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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
一章:聖女と勇者と加護。
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その【青年】胡散臭い笑みにつき。



身体が浮遊するような感覚。

まるで重力が失われ、内蔵がひっくり返るような不快感が続き――そして。


気がつけば全員の姿は、迷う前の小さな森に移っていた。


「エルフさん……とっても怖かった……。 私、情けないのですが――

 怖くって、一言も喋ることができませんでした……。」


泣き言を漏らすセラに、パルテオンが同意するように頷いた。

二人で『大変だった』と語る隣、ノアが「あ!」と驚いたような声を上げた。


ノアの声に驚いた全員が、ノアの方向へと身体を向ける。

すると彼の腕にはあの、小さなふわついた謎毛玉生物が、抱かれていたのだ。


そう――勇者の頭に乗っかっていたこの生き物。

彼……彼女なのだろうか、この生き物は、勇者たちに同行する形となっていた。


「ど、どうしよう……! もう戻れないのに……もういっそ――

 この子に名前でもつけちゃおっか!」


苦笑しながら頬を掻き、毛玉を頭へと乗せるノア。

「ガハハ!」と豪快に笑ったパルテオンが、ゴツい手で毛玉を撫でる。


「とんだ、肝が座った毛玉だなッ!」


騎士(パルテオン)に『ワシャワシャ』と撫でられている毛玉生物は、嬉々として目を閉じ――

「キュー!」と鳴き声を上げ、ぴょんと跳ね、ルルの肩へ場所を移した。


「んー……そうじゃね。 んじゃ“きんぴら”とかどう? 可愛くね?

 それかそうじゃねー。 “ぶぶづけ”とかよくね? どお?」


「(何故食べ物の名前ばかり……?)そうですね、可愛くはありませんね……。」


彼女の提案した名前は、あまりにもネーミングセンスに欠けた物だった。

全員は顔を見合わせるまでもなく、却下の流れに。


「てかよ、この生き物の名前……本来の名前はなんちゅーんだ?」


パルテオンがルルに質問を投げるが――ここでも彼女の回答は「知らん。」


その後、一同は森を進み、謎毛玉生物について語らう。


そんなこんな和やかな雰囲気で、森を歩みゆくが――

木々の切れ間に差し掛かった頃合い、森の様子に違和感を覚えたルル。


「音……、聞こえん。 虫とか……鳥の鳴き声も聞こえんのじゃけど。」


彼女の言葉に、皆は耳を澄ませてみるが、確かに聞こえないのだ。

森に着いた当初は、確実に鳥の囀り、獣の足音や虫の音が響いていた。


が――今はそれらが全て途絶え、代わりに響くのは、葉擦れのざわめきのみ。


見渡してみれば、木の根元で、震えるように怯える垂れた耳の小さな兎。

木々の間には、大人しい魔鳥が羽毛を逆立て、何かに対し威嚇するように呻く。


どの動物も総じて、パルテオンに対し、敵意を向けているようにも感じられる。


「あの黒い石……。 瘴気を纏っていましたから、それで――

 警戒されて、このようなことに……?」


首飾り型の錫杖を手にかけ、祈るように小さく息を詰める聖女(セラ)

だがその胸の奥では不安が押し寄せ、なにか、悪いことが起きるような。


悪寒のようなものが、背すじをつたい息を呑んだ。


「ぜってーその変な石のせいっしょ……。 こりゃもう――

 早いとこ、処理した方がええんじゃないん? 瘴気かなんか知らんけど。

 そんな危なそーなモン、持っとったら当然ちゅーか……。」


大きめの帽子を目深に被り、露骨に嫌悪を顕にするルル。


「ごめんね、でも怪しいからこそ、ちゃんと調べてもらうのが良いって。

 僕はそう思うんだ。 きっとその石のせいで、昨日出会った魔物さん――

 魔物さんが変化してしまった原因って、あの石だと、そう思うから。」


ルルやセラを宥めるように、朗らかな笑顔と言葉を掛けるノア。

ノアの言葉に賛同するように、パルテオンも革袋を叩き、口を開いた。


「国の研究機関に持っていって、見てもらうのが良いと俺も思う。

 魔物を変質させるだなんてよ、ただ事じゃねぇ……それによ――

 もしかしたらもう、既に研究されてるかもしれん。 違うか?」


暗い顔をする二人に向けた、精一杯の彼なりの気遣いと思いやり。


そうして森を抜けた勇者一行。

前見た景色であることに安堵し、村へと歩みを寄せていく。


村へ戻ると、早速村人たちが勇者一同を出迎えた。


「勇者様に聖女様! それに騎士様と……道化師のお嬢さん……?

