頁:41 その【小人】好奇心旺盛につき。◆挿絵有り
広間へと向かう道中、廊下から聞こえてくるのは勇者たちの相談する声。
なにやら困っているらしく、その会話内容は遠巻きからでも理解できた。
「それで、どうする……? 怪しい孤島行きの定期船が来るまで七日――
それにバルタザールからの音声もずっと聞こえないし……。」
「魔道具はあたしら管轄外じゃけ、どうしたらええか分からんもんね……。
んー……? 子爵ちゃんなら、なんか知らんかねー?」
「たしかヴェルカナ……つったっけか? どうすっかなぁー……。
賢者にどういった場所か聞こうにも、これじゃ聞けねぇしなぁ……。」
相談の最中、広間の扉をノックして控えめに扉を開く。
そっと室内へと身体を滑り込ませ……忍び足で入室したつもりだったが――
当たり前ではあったが、全員の注目を浴びることとなったセラ。
「あ……ただいま戻りました。 例の孤島行きの件の相談ですよね?
たしか七日ほど待たなければというお話で……。」
「そうなんよね。 でもただ待つのも怠いじゃろー? あっ、それと――
あの耳飾りの魔道具なんじゃけど……めげとんのか知らんのじゃけど……。」
耳飾りを手のひらに広げ「トントン」と動作確認した後、ため息を吐き出す。
彼女は諦めたように耳飾りを懐へとしまい込み、口を開いた。
「だめじゃ。 やっぱなんも反応せん……禁書庫からの音も聞こえんし。
はぁ~~も~~。 耳がみみっちぃのぉー……」
腰をひねり、なんでもなかったように平然と出口へと歩くルル。
が――勇者一同の全員は、彼女に対し何をどうツッコめばいいか分からない。
「あたしさ、ちょーっち、やりたいことがあるけぇさ。 薬草園に行ってくる。
子爵ちゃんがさ、自由に使っていいって言うとったじゃん?」
いたずらっぽく口角をわずかに上げ、言葉を続けるルル。
「調剤に興味あるんよ。 ほいじゃけちょっくら行ってくるぁー。
――薬草だけに“役に立つ”……ってな。 じゃあの。」
軽い足取りで広間から退出したルルだったが――
残された三人は何が起こったのか分からず、互いに顔を見合わせる。
話し合いの最中だったはずなのに、どこか混沌とした空気が流れていた。
◇ ◇ ◇
混沌とした現場を残して薬草園へと赴いたルル。
日はとうに落ちており、月光が淡く照らす中、ガラス張りの場所へと向かう。
「んー! ふぃーっ! 集落では自然に溢れかえっとったけぇねぇ。
こーいう場所めっちゃおちつくーー……」
いつも通りの無表情で胸を踊らせ、周辺を見回してみる。
薬草の香りが芳しいその場所へ、誘われるように入室し目的地へたどり着いた。
前回調剤室に訪れた際に、本棚を見かけたことを覚えていた。
規模はやや小さかったが、調剤室に置いてある本といえばだ――
「んなもんっ……絶対なんかの薬の作り方が書いとるにきまっとる!」
多少字は読めなくとも『なんとかなる』の精神で本棚を漁る。
一冊のノートのような冊子を手に取り、パラパラと頁をめくり読み進める。
整然と整えられた機会的な文字。ところどころ読めない箇所もある。
「んー。 当たり前なんじゃけど、やっぱ読めん箇所が多いわ。
絵が描かれとらんかったら詰んどったなーっと。 どれどれ……。」
一枚一枚丁寧に読み進め、図を読み取りながらも目を通す。
するとふと目に留まったのは、ルルも知っている大輪の薔薇の挿絵――
自身の集落で狂い咲きしている『ブラディアローズ』の図面だ。
「ん? これなんかの薬に使えるん? えーっと……材料は――
カルミナ……ヴェルナの果実? んでブラディアローズの花蜜……?」
彼女が今現在、読み進めているその頁は――『媚薬』の作り方の頁。
「あーね。 ブラディアローズ事態にそういう効果あるんじゃもんね。
こりゃ……ぶちやばじゃろ。 こんなん、作りたいに決まっとる。
ママ、オヤジ……! あたしは絶対にやっちゃるけぇね……!」
