その【集落】亜人の村につき。
戦いを終え、道化師の不思議な少女に、案内されるがままに着いていく三人。
彼女の集落に辿り着く頃には、木々の隙間から見える空は、群青に染まり、星が輝く。
集落を見渡すと、その不可思議な光景に驚きを隠せない。
眼の前に広がる光景――それは、木の枝や、草花で編み込まれた、小さな家々。
ちろりと、淡い緑色の光を放つ、不思議な宝石のランタンがぶら下げられ、光を落とす。
見るからに毒があるであろう、赤と白の水玉模様のキノコが、所々に点在しており――
そのキノコの上に、小さく丸い、捻れた角の生えた謎の生物が鎮座していた。
極めつけは、そこら中に咲き誇っている、深紅の色をした、立派な大輪の薔薇。
勇者たちに気がついた白髪赤目の集落の小さな子どもたちが、興味深く目を向け、集まってくる。
ノアやパルテオンを、ペタペタと触り「おお!」や「わあ!」と声を漏らした。
「さっきの人たちじゃろ? なんで人間がここおるんじゃろ?」
「たまに迷ってくる人族おるし、そういうんじゃないん?」
「大変じゃったねー! ルルさんが、連れてきたんじゃけぇ、悪い人じゃーないんじゃろ?」
子どもたちの質問や、ねぎらいの言葉の嵐に、パルテオンはたじたじになっていた。
ノアは一人ひとり、頭を撫で、朗らかな笑みを浮かべ、膝を折り、視線を合わせる。
「そうなんだぁ、僕たち、森で迷子になって、気がついたら此処にいてねぇ?
大変だったけど、ルルリカさんのおかげで、助かったんだぁ!
それと、森を荒らしていた魔物さんは、僕たちがやっつけておいたからねぇ!ふふっ!」
ノアが子どもたちに声を落とすと、皆わいわいと嬉しそうに微笑み、飛び跳ねるように喜んだ。
その姿は、完全に人の子供のようにも見えるが――どうにも底が見えない。
すると奥の方から、背丈は人の子供と変わらないが、どこか大人びているような――
不思議な雰囲気の男性が姿を現し、膝を曲げ、小さく頭を下げると勇者に声を掛けた。
「先程は、事情を知らんかったとはいえ、悪いことしてしもうた、すまん。
森を荒らされて、我々も気が立っとっての… 人族の勇者には多大なる迷惑を…」
「それでなんじゃけど――こんな亜人の集落でよけりゃ…少し、狭いじゃろうけど
いくらでも泊まっていきんさい! 謝罪も兼ねて、歓迎するけぇ」
そう勧められると、ルルが当然のように挙手し、声を上げた。
「長老ー んなら、あたしの家に泊まってもらうわ。 どうせ部屋余っとるし。
ええじゃろー? 悪いことは無いじゃろー?」
長老――と呼ばれるには、いささか議論の余地がある気がするが。
長老の男性は「好きにしんさい」と言うと、にこやかな笑みを浮かべ、何処かに消えていった。
そうして、再び道化師少女に案内されるがまま、歩みを寄せるが、その道中――
巨大毒キノコの上に鎮座していた、丸くてふかふかの生き物たちが、ぴょんと跳ねる。
ノアの足元にまとわりつき、彼が足を動かすたびに、跳ね、動き回り、翻弄する。
ノアは驚きつつも顔を綻ばぜ、歩くスピードを落としながら、朗らかに笑う。
「ねっ、ねえ……こ、これなんなんだろう… 可愛いけど…
生き物、なんだよね……? ずっと僕の周りにいるんだけど…な、なんでぇ…?」
ルルに、尋ねるように声を掛けたノアだったが、ルルからの返答は「しらね。」だった。
なんとも冷たすぎる返事に、セラはくすりと笑い、可愛げのある光景に頬を緩める。
周囲はさらに、可笑しなモノが沢山あり、髭の生えた樹木の魔物のような――
少々不気味な形のオブジェが、ツルを伸ばしパルテオンの足を止める。
彼の肩をトントンと叩き、彼が振り返ると、腹を抱えて滑稽に笑い出した。
樹木型の魔物は、腹を抱えて笑ったまま、ピタリと動かなくなってしまい、パルテオンはドン引き。
「お、おいおい… 俺なんもやってねぇぞ……? どうなってんだよ、ここ…」
(あれって、トレントって魔物では無かったでしょうか? 何故、共存を…??)
