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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
一章:聖女と勇者と加護。
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その【旅立】に祝福あらんことを。



修行も大詰めで、私は伯爵家と神殿を往復する日々に見舞われていた。

冷たくも温かい――そんな日常を繰り返していたのだが、しかし。


そんな日々にも、ついに終止符を打つ日がやってきてしまった。


「――勇者様が参られました!」


扉を開け放った侍女の声に、室内の空気は一瞬で張り詰める。


数日前から、勇者来訪の報せはしっかり耳に届いていた。

ちゃんと覚悟していた、そのつもりだったのだけれど――


実際にその瞬間が訪れてみれば、まるで夢の中のようで、現実味がない。


【勇者】がヴィオラ伯爵家に訪ねてくる理由なんて一つしか無い。

それは【聖女】である私だということは、言うまでもなく明確で。


それほどまでに、私の知らないところで【聖女】の名は轟いていたのだ。


曰く――“奇跡を呼ぶ聖女(ミラストラフロース)”だとか“慈愛の乙女(シャティアメイデン)”だとか。

そんな、耳が痛くなるような不名誉な二つ名が聞こえてくるわけでして。


修行中、がむしゃらに努力してきたのは事実だけれど、それはそれ。

名が知れ渡るほどに『こんな自分が』と心苦しくなるわけで。


屋敷の中ではどうにも落ち着けず、椅子に腰を掛けて、膝の上で指を組む。


血液の巡りが悪いのか、指先は冷え切っていて、心臓が跳ねるのを感じる。

鼓動の音が耳障りなほどに「ドクドク」と聞こえてくる有様。


今日のためにと、ヴィオラ夫妻や三姉妹……はたまた使用人たち――

つまるところ、屋敷の人たち総出で【勇者】のお出迎えというわけなのだ。


だけれど、分家の私は胃が痛くなるような思いで、その瞬間をただ待つのみ。


レイアお姉様は苛立ちを抑えきれない様子で、しかめっ面で椅子に腰掛ける。

マリアお姉様やドロシーは大人しく落ち着き払っているけれど――


彼女たちは一体、何を考えながらこの場にいるのだろう?


ヴィオラ家のいつもの客間のはず――それなのに。

家の人たち総出っていう状況に、緊張からか視界が若干歪むみたいで。


(私はずっと昔から、緊張に弱いのですよ……。)


周りの景色が全て、ぐにゃりと揺れているような幻覚すら覚えていて。


そんな緊張の最中……ノックの音と共に、侍女に案内され現れた姿――

軽鎧に身を包んだ筋肉質で長身の騎士と、隣には【勇者】の青年。


青年は淡い金色の短髪に、青空を切り取ったみたいな綺麗な碧灰(シエルグレイ)の瞳。

まるで陽光みたいな微笑の、朗らかな笑顔の青年。


おとぎの国からそのまま飛び出してきた、王子様みたいな出で立ち。


(あの方が勇者様……? なんて朗らかな笑顔。 見た目が王子様……。)

(一般的な女子でしたらイチコロでしょうね。 笑顔が眩しい……。)


白色の清廉なマントを纏う姿は、見た目の良さも相まって気品すら感じる。

朱色に金糸の刺繍が美しい、仕立ての良い衣服を上品に着こなす姿。


白と朱のコントラストが、目を眩ませるほど映えている。

腰には、勇者の証である聖剣――鞘に収まっても尚、威厳を放っていた。


勇者の背後に控える騎士――

彼もまた、人目を引くような見た目をしていて、先ず目に入るのは巨大な盾。


腰にはメイスを携えている、軽鎧の騎士様だ。


茶色の短髪で、髪色と同じ色の瞳――筋骨隆々なのが、鎧越しにも伝わる。

寡黙そうな見た目。ややぶっきらぼうな表情で、青年の後ろに控えていた。


【勇者】の青年はヴィオラ伯爵夫妻に軽く頭を下げ、丁寧に挨拶を交わす。


その後、勇者の彼は私の姿を確認した後、真っ直ぐに迷いなく歩みを寄せて――

柔らかくて朗らかで、それでいて確信めいた微笑を浮かべて距離を縮める。


「――君が聖女さんかな? お噂はかねがね! 噂通りの……。

 うん。 とーってもふんわりしてて可愛らしいねっ!」


優しくて穏やかな声音。

まるで花の蜜みたいな甘さだけど、碧灰(シエルグレイ)の瞳はどこか鋭さを感じる。


(これは……! 俗に言う人誑しという属性の方ですね……!)


