頁:76 その【調剤】初回につき。◆挿絵有り
聖女が広間へ向かう道中、廊下から聞こえてくるのは勇者たちの声。
なにやら困っているらしい。その会話内容は遠巻きからでも理解できた。
「――それで、どうする?」
「怪しい孤島行きの定期船が来るまで七日、だよね。
それにバルタザールからの音声もずっと聞こえないし……。」
「魔道具はあたしら管轄外すぎて、どうしたらええか分からんもんね。
子爵ちゃんなら、なんか知っとるんじゃない?」
「ヴェルカナ……つったっけか? どうすっかなぁ――
賢者にどういった場所か聞こうにもこれじゃ聞けねぇしなぁ。」
広間の扉を控えめに打ち鳴らし、そっと室内へ侵入した聖女。
忍び足で入室したつもりだったが、当たり前だが全員の注目を浴びた。
「あ――えっと。 ただいま戻りました。」
「件の孤島行きの相談――ですよね?
たしか、七日ほど待たなければならないというお話で。」
「そーなんよ。 で、ただ待つだけってのもだるいじゃろ?
あと、気がついとるかもしれんけど、魔道具めげとるんかしらんけど――」
魔道具を掌に広げ「トントン」と軽い動作確認。
深いため息を吐き出し、魔道具を懐へとしまい込んだ小人族。
「だめじゃ。 やっぱなんも反応せん。 禁書庫からの音が聞こえん。
はぁ~~もう~~……耳がみみっちぃのぉー……。」
腰をひねり――なんでもなかったように平然と出口へ向かう小人族。
彼女の軽い態度とは裏腹に勇者たちはといえば。
彼女になにをどうツッコミを入れたらいいのか分からず、無言。
「あたし、ちょいやりたいことあるけ、薬草管理室行ってくる。
子爵ちゃん、言っとったじゃろ?『自由に使っていい』って。」
いたずらっぽく口角をわずかに上げ――さらに言葉を続ける小人族。
「あたし、調剤に興味があるんよね。 ほいじゃけ、行ってくるわ。
――薬草だけに“役に立つ”……ってな。 じゃあの。」
◇ ◇ ◇
混沌とした冷気を残し、薬草管理室へと赴いた小人族。
陽はとうに落ちており、月光が淡く照らす中――向かう先はガラス張りの場所。
「んー……ふぃーッ!集落は自然に溢れかえっとったけぇねぇ……。
こういう場所……めっちゃ落ち着くんよなぁー……。」
いつも通りの無表情。だが胸の奥に広がるのは、浮かれるような気持ち。
薬草の香りが芳しいその場所へ、誘われるように入室。
前回調剤室に訪れた際、本棚を見かけたことを覚えていた。
規模はやや小さかったが、調剤室に置いてある書物なのだ。
「んなもん――絶対に薬の作り方が書いとるに決まっとるじゃろ。」
多少文字は読めなくとも『なんとかなる』の精神で本棚を漁る小人族。
ノートのような冊子を手に取り、パラパラと頁を読み進めていく。
整然に整えられた機械的な文字列。ところどころ読めない箇所。
「当たり前じゃけど、読めん箇所多いわ。
絵が描かれとらんかったら詰んどったじゃろうね……どれどれ……。」
一枚一枚丁寧に読み進め――図を見つめながら適当に流し見る。
そうしてふと――目に留まった大輪の薔薇の挿絵。
それは、小人族のよく知る『血熱薔薇』の図面。
「ん……これなんかの薬に使えるん? 材料は――っと……。」
「カルミナ……と、ヴェルナの果実?んでブラディアローズの花蜜?」
彼女が今現在読み進めているその頁に記された『レシピ』――
それは、彼女の興味をそそるに十分な内容だった。
「あー……ね。 ブラディアローズにそういう効果あるんじゃし。
こりゃ……ぶちやばい……こんなん――作りたいに決まっとる。」
「ママ……オヤジ――ッ! あたしは、絶対にやり遂げるけぇ……!」
彼女の瞳に輝きが灯り――その好奇心は誰にも止められない。
否。止められる者がここには居なかったのである。
興奮気味に机へ材料を丁寧に並べていく彼女。手つきはやたら効率的。
(ふんふん、材料はこれで……あっとるよね? さて――)
まず――事前にアルコールに漬けてあるカルミナの花弁を数枚取り出す。
すり鉢に入れ、すり潰した後に液体と個体に分けておく。
次にヴェルナの乾燥果実。こちらは適当に砕き粉々に。
先ほどすり潰した、カルミナの花弁と練り合わせていく。
合わせた物にカルミナの抽出液を加え――さらに丁寧に練り合わせる。
目の粗い布へ包み、沸騰した湯へ材料入りの布を放り込む。
色が出るまで時間が掛かるらしく、その間に血熱薔薇の花蜜瓶を準備。
匙で掬い取り――味見のため、手の甲に一滴ほど乗せ、舐め取る小人族。
「っぱこれじゃろー!あたしにはなーんも効果ないんじゃけど、んめー!」
煮沸した薬液をさらに蒸留させ、濃さを調節。
出来上がったものに蜜を追加し、丁寧に撹拌していく。
これにて全工程が終了。出来上がった“ソレ”を小瓶に注ぎ入れた。
あれだけの工程を要したが、出来上がった本数はたったの小瓶三本分。
小瓶に入り切らなかった中途半端な薬液は、ルルが余すことなく飲み下した。
成果物を両手に掲げ――人知れず無表情ながらもドヤ顔を披露する彼女。
「これ、ぶちうまいんじゃけどーっ!普通にあたしのオヤツになりそ!
ホットミルクにこれいれたら……ぶちうまいじゃろーっ! あとは……。」
(この『お薬』って……子爵ちゃんに効果あるんじゃろうか?)
「あ~~~!!興味が尽きんのじゃけど!!使いたい~~~ッ!」
彼女の胸は好奇で満たされ、憧れは止められないし止まらない。
その後――小人族は使用した証拠物品を全て隠蔽。
証拠隠滅も完了したところで、薬草管理室を抜け出したのだった。
「フッフッフ……。 あたしは、ぜったい、ヤっちゃるけぇ。」
「あのいけすかんニヤけ面がどうなるか……。
ちょー破廉恥に狂うとこを、あたしは、見届ける。」
「ママ……オヤジ……あたしの活躍――見とってね……!」
彼女のとんでもない陰謀など知らない勇者たち及び屋敷の主。
彼らの――否。屋敷の主の運命や、いかに――




