頁:40 その【聖女】不慣れにつき。
冒険者ギルドは相変わらずの騒がしい様相だ。
依頼板に群がる人々に、受付嬢へと文句をつらねる年若い冒険者。
その喧騒の中に似付かわしくない高貴な姿。以前迷宮を共にした貴族。
ノアたち勇者一同の姿を確認した貴族の彼は、一同たちに身を寄せた。
「勇者様方! これはこれは……先日はありがとう存じます。
して――本日は別のご依頼を受けに来たご様子でしょうか?」
胸に手を当て、丁寧な一礼の後にノアたちへと尋ねるリュシアン。
挨拶程々にノアが皆を代表し、これまでの経緯を簡潔に説明。
「ふむふむ――なるほど、それでこちらに……。」
「関係ない話になりますが――先日の騒動について報告をした後……。
私にも思うところがあり、同じ迷宮の探索依頼を出したのです。」
「冒険者一行が、つい数時間ほど前に依頼を受注されまして……。」
やや困ったような表情で一同へと伝えてくれたリュシアン。
「他の冒険者の方が……? つい数時間ほど前……なんだろう……。
勇者の勘……なのかな? すっごく嫌な予感がしてる。」
「僕たちも、行ったほうがいい気がする……!」
胸を抑え不安そうに顔を歪ませるノアに、一同は頷きあいギルドを後に。
リュシアンに断りをいれ、急ぎ足で迷宮へと向かう運びとなった。
が、全員の背中を見つめるセラの表情は曇っていた。
前回の死線を想起し、人知れず恐怖に呑まれそうになる。
(また、あの魔族の少女……閣下のお姉様に遭遇したら今度こそ、私は……)
気掛かりでならないが、不安を隠すように胸の前に指を組んだ。
あの時の――自身の身体に刻まれた、確かな衝撃と恐怖。
鮮烈なまでに、まるで昨日起きたことのように思い出せる。
自身の紡いだ《祈り》――それに致命傷避けの護符すら、呆気なく破壊した力。
忘れられるはずなどなく、思考は嫌な方向ばかり向いてしまう。
(恐怖で身体が……。 だめ、弱音を吐いていては守れない……!)
唇を固く結び、深く空気を吸い込み恐怖を抑え込む。
万全に準備を整え、悍ましい記憶が残る迷宮へと再び向かった。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドから早馬を借り、砂塵を巻き上げ迷宮へと向かう勇者ノアたち。
入口へたどり着き、馬を木柵へ待機させる。
焦燥に駆られるノアを先頭に、颯爽と迷宮内へと進んだ。
一層目。
魔物たちは勇者の姿を確認するなり、散り散りになり逃げ出した。
まるでバケモノでも見たかのような瞳で一目散に走り去り、後には何も残らない。
「ノアちゃん、魔物からバケモン認定されとるじゃん。」
「あはは……勇者だからきっとそのせい……だと信じたいね……。」
二層目。
恐らくは先に訪れた冒険者たちの影響だろう。
魔物たちの姿は確認できず、二層目は静寂が広がっていた。
壁面に張り付く苔が淡い光を放ち、不気味に周囲を照らすだけ。
特段変わった様子はみられず、一同は三層目の階段を下っていった。
三層目。
最下層に位置する三層目、皆の耳には届いていなかったが――
勇者の耳だけに確認できる僅かな音声……それは金属がぶつかるような音。
遠方から響いてくる甲高い音を感知したノアが口を開いた。
「なにか……音が聞こえる……! 皆には聞こえているかな?」
彼の問いかけに対し、耳を澄ませてみるが――皆の耳には届かない。
『聞こえていない』と回答するが、万一に備えノア先導のもと足早に移動する。
が、徐々に皆の耳にも届くほどの戦闘の音が響き渡り、全員で顔を見合わせた。
金属同士がぶつかる音に混じり、神聖術の光が周囲を照らす。
慌てて駆け出し、光と音の方角へと駆ける一同。
たどり着いた先では、今まさに戦闘中の冒険者たちが悪戦苦闘を強いられていた。
彼らの頭上には、宙に浮かぶようにして存在する例の黒い泥の石――
表面には黒い靄を纏い汚泥が滴り、石床を腐食させるような不快な音を立てる。
前回みた巨石とは違うが、それでも無視できないほどの禍々しさ。
石の周辺には、数十体のオークのような魔物たちが確認できる。
魔物たちは総じて頭部が虚空に呑まれ、呻くような音で暴れまわっていた。
悍ましい姿と対峙しているのは、屈強そうな冒険者の一行。
盾役がなんとか攻撃を捌いてはいたが、防戦一方――
