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エデンの庭先へ ー俺の人生は異世界行っても破茶滅茶だった件ー  作者: 白湯の窓辺


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第六話 血

 扉が鳴った。


 叩き方ではなかった。殴りつけるような音だった。


「おい!おい!ゴルト出て来い!」


「出てこないとどうなるかわかってるだろうな!」


 ゴルトが玄関へ走る。いつもと違う足音だった。

 俺はエルナの手を引っ張り、机の下に隠れた。


「なんでしょうか?」


 敬語だった。あのゴルトが。


「なんでしょうか、じゃねえだろ。今すぐ利息分だけでも払ってもらうからな。Null村のやつらはほんとに使えねえな。まあ最終的には体で払ってもらうしかねえけどな」


 行商人の中には、こういう連中もいる。金を貸して、返せなくなったところで奴隷にする。知識がなく、逃げ場もないNull村の人間は格好の獲物だ。


 怒鳴り声は丸聞こえだった。あいつどれだけ金借りているんだ。

 このままだと俺やエルナにも影響が出る。


「今すぐ用意しますんで」


 ゴルトが家に飛び込んできた。


「おい!おい!エルナ!エルナ!出て来い」


 やばい。今出ていくとどうなるかわからない。


「お姉ちゃん、ダメだ。出ていくな」


「でも……お父さんが」


「ダメだって…俺たちもどうなるかわからないんだから」


 エルナは少し黙った。


「ごめん。お父さんも家族だから。なんとかなると思うから、ちょっとだけ行くね」


「姉ちゃん…ダメだ…」


 掴んでいた手が離された。その手は震えていた。

 この手を離さなければ。もっと強く握っていれば。

 そう思ったのは、全部終わってからだった。


「おい、エルナどこにいたんだてめえ」


「すぐ財布を出せ!早く出せ!」


 エルナがいつもの場所へ向かった。棚の前で止まった。


「……ない」


「何がないんだ」


「財布が……ない」


 ゴルトの顔が変わった。

 エルナは焦った。


「早くしろって言ってんだろうが」


「ないの。本当にないの。ここにあったはずなのに」


 俺は机の下から見ていた。ジュリアが壁に背をつけて立っていた。笑みを浮かべていた。


「てめえ、まさか人の金を使い込みやがったな。どうなるかわかってんだろうな」


「してない。そんなことするわけないでしょ」


 ジュリアがニタニタと笑っていた。

 こいつがやりやがったか。俺は確信した。


「どちらにしろ。ここにはもう金がない。分かるよな。もうお前しか頼みはいないんだよ」


「やめて。すぐ探すから。絶対見つけるから。待って」


「うるせぇ!時間がねーんだよ!お前がしっかり管理してないせいだろうが」


「やめて」


 鈍い音がした。エルナが壁に叩きつけられた。それでも立ち上がった。また殴られた。


 俺は机の下から飛び出した。


「やめろー。お姉ちゃんを離せ〜」


 声が出た。自分でも驚くほど、低かった。


「うるせーちびすけ。お前は黙ってろ」


 ゴルトの拳が飛んできた。これはダメだと思った瞬間だった。


 エルナが間に入った。


 ゴルトの拳がエルナの顔に入った。鼻から血が吹き出した。

 そして血がゴルトの腕にかかった。


「大事な売り物の顔を傷つけちま…あぁああああ〜」


「ぎゃああああーうぎゃあああ〜」


「あゔぁゔぁーああああーああああああああー」


 突然、ゴルトが発狂し出した。部屋の隅で笑って見ていたジュリアの血相が変わった。


「もしかして、あんた…。あんた…。禁忌の能力者だったの…」


「すぐに報告しないと。一家全員殺させる」


 そう言って必死の形相で外に走り出ていった。


「お姉ちゃん、逃げよう」


「わたし…禁忌の能力だったなんて…」


「今は考えなくていい。早く行こう」


「わたし…わたし…どうしたらいいの?」


 エルナの目が据わっていた。今にも何かが壊れそうだった。

 エミルはへたり込んだエルナの手を取った。


「大丈夫。いこう。今しかない」


 手を引っ張っていこうとしたとき、ジュリアが帰ってきた。


「エルナ、あんたはもうお終いよ。あんたのせいでどれだけ殴られたと思ってるの」


