その【祝宴】出会いにつき。
セレスタリア煌陽国・王都セレスティオンの王城――
あれから、いくつかの月日が経過して、旅立ちの祝賀会という名の――
【聖女】と【勇者】のお披露目会を、国を上げて盛大にお祝いするという……。
とっても、私にとっては、ありがたくない催し物が、開催と相成ったのだった。
私ことセラフィーナはというと、現在進行形で胃の痛みとの戦いの真っ最中。
腹部を押さえ、勇者と騎士と共に玉座の間へと通されているところ。
その名の通り、玉座の間というものは圧倒的な威厳で満ちていて――
大理石の床に反射する燭台の光とか、壁に掛けられた巨大なタペストリーとか。
目を移せばどこもかしこも“豪奢”って演出で、目が回りそうになる。
天井には豪華なシャンデリアが下げられていて、光の粒をそこら中に散らす。
広間へと降り注ぐ様々な色の光の粒、私たちを照らし出す様子はまさに――
そう……まごうことなき舞台の中心に居るのだと、痛いほど思い知らされる。
(今まで社交界に出てこなかったのは完全に悪手でした。)
たっぷりの威厳と権威に、頭はくらくらしてきて。
圧力に気圧されるように、冷や汗が首すじをつたう。
男爵家の娘としても、聖女の修行期間中でさえも――
私は断固として、社交界という場には出なかったし、出してもらえなかったし。
それ故に、ここが【聖女】として初めて国の中心に立つ場所で――
肩の力を抜こうにも、身体の芯から強張って、胃も縮小してて。
大勢の視線が刺さる中、拭えない緊張を抱えていた。
必死に掌に“人”を刻んで飲んでみるけど、どうしてそんな行動を?
もし、そう問いを投げる人がいるのなら、それは私に答えられない。
なんとなく、どこかで知っていた、緊張を和らげるおまじない。
「すごい人ですね……。 私、王城に入ったことがなくって……緊張が……。」
小さく呟く声に、大盾の騎士・パルテオンさんが鋭い目で周囲を見渡す。
尤も、現在の彼は軽鎧を纏ってなければ、大盾も背負っていない訳だが。
「油断はするなよ。 常に気を張っておくのが吉だ。 式典の場ではあるが――
いつ何時も、注意を怠ってはいかん。 と言っても……俺も緊張してるッ!」
寡黙だと思っていた騎士の彼は、どうやら緊張で仏頂面になっているだけ。
守るべき【聖女】を前にした責任とか、付近に控えている王族とか。
王族の付近には近衛騎士や国の重鎮の方々が勢揃いなのだから、緊張して当然。
彼らの前で、カッコ悪いところは見せられないのだろう。
一方――
緊張で固まっている私たちとは違い、勇者である彼はとても軽い様子。
持ち込みを許された選定の剣の柄を、叩いて整え、朗らかに微笑む姿は王子様。
「大丈夫だよ、僕がいるよっ! だから落ち着いて二人とも、えへへっ!」
柔らかくて優しい微笑に、緊張が少しだけ解ける。
彼の朗らかな笑顔は、人を安心させるような不思議な力があった。
玉座の間の奥には、玉座に座る国王、その隣には王妃の姿。
圧倒的な“オーラ”みたいなのを感じて、輝いて見える姿に目が眩む。
国王はゆっくり視線を落とすと、威厳に満ちた眼差しでこちらを見据えた。
【勇者】が跪き、それに倣い騎士と私も跪く。
無意識のうちに背すじが伸びて、平身低頭の姿勢で、視線を床へと落とす。
「【勇者】ノア、そして――【聖女】セラフィーナ、騎士パルテオン。」
国王の声は重厚でありながらも、どこか暖かく、慈しみを帯びているようだった。
王の声が落とされると同時に、会場に集まっている貴族たちの視線が注がれる。
期待や嫉妬、好機や畏怖といった複雑な感情を、一度に向けられているみたいで。
少しだけ観衆がざわつきだすが、国王が視線を一瞥すると、途端に静寂が訪れた。
「勇者、それに聖女よ。 貴殿らの噂はすでに国を越え、世界中に轟いておる。
選定の虹剣に選ばれし【勇者】そして、神々の寵愛を受けし【聖女】よ。
「民は貴殿らの力に期待を寄せている。 王国は、貴殿らを称え――
今ここに、祝宴の開催を宣言する。」
国王は「ふう」と息をついたかと思うと、再び口を開き声を響かせた。
「勇者に聖女、それに騎士よ。 良い、面をあげよ。 余はこれにて失礼する。
これ以上この場にいては、主役に失礼であろうからなぁ。」
王の言葉が落とされると同時に、恐る恐る顔を上げると国王は小さく――
だが見る人が見れば分かる、柔らかだけど厳かな表情を浮かべ、微笑んでいた。
それと同時に、玉座の間はたちまち貴族たちの歓声で溢れ返り――
祝福の声に溢れる中、私たちは立ち上がり笑顔を振りまき、場所を移した。
◇ ◇ ◇
移動した先の祝宴の広間では、早速【勇者】と私の元には人集りができた。
勇者である彼はというと、笑顔を湛え、朗らかに対応している様子。
私は緊張からか、喉が乾ききっていて、口が水分を追い求めていた。
もう――人集りだとか、そんな場合じゃない。
騎士の彼に断りを入れ、飲み物を求めて食事が並べられている机へと向かう。
少し離れた場所では【勇者】の姿は人に飲まれて消えてしまっていた。
私の視線からでは確認できないほどに囲まれている様子。
(一体あっちでは何が起こっているのでしょうか?)
