頁:40.5 その【貴族】不審者につき。
迷宮から交易都市へ帰還する頃には、すでに時刻は夕暮れ――
空は朱色に染まり石畳を照らし出し、長い影を作り出すような頃合いだった。
ノアたち三人とは別行動をとっている聖女セラ。
彼女は気掛かりなことがあり、教会へと足を運んでいた。
教会へ顔を出すと、一人の神官がにこやかに挨拶を交わす。
「聖女さま、ご機嫌麗しゅう。 このような時間に教会を訪ねられますとは――
勇者さま方と旅をなされていると、風聞をお耳にいたしましたが……。
現在はヴァルメリアに、身を寄せてらっしゃったのですね?」
「ええ、こんばんわ。 少々……気になることがありまして。
それでこちらに顔を出させていただいた次第です。」
挨拶そこそこに――疑問に思っていたことを控えめに尋ねるセラ。
「――それで、お尋ねさせていただきたい件なのですが……。」
「ニヴェイシアという家名の貴族さまについて、ご存知ありませんでしょうか?
もし知ってらっしゃるのでしたら、その方についてを知りたくって……。」
問われた神官は『ここではなんですから……』と歩き出し、場所を移す。
廊下を渡り、案内された部屋は、神父の控える小部屋なのだそうだ。
どうやら神官では、聖女の質問に答えられないとのことらしい。
(神官方も忙しいですものね……。 時間が悪かったかしら……?)
そうして案内された部屋には、執務中の神父の姿――
神父は少しばかり驚いた表情を見せたが、神官が簡単に経緯を説明してくれた。
「それでは、お取次ぎはいたしましたので、私はこれにて失礼しますね。」
神官が退出の言葉を落とし、神父はやや困ったような表情を浮かべていた。
「さてさて、聖女様……。 どうぞそちらの椅子におくつろぎください。」
促されるままに椅子へと腰掛け、時間を置かずして再度扉が開かれ――
シスターが茶菓子を用意してくれたようで、小さな挨拶の後に机に並べる。
「さて、それでは聖女様。 お聞きしたいことは子爵様……。
ニヴェイシア様について、関心があるそうですが……そうですねぇ――」
「かの方は、定期的に薬を寄付されておりましてね。
神官さまが遠征にて不在の際は、とても助けられておりますよ。
また当教会併設の孤児院に、子爵様は多額の寄付をしてくださってます。」
カップに茶を注ぎ、セラに『どうぞ』と言って渡すと息をつく神父。
「子爵様はこの孤児院……いえ。 この街、しいては――
この国には欠かせない存在といっても、過言ではありません。」
窓の外に広がる景色に視線を流し、穏やかに微笑む神父。
視線の先に広がるのは、畑仕事に勤しむシスターの姿や、孤児の子どもたち。
平和そのものの光景を見つめ、静かに息を吐き出し、神父はセラに視線を戻す。
「子爵様は病弱とのお噂がありまして、御本人様はあまり顔出しされません。
代わりにですが、使用人の方々がしょっちゅう教会へこられますよ。
して聖女様……かの子爵様のことでなにか……気になる点でも?」
神父からの話を聞き終えたセラは、複雑な表情で視線をカップへと落とす。
今までの彼の行動や言動を断片ながら思い出し――瞳を閉じる。
(……やはり、それでも信用はなりません。 表の顔だけ……良いのかも。)
「気になる点があると言いますか……今現在、私たちは――
ニヴェイシア子爵閣下のお屋敷に、お世話になっておりまして……。」
「それで――どんな方なのか気になってしまったのです。
それだけなのです。 お話――ありがとうございました、神父様。」
神父に感謝の言葉を伝え小部屋から退出し、教会内部を見て回る。
訪ねてきた怪我人や、癒しを求める人々に癒しを与えてまわり――
顔に疲れが出始めたところで、教会の人たちへと感謝を伝え外へ繰り出す。
が、しかし――なんということだろうか……外はすでに暗闇に包まれていた。
(ま、真っ暗……! いつの間にこんなに時間が……っ!)
