#020 Into the Night
章タイトルに合わせた言語で話数の名前を付けようかな、と思ったのですが、それだったら全然知らない言語のときどうすればいいんだろう、と悩んだりしています。
どうぞ。
黒い影が突然「〈良い殺しを〉」と言って現れた時の恐怖たるや凄まじいものだったが、よくよく考えてみれば口調からも怪しさからもこんなことをする人物はごく限られている。
「〈良い殺しを〉。 ……どうした。投げナイフの補充か」
「ああ、それもあるんだ」
今投げていたところなのだからそこまでたくさんあるわけではないのだが、まあぼったくるつもりもない、正直に言うまでだ。
「今使ってるとこなんだよ。試用期間だぜ」
「ふん、そうだったのかい? だが今回は別の話題もあるんだ」
投げナイフをインベントリに戻して新たに取り出す。
「我々の団体に入らないか? P.K.Cというんだが」
「言ったろ、人殺しをやるつもりはない。相手が何だか分かってるのか」
「人間だね」
「そういうことじゃねえ! オトナの都合に子供を巻き込むな」
なんだ分かっていたのかい、とJはにこりとして答えた。
「そこまで掴まれているのに見過ごすわけにもいかないな」
「……ナイフはこの通り構えてるぜ。今ならただで売ってやってもいい」
「とてもいい心がけだね。一本だけかい」
「こいつは一本で足りる」
どういう意味か聞かれても答えるつもりはない。
「ほう? まあいい、もらっておくよ。しかし無事でいられるとは思わないことだ」
黒い影はそして俺の目の前から消えた。
Jほどの人物が捨て台詞を言うとは、本当に近いうちに何か起こるかもしれないな、なんて思ったのがいけなかったのだろう。あんなものを見せられることになるとは。
それから数日経った。
俺が狩りから戻ろうとしていた時のことになるだろうか。いつものように鉱石を落とすモンスターをピックアップしたあと、それを重点的に倒したときのことだ。セントラルからレシピを受け取った空白金鉱の投げナイフの試験でもある。
エイルンからちょっと遠い場所にある森が途切れ、鉱山の入り口が見える辺りがその場所だった。木々の間にモンスターを探して狩るルーティーンをある程度こなして、俺は木の間に見慣れた、最近あまり見ていなかった影を見つけたのだ。
「あっ、お兄ちゃん!」
「おっ、ミサ! 奇遇だな」
こんな偏屈なやつしか立ち寄らない場所によく来たものだ。すぐさま地形効果のホコリが全身にくっつくものだから、物好き以外来ない。
「えー、何そのリアクション。隣人って感じだよ」
「隣人かなあ」
いやいや、妹が可愛いと言う自慢がしたいわけじゃない。
隣にいるにゃんさんも赤い装備と赤っぽいポニーテールが魅力的な活発な女性だし、後ろの方に控えているとはいえパーティーのトップだろう三ヶ日さんも白い装備にシルバーグレーのロングヘアが映えていてかなりきれいだ。それらしい紺色のローブを着た魔法使いスタイルのなすこさんもとっくに社会人だが、二本のおさげが幼さも含んで可愛らしい。
その中でもミサがとくにきれいだと言うつもりはないが、言葉を惜しんではいけない。目覚めし鎧になったらしい白い鎧はドレスのような鎧のような不思議な美しさを持っているし、少し小さめの盾と腰に下げた剣は恐ろしいまでに輝いている。三ヶ日さんとおそろいの黒いロングヘアはちょっと乱れているが、それも一種の魅力だと言えるだろう。
「どしたの、そんなに見て」
「いやいや、俺の妹はこんなにかわいいと再確認してたんだよ」
「……うん。それよりこれ」
手紙だ。
「誰の手紙だよ」
「Jさん」
うわあ……。道理で俺を見つけるまで待っていたような感じだったわけだ。
来たる4月15日よりプレイヤーキラー・トーナメントを開催致します。
P.K.Cの一同、有志、猛者、心よりお待ちしております。
「おい、いつ受け取ったんだ」
「今日ログインしてすぐ、Jさんが「やあ」って。直接渡したら捨てられると思ったんじゃないかな? どうするの?」
「いや、行くよ。腕試しにちょうどいい」
代わる、と言ったのだ。行かないではいられまい。
「私も行く」
「やめろミサ。有名人は狩られるぞ」
「分かってる。それで稼ぐの」
「稼ぐ?」
トーナメントは「事前の持ち点」も勝敗に加算されるらしい。持ち点は事前にプレイヤーキルを行うことで稼げる。ということは。
「やめろよ」
「……殺さないよ」
背後の三人も、すでに覚悟を決めてかかっているらしい。
「おい…… マジか?」