「もうすぐ国の人間が来る。あんたは処分される。ほんといい気味だわ」


「ゴルトもああなって、やっと私も楽になれる」


「エミル、あんたもこのままで済むと思うなよ」


 ジュリアが今までの鬱憤を晴らすかのように捲し立ててきた。

 とてもじゃないが親の発言とは思えない。前の世界でもこんな親は見たことがない。

 ただ今はもう時間がない。早く逃げないと。


 そう思った矢先だった。

 外から叫び声が聞こえてきた。

 次の瞬間、何かが爆ぜるような音がした。


「ぎゃあああ」


「やめてくれ」


「逃げろ」


 声が重なる。遠くから近くへ。次々と途切れていく。

 氷が砕ける音がした。また叫び声。また途切れる。

 その音、その叫び声はどんどん近づいてくる。


 何が起こっている。理解ができない。


「お姉ちゃん早く出よう」


「……」


 無理やり手を引っ張った。

 だが、その叫び声は玄関まで聞こえてきた。


 もう、遅かった……。


「お邪魔しま〜す。ここかな?禁忌の能力者がいるところは?」


 なんなんだコイツ。頭がおかしいんじゃないのか?一目でわかった。


「いや〜なかなか見つからなくていろんな人殺してきちゃったよ」


「まぁ、こんな村なんて人間じゃなく家畜も同然だからね」


「あーこいつかね。発狂してるしね。ここにいるんだね〜。誰だろうね〜」


 ジュリアが嬉しそうに前に出て話出した。


「その子ですよ。その子。ほんとあなたを待ってたんですよ」


「いや〜ほんとこの子のせいで私たちも迷惑かけられっぱなしで」


「ようやくいなくなって清々しますよ」


 ジュリアはまたニタニタと笑った。


「そうかそうかー。君かぁー」


「じゃあ、まずこいつを殺さなきゃね」


「やめろー」

 俺は叫んでいた。


「アイスランス」


 次の瞬間。アイスランスが頭を貫いていた。

 ジュリアの。


 そいつはケタケタと笑っていった。


「いやぁー、ほんと面白いねー。これでだからこの仕事はやめられない。最高だー」


 どういうことかわからなかった。


「なんで…なんで…」


「私だけのはずでしょ?村の人たちも殺したの?なんで?なんで?」


 エルナは取り乱しながら叫んだ。


「あー、禁忌の能力の粛清の件ね〜。あれはウソ」


「あのね〜残念ながら禁忌の能力が出た村はね〜国から殲滅するように言われてるの」


「だからね〜お前らは全員」


「み・な・ご・ろ・し・だ」


 そいつは楽しそうに笑いながら言っている。


「大丈夫〜大丈夫〜。お前ら全員殺してやるからさ。みんな同じ世界に旅立てるからさ。安心しな」


「あ・の・よ・だ・け・ど・な」


 そいつは満面の笑みを浮かべ、またケタケタと笑った。


「ぎゃああああーうぎゃあああ〜」


「あゔぁゔぁーああああーああああああああー」


「鳴き声がうるさいなぁ〜。静かにしてろ。楽しい余興の邪魔になるからね」


「アイスランス」


 ゴルトの頭にアイスランスが突き刺さった。

 部屋は静寂を迎えた。


「いいね。いいね〜。この静けさ〜。さぁーshowの幕開けだよ」


 これはどうにもならない。今の俺たちでは勝てない。そう俺は思った。


「エミル、エミルだけでも逃げて…。お願い。お願いだから」


 エルナは泣きながら言った。


「嫌だ。俺は逃げない。でも諦めたくない」


 ここで二人とも死ぬかもしれない。それでもいいと半分覚悟していた。


「いいねーいいねー。まぁ、逃しはしないけどね〜。どうせ全員殺すんだから」


「い・っ・ぴ・き・の・こ・ら・ず」


 そいつは不敵な笑みを浮かべながら指を刺し始めて言った。


「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な〜」


 エルナが立ち上がった。震えを抑えながら。


「殺すなら私を殺して、この子は関係ないの。この子には手を出さないで」


 俺も叫んだ。


「殺すなら俺にしろ。頼むから…頼むから…姉ちゃんに手を出さないでくれ」


 頭の中にエルナとの思い出が走馬灯のように走った。


「いいね〜いいね〜。君たちは兄弟かい?」


「美しい〜兄弟愛最高だね〜」


「ほ・ん・と」


 そいつから笑顔が消えた。


「反吐が出るぜ」


 俺に殴りかかってきた。拳がお腹を抉っていた。息ができない。

