その【森林】危険につき。
それからというもの【勇者】さんとパルテオンさんは、私の体調に気を遣ってくれた。
というのも、先程の貴族に合う以前から、大勢の人に呑まれ、気圧された結果――
見事に、顔色を心配されるほどの事態へと、発展してしまったのだった。
情けないことに、神職者の《治癒の祈り》は、自身へ使うことは叶わない。
癒やし手の私が倒れてしまっては、本末転倒だということで、夜会は早めに切り上げた。
私たちがいなくとも、派手好きな貴族たちは、勝手に騒ぐだろうと、国王様のお墨付きで。
そうして私たちは、夜会の喧騒を背にして、馬車に乗って移動中だ。
国が用意してくれた、離れの屋敷へと馬車を走らせ、石畳の床を鳴らし進んでいく。
窓の外では、王城の明かりが遠ざかり、徐々に宵の闇へと溶け込んでいった。
「ごめんねぇ、僕…大勢の人たちに囲まれちゃって、セラの様子に気がつけなかったよ…
パルテオンに言われなければ、ずっとあのままだったかも…。 僕も疲れちゃった!」
ノアさんは、対面で大きく息を吐きながら、肩をぐるぐると回している。
「疲れた」とは言葉では言いつつも、本当に疲れている様子なのか怪しいほど、元気だ。
「正直ねー、まだ剣を振ってた方が気楽かも…えへへっ!」
「ノア、おめぇ…そうは言ってけどよ、全然緊張してる様子なかったよな…
あんだけ人に囲まれてて、笑顔振りまいてんのはすげぇよ…マジで……」
ノアさんが、肩をくるくると回す隣で、パルテオンさんが呆れた様子で言葉を掛けていた。
茶目っ気満載で、片目を瞑り、わざとらしく肩をあげて微笑んでいる様子の淡い金髪の青年。
二人の様子を見ると、まるで付き合いの長い友人のようで、微笑ましくも、どこか羨ましい。
だけれど、それでも先程感じた胸の奥の不安は、どうにも消えてくれそうには無かった。
体調が悪いこともさることながら、私の様子がおかしかったのか、ノアさんが私に話を振った。
「セラはどうだったかな…? 体調が悪かったみたいだけど…。
人の視線とか、すごかったみたいだし、僕でも疲れちゃったんだしさ?
何か気がついたこととか、辛いことがあったら、教えてねっ!」
朗らかな笑みを湛えつつ視線を向けられるが、私は困ったように微笑み返すしか無くって。
ノアさんの碧灰の瞳、その鋭さに驚いてしまうが、私が分かりやすいだけなのだろうか?
そう――気がかりはあった。
あの、貼り付いた胡散臭い笑みの青年、彼の顔が脳裏に焼き付いて、離れてくれない。
まるで、人間味を感じない…冷たい、人形めいた――美麗なのに不気味な微笑。
「さきほど、舞踏の時間に、一人の貴族の方に会ったのです。
とっても礼儀正しくて、完璧な――立ち居振る舞いの、青年の方でした。
アメトリクス・フォン・ニヴェイシア様という、お名前の方です。」
ここでも、これまでに社交界に出なかったことを後悔していた。
もし【聖女】として、社交界に多少なりとも出ていれば、彼のこともきっともっと――
しかし後悔したところで、仕方ないと、二人の表情を眺める。
パルテオンさんもノアさんも、怪訝そうな顔で、唸るように考え込んでいる様子だ。
ノアさんは朗らかな笑顔を浮かべてはいるが、視線は若干斜め上を見ている。
パルテオンさんはと言うと、眉を寄せて、仏頂面で腕を組んでいた。
「アメトリクスさん…? うーん。 僕は聞いたことのない名前だね。
まぁ、僕は貴族の出じゃないから、当然なんだけどっ!」
ノアさんは「あはは!」と笑って誤魔化しているようだったが、瞳には真剣な色が宿る。
「ニヴェイシア…? フォン・ニヴェイシアつーことは…だあーっ…! 分からんッ!
すまんが、俺は聞いたことのねぇ家名だ。 どこの貴族なんだぁ…?
あの、あんときの胡散臭ぇ野郎だよな? 俺よりデカかった…」
パルテオンさんは眉を寄せ、眉間に皺を作りながら、疑問を投げてきた。
私は小さく「はい」と一言だけ返事をすると、彼は再び、仏頂面で唸りだした。
「えっと、その方と握手を交わした時に、とっても冷たくって…
ただの冷え性というには…その。 冷たすぎたといいますか、違和感があったのです。」
私が言葉を落とすとノアさんとパルテオンさんは互いに視線を交わし、頷きあった。
「うん、分かった。 セラが怪しいって思ったなら、気にかけておこうっ!」
その声音はとても柔らかく、それでいて揺るぎがなくって、頼りになる。
私は小さく息をついて、感謝の言葉を述べるとノアさんは微笑みながら口を開いた。
「何かがあるって感じたのなら、きっとそうなんだと思うよっ!
