頁:8 その【邂逅】必然につき。
修行も大詰めとなり、私は伯爵家と神殿を往復する日々に見舞われました。
冷たかったけど、それでも一部の方々は温かくしてくださって。
そんな日常を繰り返してましたが――
ついに、終止符を打つ日がやってまいりました。
『――勇者様方が、参られましたッ!』
扉を開け放った使用人さんのお声に、室内の空気は一瞬で張り詰めます。
数日ほど前から、勇者様来訪の報せは、しっかり耳に届いておりました。
ちゃんと覚悟はしておいた……そのつもりだったのですけれど――
実際にその瞬間が訪れますと、まるで夢の中のような現実味のなさ。
【勇者】様がヴィオラ伯爵家をお訪ねになる理由は、一つしかございません。
それは――私……【聖女】であるということは、言うに及ばず。
それほどまで、私の預かり知らぬところで【聖女】の名は轟いておりました。
曰く――“奇跡を呼ぶ聖女”や“慈愛の乙女”などという……。
耳が痛くなるような、こちらとしては不名誉な二つ名が耳に届きまして。
たしかに……修行期間中はがむしゃらに努力を惜しまず、励んできました。
ですけれど、それはそれとして……名が知れ渡るほどに苦しくなるのです。
待機中のお部屋では、どうにも落ち着くことができず――
椅子に腰を掛け、膝の上で指を組んで、そのときをじっと待っていました。
恐らくは、血液の巡りが悪いのでしょう。
指先は冷え切っていて、自身の鼓動の音が感じられるほど、緊張していて。
今日という日のため、ヴィオラ夫妻、三姉妹、はたまた使用人の皆さま。
伯爵家の方々総出で【勇者】様のお出迎えというわけです。
しかしながら……分家の私は、胃が痛くなるような思いでして。
レイアお姉様は苛立ちを抑えきれないのか――
しかめっ面で長椅子に腰掛けていらっしゃいます。
マリアお姉様とドロシーは落ち着いてらっしゃいますが……。
彼女たちは一体、何をお考えでこの場にいらっしゃるのかしら。
ヴィオラ家の客間――見慣れている景色のはずですけれど。
お家の方総出という状況下であっては、緊張しないほうが無理というもの。
そうして緊張が奔る最中、響くノックの音。使用人の方に案内され現れた姿。
軽鎧に身を包んだ筋骨隆々の騎士様。お隣には――
(容姿端麗な方……ですね……彼が勇者様でしょうか……?)
淡い金色の短髪、晴天を切り取ったかのような碧灰の瞳。
まるで……雲一つかかっていない、陽光のような微笑の青年――
おとぎの国からお出ましになった、王子様のような風貌……。
(なんと眩しい笑顔なのかしら……見た目が……王侯貴族……。)
(一般的な女子であればイチコロ間違いなしでしょう。)
白色の清廉なマントを纏う姿。見た目の良さと相まって気品すら感じるお姿。
朱色に金色の刺繍が美しい、仕立ての良い衣服を上品に着こなしてらして――
そうして目を移せば、彼の腰には――勇者の証明でもある聖剣。
背後に控える騎士様。彼もまた、人目を引くような見た目の御仁です。
先ず目に入ってくるのは――
背に背負っております、身体の半分ほどを隠すような巨大な盾。
腰にはメイスを携えてらっしゃる軽鎧の騎士様。
茶色の短髪――同じ色の瞳。寡黙そうな見た目の方。
軽鎧越しではありますが……とても筋肉質なことは伝わります。
勇者様はヴィオラ伯爵夫妻に軽い挨拶の後、視線をこちらへと移しますが――
迷いのない足取りで、私の方向へと歩んでおいでです……うう、腹痛が。
「君が聖女さんかな?お噂はかねがねっ!噂通り――うんっ!
とーってもふんわりしてて、可愛らしいお嬢さんだねぇっ!」
予想していたよりもずっと――もっと幼い……純粋な方?
とても優しい声音で、まるで花の蜜のような甘さを感じられますが……。
それでも彼の碧灰の瞳は、どこか鋭さを感じるようにも思えます。
(なるほど、これは――俗に言う『人誑し』と呼ばれる属性の方ですね――)
「傷や病をたちどころに癒やしてまわってる、奇跡を呼ぶ聖女さん――
そんな凄い人が、今こうして僕の目の前に本当にいるんだねぇ……!」
それは一体どちらのことなのやら、と言い出したい気持ちはありますが。
そんな野暮なこと、この状況でできるはずなど、ございません。
周囲の視線が痛いほどに私たちに向けられていることは、伝わります。
ゆえに私は最低限の動きしかできません。
椅子から立ち上がって、なにか返答をせねばと思考はしますが……。
息が詰まってしまい、喉から「ひゅ」と音が鳴るだけ。
緊張とか何やらで、頭が真っ白になってしまい限界でした。
自分自身、それほど有名である自覚などあるはずもございません。
ただ与えられた『職務』を全うしていただけの【聖女】です。
「は、はい――はじめまして、勇者さま方。私はセラフィーナ……。
セラフィーナ・ヴァイオレットと申します。」
「長い名前で恐れ入りますが、どうぞ――差し支えなければ『セラ』と。
そう――お気軽にお呼びになってくださいませ。」
礼儀作法がちゃんとしていたかどうかだなんて、私にはわかりません。
笑顔もおそらくぎこちなかったでしょうし、声も震えていたやも。
「あはは……そんなに畏まらないでほしいなっ?僕は、ノア。
ただのノアだよ?家名とか、そんな立派なものもないんだっ!」
「でねぇ――こっちの大っきいのが――」
「煌陽国が騎士、パルテオン・ヴァルクレストと言うッ!