「本気です。優勝するために手段を選ばないわけではありませんよ、飛んで火にいる夏の虫が火で焼かれると言う、それだけのことなんですから」
「そうそう。ぶすっと刺しちゃっておしまいなら文句ないでしょ」
「こんがり」
個人的にはやめてほしいところだが、覚悟を決めているのなら阿修羅道を往ってもらうまでだ。
「おっほォ、いいねェ。何が何だか知らないけど、強い人でもワンカウントだよね。つまりたくさん殺せばいいってこと」
「美しき兄弟愛! 泣けるそして抜ける! イケるよこれ!」
さっそくPKのお出ましだ。
どうやらアサシンタイプの、影から現れて数発で片づけて次に移る作業PKらしい。渋い茶色のニンジャコスチューム、もう一人は灰色に変わっただけの同じコスチュームだ。にやにや笑いを顔に張り付けたそいつらは、木の枝に並んで立っていた。
「後悔するぞっつっても聞かなさそうだな」
柿渋色のニンジャ野郎がほっはっと妙な笑い方をした。
「いやぁ、メインウェポン装備してない人に言われたくないなあ。声がするから来てみたらこれだよ、即狩り余裕」
「女の子が4人もいるわけだからねー。よわい、確信」
粋がってるガキだ。まあ良くて中高生、悪かったら恥ずかしい中年だろう。
「体中痛くて動けなくなる前に行け。ほらごー、よん」
「行くわけないだろ!?」
柿渋と灰色がそれぞれの方向に跳躍した。柿渋が俺の方に突っ込んできたが、俺にはそれが見えている。というか解析のレベルが低くても、反応速度がだいぶ上がった俺には敵ではなかった。
笑ったままの顔にソーピックを二本ぶち込む。体にピックを五本刺したところで黙りこくってしまい、恐らくはそこで気絶した。渋いコスチュームなのにやっていることがまるでガキなのが困る。
「弱いなおい」
「お兄ちゃん無茶しすぎだよ」
どがぁ、ととんでもない音で灰色のコスチュームがひどい目に遭っているのが分かる。ミサこそ人のことは言えないだろう、かわすだけかわして蹴り飛ばしているんだから。
「おい、運んで行ってやれよ」
俺は言ったのだが相手はまるで聞きもせずに逃げた。情けとして俺は投げナイフを首に三本もぶち込み、死なせる。
「モンスターに殺された経験値の方が大きいもんな」
「もう…… お兄ちゃん、無駄なことしなくていいのに」
そんな冷たさをミサに宿らせたPKどもに鉄槌を下さねばならない。という正義感を抱いた時点で自分を疑うことが頭から抜け落ちてしまう。いけない、いけない。
「15日ってあさってだったな?」
「うん。あ、これあげるよお兄ちゃん」
エアルプラティンだ。
「いいのか、こんなに」
「いいの、いいの。売らないだけだから」
ずだ袋にガラガラ言っているこれは、十個ではきかない量が入っているに違いない。
「また助けてほしいことがあれば言えよ」
「うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」
見せつけてくれるねー、となすこさんが適当に言った。適当だろう。
街に戻ってから俺は、アイテムを整理することもなく貸し錬成床に向かった。投げナイフは何本あってもそんなに重いわけではないし、重い武器は極力売り払ってしまうことにしている。そろそろ時機を見て「金のかたまり」や「鉄くず」がかなり有用なアイテムだということを誰かに伝えるべきだろう。廃品利用者である俺が持っていた有利さはなくなるが、ゲーム全体が徐々に前に進んでいくに違いない。
さすがにレベル40以上にたどり着いた人もいようというものだが、トップ集団が人殺しイベントなどに来るものだろうか。
まあ、釣られたやつは来るだろうし、ネタ集団のやつらも何人かは来るだろう。それは分かっているが、そういうやつらではない、極端に言えば有名でも何でもない隠し玉的存在の参加こそがこのイベントの核となるものだろう。
前にスレッドで確認した通り、有名人はそこまで多いわけじゃない。ギルド「オーシャンズ」の面々がギルドマスター「タイヨウ」やら参謀「†アビス†」で、他にはソロで有名なやつばかりだ。その中にセントラルが混じっているが、もちろん勝つつもりでやっても負けるだろう。
その中にミサが混じっているのは不本意と言わざるを得なかったが、だとしても楽しみで人殺しをやるようなやつが優勝するよりはましだ。
「でもなあ」
ほぼ、というか実質的に全部クリティカルになる俺の攻撃にも弱点はある。
