その【対話】は静かなる争い。
翌日の早朝――
道化師服の小人族・ルルの手によって、叩き起こされる勇者たち。
彼女は短杖を片手に、布団や床に転がる皆を叩いて起こして回った。
「おーい、起きろー。 上の住人に交渉の時間じゃー。 覚悟しとけー」
床に転がり就寝中のパルテオンだったが……彼の様子は、とてもおかしかった。
というのも、昨日目撃したあの『丸くてふかふかの謎の生き物』――
その生き物が、騎士にびっしりと寄り添う――否。
こびり付き、騎士の全身を覆い尽くさんとし『重厚な毛玉鎧』を成していた。
これでは“軽鎧の騎士”ではなく“毛玉の騎士”の方が適切だろう。
起床した勇者と聖女だったが――
騎士のとんでもない様子に、思わず目をこすり、騎士の姿を何度も確認。
ルル……彼女はというと、ジト目を向けているだけ。
『なんでこうなったか、あたしは知らんけぇ』と、視線だけで語る。
床に転がっていた騎士だったが、彼は目を開けた途端「ぅおぉッ!」と絶叫。
――絶叫するのも、当然の結果ではあるが。
騎士の声に驚いたのか、丸くてふわついた謎生物は――四分五裂。
彼らは猛スピードで、どこかへ消え去っていった。
勇者と聖女は互いに視線を交わし『今の何?』と言いたげに肩を震わせる。
騎士には決して悟られないよう、密かに笑い合っていた。
その後、勇者一同は身支度を整え、ルルの家を後に。
ルルの話では、昨日戦闘があった場所付近――目的地は、その辺りだということ。
熊の魔物と遭遇した地域の、もっと奥地だという話だ。
「んでだ、交渉に行くっちゅー話だったと思うんだがよ……。
上の連中って言ってたよな? つまりどういうこった? 説明が欲しい。」
ルルへ問いを投げるパルテオンだったが、ルルはというと――
「内緒ー。」とはぐらかし、続けて「行きゃ分かる。」とため息一つ。
ルルの居住区を抜け、外に出ると、陽の光はあまり射し込んでいないようだ。
少し薄暗く、少々不気味な気配の森。一同は視線をあちこちへと移す。
不思議だったのが、昨晩見た時には、大輪の薔薇の色は確かに深紅だった。
が――日が昇り、僅かな陽光が森を照らし出している光景はといえば、だ。
あれだけ鮮やかな色で咲き誇っていた赤薔薇とは、打って変わっていたのだ。
花弁の色は深紅から濃青へと変化。それに伴いランタンの明かりも淡い青色に。
一同が立ち止まり、光景に驚いている様に、ルルは自慢げに鼻を鳴らし――
胸を『トン』と叩き、無表情ではあるが、得意げに言葉を紡ぐ。
「凄いじゃろー。 この薔薇が印になっとんよ。 赤色だと危険信号。
青色じゃったら大丈夫なんよー。 ちなみに昼になったらまた色変わる。
どうなっとるか、あたしにもよー分からんけどね。 凄いじゃろ!」
ルルの言葉に、皆が「ほえぇ」と素っ頓狂のような反応を示す。
彼女は尚も得意げに、ほんの少し口角を上げ、集落を歩き出した。
ノアの周りには、あの毛玉生物が集合しているが――彼は、気に留めない。
毛玉生物も毛玉生物で、勇者の肩や頭に乗り、安心しきった様子で鎮座していた。
(可愛いと可愛いの掛け算で暴力的な可愛さですね。)
(私の心のメモリーに刻み込みましょう……。)
歩き出して数十分ほど経過し、大半の毛玉生物は離れていったが――
勇者の頭には、ずっと一匹の丸い毛玉が乗ったままだった。
やがて目的地へと到着し、ルルが短杖を掲げ、くるくると回す。
全員の眼前に、巨大な樹木がこつ然と姿を現し、ルルが短杖で樹木を軽く叩く。
木で出来た扉が開かれると、ルルに促されるまま、皆が扉の奥へ。
扉の先は螺旋階段。
見ただけでは一体何段あるのか、数えるのも億劫になるほどだ。
『うげえ』といった、全員が絶望する様子にルルは飄々とした態度。
「ま、見とき。」と一言だけ伝えると、階段はひとりでに動き出し――
段差に足を乗せているだけで、上へ上へと進んでいった。
(なんでしたっけこれ……えすか……えすかれーたーみたいな感じですね?)
(えすかれーたーって、なんだったかしら……?)
