#023 Requirement-less men
今回のタイトルは意味からすると一番アウトですよね。意訳なので誰も気付かないとは思うんですが、ぶんなぐられるかもしれん。
どうぞ。
相手が姿を現すまで、俺は戦々恐々だった。恐ろしくて仕方なかったのだ。
ミサが人を殺したことを気に病み過ぎていることも分かっていたし、そのお守りに渡したものを開ける保証ももうないだろうと思っている。
だがそれ以上に、ミサに「簡単だぜこんなもん」と言った責任を取れないことが、あまりにも恐ろしかった。手本を示して元気づけて、そうやって初めてミサが調子を取り戻せるはずだと思っていながら、最初に負けてしまったらどうすればいいのだろうか。
相手が姿を現して、俺が安心できるわけではない。それは断じて違う。だが正体のわからない相手ではないのだから、恐れも減る。
相手が現れた瞬間に、俺は恐怖を消した。
勝負はほぼ一瞬で決まり、相手の正体もよく分からないままに終わってしまった。どうやら声からして女だったようだが、あんなビルドの女なんて見たことがない。
『続いての試合の前に、闘技場のシステムの一部である回復をしなくてはいけませんね』
『そ、そんなシステムありましたっけ暗黒ティッシュ(意味深)さん!?』
『闘技場に来たときに説明がありましたよね……』
爪で刺され五割もぶっ飛んだ体力が、闘技場の天井から降り注いだ謎の白い光によって即座に回復する。
『規制の光みたいですよねー』
『私の名前より下品なことを言っていませんかS&Zさん』
どうでもいい実況を置いてけぼりにして、相手が入ってきた。
『さて、挑戦者はキラーニンジャこと灰朝真さん! 持ち点はすでに20あります!』
『なかなかに実績があるようですね。スピード極振りのレイさんは一瞬で負けましたが、ハイアサシンさんはスピードを上げつつもバランスのとれたビルドだそうです。ということは先ほどよりも体力があり攻撃の威力もある…… どう攻略し、また攻略されるのでしょうか? それでは両者位置につきまして……』
ゴーの合図が聞こえた瞬間、やはり敵は動いた。だが見える。
ソーピックを撃ち込んで投げナイフを撃ち込みピックを撃ち込み、ぐらりと灰朝真が着地した瞬間に新しい武器が着弾する。
『おおっ!? ブーメランですよ暗黒ティッシュ(意味深)さん!』
『正統派の投げ武器がようやく登場しましたね!』
投げておけばある程度の精度である程度決まった場所に着弾する。もちろん当たらなかったときは地面に落ちたものを回収すればいいだけだ。
解析スキルが魔力を一割の半分ちょっとくらい削ったくらいで戦闘は終わった。
『強い! ゼルム氏強い! 二回連続、瞬殺です!!』
『ここまでの成績はなかなか見かけませんね』
褒められてもあんまり嬉しくないのはなぜだろう。
俺は歩いて外に出た。
「おい」
んだコラ、という言葉を飲み込んで「誰だ」と適当に言った。灰朝真に決まっている。面識もないが、何か言いたいことがあるのだろう。
「そこらで話をしよう」
「……おう」
どういう風の吹き回しだ、とは思いつつも別に突っかかったりはしない。最初につっかかり損ねたのでそれ以上やろうという気にならないのだろう。闘技場の外周、石でできた城壁のようなところに二人して座った。
「二人して狩り回っていたのは知ってるな」
「やけに高飛車だなおい。知ってるぜ、来ただろ。俺らはそこそこ強えから」
返り討ちにしたが、とは言わずに言葉を飲み込むでもなく切る。
「現実じゃあんなことはできないからな」
「そりゃそうだろうよ」
馬鹿が、といきなり言われた。なんだなんだ。
「お前はあんな苦しみを味わったことはないだろう……」
ただ駆け回るのが好きだった。サッカーという機会を得てでたらめに走り回ったこともあるし、ボール蹴りに熱中することもなく、中学校に入ってすぐに陸上部で走って走って走りまくったものだ。