緊張するこたぁねぇぞッ!よろしくな、聖女の嬢ちゃんッ!」
勇者誕生の話題は、王都中を騒がす大変な出来事でしたし――
もちろん、私もお耳に挟んでおりました。
選定の剣に選ばれた“その人”がこうして今目の前にいらっしゃる。
現実感があるようでないような……ほとほと参ってしまっておりました。
聖女というお立場もありますゆえ、こんな弱音を吐いていてはなりません。
ですが、こういった重責を感じるような出来事に応対できるほど――
私という人間はできた人間でもなければ、強くもありません。
「あの……聖女さん、さっきからふらついているみたいだけど――大丈夫?
もしかして緊張……してるのかなぁ……?固くならないで――
っていっても、無茶だよねぇー……あはは……っ」
「実はね?平気そうに見えるかもしれないけど、僕も緊張してるんだぁ……。」
気を遣ってらっしゃるのかしら……?困ったような微笑はどこか――
(年相応の……少年みたいな……)
「ええっとねぇ?僕たちは今、旅の途中なんだ。この先きっと――
争いごとは避けられないと思う。でも――それでも……聖女さん。」
「君の力があれば、誰も傷つかず……誰も死なずに済むかもしれない。」
あれ――?……そういえば、そうでした。
目まぐるしい日々に流されて、大事なことを忘れかけておりました――
私はただ……使命のままに動かされるのではなくって……。
私自身の意志で、人々を救いたいと。そう願って日々を耐えてきた。
呆然としている私に、軽鎧の騎士様が一歩前へと身を寄せてくださって……。
「ノアはちょいと、抜けてるように見えるところもあるかもしれん……。
だが――言っている意味は分かんだろ?戦いには癒し手ってのが必須。
んで嬢ちゃんは稀代の【聖女】ちゅー話なんだろ?」
「俺たちと旅をともにする理由は、それだけじゃ不足か?」
マリアお姉様がこちらに眼差しを向けて――軽い咳払い。
「セラ……貴女の功績であれば当然のことですわ。貴女は――
もっと広い世界を知っても良いと、私はそう思いましてよ?」
あれほどまで、最初は棘を感じられるマリアお姉様でしたのに。
どこか――私を誇らしげに思ってくださっているような、そんな気がします。
「ふざけないでよッ……!なんで、なんでアンタなのよッ……!
なんで、なんでアンタなんかが【聖女】なのよッ……!」
ヴィオラ夫妻に宥められておりますが――そりゃ、そうもなりますよね。
レイアお姉様……あなたの悔しさは私には分かりません。
だって、一昔前の私であれば『どうぞ代わってください』と。
そう思っていたかもしれないんですもの……だからこそ、です。
だからこそ私は……こうなった以上、歩みを止めてはならないのです。
「やっぱり――セラは神様に遊ばれているんだねっ!だって、そうでしょう?
勇者だなんて、その証拠だものっ!大丈夫だよセラ――」
「セラはずーっと……心の奥が光ってるからっ!」
ヴィオラの夫妻、使用人の方々はお声をかけてはくださいません。
ですが、姉妹たちの言葉で自身を奮い立たせることができそうです。
瞳を閉じ、深く空気を取り込んで……しっかり目の前の方々に向き合った。
「まだ至らぬこともありましょう。それでも――」
「聖女としてはまだ未熟ではございます、ですが……。
勇者さま方の……ひいては人々や世界のお役に立てるのであれば――」
「命に代えてもお役目を全うすると、誓いを立てましょう。」
私が言えるのは、精々このくらいでございます。
手を差し出してくださった勇者さま。彼の手はどこか、親近感が湧くようで。
人々を守るために、この【聖女】の力を振るうと決めたあの日の決意。
忘れかけていた心を戻してくれた彼らには、感謝しかありません。
勇者さまの手を取ると、彼は手を重ねて微笑を返してくれた。
「ありがとう――聖女セラさんっ!君がいてくれるならきっと……。」
「僕たちは戦い抜けるよっ!」
胸の奥で燻っていた小さな燈火。
まるで全身に広がったみたいに強く燃え上がったような気がして。
それが奇跡の力なのか……はたまた運命なのかは私には分からない。
「ふつつかものですが……よろしくお願いします、勇者さま、騎士さま。」
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