セラは感心し、パルテオンはバランスが怖いのか、おっかなびっくり。
ノアは目を輝かせているが、その頭にはあの毛玉生物が乗ったままだ。
階段が動きを止めると、再び扉が目の前に。
ルルが扉を開け、扉を抜けた先には、ルルの集落とはまた違った圧巻の光景。
巨大な樹木の上であることは、見て分かる。
その巨大な木の上には、いくつものツリーハウスがぽつんと浮かぶ。
すぐ下方に広がる雲海に、三人は驚きと混乱で互いに視線を交わす。
下から見た時には確かに、空が広がっていたはず――
雲など掛かっていなかったはずだと、視線を送り、首をかしげる。
木材の床を叩くような、軽い足音を鳴らし、進んでいく四人と一匹。
先頭のルルに、三人はおっかなびっくりで彼女の後を追う。
が、ノアが何かに気がついたのか、声を上げた。
「ねぇ、大変。 どうしよう皆……。 僕に付いてきちゃったみたい……。」
ようやく気がついたのか、毛玉生物を腕に抱えるノア。
「知らん。 勇者ちゃんの事、気にいっとんじゃろ? 連れてけ連れてけー。」
ばっさりと切り捨てられてしまい、仕方なく勇者は肩に毛玉生物を乗せた。
セラ、パルテオンの二人はそっと後ろへと下がり、二人で耳打ち。
『ちょっと勇者っぽくないですが、可愛らしい……ですね……。』
『やべーよな……すっげぇ面白ェ光景になっちまってやがる。』
歩いていると、どこからか視線が送られてくるのを感じ取った後続の二人。
キョロキョロと周辺を見渡してみるが、視線はどこからか分からない。
「とりま、今向かっとるのは“こっち”のおえれーさんのとこ。
んで、聖女ちゃんと騎士ちゃんは……目が気になっとる感じじゃねー。
まぁー分かる、うん。 エルフって、あたしからしたら超怖えーし。」
雑談はせず、黙して進んでいた勇者一同だったが、唐突に風が吹き――
行く手を阻むように、風を纏いながら、ふわりと舞い降りる影。
薄葉色の髪色に、中性的な見た目をしたエルフが、皆へと言葉を落とした。
「まぁまぁ……こないな場所に小人族の方が来はるやなんて――
滅多にあらしまへんえ? ウチ、百年ぶりに顔みたわぁ。
……ほんで? 今日はどないなご用向きやろか。」
その時セラに電流奔る――否。
背すじが凍る思いをしただけなのだが、それほどの圧力を感じていた。
問われたのはルル。しかし応えたのは、遺憾なく勇者を発揮したノア。
「エルフさんの方ですかっ? 初めまして! とっても素敵なお声ですねっ!
実は僕たち、森に迷ってしまって、困っていたんです……それで――
“僕の仲間”の小人族さんが、僕たちを元の場所に帰してくれるって!
だから、こちらにお邪魔させて貰ってますっ! 長居はしませんのでっ!」
きっと、皮肉をたっぷり込めて、放たれたであろうエルフの言葉。
しかし、勇者の彼は“天然”という鉄壁の防御で、真正面から戦っていた。
そんな彼らの様子に、騎士と聖女は一歩後ろへと下がり、二人で耳打ち。
『ノ、ノアさんは平気なのでしょうか……。 私は少し怖いのですが……!』
『よー分からんが、圧力は感じるよな……。 ……セラはなんで怖えんだ?』
二人でコソコソと会話を交わすが、エルフははんなり微笑を浮かべ――
「いややわぁ……。」と一言、上品な仕草で言葉を添え、続けて声を落とす。
「そない声潜めんでも、よう聞こえてますえ? この耳……。
伊達で付けてる思われましたやろか? 事情やけど、分かりました。
長やったら、あちらにいはりますえ? ほなら、ウチはこれで。」
エルフはそれだけ伝えると、長杖を片手に、ふわりと風を纏い浮かび――
そのままどこかへと飛び去っていき、エルフが去った後、ルルはため息を零す。
「――ハァ~~~~。 これじゃけ嫌なんよ。 とりま、あっち行こ。
エルフは全員もれなくあんなじゃけど、迷い込んできた他の種族……。
元の場所に帰してあげるのは、エルフらの役目じゃけぇさ。」
先頭を歩くルルは、悪態を付き、実に機嫌が悪そうだ。
遠くから刺さるエルフの視線が痛く、セラは気が気ではない。
歩いていくと遠くの方に、ここの樹木よりも更に大きな大樹が確認できる。
ルルが語るには、大きな木は“精霊樹”と呼ばれているらしい。
いつから存在しているのか分からないが、生きているのだそうな。
その大樹が存在しているからこそ、森は護られているのだと語った。
そうして、長が居ると言われた居住区へと、無事到着した勇者一同。
『長』という単語から、豪奢な場所を想像していた勇者たちだったが――
たしかに規模は大きいのだろうが、周りの家と大差ないツリーハウス。
ルルが短杖を手に、扉を『コンコン』と叩き、淡々とした口調で喋る。
「おーい。 人族の迷子連れてきた。 帰したげたいけぇ、力かしてーー。」
