ黒い服といぶし銀の鎧でも、中身の基本は変わっていないらしい。
「やるわね」
「降りて来いよ、すぐに片付けてやる」
もちろんベイグラントスロウを使えば当たる確率自体は低くない。ゴーレムが弾くこともあるかもしれないが、弾くことができるほど遅くはないし、そもそもでたらめに飛んでいるから着弾する可能性がゼロか百かすらも分からないのだ。
錆びのいがぐりの耐久度なんかは素人考えでも分かりそうなもので、一発当たった瞬間に土煙みたいになって消し飛んだ。ただ「錆び」の状態異常は入ったらしく、ゆっくりとざりざり音をさせてダメージと防御力大ダウンの効果が現れ出す。
「ミサ、俺は本体をやる」
「うん…… 術師だよね」
おうと威勢よく返事したものの、クリスタル・ソードゴーレムはものすごく有能で何を投げても片っ端から弾き返してくれた。そこで当たるような俺ではないが、意外に危ないときはある。投げ武器の中でも打撃系のものを使って〈ピアースシュート〉を打ち込むとなかなか大きなダメージが出るが、らちが明かない。
俺は少しだけ、もう一つの戦いの方を見た。
◇
敵を見失うことはまず考えられない。
黒い服の上に銀色のブレストプレートを重ね、濡れ羽色のマントまで羽織っている。目立つという言葉の前に極めてとか非常にと言う言葉をつけなければならないほどなのだ。
私情は置くにしてもまず叩くべきはプロの殺人鬼だとセントラルは思っていた。ゼルムと戦いたくないというわけではないが、楽しみではないし楽しめそうでないのだ。すべてを捨てて相手を殺すことだけを考える戦いを、見知った人間とするということをセントラルは恐れている。
(だからこいつを殺しに、ではないが……)
ナギナタをかわす相手は初めてではない。
亜人種モンスターの中にもなかなかの反応速度を持ったものがいて、素晴らしい戦いができた。そういう反応速度がセントラルの求めているそれなのだ。現実よりも、より「がっついた」試合。
セントラルは、人を殺すための技術なのに、絶対に人をきずつけないと誓わされる矛盾を素直に受け止められるような大人ではもちろんない。現実の薙刀の修練に不満を持っていたと言い換えても間違いではないだろう。父が勧めてきたこのゲームは、まず殺せることが第一条件だった。そうでなければ生きていけない、進んでゆくことができない、そういうものだったのだ。
喜んだという言い方は違うかもしれないが、セントラルはひそかな楽しみを覚えた。
殺戮の愉悦ではない。
やっと全力を出せる、という至極幼いものだ。気負いがあればあるほど刃先は鈍る、そう教えられてきた今までから抜け出すことができた。相手を害する気持ちなど持ってはならないという決まりを破ってもいいときが来たのだ。
自身に危機感を持つことができただけ彼は成長していたといえるだろうが、友人からの誘いにのってこんな場所に来てしまったことを彼は後悔していた。
(やれやれ、心が幼い連中ばかりだ)
だから向き合う恐ろしさに耐えられない。
だから無理に救おうとする。
だから遊びだと捉えてしまうのだ。
自分を棚に上げての言葉ではなかった。というよりも自制そのものだ。ともすれば命を奪うことすら、現実に遊びにしてしまいそうになる。無邪気でなく、邪気を以て。
目の前の相手は、だが規格外だった。
遊戯の快楽を存分に知っている、ということは理由にならない。そんなことはこのゲームをやっていれば身につくような、常識だ。達成感という言葉がそれにあたる。
現実の技術を活かしている、ゲームの知識に精通している、単純にゲームが上手い、人の操り方を知っている、そういうことをひっくるめての、強さなのだろう。こんなに簡単なフェイントに引っかかって先に出てしまうなど、花咲流の恥だ。
そして水が体を貫く、と思われた瞬間に散る。残念だが「蛟虫の鎧」には水属性は通じない。特技に含まれるそれも大幅に減衰するだろう。
「タイヨウ君、水は好きかい?」
「それなりに」
「水魔法と錬成の複合でね、水をより操れるようになる。わざわざビンを割ったのはガラスの欠片も混じるように、だよ。水のイバラ、かな。真似をしてもいい」
「そんなものには頼らない」
頼ったところで、先駆者がいるものであるなら、それを超えるのは難しいということをセントラルは知っていた。
(人殺し、か)
世間をして花咲流を「殺人流」と言わしめたのは、師範の一人がトラブルから殺人事件を起こしたからだ。しかも花咲流の技術を使って。道場には最悪の知らせだったろうし、そのまま閉めたとても間違いではなかったはずだ。