気になるところではあるが、ともかく喉に潤いを与えなければ。
【聖女】である私の動向が気になっているのか、騎士さんからの視線が痛い。
彼はノアさんと私の、丁度中間地点に居るみたいだけど――
向けられている視線が刺さるみたいで、かなり落ち着かない。
(これだけ人がいますのに……心配なのは分かりますが……。)
様々な食事が並ぶ机へと足を運び、飲み物が入ったグラスを手に取り口に含む。
爽やかで喉越しの良い清涼感が喉に伝っていき――
落ち着きを取り戻す手伝いをし、心なしか肩の力が抜けるのを感じる。
(ノアさんはずっと囲まれてらっしゃるのに……私ときたら。)
(私、そんなに話しかけるなってオーラ出てますか? 出てるのでしょうね。)
広間に流れる音楽が雰囲気をがらりと変え――
貴族たちは舞踏へと赴いていき、たちまち壁にはちらほらと花が咲く。
雰囲気に合わせて光が落とされて、薄暗くなる広間に鳴り響く旋律――
華やかさは最高潮に達していて、あちらこちらで翻るドレス。
彩り鮮やかな大輪の花々が、あっという間に広間を埋め尽くしていった。
その時、ふとなにか――周囲に溶け込んでいない静かな視線を感じて。
舞踏に励んでいない人たちはちらほらと見えるのだけど、もっと……その奥。
群衆の喧騒とはまるで無関係な――静謐を纏っている長身の青年。
光を反射して、淡く輝く銀白金の髪色は柔らかで、波打ち揺れていて。
後ろで纏められた束は軽やかに跳ね、少々可愛げを感じる。
不思議と人目を引く病的な白肌に、赤みを帯びた濃紫色の瞳。
片目を覆うように流されている髪型だけれど、その隙間――
僅かに黄水晶色の輝きがちらついて、その表情からは何も読み取れない。
簡素な白と金糸の衣装に身を包み、簡素なのに、あまりに美しく着こなしていて。
見た目は確かに美しいが、まるで精巧に作られた人形のような、そんな印象。
周囲の楽器の音色が、青年の周りだけ霞んで聞こえるような――
青年の存在そのものが、華やかな舞台に紛れ込んだ別舞台の観客みたいで。
その青年がちらりと視線をこちらに移し、完全に目が合った。
瞬間的に、ぞわりと背すじをつたう、凍てつくような冷気が奔る感覚。
青年の表情は確かに微笑を湛えているはず、なのに。
どうしてだろう?その唇の端にも、細められた瞳も――
愛想どころか、一滴の感情すら感じない……まるで温度がない人形そのもの。
角度まで計算されつくされたような、ただ“貼り付けられた”微笑。
青年は私の様子に気がつくと、一歩――また一歩と、徐々に距離を詰める。
歩く姿も、まるでお手本みたいな、綺麗な立ち居振る舞い。
それがかえって、余計に恐ろしく思えてくる。
青年との距離が詰まる度に、空気の密度まで変わっていくようで。
目の前に立った青年は、遠くで見るよりもはるかに威圧感を覚えた。
思わず呑み込まれそうになるが、ぎこちなくも軽く会釈を交わす。
「やあ……初めまして今晩は、聖女サマ……? 随分と――
人混みに酔っているように思える。 確かに、この喧騒は毒だネ?
おっと、失礼……ボクは、アメトリクス。」
「アメトリクス・フォン・ニヴェイシアと申しマス――
以後、お見知り置きを……。」
そう言った彼は、流れるような所作で一礼し、手を差し出した。
彼の手は、病的という言葉では済まされないような白色で、温度を感じない。
「ご丁寧にどうも、ありがとうございます。
聖女のセラフィーナ・ヴァイオレットですわ。
ニヴェイシア様……。 こちらこそ、よろしくお願い致しますね。」
礼儀正しく返答し、手を重ねて握手を交わすが――肝が冷えるようだった。
胸の奥まで凍えるような、冷たい空気を吸い込んだ時に近い感覚。
(物凄い末端冷え性。 今は……気分が悪い人なんです。 きっとそう。)
終始笑顔を崩すことのない青年は、握手を交わした後、すっと後ろへ下がった。
「では……。 ボクはコレで。 また、どこかで。」
それだけ伝えた青年は、颯爽とどこかへ姿を消してしまった。
あれだけ目立っていた長身の銀白金の姿は居なくなり、見当たらない。
最後まで崩れなかった胡散臭い微笑。
それはまるで、仮面に描かれた模様みたいで……。
思い出すと、ぞわりと背すじをなぞるような悪寒を感じた。
後に残されたのは、掌の冷たさ――それに胸の奥に残るのは、不気味な不安。
「――先程の貴族の方……なんだか。」
思考したつもりだったのに、気がつけば声に出していた。
いつの間にか背後には騎士さんがいて、私に耳打ちするように語りかける。
「ありゃなんかあるぜ。 さっきの男怪しすぎるッ……気ぃつけろよ。」
短い言葉のはずなのに、胸にのしかかるように重く落とされる声音。
きっと――自分の勘違いなんかじゃない。
あの冷徹で冷酷な感覚は確かなものだった。
勇者の彼は未だに人に囲まれて、私たちのやり取りには気がついていない。
(理由は分からないですが、あの方とはきっと、もう一度……。)
冷たい予兆をなんとなくだが、私は感じ取っていた。
7/13 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいように調整致しました。
また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。