セラは、丸くてふかふかの謎生物にも、樹木にも、ついぞ絡まれることはなかった。
彼女は少しだけ、淋しいような、虚しいような思いを抱き、ルルの後に続いた。
彼女に案内され、たどり着いた家は、木の幹をくり抜いたような外観の家。
編み込まれた草花、淡い光を落とすランタン、大輪の薔薇で彩られた住まい。
扉の隣には、寒くもないのに雪だるまがぽつんと佇み、謎に腹を叩く。
何故溶けないのだろうかと、不思議そうに見つめる三人。
ルルが家の扉を押し開けると、中から待ち構えていたように、小さな亜人が駆けつけた。
「ルル!」
白い毛髪を、一つに束ねた小さな亜人の女性が、ルルの姿を見るなり駆け寄った。
一目見た感じは、ルルと同い年にしか見えないような、幼い風貌。
「ママ。」と彼女が呟く前に、女性はルルを強く抱きしめ、その目には涙が浮かぶ。
全員が(ママ?)と驚愕した表情で、呆然と二人を見つめる。
「もうっ! 何も言わんで、急におらんくならんとってや…!
心配したんじゃけぇね! ほんまにもう…! お転婆さんなんじゃけぇ…」
「ごめんねぇ、ルルの母、スージー・コエリーナよ。」
ルルの母を名乗った亜人の女性は、涙を拭いながらも、丁寧に頭を下げる。
「白兎小人族の集落によーきんさったねぇ!ええっと…?
遠き人族の地の――勇者、さん?」
その隣に立つのは、腕を組んだ白髪の、同じく小人族の亜人の男性。
やや仏頂面で「ふんっ」と鼻を鳴らすと、ぶっきらぼうに声を出す。
「ランドル・コエリーナだ。 娘を助けてくれてほんま、すまんかった。 礼を言う。」
見た目の割に、割りと声が低く、皆一同思わずピシャリと背筋が伸びる。
そんな姿を見て、ルルがぼそりと「いや、うけんだけど。」とツッコんでいた。
ルルが、無表情で、勇者ノアを親指で指差すと、淡々とした調子で言う。
まるで、決定事項であるかのように、飄々と両親に話した。
「ママー、オヤジー。 あたしさ、こいつらについてくわ。 もう決めた。」
二人とも驚愕の表情を浮かべ、正気か?と言わんばかりの眼差しを娘に向ける。
両親は「ルル!?」「なっ!そりゃどういう!?」と声を重ねた。
ルルはというと、あっけらかんと腕を動かし、袖をパタパタと振り回す。
「やーさ。 こっちにずっと居っても、得られる事って限られとるし。
上は煩いし、下も煩いじゃん?ここってよ。 んだからさ――」
「森以外の場所を、この目でもっと、見たいって思ったんよ。
それにあたし、この集落じゃ強い方じゃろうし。 戦力にもなるじゃろって。」
スージーは、娘を抱きしめ、真剣な表情を浮かべて、小さく呟く。
「本気なんじゃね…ならもう、ママは何も言わんけ…」
「わりー。 ずっとおらんってわけじゃねーし、ぜってーこっちに戻るけー…」
娘を抱きしめ、優しく背中を撫でる母、そしてルルも真っ直ぐな瞳で抱き返す。
そのやり取りを、黙って見ていたノアだったが、家族の前へ一歩近づく。
「えっと、ご挨拶が遅れてしまってごめんなさいっ!
僕も今初めて聞いて、正直、ちょっとびっくりしてます、えへへ…」
「でも本当に、ルルさんの魔法、とっても凄かったなぁって思ってて!
僕も、仲間になってくれたらなって…そう思っていたから、申し出は嬉しいです!