彼女の瞳に溢れ出る好奇心という輝き――もう誰にも彼女は止められない。
否……止める者は、ここにはいないのだ。
興奮気味に机へと材料を並べるルル。手つきはやたらと効率的だ。
(ふんふん、材料はこれで……あっとるよね? さて――)
まず、事前にアルコールに漬けてあるカルミナの花弁を数枚取り出す。
すり鉢に入れすり潰し、液体と個体に分け、次にヴェルナの乾燥果実。
こちらは適当に砕き粉々にし、先程のすり潰した花弁と練り合わせる。
練り合わせた物にカルミナの抽出液を加え、さらに練り合わせる。
目が荒い布へと包み、沸騰した湯へ、材料入りの布を放り込む。
色が出るまで待機する間に、ブラディアローズの花蜜瓶の準備。
匙で掬い取り、味見のために手の甲に一滴ほど乗せて舐め取る。
「っぱこれじゃろー! あたしにはなーんの効果もないんじゃけどー。」
煮沸した薬液を更に蒸留させて濃さを調節し、出来上がったものに蜜を追加。
丁寧に撹拌させ――これで全工程が終了し、出来上がった薬液を小瓶に注ぐ。
出来上がった『おくすり』の本数は、あれだけの工程を要したが、三本程度。
小瓶に入り切らなかった中途半端な薬液は、ルルが余すことなく飲み下す。
『ぷはーっ!』と一息つき、成果物を両手に掲げ、人知れずドヤるルル。
彼女の集落では狂い咲きしている薔薇……。
故に、彼女には『おくすり』の効果は残念ながら皆無であった。
「これ、ぶちうまいんじゃけど。 普通にあたしのおやつになりそう。
ホットミルクにこれいれたら……あたしのおやつ決定じゃね。 あとは――」
(これって、子爵ちゃんに効果あるんじゃろうか……ああ~~使いたい。)
いつも通りの無表情のはずだが、彼女の瞳は爛々とした輝きを帯びていた。
好奇心で満たされた胸、憧れは止められないし止まらない。
その後――すり鉢や蒸留器たちは、魔法を使用し、丁寧に清掃。
証拠隠滅も完了したところで、ガラス張りの薬草園を抜け出した。
「ふっふっふ……あたしはぜってぇー、あの子爵ちゃんに一泡吹かせるけぇね。
あたしは……絶対にやっちゃるんじゃけぇ。 ママ、オヤジ……見とって。」
「あのいけすかんニヤケ面が、ちょー破廉恥に狂うとこを見届けるんじゃ……。
あーやばい。 ばか楽しみ。 マジでウケるんじゃけど。」
彼女のとんでもない陰謀など、知ることのない勇者たち及び屋敷の主。
彼らの……否、アメトリクスの運命やいかに――
自身がとんでもない危険に晒されていることなど、つゆほどにも思わない彼。
自室の書斎にて、静かにくしゃみをひとつ……呑気にかましていた。
◇ ◇ ◇
屋敷内の従業員ですら寝静まるような深夜と呼ぶに相応しい時間帯――
ニヴェイシア邸の廊下を包むのは、しんとした静寂。
夜は明けてなどおらず、日が昇るまでは相当な時間を要するような時刻。
寝室の窓から、月明かりすら射し込まないほどの静けさが漂う夜半。
淡い夜闇の中、聖女は中途半端な時間に脳が覚醒し、眠ることが困難に。
気分転換がてら、部屋の外へと繰り出してなんとなく廊下を歩く。
(一度目が覚めると、入眠ができないのですよね……はぁー……。)
足音を忍ばせて長い廊下を歩いていると、ふと光が漏れている扉が目に留まった。
(こんな時間に起きてらっしゃる方が……? 大丈夫かしら……。)
導かれるように僅かに開かれている扉へと手をかけ、扉を押し開ける。
わずかに軋む音を響かせ、扉の内側へと視線を移し、広がっていたのは――
薄暗い書斎の中、机に置かれている小さな明かりを放つランタン。
それを頼りに作業に没頭する、執務中であろう屋敷の主の姿。
優しく柔らかい光が彼の銀白金色の髪色を照らし出し、光を受けた姿は――
(なんて、幻想的で美しいのかしら……。)
いつもの胡散臭い微笑はなく、ただ淡々と仕事に向かう姿。
