その【集落】亜人の村につき。
戦闘を終えた三人は、道化師服の不思議な少女――
ルルリカに案内されるがまま、彼女の言う、集落まで森を歩く。
彼女の言っていた集落にたどり着く頃には、すっかり森は薄暗い。
木々の隙間から見える空は、群青色に染まっており、ちらちらと星が輝く。
集落はとても不可思議に満ち溢れ、三人はその光景に驚きを隠せない。
目の前に広がっていた景色、それは――
木の枝や草花で編み込まれた小さな家々に、そこら中に咲き誇る大輪の赤薔薇。
家々を飾るようにぶら下げられている、淡い緑色の光を漏らすランタン。
ランタンの中央には、奇妙な鉱石があり、その鉱石が光源となっていた。
見るからに毒があるであろう、赤と白の水玉模様のキノコ。
そのキノコの上には、丸くて小さい、捻れた角の謎生物が群れをなす。
集落にたどり着いて早々、勇者たちに気がついた子どもたち。
どこからともなく集まってきたかと思えば、興味深そうに勇者たちを取り囲む。
最初、勇者たちが対峙した時は、暗がりで見た目が分からなかったが――
子どもたちは皆一様に、白髪で赤目の見た目をしており、白兎を連想させた。
勇者や騎士を、まるで初めて見るおもちゃのように、ペタペタと触れる。
触れる度、彼らは「おお!」や「わあ!」と声を漏らしていた。
「さっきの人たちじゃろ? なんで人間がここにおるん?」
「たまに迷ってくる人族おるし、そういうんじゃないん?」
「大変じゃったねー!悪い人じゃないんじゃろ? ゆっくりしてきんさい!」
集まるや否や、子どもたちは一斉にねぎらいの言葉や質問等――
まるで嵐のように三人に対し、言葉を投げかける。
セラとパルテオンは、たじたじで返答できず狼狽えるばかり。
ノアは膝を折り、視線を合わせて一人ひとり頭を撫で、難なく対応していた。
「すっごく元気だねぇ! えっと、僕たちね、森で迷子になっちゃって――
それで、気がついたらこの森にいてね? 斯々然々で大変だったんだぁ!
でも、ルルリカさんのお陰で助けられちゃって!」
「それと、森を荒らしてた魔物さんは、僕たちがしっかり――
やっつけておいたからねぇっ! だから安心してね? ふふっ!」
ノアが子どもたちに脅威が去った事を伝えると、皆ワイワイと騒ぎ始め――
嬉しそうな笑顔で、飛び跳ねるように喜ぶ姿は、まるで小動物だ。
そうしていると集落の奥から、背丈は周囲の子供たちと相違ないが……。
どこか、大人びているような、不思議な雰囲気の少年が姿を現した。
頭を少しだけ下げると、やや畏まった様子で勇者へと言葉を伝える。
「先程は事情を知らんかったとはいえ、悪いことしてしもうてすまん。
森を荒らされてしもうて、我々も気が立ってしもうとってなぁ……。
人族の勇者には多大なるご迷惑を……お詫びになるか分からんけど――
こんな亜人の集落で良かったら、手狭じゃろうけど、泊まっていきんさい。」
「長老ー、んならさ。 あたしの家に泊まってもらおうって思うんじゃけど。
どうせあたしの家部屋余っとるし。 ええじゃろ? 悪いこと無いじゃろ?」
長老――と呼ばれるには、些か議論の余地がありそうだが、誰もツッコまない。
ルルから“長老”と呼ばれたその人は「好きにし」と、返すだけ。
その後、長老は全員に対し軽い会釈の後に、どこかへと姿を消した。
(あれで、長老……長老って、どういう言葉の意味でしたっけ……?)
「みんな、色々気になっとるじゃろうけど、とりまあたしの家案内するけぇさ。
あたしの家で説明するー。 ほらーこっちこっちー。」
再び、彼女に案内されるがまま、一同は歩みを寄せるが……その道中――
巨大な“推定”毒キノコの上に群れをなしていた生き物が跳ね、皆の側へ。
ひとしきり匂いを嗅いだ後、ノアの足元へと纏わりついた。
彼が足を動かす度、跳ねて動き回り、勇者を翻弄するが如く暴れる。
「ねっ!ねぇ……っ! こ、これなぁに? なんなのぉ……?
