頁:7 その【消失】不明につき。
現在お世話になっているヴィオラ伯爵家。
伯爵家には、三人の姉妹がいて、修行の日々の合間――
そんな姉妹たちと、顔を合わせる機会が増えた。
聞いた話では、長女さん以外、王都の貴族学校に通っているとのこと。
学校に通い、同時進行で教育とか社交とか――将来の立場を学んでいるとか。
長女はどうだか分からないけれど、次女と三女の婚約はまだ先みたい。
今は学びに専念する時期だとかで、お屋敷に滞在しているだとか。
彼女たちもとても大変そうで、日々忙しなく動いているみたい。
それでもふと感じてしまうのは――
自分もやっぱり……学校に通ってみたかった。
自分という人間は、学ぶことが苦ではなかった子だと――記憶してる。
もちろん、苦手な教科とかはあった……はず。
それでも知見を広げるのは楽しかったし、学ぶことは嫌いじゃない。
聖女の修行なんてほっぽりだして、学校に行ってみたいなあ……。
だけれどそんなバカな真似はできないし、そもそもしない。
伯爵家の名前に泥を塗るのはもちろんのこと――
どちらにせよ【聖女】のお役目を担った以上、運命からは逃げられない。
さて、気晴らしに……ここで姉妹たちの紹介と参りましょう!
長女――マリアーナ・ヴィオラ。
彼女は今の自分より六歳ほど上のお姉様。
現在は礼儀作法を屋敷で学んでいるとのことらしいが――
合間に婚約者探し中とのことで、凄く大変そう。
どうやら婚約に乗り気ではないとの噂があるけれど、よく分からない。
彼女とは廊下ですれ違うたび、冷たい視線と声を投げられる。
「――ふん。分家筋のくせして……随分と待遇がよろしいんですのね?」
刃のように鋭い言葉に見えて、その実……ツンデレではないかと睨んでいる。
というのも、言葉は鋭いんだけど、なんか……優しさとか心配とか。
そういうものを……どことなく感じてしまうわけなのですね。
次女――レイアーレ・ヴィオラ。
マリアお姉様の三つ下。激情の塊みたいな子で、感情を隠さない。
「【聖女】に選ばれただかなんだか知らないですけれどッ!
たかが分家の分際でわたくしに偉そうにしないでくださるッ!?」
「わたくしの前から消えてッ!」
自分が何も喋っていなくても、彼女は突っかかってきます。
少しだけ――彼女の激昂した姿が怖いと感じるのだけれど、理由が理由。
年齢が近い分家の自分が【聖女】に選ばれて、彼女は選ばれなかった。
後になってから知った情報だけれど、彼女は次期聖女だと――
期待を寄せられて、育てられていたのだとか……そりゃ、怒るよね。
自分はただ黙して、彼女の感情を受け止めてあげるしかできなくて。
三女――ドロシー・ヴィオラ。
なんと、現在の自分と……つまりはセラちゃんと同い年。
不思議な雰囲気と言動が特徴的な女の子で、彼女だけは……違った。
「ねぇセラっ!あなたの心の奥……すっごく光ってる!とっても綺麗!」
毎回こんな調子で、なんて返答の言葉をかけるべきか分からなかった。
(こころのおく……??一体、彼女には何が見えてるんだろう?)
ただただ曖昧に笑うことしかできなくて――
なんでそんなことが言えるのだろうか?と……頭を抱えるしかない。
もしかしたら彼女は――なにか特別な【加護】を授かったのかな?
三者三様の姉妹たち。
共通して言えるのは、長女と次女の二人が特にそうだけれど――
自分という人間を、分家筋の娘……つまりほぼ赤の他人として見ている。
それが何だと言われれば、そこまでのお話だけれど。
たとえ長女に強い言葉を投げられても、次女にきつく当たられても――
めげたりなんかしないよ?だって自分にはセラちゃんがいるから。
彼女の身体を引き受けて、神様方から祝福されて。
次こそは――過労なんかで倒れたりしない。
孤独だった日本での日々も、こうして時折感じる『セラちゃんの存在』――
彼女を想うだけで、踏ん張れる気がするから。
自分……精一杯頑張るから、見ていてね……セラフィーナちゃん。
◇ ◇ ◇
季節は巡って、本家での日々が身体に馴染み始めた頃合い。
ヴィオラ夫妻と使用人さんたちの冷たさは相変わらずだった。
だけれど、姉妹たちとの関係に、小さな変化が芽生えていった。
――二年目。
次女のレイアお姉様が貴族学院を卒業した。
彼女だけは、自分に対する態度は相変わらずのもので。
自分に強く当たってくるけれど、それを全て受け止めた。
その間の修業では、自分は幾度も失敗して叱られて――
叱責されて落胆されたって、それでもめげずに立ち上がり続けた。
自分の姿に、マリアお姉様は呆れたような表情で、言葉をかけてくれた。
「貴女……よくめげませんわね。普通の女の子でしたら――
きっと泣き出して逃げ出して、心が折れているところですわ。」
棘があるように感じる言い草だけれど、心配とか滲んでて。
多分彼女は最初から『セラちゃん』を気にかけてくれてたのかな?