本体の防御が薄いことだ。一応鈴青石のセットで武装してはいるが、オーソドックスな鎧くらいで剣での斬撃や盾での打撃などを防げるとは思えない。生身という言い方はおかしいが、体で敵の攻撃を受けたとき、俺のHPは少なくて二割以上減っていた。残念な言い方をするのなら、紙装甲だ。見た目だけすごくて剣は本物、でも新聞紙で作った偽物。雨が降っただけでおしまいだろう。
もちろん攻撃を弾くことで受けないと言う選択肢もあるが、プレイヤーがそれをさせてくれるほど弱いとは思っていない。逆にほとんどのプレイヤーが俺よりも高いレベルで、ずっといい装備を持っていてステータスも高いはずだ。いくら格上との戦闘に慣れているとはいっても、さすがにプレイヤーを同じ次元で推し量ることはできない。
うだうだ悩んでいるところに、メールが届いた。
「Jか…… なんだよ」
メールを受け取ったことがない。正確な名前のつづりを知っているのはミサと仲間たちだけだろうし、それ以外知り合いもいない。けっこうぼっちなのだ。
君に売った鈴青石シリーズ、錬成で強化できることを言い忘れていたよ。
素材を添付しておく。
J
なんだよいいやつじゃねーかよと思ったが、これも作戦に違いない。計ってのことではなかったかもしれないが、そうであっても俺を助ける理由は場をかき乱したいからに違いない。
メールにはアイテムも添付できるようだ。相性がいいのだろう「静寂の蒼玉」というアイテムを全パーツ分つけてくれていた。試しにイヤリングを外して錬成スキルを起動してみると、ちゃんと強化ができるレベルに達している。
「強化にも種類があるんだよな……」
最近独り言が多くなったんじゃないかとも思いつつ、俺はどういう強化がいいのかという場所を見た。防御力強化はもちろん、追加効果付加ももちろんある。もっとも追加効果の方は付けられる数が余っていればの話で、余っていなかった場合はちょっとまずいことになる可能性があるはずだ。
結局のところ追加効果付加と魔法効果付与は求められる素材やらスキルレベルが高くて無理そうだなと思ったので、防御力強化を一つひとつ施すことにした。Jがメールに添付していたサファイアでなんとかなる。
と思ったが、MPがぎりぎりになってしまった。
「やっぱ本気で探すしかないな、MP丸薬」
瞬時にMPを回復するのではなくて、完全な休憩のときや食事中にゆっくりとMPが回復する速度を倍以上に跳ね上げると言うものだ。噂のレベルでしかないものも実証が難しいこのVRMMOというゲームにはあるので、探せば見つかる可能性がある。
俺は比較的暗い貸し錬成床から、月明かりの下へ出た。
エイルンは明確に分かれているわけではないとはいえ、いくつかのエリアがある。南側の方はそれなりに荒っぽいほうで酒やらタバコやらを探すのに向いているし、真ん中あたりはにぎわっているがよく分からないことになっている。
それじゃよく知らない北の方のエリアはいったい何なのかということだ。行ったことがないうえにネットでの噂も特にない。もしかしたら前人未到の地なのか、という思いが俺を揺さぶってここまで来させたのだ…… とまでは言わないが気にはなっている。
「牧歌的だなあ」
城壁の中だと言うのに畑が広がっている。北側は別に特筆すべきことがないNPCの畑なのだろう、これなら観光案内あたり見ないと載っていないはずだ。
夜だから人なんていないよな、と思った瞬間に畑全体が光り輝いた。
「……!?」
数秒間輝いた後、畑は元の様子を取り戻す。
「何が、起きたんだ」
魔法の輝きに見えるが、こんな範囲に効果を及ぼす魔法があるなどとは思ってもみなかった。誰かが魔法を放ったのだ、NPCではない、超強力な力を持ったプレイヤーが。
見れば畑の真ん中に人がいる。
「こんにちは。こんな時間にどなたでしょう」
「あ、こんにちは。さっきの畑が光ったの、見ましたか?」
「はは、見慣れない人は驚くでしょうね。力を磨いている最中でして、もう少し…… 欲を言えばここの全ての畑に影響を及ぼすくらいに強化しないとね、そう思って今日も修行に来たんですよ。地力を上げるっていうので皆さんから喜ばれてますが」
具体的に何が、ということは一切言っていない。だが俺はある確信を持っていた。
「土魔法、ですか?」
「そうです」
渋い声と渋い顔を持った男は、大きくうなずいた。
あんまりお待たせすることなくお届けできてよかったです。と思ったのですが次回はまだ書いている最中ですので更新が遅くなるかもしれません。
……他の作品については確約ができませんが、数カ月お待ちください。