 ともかくご無事でなによりです! 心配しておりました! なんせ――

 勇者様方は、ここ三日はお戻りになられなかったので……!」


村人の言葉に一同は困惑し『三日?』という数字に覚えが無い。

互いに困惑の表情で顔を見合わせる。


一晩はルルの家で過ごした――が、しかしだ。

過ごしたのは一晩で、三日ともなると、時の流れの辻褄が合わない。


するとルルが何かを察したのか、村人たちに補足するように説明。


「えっと、そこはあたしが説明する。 勇者ちゃんたちなんじゃけど……。

 依頼があって森に入ってから、森で迷子になっちゃったんだとよ。

 ほんでもって、そっから――……って事情があったんよ。」


村人は納得したように「左様でしたか……。」と安堵の息を洩らすが――

その表情は未だに晴れることはなく、怪訝に思ったノアが村人に優しく尋ねる。


「あの……魔物さんは退治して、森も安全になったかと思うんですが。

 もしかしてまだ何か、お困り事があったりしますか……?」


ノアに言葉を投げられた村人は、一人の老人へと視線を注ぐ。


視線の先の老人が勇者たちへと歩みを寄せ、やがてぽつりぽつりと語りだした。


「儂が語りましょうぞ……そうですな、勇者様方が村を立たれてすぐ――

 たしかに暴れていた動物は、沈静化したんじゃがの……じゃが。

 しばらくしてからなのじゃ。 勇者様方が出立して二日目。」


「つまり、昨日からまた、別の方角の森林の様子がおかしくての……。」


「そうですなぁ……なんとも不気味な……まるで、木々そのもの……。

 いや、あれはまるで、大地すら怯えているような……。」


勇者、聖女、騎士の三人は顔を見合わせ、互いに眉をひそめた。

そう――異変はまだ解決などしておらず、まだ始まったばかりなのだ、と。


「大地すら怯える……? パルテオンさんが持ち帰った石――

 関連性が無いとは言い切れませんね……。」


「んだな。 これ一個ってのはまず考えられん。 複数あんだろ。」


小さく肩を震わせる聖女……彼女は、この先一体――

何が待ち構えているのだろうかと、不安に駆られている様子だった。


「その変な気配なんだけど、あんたらが数日前に行った場所じゃないべ。

 もっと……東の方角だったべ。 オイラは怖くて近寄れんかった……。」


別の村人が話に割って入り、全員の身体が強張る。


皆の表情を傍観していたルルが瞳を細めた後、声を出す。


「とりまさ……もうそっち行くしか無いじゃろ。 現場に行って――

 何があるか、あたしらの目で確かめよーぜ? また昨日のアレ。

 変な石あったら、周りに影響が及んどるじゃろうしさ。」


「そうだね、とりあえず行ってみようっ! っとそうだ……すみません。

 この生き物……村で預かってもらっても良いですか?」


そうして村人たちに断りを入れ、村を後にする勇者一同。

まだ日の明るいうちに済ませてしまおうと、急ぎ足で向かう運びとなった。


◇ ◇ ◇


足早に現地へと赴いた勇者一同だったが――

森へ向かうまでもなく、道中で感じる異変……どうにも、きな臭い気配。


周囲の空気は淀んでおり、嫌な空気が肺にまで纏わりつくような不快感。


その原因は、すぐに明らかになった。

足元の草は黒く濁り変色しており、変色した地面からは、黒い靄が立ち込める。


点々と、黒色の汚泥溜まりが周囲にまで影響を及ぼしていた。

もはやその場所は草原などではなく、まるで地獄のような悍ましい光景。


その中心では、蠢く虫のような“何か”それは――

おおよそ、小動物程度はあろうかという大きさの蜘蛛の群れ。


細々とした八足を操り、鉤爪のような爪で大地を抉り蠢く。

さながら獲物を求め彷徨い歩く、飢えた怪物そのものの姿。


蜘蛛の頭部には、顔というものが無く、代わりにぽっかりと空いた闇が広がる。

闇からは涎のように、黒色の汚泥が滴り落ち、地を腐食させていた。


「デケェな。 蜘蛛型の魔物……か。 んでもって昨日の魔物と同じだな。」


「じゃね。 顔が無いけぇ、騎士ちゃんの持っとる石と、関連性があるじゃろ。」


騎士は冷静に大盾を構え、戦闘態勢を整える。

ルルもまた短杖(ワンド)を構え、朗らかな笑みを消したノアもまた、聖剣を抜いた。


――が、後方に控えていたセラの足は震え、竦み、動けずにいた。


(みなさんが、戦いに移ろうとしてらっしゃる、のにっ……!)

(わ、私が動かないでどうするの……っ!)


胸中で葛藤するが、呼吸は乱れ、空気を取り込もうとするが、足りない。

苦しくなる身体――動悸も酷く、胸の奥で疼く痛みに顔を歪めていた。


(癒し手の私が……【聖女】の私が……っ! でも、だめっ……!)

