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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
六章:未だに謎は多く。

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頁:77 その【表情】温和につき。◆挿絵有り



 屋敷内の従業員ですら寝静まるような、深夜と呼ぶに相応しい時間帯。

 ニヴェイシア邸の廊下を包むのは、しんとした静寂。


 深い夜の闇が支配するような時刻。


 寝室の窓から月明かりすら射し込まないほどの静けさが漂う夜半頃。


 淡い闇の中――中途半端な時間に脳が覚醒してしまった聖女。

 気分転換がてら、部屋の外へ繰り出しなんとなく廊下を歩く。


(一度目が覚めると、入眠ができないのですよね……はぁー……。)


 足音を忍ばせ、長い渡り廊下を歩いていると――

 ふと、光が漏れ出ている扉が目に止まった。


(こんな時間に起きてらっしゃる方が? 大丈夫かしら……。)


 導かれるように、僅かに開かれている扉へと手をかける。

 静かな軋む音を響かせて――扉の内側へと視線を移してみた。


 部屋の内部に広がるのは、薄暗い書斎。

 机に置いてある小さな明かりを放つランタン。


 その明かりを頼りに、作業に没頭する執務中の屋敷の主(アメトリクス)の姿。


 優しく柔らかな光が、銀白金色(アルゲント・アルビナ)の髪色を照らし出し――


 いつもの胡散臭い微笑はなく、ただ淡々と仕事に向かう姿。


挿絵(By みてみん)


 淡白なのに、とても儚げで――それでいて、どうしようにもなく綺麗で。


(なんて、幻想的で美しいのかしら……。)


 聖女の視線に気づくことなく、彼は「サラサラ」と羽ペンを走らせる。


 確かに次に会ったときには、文句の一つでも言ってやろうと。

 そう思っていたはず、なのに……現在の彼の姿の前では――

 用意していた言葉すら、無意味に思えてくるような感覚。


 どれだけの時間そうしていたか、聖女には知り得ない。


 やがて、屋敷の主が聖女の存在に気がついたのか、視線をちらりと移した。


「おやおや?ココはボクの私室だヨ?」


「立入禁止だって、言われていなかったのカナ?」


 いつもの軽薄な調子。それなのにどうしてだろうか、柔らかく感じる。


「え、あっ……!ご、ごめんあそばせっ!お邪魔するつもりは――

 えっと……明かりがついてらしたので、心配になっただけなのですっ……!」


「その――し、失礼いたしました……!」


 後退り――部屋から退出を試みるが、そんな背中から語りかける屋敷の主。


「ボクは気にしないヨ。」


「好きなだけ――この場所にいたらイイ。 気になるならネ。

 ボクのコト、怪しいと……そう思ってるのならサ。」


「監視でもなんでもしたらいい。それでキミが満足いくなら。ほら――

 そこにソファあるし、ついでだからナニか聞きたいコトとか……。

 なんでも聞いてみてヨ?答えられる範囲で答えるからサ。」


 優しさを感じるのに、どことなく距離を置かれているような。

 遠くもあり、近くもあるような――複雑な調子の声音。


「質問ではありませんが、こうして見ていると普通に人間ですのね。」


「ソレ……勇者サマと一緒にお風呂に入ったとき、似たようなコト言われたヨ。

 キミたちがボクのお屋敷に来たときに見せたあの姿……。」


「アレが本来のボク。 人族からしたら怖い姿のアレ。今はほら――

 “認識阻害”をかけてるから、その補正でヒトに見えてるダケ。」


 肩を揺らし、小さく笑うような仕草を見せる半魔の彼。


「この姿はボクなりの気遣いでもあるし、癖でもある……だって――

 キミたち人間は、こっちの姿だと怖がらないデショ?」


 ランタンから漏れる光が、彼の微笑を照らし出す。

 しかし――どうしても不思議だった。


 以前もそう感じたが、彼の表情はどこか……悲哀が滲むような。


「閣下……ひとつだけお尋ねしたいことがございます。」


「どうしてそこまでして――閣下は人間との共存を望まれるのですか?

 失礼ですが、星律教導(オルディナストラ)では魔族は悪だとされているのです。」


 実際言葉に落としてみると、なんて非道なことをいっているのかと。

 ちくりと刺されるような痛みを感じるが、手を握って誤魔化した。


 しかし彼の視線は依然として紙に落とされたまま。


「そりゃあ、こっち……人間たちと暮らす方がずっと面白いからネ。

 魔族の娯楽って、戦いしかないからサ。 それにボクは――」


「人間の愚かさも、強かさも優しさも……知っているつもり、だから。

 人の営みは、ボクの退屈と憂鬱に少しだけ色を添えてくれた。」


「ソレだけじゃ、理由としては不足しているカナ?」


 語った彼の表情は相変わらず胡散臭い微笑。

 しかしどこか――切なさや寂しさ、諦めを感じるような。


「そう、ですか……そう、ですね――」


「長く生きるということは、退屈が多くなる……ということにしておきます。

 しばらく閣下のことを監視――いえ。 観察させてくださいませ。」


 視線を銀白金色の彼へと向け、じっと見つめる聖女。

 そんな彼女の視線を浴びながら、彼は筆から手を離さず、作業を続けた。


 二人の間にそれ以上の会話はなく、部屋を満たすのは沈黙。



 時間は緩やかに流れ、朝日が交易都市を照らし始める頃合い――

 夜は明けていたが、聖女はつい――ソファの上でうたた寝。


 そのままいつの間にやら、長椅子の上で深い眠りへと落ちていった。 





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