とっても可愛いんだけど、生き物なんだよね……? なんで僕の足元に?
うわっ!取り囲まれちゃった! な、なんでぇ……?」
驚愕しながらも緩む顔を止められず、ニヤける表情でルルへと尋ねるノア。
が、そんな彼女からの返答は、まさかの「しらね。」だった。
何も分からない。何も伝わらない――なんとも冷たすぎる返事。
そんな、可愛げを感じる二人のやり取りに、セラはくすりと笑みが溢れる。
歩みを寄せていくと、周囲は更に可笑しな物で溢れかえっていた。
ヒゲの生えた樹木の魔物のような、少々不気味な形のオブジェ。
オブジェは蔓を伸ばすと、パルテオンの足を止めて彼の肩を叩く。
何事かと彼が振り返れば、何故か腹を抱え、滑稽なほどに爆笑――
樹木型のオブジェは、抱腹絶倒したまま――そのままピタリと活動を停止。
意味のわからない有様に、パルテオンは怪訝な顔でドン引き。
「お、おいおいッ……! 俺なぁんもやってねぇぞ? どうなってんだ……。」
「パルテオンさんがやっつけたのかと思いました……。 (あれって――
たしか、トレントという魔物では……? 何故共存を……??)」
が……セラは小さな謎生物にも、樹木型のオブジェにも、絡まれることは無い。
彼女は少しだけ、寂しさと虚しさを抱きながら、皆の後に続いた。
やがて見えてきた、ルルの住まう家の外観。
木の幹をくり抜いたような見た目、編み込まれた草花に、淡い光のランタン。
家を彩る大輪の薔薇に――扉の隣には、寒くもないのに雪だるまが佇んでいた。
雪だるまは視線を勇者たちへ移すと、謎に腹を叩き、歓迎の様子。
意味がわからなかったが、もうツッコむ気力も無い勇者一同。
「ただーまーー」と言葉と共に、ルルが家の扉を開ける。
すると、中から待ち構えていたのか、小さな姿が駆けつけてきた。
「ルルッ!」
白い毛髪を一つに束ねた亜人であろう女性が、ルルの姿を見るなり駆け出した。
ひと目見た感じは、ルルと同い年にしか見えない幼い風貌だが――
「ママ。」とルルが呟いたと同時に、女性はルルの身体を抱きしめた。
目には涙が浮かんでおり、二人が親子であることはやり取りから察せる。
(この方がお母様……? こ、子供にしか見えません……!)
「この子ったらもうっ! 何も言わんで急に居らんくならんでや……!
どんだけママたちが心配したと思っとん……! ほんまにもう……!
ごめんねぇ。 ルルの母、スージー・コエリーナよ。」
ルルの母を名乗った亜人の女性は、涙を拭いながらも丁寧に頭を下げた。
その間、ゆったりした足取りで、同じく白髪の男性が母の側へ。
「白兎小人族の集落によーきんさったねぇ、ええと……?
遠き人族の大地の勇者と騎士さんと……神官さん?」
腕を組み仏頂面で、母親の隣に立つ小人族の男性は「ふんっ」と鼻を鳴らし――
ややぶっきらぼうに勇者たちを一瞥した後、声を出した。
「ワシの名前はランドル言うんじゃ。 娘を助けてくれたんか知らんが……。
その、なんじゃぁ……まぁ、すまんかった。 ウチのじゃじゃ馬が。」
見た目の割に低い声が響き、皆同時に『ピシャリ』と背すじが伸びた。
あまりに息の合った姿に、ルルはぼそりと「うけるんじゃけど。」と零す。
ルルが両親をじっと見つめ、勇者たちを親指で指し、淡々とした調子で語った。
「ママー、オヤジー。 あたしさー、こいつらに付いてくわ。 もう決めたけ。」
まるで決定事項であるかのように、飄々と両親に話すルル。
二人とも驚愕の表情で『正気か?』と言わんばかりの眼差しを娘に向けた。
「ちょっと、どういう事ルル!?」
「なっ!そりゃどういう意味じゃ!」
声を重ねる両親に対し、ルルはあっけらかんと、袖をパタパタと振り回す。
「やーさぁ、こっちずっとおったところで、得られる事って限られとるし。
上も下も煩いじゃん?ここって。 んじゃけぇーさー……。
森以外の場所……この世界を、あたしのこの目で……もっと見たいって。
それにあたし、この集落じゃ強いほうじゃろ? 戦力にもなるじゃろ?」
母は娘を抱きしめ頭を撫で、真剣な表情で小さく「ほうね……」と呟いた。
「本気なんじゃね……。 ならもう、ママは何も言わんけぇ……。
ルルが決めた事なんじゃけ、あたしは娘の意向に沿うけぇね。」
「わりー。 でも、ずっと離れるって訳じゃないけぇさ。
飽きたらこっち戻るけぇ安心してや、ママ。」
母娘のやり取りを黙ってみていた一同だったが、ノアが一歩前へ。
「ええっと、ご挨拶が遅れてしまってごめんなさいっ!