ただ、な。馬鹿だったのだな。
派閥に加わらずに暴れまわっていたら勘違いされて、そりゃ手ひどいイジメに遭った。こんなことをこんな場所でいう意味があるのかどうかなんて知るか。それは聞く側のお前が判断することだろう。
なに、いじめが辛かったかだと? 馬鹿が。走り回るのが楽しいだけのバカにいじめが堪えられないわけがあるか。そんなことはどうでもいい。問題は派閥のクズどもだった。中高一貫だから、高校生にまで累が及んだのだ。
馬ッ鹿め。先輩なんぞ関係あるか。人間関係は同年代に限られていたよ。
高校生は運転免許も取れるだろう。手に手に凶器を持って徒手空拳の俺に走りで敵うようなヤツなんぞいなかったのだ、だから先輩に行って轢いてもらったんだろうな。あのごみ溜めなら出てきそうな発想だよ。
いつも通りの夜の走り込みの最中にいきなり車が突進してきた。制御なんか利いていないし、スピードはめちゃくちゃだ。あんなものに当たって今に生きていること自体を感謝するべきなんだろうがな。
足がなくなった。
馬鹿が。お前には関係のない話だろうが。走れなくなったからうっぷんはゲームにぶつけただけのことだ。
すまなかったと言いたいんだ。
「口調がアレだな」
「やっぱりそう思うか」
馬鹿だろこいつ。馬鹿が、バカがと言っておきながらずいぶんバカなんじゃないのか。
「お前もまだ学生なんだろどうせ。同じような歳じゃねえか」
「ああ、そうだな…… って、今の話を聞いていたんだから分かるだろうが馬鹿め」
もう一回全身に投げナイフぶち込むぞコラというと黙った。
「足がないのがそんなにつらいか? 自分で理解を得るのを拒んどいて」
「……足を失くしたときの気持ちは、言葉じゃ説明できない。月並みな言葉が大量に浮かんできて、これじゃダメだと思ったら何もなくなる。親兄弟がみんな悲しんでくれているのに当たることしかできないんだ。最悪だろう」
「分かってるんだったらやめろよ」
それでやめられるなら、と灰朝真は言葉を切った。
「それで、 ……それでやめられるならどれだけいいか! 一生抱えていくんだぞ!? ほかにどこにも悪いところはないのに障害者扱いだ! クズが企んで俺の足を奪ったって言うのに、あいつらは裁かれもしないッ! 賠償だけすればいいって、あんなにふざけた判決が出たのを見て俺がどれだけ絶望したか分かるか! 勉強だって仕事だってできるはずなのに…… 何もかもめちゃくちゃになったんだッ!!」
密度のある言葉が、空虚な悲しみを表していた。
「なあ、灰朝真。お前な。自分だけだって思ってないか」
「健常者のお前らにここから出て行けなんて言う権利がないのも知ってる。八つ当たりなんだ、これは。すまない」
「そうじゃ、ないんだよ」
欠落。
「親兄弟がいるんだっけ?」
「ああ。父さんも母さんも、兄さんも、いい人だ」
「うらやましいな。捨て子には」
灰朝真は、蒼白な顔をこちらに向けた。
「本当か?」
「そうだよ。こんなに暴露された後で嘘なんかつくかよ」
あなたが悪いわけではありません。ぜんぶ私が悪いのです。
そんな書き出しで始まる手紙を手渡されたときは、俺は頭がおかしくなったかと思ったもんだ。だが嘘じゃなかった。
「書置きだけ残して赤ちゃんポストに入れたんだよ、本当の親がな。本当に小さい、自分の名前もないような頃に引き取られて今の両親に育てられてる。知らなかったんだ」
今の親が悪い人じゃないことは分かっている。取引相手を全員確かめたこともあるし、三か月コンピュータウイルスまで使って追いかけたこともあった。
「本当の親が生きてるのか死んでるのかは知らないぜ。だが会ったらただじゃおかない」
自分が悪いことを認めたうえで捨てるだと?