くるりと身を返し、三人に身体を向け、言葉を続けるルル。
「エルフの連中ってさ。 長寿じゃけえかしらんけど、すげえトロいんよ。
下手したら数時間――数十年待たされるぜ。 ほんま、やんなるわ……。」
「おい!!聞いとんのかーー!」
最初は三人に向けられた言葉。
しかし最後の言葉は、あからさまに扉の中に向かって放たれた言葉。
三人は困ったように微笑みあい、ただ、待つしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
その後――
どのくらいの時間が経過したのか、全員は長の家の前で談義中だった。
他のエルフたちが気がかりなのだろうか、視線を勇者一同へ向けるのだが……。
待てど暮らせど、長という人物が出てくることは、ない。
ただ、会話を重ね、時間だけが緩やかに過ぎ去っていく。
「――そうそう。それでねぇ、その畑に居たモグラ……。」
何気なく、扉付近で会話していた一同に、近づいてくる影。
先ほどの薄葉色のエルフが、宙へ身体を漂わせ、片手を上げ全員に挨拶。
着地した後に距離を縮めると、はんなりと微笑み、語り掛けてきた。
「まだ帰ってはらへんの? あの長……ほんっま、呑気でいはりますもんなぁ。
ウチに任せてもろて、かまへんやろか?」
「……ウチ、ちょっと気の毒で、見てられへんわ……。」
エルフの言葉にルルは面倒くさそうに瞳を細め「しゃーす。」と一言返す。
はんなりとした微笑みのまま、エルフは扉の前まで身を寄せ――長杖を召喚。
ぶつぶつと何か言葉を呟くと、風を起こし――扉を強引に開け放った。
開口一番、穏やかな口調ながらも声を荒げるエルフ。
「自分に素直なのはええ事かもしらへんけど――何してはりますの。
いつまで、お客人をお待たせなさるおつもりなんやろか?
お相手はん、人族え? ウチらと寿命の刻み方違いますさかいに。」
「ウチらの長とあらはるお方が……時間を軽う扱わはるの、如何なもんやろか?
そろそろ、いい加減にお出まし願えます?」
穏やかな口調であるはずなのに、なかなかにドスを効かせた声。
部屋の奥から「やかましおすなぁ……。」と、寝ぼけた声が届けられ――
やがて、寝癖たっぷりの苔色の髪色に、銀色の瞳のエルフの女性が出てきた。
「そない声荒げんでも、よう聞こえてますえ? おやおやまぁまぁ。
なんや思いましたら、同族どしたか。 よー耳に障る声どしたさかいに――
どこぞのドワーフやと聞き間違えましたわぁ。 それで? 何の御用どす?」
「はぁ……こないな面倒な人族まで連れてきはって……。
さて? わたいに出る幕はありますやろか?」
長と呼ばれた女性はあくびを一つ噛み、視線を全員に落とす。
長に対し、物怖じしない薄葉色のエルフは、全員の代わりに事情を説明。
納得のいったような表情を浮かべた長が、頭を掻き、眠そうに口を開いた。
「成る程。 精霊様の悪戯でここまで来はったんどすな?
そりゃ……さぞ大変どしたやろ。 ほなら、その事はわたいに任せとき。
そこな人族の皆さん、最後に居った場所、覚えてはりますやろか?」
「あぁ、怖がらんでもええで? ちゃぁんとそこまでお連れしますさかいに。
せやから、心配せんと楽にしておくれやす。」
ようやっと帰れる見込みが立ち、騎士と聖女は深くため息を吐き出す。
勇者は薄葉色の髪色をしたエルフに丁寧に頭を下げ、感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうございましたっ! とっても助かりました……!
どうお礼をしたらいいのかな? あ、そうだ。 言い忘れてました!」
「僕は人間の【勇者】ですっ! 名前はノア! 何か困ったことがあれば――
なんでも言ってください! 僕が手助けするからさっ! えへへっ!」
「ご丁寧にどーも……。 ウチ、エルヴェイン申します。ほなら――
せやね、人族の国に旅行でも行った折り、あんさんが案内してくれはる?
それでよろしおす。 お礼やなんて、かえってくすぐったいわぁ……」
「ウチ、そないなもん貰う為、あんたはんら助けたわけやあらへんし。」
エルヴェインとノアは軽く握手を交わし――
その後、エルフの長が準備が整ったと、全員に声を掛けた。
ノアはエルヴェインに対し「またどこかでっ!」と笑顔を向ける。
エルヴェインと長の姿が揺らぎ、ルル含めた勇者一同の姿は――
またたく間に、その場所から身体を消していったのだった。
7/15 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。
また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。




