頁:9 その【旅立】に祝福あらんことを。◆挿絵有り
勇者さまと騎士さまの訪問から数日が経過いたしました。
旅立ちが正式に決まり、旅支度と神殿や国への申請で日々忙しなく動いてます。
あまり実感が湧かないのは、ただ流されるままに行動しているような……。
ですが――勇者さまと対峙したときに感じた、あのときの感覚。
自分の感覚を信じてみることにして、ひたすらに準備に明け暮れる毎日。
(それでも元から『プレッシャー』というものに弱くって……。)
勇者さま方の仲間となって、彼らとともに人々を救えますでしょうか?
そもそもですが……今の世はとても落ち着いてらっしゃいますのに。
なぜそんな平和な世の中で【勇者】が誕生したのか……。
(恐らくこれは……私の考えるところでは、ないのでしょう。)
お世話になったヴィオラ伯爵家でも、粛々と準備が整えられつつありました。
ヴィオラ伯爵夫妻は相変わらず不干渉で冷たいです。
ですが――そんな彼らから恐らく最後になりそうな言葉をひとつ。
『――お役目を果たしなさい。』
少しばかり――冷たすぎる気もいたしますが、彼らなりの餞別でしょう。
お姉様方はそれぞれ、各人各様の“お見送り”をしてくださいました。
マリアお姉様。彼女は人の目がありますと――
相変わらず私の側には寄り付こうとはいたしません。
それでも二人きりの廊下の影で、私を呼び止めて……。
「ね、ねぇセラフィーナ……?ちょっと、よろしいですかしら――?
私からお伝えしたいことがございますの……。そ、そのっ……」
「体調には、くれぐれもお気をつけなさい?貴女、身体が弱いのでしょう?
それなのに無茶ばかりして……油断したらすぐに体調を崩すんですもの。」
頬はわずかに染まってらっしゃって、視線は逸らされたまま。
とても心配してくださっているのが、言葉からもお声からも伝わります。
(きっとずっと……『ツンデレお嬢様』という……属性だったのでしょう。)
口角が上がりそうになりますが、必死に堪えます。
「それと貴女。今後は頑張りすぎるのは禁止でしてよ?私心配なんですの。
しっかりと周りの方々に頼って、自身を大事になさい?……それだけですわ。」
(ああ……なんてぶっきらぼうで、なんてお優しいお言葉かしら。)
視線は終始私に向けられることはありませんでしたが。
それでも――声を震えさせてまで、告げてくださったお姉様の優しさ。
「……マリアお姉様。ずっと私を気にかけてくださっていたこと。
私……存じておりました。陰ながら見守ってくださって……。」
「なんどもお姉様には救われたのです。本当に、感謝しておりますの……。」
私にできる精一杯の笑顔のつもりですが……。
恐らくは少しだけ、瞳が潤んでいたことでしょう。
お姉様の手を取って握れば、彼女はとても驚いた表情をされて。
やっと――視線を私に向けてくださいました。
優しく抱きしめる腕の温度が、とても温かくて心地が良いもので――
(この温かさを――優しさを、忘れないようにしないとですね……。)
三女のドロシー……彼女は私の出立が決まってからというもの――
側から離れることなく、準備を手伝ってくれたり、話し相手になってくれたり。
時折泣きそうな表情になることもありましたが……。
それでも笑顔は絶やさず、私に寄り添い続けてくださいました。
私たちがこれみよがしに動くほど、次女は沈黙を貫いてらして。
私のことをどれほどまで疎ましく思っているのかわかりませんが……。
次期聖女だと周りから期待されて、期待を裏切られて。
その上――唐突に分家から【聖女】が誕生しただなんて。
彼女の気持ちを考えれば、胸が張り裂けそうになります。
簡単に切り離せと言われても、そんなのきっと無理でしょう。
(負の感情って、お年頃ですと割り切るのが大変ですものね。)
――そうしていよいよ、出立の日となりました。
大きな荷物と神殿から預けられた神具とともに、お屋敷の外へ。
神殿から預けられた神具――これは普段、首飾りとして持ち運びができる物。
【聖女】のみ、取り扱うことが許された、特別な錫杖なのだそうです。
勇者さま方はすでに、門の外にお控えなさっているというお話。
振り返ることなく、庭を抜けて外門へと向かう途中――
聞こえてくるのは、小さな足音。
「セラっ……!やっぱりやだ、やだよっ……!もっと、もっと――
セラと一緒にお祈りして、神様たちの笑顔に囲まれていたかったのに……!」
泣きながら駆け出し、躓きながら、私に抱きつく三女。
小さな手で法衣を握りしめて、その必死さに胸が少し、痛い。
「ごめんなさい、ドロシー……。でも安心してくださいね?
今生の別れというわけではないのです。また必ずもどってきますからっ……!」
涙を零している彼女に、思わずもらい泣きをしてしまいました。
袖で拭って笑顔を向ければ、彼女もまた笑顔を返してくださってて――
「うん、うんっ……!セラはきっと帰ってくる……だって――
神様がそう言っているんだもの……セラ……またね、元気でね……?」
彼女の言葉は最後まで不思議でした。
一体――彼女の目から見えている世界はどのような色なのでしょうか?
長いようで短かった、五年という修行の期間。
過去を振り返れば――確かに最初こそ不安や不満ばかりでした。
ですが……いつの間にか、暖かく感じられるほどには、成長――いいえ。
認識できないほど、麻痺……したのでしょう。
庭園の途中で振り返り、改まってお屋敷へと視線を向ければ――
五年間お世話になった、ヴィオラ伯爵家のお屋敷。
どこか、清々しくて心地よい光に包まれている邸宅。
辛くて冷たかったかもしれません。ですがそれでも、これだけは確か。
ここは確かに――私の居場所だったと。
「ヴィオラ伯爵家夫妻、使用人の皆さま……及び神官や司祭の方々。
みな――私のために時間を割いてくださいまして、ありがとう。」
「それでは……聖女セラフィーナ……行ってまいります。」
誰に落とすまでもない、小さな独り言。
そうして私はお屋敷を背に――勇者さま方の待つ場所へと歩き出した。
早朝の冷たくて優しい風が、身体を抱きしめてくれているみたいで。
それはまるで……これからの旅路を祝福しているような――
――どうか……この旅が。
この軌跡が誰かを救うものでありますよう。
◆序章 了
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