急いで帰らねばと踵を返すが、その道すがらで唐突に後方からかかる声。
『この時間にお一人デス?』と、どこかで聞き覚えのある軽薄な声音――
「聖女サマ。 アナタはもっと――危機感を抱いたほうがよいかと存じマスが。
偶然お見かけ致しまシタので、お声を掛けさせていただきましたが……。」
「アナタは聖女サマ、それにこのような時間帯に乙女が一人……。
この辺りの治安は良いとはいえど、お一人で出歩くのはお控えくだサイ。」
自身の屋敷内で見せていた軽薄な態度ではない、どこか気取った態度の彼。
恐らく『貴族の仮面』を纏った姿なのであろう、ニヴェイシア子爵その人。
彼は身を寄せ、軽薄な調子の小声で一言付け加える。
『キミの身に何かあってからでは――遅いヨ? ネェ……?』
もっともらしい彼の言葉に、苦虫を噛んだような表情で周囲に視線を配るセラ。
が、現在は周りに頼れる仲間はおらず、彼女一人という状況だ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。 そうですよね――」
「その、はい……ご配慮いただき、痛み入ります。 えっとそれで……。
ニヴェイシア閣下は、どうしてこちらに……?」
アメトリクスはセラの耳元で、囁くように言葉を返した。
『ボクは孤児院に用事でネ。 というか……ボクのコト名前で呼ばないの?
ボクの名前……長い、デショ? 『アメトリクス』も『ニヴェイシア』も。
キミがそれでいいのなら、強制はしないけれどサ。』
「さて――では当屋敷までお送りいたしましょうか? 聖女サマ。」
身体を強張らせているセラのことなど、まるで気にしていない様子の彼。
わざとらしい貴族としての振る舞いで、彼女へと手を差し伸べた。
ぎこちない苦笑を浮かべ、彼の言葉に返答するセラ。
「そうですね。 ご心配いただき、申し訳ございません。ええっと――
では、ご一緒させてくださいませ。 ニ……ニヴェイ……。
ア……アメトリクス……さま……。」
セラは恐る恐るだが、彼の手に指先を触れさせた。
彼はにこやかな笑顔を湛え、彼女をエスコートするのだが……。
彼はなぜか人気のない場所へと移動し、聖女の胸中には不安が募る。
周囲を見渡し、顔を青ざめさせ『あの……?』と小さく声をあげるが――
彼は無言で歩み続け、やがて人の気配が絶たれた路地裏へと連れられた。
急に立ち止まり、何事かと恐怖で引きつった顔で、目の前の青年を眺める。
(もしかして……なにかするつもりでは……? いざとなれば神聖術で……!)
が、彼は瞳を細め「やれやれ」といった様子でため息をひとつ。
『ボクの“能力”で屋敷まで一気に送るダケ……少しだけ目を瞑って?』
言葉が落とされると同時――瞳を閉じるまでもなく、瞬きの間に変わる景色。
そこに広がっていた光景は、ニヴェイシア邸の庭園だった。
驚愕で言葉を失っていると、隣から『大丈夫ー?』と言葉を投げられた。
「あの腕輪を……無理やりに渡された時、わけが分かりませんでしたが……。
あなたの使用した魔法か何かでしょうか? 恐らくは転送系の……。」
「そゆコトー。 だってコッチのが歩くより断然早いデショ?
あ、もしかしてキミ……路地裏でボクに『ナニか』されるって――
勘違い――しちゃった感じー? ゴメンゴメーン、安心してヨー。」
「ボク、キミみたいな『お子サマ』には興味ないしサ。」
手のひらをひらりと振り、興味なさそうな淡々とした口調で語るアメト。
彼は『ヒヒッ』と喉を鳴らし怪しく笑い、再び口を開いた。
「興味あったとしても……あぁんな雰囲気のない場所で『する』趣味……。
残念だけれど、ボクにはないからサー。 ヒヒッ! それじゃ――」
「ボクは執務があるから、浴場使うならドーゾご勝手にネ。」
『チャオー』と言い残した彼は、あまりにも軽い調子のまま姿を消した。
先程まで彼が居た場所には、黒紫の霧が残されるだけ。
何もされなかったことに安堵はするのだが、それにしてもだった。
(なんなの、ですか……ッ!? あんなッ……言うに事欠いてッ……!)
「もっと……言い方ってものがありますでしょう……ッ!?」
妙な苛立ちを覚えながらも屋敷内へと歩み、大股で広間へと向かうのだった。