もしその人と、次に会う時は、僕たちが側にいるからねっ? だから安心してね」
真っ直ぐに向けられた青年の青空のような碧灰の瞳は、曇り一つ無くって、あまりにも無垢で――
(まだ、出会ってから、そう日にちも経っていませんのに。 勇者様、ノアさんは凄い。)
(私なんかより、ずっと強くって、真っ直ぐで…私ももっと、頑張りませんと…!)
心の中でそう決意し、息を付き、頬を小さく叩くと、二人は驚いた表情をこちらに向けていた。
すぐに三人で笑いあい、その笑い声は、胸の奥に残った冷たさを溶かすようで――
私一人では、きっと抱え込んでいただろうが、本当に頼りになる二人だった。
そうして、ドタバタした一日が過ぎていった。
◇ ◇ ◇
祝賀会と称したお披露目会から数日が過ぎ、勇者と聖女、騎士の三人は、王都を後に。
勇者が祝賀会の時に、とある貴族に頼まれた事。
その貴族が領主を務める王都近隣の村で、困りごとを解決してほしいとの依頼。
どうやら、村近辺の森に異変が生じたらしい。
大人しかったはずの動物たちが、森から逃げてきて、暴れているのだとか。
そして、その動物たちが畑を荒らし、領地経営にも支障が出ているとのこと。
何故か勇者ノアは、とても真剣な表情で、その事を語っていた。
被害が及んでいる地域へと、急遽赴くこととなり、馬車を走らせ、急行した。
村に辿り着くと早々に、村人たちが勇者たちへと駆け寄ってくる。
どうやら早馬で報せは届いていたらしく、今か今かと心待ちにしていたそうだ。
「お待ちしておりましたっ! 森を通れず、これでは狩りにも行けない!」
「森から逃げてきた動物が暴れに暴れて…畑も荒らされちまって…これじゃ村が…」
「作物もダメになるわ、狩りにも行けねぇわで、このままじゃ村が終わっちまう――」
村人たちは大層怯えきった様子で、口々に訴え、勇者に縋った。
勇者ノアはにこやかに頷き、村人たちを安心させるような、朗らかな声音で語る。
「任せて下さいっ! 僕たちは、その為にいるんですから!」
騎士パルテオンは後方で腕を組み、セラは胸の前でそっと指を組み、笑顔で頷いた。
「大船に乗ったつもりで、解決まで待っててくれ!」
「私たちが、必ず森も畑も動物も、元に戻してみせますから――!」
三人での、初めての異変解決――若干の緊張はあったのだろうが、皆の思いは一つ。
気を引き締め、村人たちのいう異変のあった森へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
村から離れた一同は、急ぎ足で向かい、言われていた森へと辿り着く。
森と言うには、小規模に感じるもので、これなら直ぐに解決できるだろう――
そんな軽い気持ちで、三人は森の奥へと進んでいった、が……しかし。
気がついた時には既に遅く、森には違和感しかない。
木々はどれも同じにしか見えず、目印を付けていたはずの倒木や岩。
それらが何度も何度も、眼の前へとやってきては、消える。
しびれを切らし、パルテオンが木に傷をつけ、新たな印にするが、それも無意味。
聞えていたはずの鳥の囀り、小さな動物の泣き声すら響かない。
風の音すら弱くなり、葉擦れの音さえも遠く霞むように歪んていた。
時間だけは確実に流れているはず、なのに――景色は三人を嘲笑うように繰り返す。
「――おい、この傷… これ、さっきつけた傷と同じだよな?」
苛立ちを隠せないパルテオンが、声を荒らげつつ、二人に尋ねる。
「そうだね。 さっきパルが付けてた傷だね。
もう三回――いや、四回以上は同じ道を繰り返してるねぇ。」
ノアは朗らかな笑みを消して、額には汗が薄っすらと滲ませている。
セラは必死に胸元の錫杖型の首飾りを握り、祈りを捧げる。
(どうか、異変を解決する御力を…神様…)
三時間、四時間と歩き続けるが、来た道すら、すでに分からなくなっていた。
森の出口は疾うの昔に見失っており、歩き慣れていないセラは、足は既に感覚が無い。
踏み出す一歩がとても重く、蔦や木の根に時折足を取られ、躓く。
体力も気力も削がれ、気持ちが揺らぎ、森に入ったことを後悔し始めていた。
「まずいねぇ……僕は平気なんだけれど、このまま出られなくなるのは…
二人とも、一旦止まって、休憩を――」
ノアがぼやきつつ、振り返ろうと、身体を二人に向けたときだった。
――ふいに、甘い、花のような香りが風に乗って流れ込み、視界が開ける。
まるで見えない何かに導かれるように、辺り一帯の景色が、唐突に変わっていった。
しかし、安堵したのも束の間、視界がひらけたと思った瞬間に息を呑む。
木々の上、木の陰、至る所に小さな子供のような姿が、ちらほらと確認できる。
そして全員のその手には、飛び道具や、刃物といった武器が握られていた。
あからさまな警戒心を剥き出しにして、殺意まで感じ、三人は驚愕で立ち尽くす。
「あんたらじゃろ!森を荒らしたんは!」
「人族は、これじゃけイヤなんじゃ!はよ帰ってや!」
「――……さっさと、どっかいきんさい。」
小さな子どものような姿の人々は、口々に言葉を投げ「出ていけ!」と合唱。
パルテオンは大盾を構えようとするが、射手に狙われており、動けずにいた。
セラもまた、両手を胸の前に組み、狼狽え、どうすれば最善かを思考する。
ノアは、聖剣を抜くことなく、両手を上げ、敵意が無いことを示し、声を上げた。
「お待ち下さいっ! 僕たちはあなたたちに、危害を加えるなんてことしません!