「こういっては何だが」
「んだよ」
灰朝真は拳を出した。
「友達になってくれないか」
「……いいぜ。欠けてる同士」
足がない。
親がいない。
「意外といい友達になれるかもな」
「そうかもしれないな」
俺は投げナイフを出した。
「忍者刀じゃなく短剣だが」
「べつにいいだろ」
打ち合わせると、キンと澄んだ音が響く。
「また会おう、もう少し殺伐としていない場所で」
「そんときまでに口調変えとけよ」
俺はログアウトした。
◇
聞こえないように耳をふさがなくても、あまりよく聞こえない。
(おおっと黒くなっています先ほどの戦いでは白かったはずですがいったいどうしたんでしょう暗黒ティッシュ(意味深)さんあれは装備成長でしょうつまり本人の意思がある程度反映された形ですつまりはいま彼女はとても暗い精神状態にいると言うことでしょうそれはまずいですね彼女の明るさが失われるのは一ファンとして容認できませんそれはあなたのエゴでしょうそれでは両者位置についてレディーセットゴーおっとミサ動かないいったいどうしたのでしょうか相手が迫っていますこれはまずいまさか負けるつもりなのでしょうか戦いが辛くなったということも考えられますがさすがにこれは一ファンとして容認できないだからさっきも言ったでしょうそれはあなたのエ)
うるさい。
ドボッと音が聞こえた。
(なんでしょうこれはいったいどうしたことなのでしょうかたったの一撃で敵を半殺しにできる装備など聞いたことがありませんこれはセンセーショナルなニュースですさすがにこれはまずいでしょう明らかになった瞬間に人が殺到してしまうかもしれませんねいやそれはちょっとまずいんじゃないでしょうかミサさんコメントをいただけませんかいったいどうしたのでしょういぜん沈黙したままです相手方は恐怖しているのでしょうか動くこともできないようですああ降参してしまいましたミサさんミサさんいったいどうされたんですか医務室などに向かったほうがいいのではいやゲームだから医務室なんてありませんよどうしよう試合はこれで終了ですがさすがにこ)
うるさい。
歩くだけで体がきしんでいるみたいだ。
石でできた体が無理に動いて関節から粉をこぼしているみたいな。
(どうしたんですかミサさんこの装備はいったい何なんですかあんなに残酷な倒し方をしておいて何も言うことはないんですかどうしたんです何か言ってくださいよあれが何か聞いているだけじゃありませんか一撃の威力に絞っただけでもあれはおかしいですよミサちゃん堪えているのは分かるけどさすがにあれはいけないわほらこっちなんだよ人形みたいな顔しやがって気持ち悪いんだよ誰だよヴァルキリーなんて言ったやつはこんなの化け物じゃないかお化けだろどうしたんだよ何か言ってみろよ大丈夫ですかどうしたんです顔色が悪いよ)
「こっちだ」
無数のささやきに紛れないで、お兄ちゃんの声だけが聞こえた。
わざわざ背負ってジャンプしてくれた灰朝真とかいう人にはお礼を言うべきなんだけど私はその人にお礼も言わずにお兄ちゃんの横に座る。
なんだか色っぽく見えるぜ、とお兄ちゃんはいつものようにふざけた。
「黒って大人の色だもんね」
「だいぶ取り戻して来たな、ミサ。やっぱり重いんだろう」
正直に答えられるなら楽なのに。
「いくらヴァーチャルでもな、間接的にやってる俺と直接のミサじゃ感覚が違う。魔法やら投げ武器やら使ってるやつはインスタントに戦いに慣れられるんだよ」
「関係ないよ、そんなこと」
口がすねていた。どうしてなんだか分からない。
いつものお兄ちゃんが偽善者に思える。
「黒ってな、迷いなんだよ」
「ん、そうなの?」
黒は悲しみとか、殺意だと思っていた。
「いろんな色が入ってるだろう、黒って。どんなのでも濃くなりすぎると黒だ。でも黒を薄くしたときにはいろんな色が混じってるもんだしな、コンブなんて日に透かしたら緑色じゃねえか。純粋だけど、まだどこかへ行ける余地がある。そういう意味なんだと思うよ、俺は」
「いつもみたいに言ってくれてありがとう」
とても他人行儀な口だった。黒くて、なお黒い。そして白い。
「お兄ちゃん…… 私と殺し合いになったら、どうするの?」
「素直にやられると思うか? 大間違いだぜ」
お兄ちゃんは不敵に笑う。
「新兵器はいくつもある。そう簡単にはやられねえぞ」
「そっか」
手が冷たい。
「えっとね」
「どうした」
お兄ちゃんを殺したら、私はどうなるのかな。
「ん、なんでもないよ」
「いつでも相談には乗るぜ。 ……そうだな、試合もしてやるよ」
お兄ちゃんには分かっているんだ。
私は泣きそうになった。
白い女神と黒い女神、どっちがいいでしょうね? ミサが病みすぎて作者が怖がってしまっているんですが……。
恐怖を克服したのち更新が再開されるでしょう。