だから、勇者として誓うよ、絶対にルルさんを一人にしないって。」
朗らかで、陽光のような明るい微笑みを浮かべ、ルルの両親を真っ直ぐ見つめる。
大盾の騎士パルテオンも「トン」と軽鎧を叩き頼もしく声を落とす。
「俺もだ! 俺も、しっかりお嬢さんをおまもりするぜッ!」
セラは静かに両手を胸の前に組み、二人に同調するように柔らかく微笑んだ。
三人の言葉を受け、ルルの父、ランドルは、しばらく目を細めて、三人を見つめる。
その視線は、彼らを値踏みするように、じっとりと湿度を持っていて――
やがて、大きく溜息を吐くと、諦めたように口角を上げて笑った。
「ええじゃろ、じゃけど、娘になんかあったら…容赦せんけぇの?」
悪戯っ子のような、小さな笑みを浮かべ、ノアの腹部へと、柔らかく拳を繰り出す。
ノアは腰を落とし、拳を握りしめると「任せて!」と目一杯に微笑んでいた。
こうして、亜人・小人族の魔法使い、道化師少女ルルリカは――
ノアたち、勇者一同の一員となった、記念すべき日となった。
◇ ◇ ◇
道化師の亜人、白兎小人族のルルの家の一室にて――
ルルの家族と、勇者一同の計六人は、まったりとした時間を送っていた。
コエリーニョという種族の事、この森は一体何なのか等、色々な話を交わす。
分かったのは、この森はセレスタリア国から、遠く離れた西の大森林だということ。
時たまこうして、迷い込んでくる人族がいるらしく、原因は不明だが――
森という場所に、たまに繋がってしまい、この西の大森林へ連れてこられるのだとか。
“精霊様の気まぐれ”や“万物の通り道”など言われているのだそうで。
森を抜けるには、木の上の住人、エルフ族に交渉するしか無いとのことだった。
他にも、森に住む種族は多岐にわたるらしいが、大半が他の小人族という話だ。
白兎小人族に伝わる、郷土料理を食べながら語らい、穏やかな時間を過ごす。
夕餉を終え、温かな灯りが揺れる中、ルルの両親は別の部屋へ。
窓の外から射し込む仄暗い謎の植物の影が、ルルの部屋に幻想的な色を落とす。
揺れる光が、皆の緊張を解くように、部屋の隅々を静か染め上げていた。
小人族用に造られた家なので、パルテオンにはかなり狭い様子だった。
彼は椅子ではなく床に腰を据え、皆に顔を向けると、真剣な声音で話しかける。
「おーい、ちょい集まってもらっても良いか? ちょいと、見てほしいもんがあんだ。」
普段は仏頂面で、頼り甲斐のあるパルテオンの声が、いつになく不安そうに響いた。
ノア、セラ、ルルの三人が、互いに顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべる。
パルテオンの方向へ視線を映すと、彼は革袋から黒ずんだ石を取り出した。
その石を、床の上にコロンと転がすと、石からは脈打つように、靄がじわりと溢れ出していた。
「今日の戦闘時に、あのクマみてぇな、顔が無ェヤツ。
――アイツが、残していったやつなんだけどよ。 これ、みてくれ。
俺ですら嫌な気配がしてんだ。 ヤベェやつなんじゃっ…て思ってよ。」
そこに存在するだけで、部屋の空気が凍りつくような、そんな気配すら感じられる。
ノアは真剣な眼差しで眺めてはいるが、よく分からない様子。
ルルはというと、怪訝そうに目を細め、その石を舐め回すように見据える。
セラが首飾りに手を当てると、形を変え、錫杖へと変形、そっと石に錫杖を近づける。
すると表面に、どす黒い闇が漂い、揺らめくような膜を纏い、呼吸するように蠢いた。
「なんだか…気持ちが悪い、ですね… 多分、瘴気を纏っています。
これが魔物から…? 魔物って、こんな変な石落としましたっけ?
申し訳ないのですが、私は聞いたことが、有りません。」
「――そうなんだ、俺もだ。
なんなら、魔物が姿を残さず、消えるっちゅー点も、ちょいおかしい。
普通なら遺体は残るはずなんだがよ、アイツは灰になってたろ?」
「ぜってぇコレだと思うんだ。」
そこで、二人の話を割入るように、手を上げた勇者ノア。
彼はキョトンとした顔で、申し訳なさそうに、二人に対して質問を投げる。
「えっと、ごめんね。 聞いてもいいかな? 魔物さんって、普通は消えないんだよね?
でも今日戦った魔物さんは灰になった… それって、何が“おかしい”のかなぁ…?」
パルテオンは「あ、そうだったな。」と呟くと、ノアに要約して説明。
ノアは納得したように、表情を明るくし、腰に掛けた聖剣の柄に触れ、思考する。
しばらく考え込んでいた様子のルルだったが、補足するように声を零す。
「森だけどよ。 こんなわけわからんの、見たことねぇから、多分だけど
“万物の通り道”から、流れ込んできたヤツなんじゃじゃねー?って思う。」
「それに、この森…ちょい物騒だからよ――上の住人が……
こんな妙な石みたいなんあったら、すぐ動いとるだろーし。」
皆で話し合っていたが、時刻が日を跨ぎそうな程、遅くなっていた。
その事に気がつくと、四人は改めて話し合おうと、その日は就寝することになった。
就寝する前に、ノアは朗らかな笑顔を湛え、皆を安心させるように声を上げた。
「心配しないで、皆。 きっと、僕たちなら、どんな困難も乗り越えられる――
とりあえずその石をもって、調べられそうな場所にもっていこう! ね!」
優しくて穏やかで、陽光のような暖かい微笑みと声音に、皆の心が温まる。
しかし、セラだけは、なぜ、ずっと笑顔でいられるのか、彼の笑顔の裏――
不安はないのだろうかと、あれこれ考え、彼のことが、多少怖く感じていた。
(どうして、それほどまでに、強くいられるのですか? 怖くは、ないのですか?)
(私には、勇者ノアさんが、どうして笑顔でいられるのか、わからないです。)