だが逆に実用的だということになり、門下生が増えたというのは大いなる皮肉なのか実利を取る世の流れなのか、それは知れない。ただ一つ重要なのは殺人「も」できる技術を身に着けたセントラルが、それを活かせる世界にいるということだ。
水に貫かれて瀕死のタイヨウという男は置いておくとして、男が死んだ瞬間水のイバラの矛先はこちらに向くということはよく分かっていた。だから殺すというわけではない。純粋な殺意があるわけでもない。
殺害装置だ。
殺し合うためだけに生まれたものが、二つある。だとすればその二つが仲良くなることなどない、ただ殺し合う。殺害装置は装置として機能し、それ以外のことは起こらない。
「こっちを向いたらどうだ、殺人鬼」
「君には言われたくないねえ。リアルの君を組織にスカウトしようと思っていたところだが、この様子じゃ難しいかな…… とりあえず殺し合うか」
Jという男には気を付けろ、ソースは分からないが情報を手に入れることに長けている。ゼルムはそう言っていた。今の文言を聞くにそれは正しい。
薙刀を横に振るい、避けられた瞬間に下からすくうように切り上げる。それが避けられたと見るや縦に斬り戻す。相手の蹴りを叩きつけて潰そうとしたが棒部分で叩くにとどまり特にダメージを出せない。石突を突き付けても蹴り上げられてしまい攻撃にはつながらなかった。
頭を横に倒して拳を避け棒で叩いて、迫る足を石突で刺す。どうやら確率でしか発生しないらしい「蛟虫の鎧」の足によるガードはあてにできない。蹴りも突きもガードしてから薙刀で斬る、という起死回生を狙うほかないだろう。
「それにしても水属性ガードには驚いたな。破片はそれなりに効いたみたいだが」
「あのゼルムが作った鎧だ、たんまりと機能が隠されているのだ」
ガラスの破片を気にはしていなかったが、水属性魔法をほぼ無効化できるというだけで物理攻撃は無効化できないと分かっていた。頬がひりひりするのはわずかに裂けたということであるのは分かるが、それが戦いから逃げようとする理由にはならない。
「さてと、そろそろ本気で行こうかな。あっちも気になるからね」
「通さん…… と言いたいが」
恐らく、止められない。
するりと引き抜かれたダガーを見て、それがまるで現実のサバイバルナイフでも前にしたような「危機」を放っているのをセントラルは感じた。ダガーというべきなのか小太刀というべきなのか、それは分からなかったが、いずれにせよ危険を察知する本能的な部分は最大音量で警告音を発している。
ダガーの逆手持ちはよほど慣れた人間でなければ無茶だ。そう聞いてはいたし実際のところゲームの中でもダガーよりショートソードのほうが扱いが簡単だというのに、この男はわざわざダガーを順手でなく逆手で持って見せた。もちろん特技の発動モーションではなく、こちらを殺しにかかる準備だ。
「なかなかできるように見えるが?」
「現実の技術は活かさないとね。みんなに感謝だよ」
銀色のプレートに黒いマントという、絶対に見失わない格好だった。しかもマントは後ろに長く尾を引いて、ふざけているのかと思われるほどにばさばさ激しくたなびく。本体の動くスピードを考えても音を立てない方がおかしい。
しかしそれも何かの罠だ。そう考えたほうが自然だ――
果たしてそれは正答だったが、だから罠を回避できるかもしれぬなどという思い上がりがセントラルに致命的なダメージを与えた。
ほんの軽い音だ。
刺さった瞬間に引き抜かれて、過剰な痛みを与えるそれでなければ。
「なにっ、投げ武器……!?」
「ちょっとゼルム君を脅していただいたんだ。もちろんギブ・アンド・テイクだが」
セントラルの脳内は激しく混乱した。
「厄介者にそんなものを売るだと……? あのゼルムがか」
「分かってないなあ君は。人間の本質は矛盾だ。誰にでも優しい夫が妻や子供にはつらく当たることだってよくあるさ。二面性ではない、多面性だよ。むしろ球体かもしれないくらいに」
ひもの先端にギザギザした、高級な材質が一目で分かる刃物が取り付けられている。
「なにを、言っている?」
「そうじゃない、そうじゃない。違うんだよ、君は誤解している。彼はいい人間だ、それは間違いない。だが合理主義者とは自らの利益を飽くまで見失わないもののことを言う。つまり彼も合理主義者だということだよ」
足が力を失った。
「いい人間、悪い人間。二元論なんてものを提唱したのは誰だ? とっくの昔に破綻してしまっているのに、誰もがすがっている。分かりやすい理屈、そんなものはない。翻訳されて歪めてあるか、果てしなく単純な事象の答えか、どちらかだ。いい人間でありながら悪い人間でもある。そういうものさ」
「ふざけるな!」
瞬時に力を取り戻した腕を振るう。
浅く切り付けた腕にダメージングゾーンが刻まれる。