(蜘蛛は、だめなの……。 あれだけは、克服できなく、て……)


霞む視界――目を背けてはいけないと、必死に目を開くセラ。

しかし現実はそう甘くなく、全身から血の気が引いていき、意識が遠ざかる。


理性では、今は恐れている場合では無いと分かってはいた。


しかし、思考は恐怖で染まり、聖女(セラ)は冷静な判断が下せないでいた。


「セラッ!! セラ!!どうしたのっ! 一体何が――」


周囲を警戒していたノアが、セラの様子に気が付き声を上げる。

が、セラの耳に(ノア)の声は届いておらず、彼女は祈るように胸元に手をやる。


震える指先で錫杖を構え、状況を打破すべく、口を開き《祈り》を紡いだ。


「――て、天にあら、す。 わ、我らが……しゅよ、ほ、ほしっ……!」


《祈り》の言葉は、呼吸すらまともに出来ない今の聖女(セラ)には無謀だった。

蜘蛛は嘲笑うようにぎこちなく八足を動かし、セラへと狙いを定めるが――


「こっちに来ないでッッ!!!!」


刹那――【聖女】の身体から虹色の粒子が爆ぜ、聖光が視界を白で埋め尽くす。

彼女の力は衝撃波となり、世界がすべて、白一色で塗りつぶされたような錯覚。


しかし、光はそう長く続かなかった。


『どさり』という音と共に、セラは力なく倒れ込んだ。

意識を手放してしまった彼女の付近には、彼女の握っていた錫杖が転がる。


【聖女】の力により、黒い靄を纏う汚泥や蜘蛛、何もかもが無へと還された。

そこに広がるのは、清浄な空気と、虹色の粒子を纏う空間だけ。


清々しい空気の中【聖女】の力を目の当たりにした全員が戦慄する。


呆然と立ち尽くすしかできない三人。


やがて、そんな彼らに対し背後から響く、場違いな程、軽薄なリズムの拍手。

『ぱち、ぱち』――と一定の間隔で鳴らされる音に、全員が振り返った。


振り返った先に居たのは、銀白金(アルゲント・アルビナ)の長髪を後ろで束ねた青年。

陽光を受け、毛髪は金色に揺らめき、まるで幽玄を体現したかのような姿。


「面倒な魔物、それと不浄の黒石……処分してくれてどーもアリガトー。

 処理したのはそちらの【聖女】サマ……だネ? やー、すごいネー。

 でもこれじゃぁ……石のコトも白紙だネー。 ざんねーん、ヒヒッ!」


軽薄な調子なのだが、感情が乗っているようで乗っていない、不気味な声音。

軽い声とは裏腹に、言葉はどこか重くのしかかるようで。


言葉を出せないでいる一同に対し、青年はただ微笑を湛えるだけ。

温度を感じない、凍りついた微笑みで一人ひとりを射抜くように見据える。


「おめぇは……あんときの胡散臭ぇ貴族の……ア、アモ……アマ――

 ニヴェイシア、だなッ! 何しにここまで来やがった……ッ!

 一体おめぇは何を知ってやがる……ッ! どうして石の存在を――」


「大盾の騎士サマぁ……?」


騎士の言葉を遮るように、青年は人差し指を立て、視線を騎士へと向ける。


「キミの持ってる石だケド――ソッチも綺麗さっぱり浄化されてるヨ。

 やー……安心安心一安心……だネ? イヒッ……!」


聖剣を握りしめたまま、視線を青年へと投げる勇者(ノア)

視線の先の銀白金は、勇者たちの視線を気にすること無く、草原を歩く。


青年は騎士の問いには答えず、何事も無かったかのように距離を離していく。

やがて、ふと立ち止まり「そうそう……」と切り出し――


「言い忘れてたヨ。 あの黒い泥の石……聖女サマの《浄化の祈り(ピュリタス)》……

 アレで浄化できるヨー。 彼女が起きたら伝えておいてネェー?

 それじゃぁ……ボクはこれにて……。」


「ボクのコトさぁ……気になるのなら、直接訪ねておいでヨ? ヒヒッ……!」


その言葉を最後に、彼の姿はまるで蜃気楼のように、黒紫の霧を残し――

跡形もなく消え失せた。


明るい仕草、明るい声色、明るい表情のはずだった。

しかし、あまりにも、得体も底もしれない彼から発せられる独特の空気――


彼が消えても尚、皆の心には凍るような温度を残す。


勇者、騎士共に呆然と立ち尽くし、ルルは短杖(ワンド)を握る手に力を込めた。

彼女は、僅かに震える身体を抑え込むように、身を竦め、視線を落とす。


(あいつ……なんなん……。 なんで、あいつの心……読めんかったん……?)

(心、記憶の断片……なんも、存在しない――からっぽの……存在?)


彼女の恐怖は、彼女に刻まれた“呪い”により、面には出ない。

ただ、その無表情の裏側――彼女の心身に、確かに恐怖は刻まれていた。





7/15 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。

また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。


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