まるで透明なガラス玉みたいな、綺麗な青空の色なのに――

内側まで見透かされているような、そんな錯覚さえ覚える視線。


こんな瞳に見つめられては、普通なら、目を逸らさずにはいられないだろう。


「傷や病をたちどころに癒して……奇跡を呼ぶ聖女さん。

 そんなすごい人が、今こうして僕の目の前に本当にいるんだねぇー!」


(すごいのは一体どちらなのですか……貴方は勇者様ですよ……。)


ツッコミを入れたい気持ちはあるけど、そんな野暮なこと出来るはずなど無く。


周りの視線が痛いほどに突き刺さってて、私は最低限の動きしか出来ない。

椅子から立ち上がり、何か返答せねば……と思考するのだけど――


息が詰まって、喉からは「ひゅ」という音が鳴るだけ。

緊張からか、何もかも精一杯で、頭が真っ白の私には限界だった。


(確かに私は【聖女】であることは間違いないのだけれど……!)


自分自身、それほど有名である自覚などあるはずがない。

故に【勇者】と対峙するという、あまりにもな事柄に身体が追いつかない。


胃への負担をキリキリと感じる中、それでも頑張って紡いだ言葉。


「は、はい。 はじめまして勇者様。 私はセラフィーナ……。

 セラフィーナ・ヴァイオレットと申します。」


「長い名前で恐れ入りますが、どうぞ――差し支えなければ“セラ”と。

 そう、お気軽にお呼びくださいませ。」


礼儀正しかったかどうか、緊張で死にそうな私には分からない。

笑顔も多分ぎこちなかっただろうし、声も震えていたかもしれない、けど。


これまであまり人と関わってこなかったのだし、許してほしい。


「あはは……そんなに畏まらないで? 僕はノア。 ただのノアだよ?

 家名だなんて立派なものも無いしさっ! でね、こっちの大きいのが――」


「騎士だッ! パルテオン・ヴァルクレストと言うッ!

 緊張するこたぁねぇぞッ! ヨロシクな、聖女の嬢ちゃんッ!」


勇者誕生の話は王都中を駆け巡っていて、大変な騒動になっていた。

勿論私だって、その事は耳にしていたのだけれど――


選定の剣に選ばれた“その人”がこうして目の前にいる。

現実感があるような、ないような――ほとほと参ってしまっていた。


そもそも、こういう責任重大みたいな出来事に、対応できるほど――

私という人間は強くないし、期待されればされるほど、精神を摩耗するわけで。


改めて、自身の置かれている状況に目眩を覚えそうになる。

態度に出したつもりはなかったが、青年は軽やかな足取りで近づいてきて……。


「あの……さっきからふらふらしてるけど、大丈夫?

