頁:外 とある物語の一頁。
これは、一人の平凡な青年が、勇者となるまでの物語の一頁――
黄金色に輝く穂の海。ふわりと撫でる風が静かに揺らし、波を作る。
穏やかな草擦れの音――遠くからは野鳥の鳴き声。
村人の穏やかな視線。暖かな両親の声――平穏そのものの光景。
――青年の故郷はどこを切り取っても平々凡々とした長閑な田舎。
いつもと変わらない穏やかな日常の始まり。
日が昇ると同時に起床し、寝ぼけ眼を擦る青年。
焼き立てのパンを頬張り、具だくさんのスープを飲み込み――
颯爽と外へと繰り出し、爽やかな早朝の空気を浴びて準備運動。
溜め込んでおいた薪を割り、畑で収穫した野菜を箱に詰めていく。
作業を終えれば次の畑へと向かう……そんな、何気ない日常の一コマ。
だが――
そんな日常も、向かう先の畑に刺さった一振りのソレにより覆った。
畑に刺し込まれた“ソレ”は、この場に似つかわしくない立派な剣。
「あれれ?なんだろうあれ……?畑にあんな変な棒……?棒なのかな?
あんなの昨日は刺さってなかったのに……確認しないとっ……!」
付近まで寄れば、ソレがただの棒ではないことは明瞭だった。
僅かな極光を帯び、鞘に収められた一振りの長剣。
一体誰が、なぜ……このような畑に大層立派そうに見える剣など?
誰かが間違えて置いていったにしても、畑に剣を突き立てるなど――
青年にとっては許される行為ではない由々しき事態。
(全く……誰がこんなところに挿しっぱなしにしたのっ……!)
そんなことを考えながら、青年は長剣の柄を握りしめた。
触れた瞬間から感じるのは――脳へ直接届けられる澄んだ女声。
『よくぞ我に触れてくれた……感謝しよう。 我は選定の虹剣――
……【勇者】ノア。ようやく相まみえた。』
(……??なにこれ?どこから声が聞こえているの? この……剣さんから?)
「ええっと――せんていの、こうけんさん……? はじめまして!
とっても不思議なお名前だねぇ……?」
意味は理解できずとも、剣一本に対し、朗らかに微笑む青年。
が、彼は『選定の剣』が放った言葉の意味……その大半を理解できなかった。
(勇者?僕が……?人違いかなぁ……でもノアは僕の名前だし、うーん……。)
『誤りなどではない、勇者ノアよ……そなたの鮮烈な輝きを放つ魂――
我が見紛うはずもなかろう?そなたの心が我を喚び寄せたのだ。』
朗らかな微笑みを湛えたまま――青年はそっと……剣を挿し――戻した。
見なかったことにするため、そっと後ずさり……立ち去ろうと試みる。
『ちょ、おーーーいッ!待て待てまてーいッ!!』
『我をこんな畑に挿しっぱなしにするつもりかッ!?信じられん!!
此度の【勇者】はどうなっておるのだッ!我を拾え!そして世界を救えッ!』
(はえぇ……最近の剣さんって、とってもお喋りなんだねぇ……)
「ええっと、せんていのこうけんさんが“世界を救え”って言っているの?」
唐突にそんな分不相応なことを言われても、自身になにができようか?と。
産まれてこのかた、鍬と斧以外、振ったことすらなかった青年。
それどころか彼は――村から出たことすら、なかった。
生粋の農家の民――平穏で、平凡な……ただの農夫の青年。
十数年……物心ついたときから畑の世話をしてきただけの、一介の農夫。
そんな彼に世界を救う意志はおろか、剣の心得の一つすらない。
一村人である自身がなぜ――世界を救うなどという話に至ったのか。
「ひとつお聞きしてもいいですか?こうけんさん……もしかして――
僕が行かないと、家族とか村の人たちが、危ないの……かなぁ?」
『そうさな。』
『それどころか――世界が滅亡の危機に瀕しているかもしれぬ。
さて、どうする?酷な選択を強いるようで悪いが、我を連れていけ。』
まるで逃げ道を塞ぐような剣の言葉ではあった。
それでも――断る理由を青年には見つけることが、できなかったのだ。
両親や村の人々は『現在』の彼にとっては『すべて』だった。
「僕がいかないと、誰かが困るんだよね?」
「世界がなくなっちゃったら……悲しむことすらできなくなっちゃうね……。
僕の家族や――この村のひとたちだけじゃなくって、もっと大勢――」
「僕が……僕なんかが世界を救えるというのなら、いくらでも力になる。」
なんだってやってみせる――なんにだって……なってみせる。
決意の焔を胸に抱き、再び選定の剣を手に取った青年。
柄を握った瞬間――天から降り注ぐ白い光柱。
身体を包むように、内側から灼かれるような熱が広がっていった。
かくして――
平穏な農夫の『ノア』は世界を救う【勇者】となった。
彼はまだ世界の広さも、自身に課せられた使命の重さも、何も知らない。
これは一人の人間が【勇者】に選ばれた、物語のほんの一部。
――
――――……
勇者誕生――その瞬間の光柱は国のいたるところで確認できた。
鮮烈なまばゆい光は、誰しもが目を奪われるような光景。
あるときは、学術都市の黒いローブ姿の青年。
またあるときは、王都の軽鎧を纏った騎士。
時を同じくして【聖女】もまた、勇者誕生を認知していた。
同じ大地――違う場所で『勇者誕生』の空気を感じ取った一人の青年。
(――何?強力な『霊気力』の気配?……あぁ、なるほどネ、そゆコト。)
『――やっと……ボクの“物語”が始められるヨ。』
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