その話なんですが、僕も今初めて聞いたところで、正直――
すっごくびっくりしてます! えへへ……。」
「でも、ルルさんの魔法……とっても凄かったなって思って……!
僕も仲間になってくれたらなぁーっ……て思ってたんだっ!
ルルリカさんの申し出は、とってもありがたいです……!」
「勇者として、男として誓います。 絶対に、仲間を……
ルルリカさんを一人にしないって!」
陽光のような明るい微笑で、ルルの両親を真っ直ぐに見つめる勇者。
大盾の騎士も『トン』と軽鎧を叩き、頼もしい声を響かせた。
「俺もだッ! 俺もしっかり、お嬢さんをお守りするぜッ!」
これ以上の言葉は不要と判断したセラは、静かに両手を胸の前に組む。
二人に同調するように、柔らかい微笑みをルルの両親へと向けていた。
ルルの父親であるランドルは、勇者たち一人ひとりを覗き込み――
値踏みするような、じっとりとした湿度で見つめた後、大きなため息を一つ。
諦めたように口角を上げ笑うと「ま、ええじゃろ。」と吐き出した。
「じゃけど――娘になんかあったら……ワシが容赦せんけぇの?」
まるでいたずらっ子のような、小さな笑みを浮かべる父親。
ノアの腹部へと優しい拳を繰り出すが、拳を受け止めたノアは笑顔と言葉を返す。
「任されましたっ!」
こうしてルルリカは、ノアたち勇者一行へと加わったのだった。
◇ ◇ ◇
ルルの家の一室にて、彼女の家族と勇者一同の計六人は――
まったりとした時間を過ごしていた。
白兎小人族という種族の話。この森は一体何なのか……等、話題は尽きない。
会話を交わしていくうちに分かったこと、それは――
この森は、煌陽国から遥か遠く離れた大地だということ。
時折こうして、原因は不明だが、色々な種族が迷い込んでくるらしい。
“森”という場所を起点とし“空間の歪”が発生し、その結果として――
この西の大森林に送り込まれるのだそうだ。
曰く『精霊様の気まぐれ』や『万物の通り道』などと言われているのだそうで。
森を抜けるには、木の上の住人、エルフ族に交渉するしか無いとのこと。
他にも、森に住む種族は多岐にわたるらしいが、大半が他の小人族という話だ。
白兎小人族に伝わる、郷土料理を食して語らい、穏やかな時間を過ごす。
夕餉を終えると、温かな灯りが揺れる中、ルルの両親は別の部屋へ。
窓の外から射し込む謎の植物の影が、ルルの部屋に幻想的な色を落としていた。
揺れる光が皆の緊張を解くように、部屋の隅々を静かに染め上げる。
小人族用に造られた家ゆえ、騎士にはとても手狭そうだった。
彼は椅子ではなく床に腰を据えており、皆に顔を向け、真剣な声音で語りかける。
「おーい、皆。 ちょいコッチに集まってもらってもいいか?