 もしかして緊張、しているのかなぁ……? 固くならないで? えへへ……。

 それにさ、平気そうに見えるかもしれないけど、僕も緊張してるしっ!」


彼は気を遣っているのか、困ったような微笑で頬を掻いている。

人間らしい一面に少しだけ、緊張の糸が解けるみたいで。


「ええっとね、僕たちは今旅の途中なんだ。 この先――

 きっと争い事は避けられない……と思う。 でも、それでも。」


「君の力があれば誰も傷つかずに……いいや。

 誰も死なずに済むかもしれないんだ。」


純粋無垢な碧灰(シエルグレイ)の瞳に射抜かれ、不安までもが不思議と消されていくみたいで。


そうだ、そうだった――


私自身、目まぐるしい日々に流されて、大事なことを忘れかけていた。

私は大勢を救う為、これまで辛い修行を耐えて耐えて、耐え抜いてきた。


呆然としている私に、軽鎧の騎士が一歩前へと出る。


背負っているのは盾だけではなく、恐らくは“責任”もあるのだろう。

地に足がついたような、頼もしくも低い声を響かせた。


「ノアはちょいと抜けてるように見えるところもあるかもしれん。

 だが、言ってる意味は分かるだろ? 戦いには癒し手が必須。

 んで、嬢ちゃんは【聖女】なわけだ。 理由はそれだけじゃ不足か?」


長女のマリアーナは、優しい眼差しをこちらに向け、声を掛ける。


「まぁ……貴女なら当然でしょう?」


冷たく感じるけれど、どこかで私を誇らしげに思っているような、そんな声色。

だけどそんな長女と違い、次女は勢い良く立ち上がり声を荒げる。


「ふざけないでよっ……! なんでアンタなのよ……!アンタなんかが……!」


両親に宥められ、なんとか平常心を保とうとしている、次女のレイアーレ。


ドロシーも立ち上がり、真っ直ぐに私の元へと歩みを寄せ、手を握りしめる。

ふんわりとした微笑みを浮かべ、ゆったりとした声で語り掛けてくれた。


「やっぱりセラは神様に遊ばれてるんだねっ? 勇者なんてその証拠っ!

 大丈夫だよセラ……。 セラはずーっと光ってるから!」


みんなの言葉を受け、どんどん心拍数が上がっていくみたいで。

鼓動を抑えるように、強く拳を握り込む。


瞳を閉じ……深く息を吸い込むと、しっかり――勇者たち二人の姿を見据えた。


「まだ至らぬこともありますが、それでも私なんかがお役に立てるのなら。

 どんな微力なことでも、皆様のお役に立たせていただきたいと存じます。」


精一杯の言葉で気持ちを伝え、差し出された勇者の手を取る。


私には人を救う力が備わっていて、その力を求める人が目の前にいる。


それに、とっくの昔に決めていたじゃない。


人々を守るため、この力を振るうって。

加護(ギフト)】を授かった十歳のあの日から、こうなる運命にあった……って。


勇者は瞳を細めて、私の手に手を重ねて微笑みを返してくれた。


「ありがとう、聖女セラさんっ! 君がいてくれるなら――

 きっと、僕たちは戦い抜けるよっ!」


胸の奥で燃えていた小さな決意の灯火が、強く燃え上がった気がした。

それが奇跡の力なのか、はたまた運命なのかは、私にもまだ分からない。


◇ ◇ ◇


勇者と騎士の訪問から数日が経過。


旅立ちが正式に決まり、旅支度や、神殿や国への申請で日々を慌ただしく過ごす。

旅立ちに備え、日々動き回るがしかし、何故かそれでも実感は湧かない。


ただ、流されるままに行動をしているような……そんな気がして。


だけれど、それでも――時折、自分に課せられた責任の重さを自覚するわけで。

その度に、心臓がきゅっと締め付けられるみたいで、胸が痛くなって。


勇者の仲間となり、彼らを助けて、人々や――世界を救うのだろうか?

果たして、自分なんかが共に歩んでいけるのだろうか?


考えても仕方のないことばかりが、思考の大半を占めるみたいで。


恐らく――それが私に与えられた宿命とか、使命だとかそんなもの。


お世話になったヴィオラ伯爵家では、粛々と、準備が進められていた。

夫妻は相変わらず不干渉で冷たいけれど、最後に言葉を一つ、残してくれた。


「……お役目を果たしなさいな。」


少々冷たすぎる気もするが、それが彼らなりの餞別なのだろう。


三姉妹はそれぞれ、各人各様の“お見送り”をしてくれた。


マリアお姉様は、人の目があると相変わらず冷たい視線だけれど――

二人きりの廊下の陰で、私を呼び止めると、普段とは違う声で言葉を投げる。


「ねえ、セラフィーナ。 ちょっと、良いかしら……? お伝えしたくって。

 そ、その……体調には気をつけなさい? 貴女……身体が弱いでしょう?

 油断したらすぐに体調を崩すんですもの……。」


淡く染まる頬――視線は逸らしたままだけれど、恐らく心配してくれている。


やっぱり彼女は最初からツンデレだったのかな?