えっと、森に異変があったと――」
ノアが一歩踏み出すが、彼の足元に矢が放たれ、ノアは困ったように項垂れる。
すると、木の上にいた、一人の道化師服の小さな女の子が、ぴょんっと降りてきた。
暗い森にも関わらず、輝く白髪、長い髪をおさげにしており、見た目は完全に少女。
心を見通すような紅い瞳に、紺色と深紫色の道化師衣装に身を包みこんだ――
周りの小さな子供の姿とは、明らかに一線を画しているその異様な姿。
「みんなー、まてーーい。 ソイツら、森を荒らした犯人じゃねーよ。
あたしが言っとるし、信じるよなー? とりま、武器収めようぜ? な?」
まるで人形のような無表情、そして場違いな程に軽い口調。
彼女は、周りにいる小さな子供たちを、両手を使って身を翻しながら制止していた。
その道化師服の少女が、両手をくるくると回し、だぼだぼの袖を翻す。
子どもたちは互いに顔を見合わせ頷くと、武器を下ろし動きを止めた。
道化師少女がつかつかと、軽やかに勇者たちに歩みを寄せ、値踏みするように見つめる。
「はえー、すげーな? こんなとこに来られる人間って、ホントにいんだなー
あれっしょ? なんかさー、最近森に住んじまった変な魔物関連で来たんしょ?」
淡々とした目で、少女のような仕草で、腕をぷらぷらと振り回す。
「んで、きみらはその変な魔物を――退治するために来た感じっしょ。
身なりみりゃ、一目瞭然っちゅーやつじゃー ちげーか?」
彼女は声を落としつつ、ノアの周りをくるくると歩いて回る。
声は妙に弾んでいて、無表情という事を忘れさせるような軽やかさ。
「その魔物なんじゃけどさぁー、居場所と習性…あたし結構知っとんよ。
退治するつもりなら、教えたげよっか? どうせ放っとかんっしょ?
あたしも、変って思っとったし、ついてくぜー?」
抑揚が薄く、気怠げな声色のはずなのに、不思議と楽しげに感じる調子。
道化師少女はノアの眼の前に立ち止まると、全てを見透かすような紅い瞳で見つめる。
「――あー! わりーわりー。 名乗っとらんかったわ。
あたしの名前、ルルリカ・ルリカっちゅーんだぜー。
ルルで通っとるし、ルルって呼んでくれて、構わんぜー?」
道化師服の不思議な少女は、眠たそうに目を細めながらも、ようやく名を明かした。
ノアはぱっと明るく、朗らかな微笑を浮かべ、ルルと名乗った少女に声を掛ける。
「ルルリカ…だね? 有難うね、ルル! もう駄目かと思ったから、助かったよ!
とっても良い名前だねぇっ 僕は勇者のノア! よろしくね、ルル!」
「はえー、見るからに勇者ーって思っとったけど、ガチで勇者かよ…
てか、名前褒められてもなぁー… まぁ、ありがとよー。」
気怠げな紅い瞳が、真っ直ぐにセラとパルテオンに向けられる。
「ああっと、すまんすまん。 俺はパルテオン、騎士だ。 ちなみに言うと、戦えん!」
「聖女の名を拝受致しました、セラフィーナです。 どうぞセラとお呼び下さいませ。」
白髪の道化師、ルルは一言だけ「りょっ!」と言うと、ノアにハイタッチを求める。
ノアは求められるがままにハイタッチ、道化師少女は口角をあげ、ほんの少しだけ、笑った。
「んじゃー、討伐開始じゃーーー あたしについてこーい。」