淡白であるはずの姿なのに、どうにも儚げで――とても美しく映った。
『幽玄の白雪』とはよく言ったものだと感心し、思わず見惚れ、硬直していた。
彼女の視線には気が付かず「サラサラ」と羽ペンを走らせる音が響く。
次に姿を見せた時には、文句の一言でもと思っていたが――
現在の彼を目前にし、用意していた言葉すら忘れてただ眺めるだけ。
どれほどの時間が過ぎたのか分からなかったが――ようやく気がついたらしい。
屋敷の主は胡散臭い微笑を浮かべ、柔らかな声を落としていく。
「おやおや? ボクの私室は立入禁止って、言われていなかったカナ?」
いつもの軽薄な調子の声色。それなのになぜだろう、柔らかく感じる。
「ごっ、ごめんなさいっ……! 邪魔するつもりも、お邪魔するつもりも――
えっと……明かりがついてたから、それで心配になって……!」
「その、それだけですので……。 では、失礼いたしましたっ……!」
後ずさり、部屋から退出しようとするのだが、彼はそんな背中に語りかけた。
「ボクは気にしないヨ。 好きなだけこの場所にいたらイイ。
気になるなら――ボクのコト、怪しいとそう思うなら、サ……。
好きなだけ、監視でもなんでもしたらいい。 それでキミが満足いくなら。」
「ほら、そこにソファあるし、ついでだし……ボクに何か聞きたいこと――
なんでも聞いてみてヨ。 答えられる範囲で答えるからサ。」
優しさを感じるのに、どことなく距離を置かれているような――
遠くもあって近くもあるような、複雑な調子の声色。
それでも、言葉に甘えることにしたセラ。
「なんだか――こうして見ていると普通に人間ですね……。 不思議です。」
「ソレ、勇者サマと一緒にお風呂に入った時、同じようなコト言われたヨ。
キミたちがボクのお屋敷に来た時に見せた、こわーい姿……。」
「アレが本来のボクだヨー? 人族からしたら、怖い姿のアレ……。」
肩を揺らし、小さく笑うような仕草を見せ『ヒヒッ』と喉を鳴らす彼。
「今は認識阻害をかけてるから、その補正で人間に見えるダケ。
ボクなりの気遣い……ってヤツだヨ。 だって、サ――」
「キミたちはこっちの姿だと、怖くない……デショ?」
ランタンから漏れる温かな光が彼の微笑を照らすが――不思議だった。
彼の表情は光とは裏腹に、どこか冷たく感じるもので。
「あの……。 ひとつだけ、おたずねしたいのですが……。」
「どうしてそこまでして、ニヴェイシア閣下は……共存を望むのですか?
失礼ですが……オルディナストラではその、魔族は悪だと……。」
どうやって言葉として落とせばよいのか分からず、言い淀んで口ごもる。
彼の視線は相変わらず紙に落とされたまま、羽ペンを止めることなく語った。
「そりゃこっち――人間たちと暮らすほうが、ずっと面白いからネ。
魔族の娯楽っていえば、戦いしかないからサ……それに、ボクは――」
「人間の愚かさも、強かさも、優しさも――知っている……つもりだから。
人の営みは、ボクの退屈と憂鬱に、少しだけ色を添えてくれた。
……ソレだけじゃ――理由としては不足しているカナ?」
語った彼の表情は相変わらず胡散臭い微笑のはずなのに、どこか……。
切なさや寂しさ、諦めを感じるような――複雑な感情を抱えているようで。
「そう、ですか……。 そう、ですね――」
「長く生きるということは、退屈が多くなる――ということにしておきます。
しばらく閣下のことを監視……いえ。 観察をさせてくださいませ。」
視線を銀白金色の姿へと向け、語り終えたセラ。
彼女の視線を浴びながらもアメトは筆を持ち続け、作業を続ける。
二人の間にそれ以上の会話はなく、部屋を満たすのは沈黙だけ。
朝日が交易都市を照らし始める頃合い――時間だけがゆるやかに流れる。
夜は明けていたが……セラはつい、ソファでウトウトとしてしまい――
そのままいつの間にやら、ソファの上で深い眠りへと落ちていった。