口角が上がりそうになるが、必死に堪えて、彼女の次の言葉を待った。


「それと、貴女。 頑張りすぎるのはよしなさい。 わたくし心配なんですの。

 しっかりと周りの方々に頼って自分をもっと大事になさいな? それだけよ。」


終始視線は私に向けられることはなかった。

ぶっきらぼうで、やや拙く感じる彼女なりの叱咤。


それでも、声の震えを隠しきれていない彼女の優しさが、胸に馴染むようで。


「――マリアお姉様。」


「ずっと……私を気にかけてくださっていたこと、私……知ってます。

 陰で私のことを見守ってくださって、本当に感謝しておりますの……」


精一杯の笑顔のつもりだったけれど、少しだけ泣きそうだった。

彼女の手を取り優しく握れば、とても驚いた表情をされた。


やっと、視線を私に向けてくれて――そっと抱きしめてくれて……。


(この温かさを、優しさを忘れないようにしないとですね……。)



三女ドロシー。

私が慌ただしく旅の準備をする中、彼女は私の側から離れなかった。

時折泣きそうな表情を見せるけれど、それでも笑顔を崩さず手伝ってくれた。


その間、次女は私の前に姿を現すことは無かった。

此れ見よがしに動く私の事を、ずっと疎ましく思っているのだろう。


それも彼女なりの気持ちだろうし、次期聖女だと周りから期待されたのに――

その期待を裏切られて、その上唐突に分家から【聖女】だなんて。


そりゃ、簡単に切り離すだなんてきっとできない。

悔しさとか嫉妬とか、そういう負の感情って、割り切るのが難しいのだから。


だから私は、そんな彼女の想いを汲み取ることしか出来ない。

私は彼女の前にはなるべく行かず、結局旅立ち直前まで距離を置いた。



――いよいよ出立の日。

大きな荷物と神殿から預けられた神具を手に、外へと繰り出す。


不思議なことに、この神具は普段は首飾りとして持ち運びが便利な錫杖だ。


勇者たちはすでに門の外に控えているのだという。

門へと向かう途中――後ろから聞こえてくる小さな足音。


ドロシーが泣きながら駆け出して、躓きながらも私に抱きついた。


「やだ!やだよ、セラっ……! もっと、もっとセラと一緒にお祈りして――

 神様たちの笑顔に囲まれていたかったのに……うぅ……。」


小さな手で私の法衣をぎゅっと握りしめていて、彼女のその必死さ――

思わず胸を締め付けられるけど、私にはもう……進むしか出来ないから。


「ごめんねドロシー……。 でも安心して? また必ず、帰ってきますからっ!」


涙目のドロシーにつられて、思わず涙が溢れてくる。

袖で拭い微笑みを向けると、彼女もしゃくりあげて笑顔を返してくれた。


「セラはきっと帰ってくるよ? だって神様がそう言っているのだものっ!」


最後まで不思議なドロシーの言葉。

一体、彼女の目から見えている世界は、どんな色をしているのだろうか?


長いようで短かった五年という修行の期間を終え、私は屋敷を後にした。


過去を振り返れば、最初は不満とか不安ばかりで、冷たいと感じていた日々。

だけれど、いつの間にか暖かく感じられるほど、成長したのかな。


振り返って視線を屋敷へと向ける。

五年過ごしたヴィオラの屋敷は、清々しい早朝の光に包まれていて。


挿絵(By みてみん)


例え辛くって、冷たかった――そんな日々だったかもしれないけど。

でも、胸を張って言える――ここは確かに、私の居場所だったって。


「ヴィオラ伯爵家夫妻。 使用人の皆様……及び神官の方々。

 みな私の為に時間を割いてくださいまして、ありがとうございました。」


「それでは【聖女】セラフィーナ。 行ってまいります。」


誰にも聞こえていないような小さな呟き。


私は屋敷を背にし、勇者と騎士の待つ場所へと歩き出した。

早朝の冷たくて優しい風が、身体を抱きしめてくれているみたいで。


まるで、これからの旅路を祝福してくれてるようで。


――どうか、この旅が、この軌跡(奇跡)が、誰かを救うものになりますように。





7/13 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいように調整致しました。

また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。

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