「こう見えてもきちんと仕事をこなしている大人だ、僕は。たくさんの人から感謝されてもいるし、近々結婚する予定でもある。先方もなかなかいい人だよ、学生時代に同級生を一人自殺させていなければ、ね。だが彼女はいい人だ。悪くなくなったんじゃない。邪悪は渦巻いている」
何かが力を与えていた。うなじを切り裂いた痛みは残っているし、何度かかすめた拳や蹴りのダメージもある。ゆっくりとスピードが鈍っていき、ダメージは増していく。
「とても可愛らしい。声もきれいだ、胸もある。身体的特徴だけ述べてもそれだよ、誰もが羨むはずだろう? 巧みにあたりを操作することで自分を捕捉されないようにしているんだ。恐るべき悪の首魁じゃないか。どうだい?」
大きなダメージを与えることはできない。特技を当てても一撃では鎧を壊せないだろうということはとっくに分かっていた。
「彼女だけが他人をスケープゴートにする術に長けていたわけじゃない。というよりもその中でもトップクラスだったのだろうね。ちょっと地味で、胸だけが大きい娘が選ばれたらしい。ああ、女子校じゃないよ? 普通の学校だ」
手数を増やさないとこの男には勝てない。一撃、二撃と薙刀の先端は相手の頬をかすめHPを減らしていくが、それでもこちらの方がまだ負けている。短剣はこちらに向いているが、攻撃は言葉だ。
「陰湿ないじめ…… 分かるだろう? 着替えを盗撮されるという演出だの、プールのときに下着を盗られるだの、黒板に生理用品を晒しあげられるだの。女子校風のいじめ、フルコースさ…… 暴力を制御することはできないから使わなかったようだが、こっちの方がよほどこたえたらしい。一か月で死んだそうだ、縊死で。いじめを止めるものはいない、網が見えないからだ」
腹の隙間を切り裂いた一撃から、つなげられずに大きく回避されてしまった。
「そんな彼女は有名企業のいち社員としてみんなから好かれる従業員になっているのさ、面白いだろう? 本人すら意識していなかったのかもしれないね。どういう言い方をすればいいのかもしれない、邪悪さ。身近な暗闇。知らない両親は、もちろん僕に結婚など勧めてくるわけだよ。過去など調べて、笑いをこらえるのが大変だったね」
迫る短剣を弾き返して、それでも保持して見せるJは怪物だろう。負ける。どれだけあがけるというのだ。
迫る破滅を思考から追い出して、愚直に薙刀を振るう。
「君は学生だったね? MMO以上にひどく人間をきずつけるVRMMOの対人戦なんてことを、どうして希望してまでやろうとしたんだい? まさか殺人流の汚名を挽回するためじゃあるまいね? 何にしても学生風情が来るべきところじゃない」
「それを彼の妹に言ってやれ」
「ははは。彼女には僕の言葉を聞く耳がない」
空虚極まる笑いが耳を打った。
「誰の言葉が彼女の耳に届くかといえば、もちろん兄である彼だろうね。だがそれ以外のものの言葉は吹きすぎる風、いや目の前を通り過ぎる塵埃かもしれない。説得のために君も残しておくべきかもしれなかったが…… お客が欲しがっているのは、君だ」
首筋が破裂した。そうとしか思えない感覚。
『おおっとタイヨウ、セントラル両名早くもダウンかー!? J強い、強すぎる!!』
誰かの叫び。
目の前に浮かび上がる文字をきちんと読む前に、セントラルは意識を失った。
部活の追い出し会に行ってきました。楽しかったんだけど死ぬほど疲れた。引きこもりの日常じゃなくて「生きた」日常を体感することができてよかったんだけど、性癖暴露大会という謎のアレになってしまって……。広範な知識をすべてさらけ出すことができるわけないじゃないか!!
あとみんなの前でペンネームを言えという拷問……。リアルの人格とネット上の人格はぜんぜん違いますから! リアルじゃ敬語とか使わないし。
モンスター図鑑
「ゴーレム種」
石や金属、ガラスや宝石などの無機物でできた体を持つモンスター。プレイヤーが最初に通る関門のようなものであり、単純に防御力が高いだけでなく攻撃力が高かったり特定の魔法を反射したりと、無機物の体を十全に活かし戦う。
倒すと体の材質の一部を手に入れることができ、また術者が間違って体内に取り込ませてしまったものが手に入ることもある。これらを狙って狩りをするとなかなかいいものが手に入ったり、良い戦闘経験を積むことができるようである。
カッパーゴーレムのような人間型の「デミヒューマン」やソードゴーレムのような異様に細い「ストリング」、昆虫に似せた「バグ」などのタイプがあるが、どれも非常に強力。出現場所は限られているため偶然出会うことは少ないが、十分に用心したい相手である。