 こいつにとって俺はただのおもちゃだった。


「お前ら家畜がな〜。人間様気取ってるんじゃねーよ」


 また、拳が腹を抉る。意識が飛びそうになる。


「おい、お嬢ちゃん。お前さ〜。わかってんのか?」


「ぜ・〜・ん・ぶ」


「お前のせいなんだよぉおおお〜」


 そいつの拳がエルナの腹に入った。エルナはうずくまった。


「お前のせいでこの村もここの家畜どもも全員殺されるんだよ〜」


「それをあたかも自分は悪くないみたいに言いやがって〜」


「全部お前のせいなんだよ」


「あぁぁぁーっ。いやぁぁぁぁーっ」


「お前がいなければこんなことにはならなかったんだよ〜」


「薄汚れた服きて臭い食べもん食って〜それでも幸せに生きていけたのになぁ〜」


「ぜーんぶ」


「お・ま・え」


 そいつは言葉を発する度に一発づつエルナを殴った。


「おい、お前。今なんで俺が殴ってるかわかるか?」


「お前のせいで殺された家畜たちのために俺は心を鬼にして殴ってんだよ」


「哀しいのは俺の方だよ」


 そいつは清々しい顔で笑みを浮かべた。


「じゃあ、そろそろフィナーレと行きますかね」


 そいつはエルナの胸を鷲掴みにした。


「こんなちっちゃい子の前でこんなことされる気分はどうだい?」


「やめてっ」


「家畜でもこんな声出すんだね〜」


「やめろー。やめてくれ〜」


 俺は大声をあげていた。


「大丈夫。殺してあげるからね〜。アイスランス」


 そいつはエルナの首元に手に持ったアイスランスを突きつけた。


「いやぁ〜たまらないね。この感覚〜。何度やっても病みつきになるねぇ〜」


「じゃあ〜フィナーレだねぇ〜」


「最後に君からこの子へ伝える言葉はないかい?それを許そう」


 エルナは満面の笑みを浮かべた。


「エミル、こんなお姉ちゃんでごめんね。今までずっとありが……」


 首から上が消えた。血飛沫が上がった。


「姉ちゃーん、姉ちゃーん」


 俺は叫んでいた。


「あらあら、話してる中で切っちゃぁぁぁぁあああああ」


「ぎゃああああうぎゃあああ〜」


「あゔぁゔぁーああああーああああああああー」


 そいつが発狂し出した。


 次の瞬間には体が動いていた。頭で考えていなかった。


 台所まで走っていた。ナイフを掴んでいた。


 ただ、刺した。何度も。何度も。


 そいつの体は動かなくなった。


 少しの静寂が流れた。


 次の瞬間、自分の心臓の鼓動がドクンドクンと大きくなった。

 視界が狭まる。意識が朦朧とする。


 気づいたら膝をついていた。手が血で濡れていた。


 ナイフがそいつの胸に刺さっていた。


 やめろ。そう思った。


 でも手が動いていた。


 胸を開いていた。心臓を掴んでいた。


 やめろ。やめてくれ。


 グシャリ、グシャリ、と音がした。


 口の中に、何かがあった。


 その瞬間だった。


 頭の中に何かが流れ込んできた。


 怒り。憎しみ。快楽。


 違う。これは俺の感情じゃない。


 こいつの感情だ。


 止まれ。止まれ。


 でも止まらなかった。


 頭が割れそうだ。意識が混濁する。夢か現実かわからない。


 誰かの声が聞こえた。殺せ。殺せ。殺せ。


 違う。俺はそんなことを思っていない。


 また身体が勝手に動く。


 エルナの方へ。


 やめろ。やめてくれ。


 止まらない。


 ナイフを大きく振り翳した。


 エルナの胸に突き刺さる。


 やめろ。


 何度も。


 やめてくれ。


 何度も。


 その手は心臓を取り出した。


 姉ちゃん。ごめん。


 遠くから声が聞こえる。


「エミル……」


 レナの声か。泣き声。きっとこれも幻聴だ。


「助けて……パパが……ママが……エミル……」


 俺はその心臓を貪り食う。


 グシャグシャと音を立てて。


 感情が流れ込む。エルナの感情が。


 後悔。自責。絶望。未練。憎しみ。


 助けて。助けて。と聞こえてくる。

 頭がおかしくなりそうだ。

 その瞬間、俺はなぜか笑い出した。


 はっきりと声が聞こえた。


「エミル………なにをやってるの?」


 俺の頭の中が急に静かになり、それが現実だと気づいた。


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