――三年目。
持病を抱えるマリアお姉様の侍女が病に倒れてしまった。
自分はそんな侍女に《治癒の祈り》を祈って……回復を願った。
日本でのおぼろげな記憶を頼りに、処置を施して健康を願って。
幸いにも、おおごとではなかったみたいで、侍女さんは良くなっていった。
マリアお姉様からは感謝の言葉を伝えられたけど――
自分は【聖女】として、当然のことをしただけで……ちょっとくすぐったい。
その日を境に――彼女との距離は確実に近づいていった。
伯爵家の家の人たちとの距離感は言わずもがな。
だけれど、三女のドロシーとの関係も概ね良好で。
最初はただ辛い日々だと思っていたけれど、彼女たちの存在は大きくて。
日々が明るく彩られていくみたいで――自分にも変化が訪れた。
――四年目。
ドロシーとはかなり仲が良くなって、二人で過ごすことも少なくない。
他愛ない日常の会話とか、あとは男爵家で過ごした日々の会話とか。
夜になればこっそり部屋を抜け出したりして、二人きりで語ったり――
とても親密な関係を構築していった。
彼女はいつだって不思議な癒しの微笑で、温かい言葉をくれる。
「セラのお祈りね?とっても温かくって……まるで――
一人じゃないみたいな!だからね?わたし……セラがだいすき!」
彼女の不思議だけれど暖かな言葉は、自分にとっての救い。
孤独感とか無力感に苛まれて、どうしようにもなくなったとき――
彼女の存在のおかげで、何度も救われた。
――五年目。
私の心に何か――変化があったような気がするのだけれど。
それが一体何なのかは分からない。
記憶が曖昧になっているような?そんな感覚なのだけれど――
今までどうやって、ヴァイオレット家で生活をしていたのかしら?
鮮明に記憶していた“ニホン”という場所の記憶。
おぼろげになっていて、思い出そうとしても、思い出せなくなっていた。
場所だけじゃなくって……『わたし』って存在がなんなのか……。
大事なことだった気がするけれど、そうではないのかな?
そうして年月が流れて――齢十五となりました。私ことセラフィーナ。
神殿、聖堂の神官や司祭の方々は【聖女】として認めてくださいました。
「セラフィーナ嬢は、真に神々の寵愛を受けた【聖女】様だ――」
と、口々に仰ってくださいますが、どうにも胸に引っかかりを覚えます。
どのお口でしたかしら?たしか『出来損ない』と言われた記憶が……。
辛い修行の日々でしたが、聖女として危ぶまれていた聖神力――
そちらの力も安定して、修行期間中に、あちこち連れ出されたりもして。
それは人々を癒して回ったり、地脈を整えたりと様々。
結果としては【聖女】の名前は少しずつ国内外へと広がっていきました。
ですが――レイアお姉様だけはいつまでも私を拒絶し続けて……。
彼女から歩み寄ってくることはもってのほか。
かといって私から歩み寄っても、徒労に終わるだけで睨まれるばかり。
「何が“神々の寵愛を受けた【聖女】”なのよッ……!
あんたなんか……あんたなんか大嫌いッ!もういっそ消えてちょうだいッ!」
私の名声が上がるほどに、彼女は辛い思いをしてきたのだと思います。
彼女の胸の内は、彼女にしか知り得ないことですが――
私はただ、彼女の激情を受け止めてあげるしか、できませんでした。
そうして王都での本家の生活と修行の日々もいよいよ大詰めとなりました。
――新たな物語の幕開けを迎えようとしているなんて。
このときの私は当たり前ですが、考えにも及びませんでした。
ここまで読んでくださって、とても嬉しく思います。
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