すぐ後ろでは倒れた仲間に対し、神官が必死に《祈り》を捧げている。
治療に徹しているようだが、戦闘の只中ということもあり、聖光は弱い。
両手剣の戦士が果敢にも魔物に挑んでいるが、押し返され――
ギリギリの戦闘……それでも諦めることなく、立ち向かっていた。
「まだッ! まだ終われないッ! ここで逃げたら――」
誰が見ても絶望的な状況だったが――聖剣を抜き放った勇者。
「みんなッ! 加勢しようッ……!」
勇者が聖剣を抜いた段階で大盾を構えた騎士は、彼と共に前線へ。
短杖を構えた小人族もすぐに詠唱を唱え、聖女は両手に錫杖を握る。
《祈り》の言葉を紡ぐと、守護の聖光がその場にいる全員を包みこんだ。
彼らが戦闘に加わったことで、またたく間に塗り替えられる戦況――
虚空顔のオークたちはうめき声すら上げず、地に伏し消滅していった。
勇者一行の加勢により、戦闘はあっけないほどに終わったのだった。
残されたのは、不気味な泥の石――肩で呼吸をする冒険者の一行の視線。
『……この間、僕があれだけ探し回っても見つからなかったのに。』
聖剣を鞘へと戻し、泥の石へと視線を向ける。
「なぁ、あたしの見解なんじゃけど聞いてくれる?」
「あの石から出た泥に触ったら、あの魔物たち……泥に呑まれて……。
それで、あんな風になっとんじゃないかなって……ちょい気の毒じゃ。」
「んで、セラちゃんに浄化してもらうのは当然なんじゃけど――
『近づいたら危ない』って話じゃろ? じゃけぇさ……。
遠距離から、浄化したほうがええんじゃないかなって。」
真剣な眼差しを聖女へ送る小人族、送られた視線を受け取り、頷く聖女。
石の周辺には未だに泥が滴り落ち、泥溜まりの範囲を徐々に広げる。
今にも魔物が湧き出し、襲いかかりそうな空気感だ。
少しだけ石へと近づき、錫杖を掲げ《祈り》の言葉を紡ぐ聖女。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
彼女の言葉とともに、錫杖の宝珠からは聖光が奔り――
聖女の身体からは虹色の粒子が舞い踊り、幻想的な光景を生み出す。
その光景を眺めていた神官が、驚嘆と感激の声で大げさに語り始めた。
「これほどまでの清らかな《浄化》の聖光……! さすがは【聖女】様……!
これが『慈愛の乙女』たる【聖女】様の御力ですか……!」
大声で放たれた言葉ゆえ、彼女にもその言葉は届いていた。
彼女はこういった言葉を投げられることに慣れておらず、羞恥で萎縮。
結果としては、彼女から溢れ出す聖光は弱まる始末。
それでも彼女の《祈り》は確かなもので、聖光が石を包み込む。
闇を押し流し瘴気を退け……石には「ビキッ」とヒビが奔り――
やがて石だったものはグズグズに崩れ、光の粒となり消滅。
「冒険者になって俺たちは結構長いんですが――あんな魔物や石……。
これまでに見たことがありません……兎にも角にもです。」
「此度は危ういところを助けて頂き、なんとお礼を申し上げたらいいか……。
勇者様に聖女様。 それに騎士様や、そこの道化師のお嬢ちゃん。
改めて感謝を伝えさせてください。 では、我々はこれにて――」
冒険者の一行は倒れていた仲間を起こし、揃って頭を下げて一礼。
言い残すと彼らはその足で出口へと歩んでいった。
冒険者たちを見送り、あらためて周囲を確認してみるが――
セラの《浄化の祈り》により、清々しい空気が広がっているだけ。
「とりあえずはこれにて一件落着……?かな? ヴァルメリアに戻ろうか?
アメトさんにこのことを伝えたほうがいいって、そう思うから、さ……。」
「俺もノアの意見に賛成だ。 あんな物体を運ぶにしても、だ……。
わざわざ拠点にしてる地域付近でバカな真似をするような感じにはみえねぇ。」
疲れが滲んでいるのか、彼らの意見に賛成するようにルルが頷く。
物思いにふけるように顔を下げていたセラ――控えめな声で全員に伝えた。
「あの……私は教会に立ち寄りたくって。 少々気になることがあって――」
そうして一同は迷宮を抜け、交易都市へ帰還することとなった。
8/15 大幅修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。
8/30 文字数調整のため、話を分割しました。