ちょいとよ、見て欲しいモンがあんだ。」
普段は頼り甲斐のある、兄貴分の騎士。
しかし、現在の彼は不安があるのか、どこか声は震えているようだ。
騎士の招集に、三人が頭に疑問符を浮かべ、顔を見合わせながら彼の側へ。
彼が全員が集まってきたのを確認すると、革袋から一粒の石を取り出した。
床の上に石を転がし、全員が『何事か?』と石に目を向けてみるが……。
床に転がる石は、脈打つように靄がじわりと溢れ出し、禍々しい空気を放つ。
「今日の戦闘ん時によ、あの熊みてぇな……顔が潰れた魔物……。
アイツがこの石を残していったんだ。 これ……見てくれ。
俺ですら嫌な気配を感じてんだ。 ヤベェんじゃねぇかって思ってよ。」
存在するだけで、部屋の空気が冷えるような、そんな気配すらある石。
ノアは真剣な眼差しで眺めているが、よく分かってない様子だ。
ルルとセラは、互いに怪訝な目でその石を見据える。
「そうですね……なんだかとても気持ち悪い石ではありますが……恐らく――
瘴気を纏っています。 これが魔物から? おかしい、ですね。
魔物が石を残して姿を消すだなんて、私は見たことも聞いたことも……。」
「そうなんだよな……俺も同じ事を思ってたんだ。
あの魔物よ、遺体すら残さず灰になってたろ? おかしいよな……。
多分だけど、コレが原因なんじゃねぇかって、踏んでんだ。」
二人の話に割って入るように挙手をし、申し訳なさそうに質問を投げるノア。
「えっと、ごめんね。 ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?
魔物さんって普通は消えないんだよね? でも今日の熊さんは消えて――
で、それの何がおかしいのかなぁ……?」
騎士が「おっと、そうだな。」と呟き、ノアに要約して説明。
すぐに納得したような表情になり、ノアは腰に佩いた聖剣の柄へ触れ、思考する。
口を閉ざし、考え込んでいたルルだったが、何か理解したように言葉を紡ぐ。
「あたしらの森なんじゃけど、こんなワケ分からん石、見たこと無いんよ。
あの熊の魔物さ、本来は多分“アルドーン”って名前の魔物じゃと思う。
この森に生息しとる、めーっちゃ凶暴な熊の魔物なんよね。 んで――
こっからはあたしの推測になるんじゃけど……とりま語るわ。」
そういって語り聞かせてくれた、彼女の考察はこうだ。
勇者が西の大森林に来る以前の話――
依頼を受けたであろう村付近の動物が、最初に石を取り込んでしまった。
その動物を追っていた勇者もろとも、この大森林まで連れてこられてしまい……。
その後、動物は熊の魔物に捕食され……結果、熊が変質してしまったのでは?
無表情で語り、一息付いた後に再びルルは言葉を続けた。
「――『万物の通り道』が、勇者ちゃんたちと石を運んだって……。
そう考えるのが、あたしとしては一番しっくりくるんよね……それに。
こんな妙な石、見つけたらすぐに上の連中が騒いどるじゃろうし。」
語り終えた彼女は、紅い瞳を全員に向け、瞳を細め、様子を伺う。
一同はそれぞれ、彼女の言葉に耳を向け、考え込んでいる様子を見せていた。
が、時刻はいつの間にか、日を跨ぎそうなほどに遅くなっており――
『パンッ』という、手を打ち鳴らす音を合図に、ルルは提案の言葉を投げた。
「とりま、時間が時間じゃけぇさ。 今日はもう皆寝んちゃい。
長い時間歩いて疲れとんじゃろー? 狭いじゃろーけど……。」
「そうだね、話し合ってたら時間が足りないねぇ……心配、だよね。
でも、心配しないで。 きっと僕たちなら、どんな困難も乗り越えられる――
とりあえずさ、その石を持って、調べられそうな場所に持っていこう、ね?」
優しくて穏やかな、まるで陽の光のような笑顔の勇者。
彼の声や笑顔、それに彼から発せられる空気は確かに人を落ち着かせる。
しかし、セラだけは『何故、彼はこうも笑顔でいられるのか』――と。
きっと彼も不安が無いわけでは無いだろうに……と、恐怖を抱いていた。
やがて就寝の言葉が落とされ、皆は寝床につき、穏やかな寝息を立てる。
しかし、疲れていたはずなのに――
どうしても眠ることが出来ず、頭が覚醒して眠れない聖女。
(どうして勇者さんは、あれほどまで、強くいられるのですか?)
(怖くはないの? 私には、勇者さんが笑顔でいられる理由が、分からない。)
7/15 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。
また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。




