とある物語の一頁
修行の日々の合間に、伯爵家の三姉妹と顔を合わせる機会が増えた。
姉妹たちは長女以外、貴族の学校に通っているらしい。
学校に通い、同時進行で教育や社交、将来の立場を学ぶ為――
屋敷に滞在しているのだそうだ。
彼女たちの婚約はまだ先なようで、今は学びに専念する時期らしい。
彼女たちも大変そうで、日々忙しなく動いている。
それでもふと思うのは、自分も学校に通ってみたかったなということ。
前の身体の記憶でも、学ぶことは苦ではなかった。
苦手な教科こそあれど、それでも知見を広げるのは楽しかった。
こんな【聖女】の修行なんてほっぽり出して、学校に行ってみたい……。
だけれど、そんなバカな真似は出来ないし、そもそもしない。
ヴィオラ伯爵家の名前に、泥を塗る行為であるのは勿論のこと。
どちらにせよ【聖女】である以上、運命からは逃れられないのだから。
姉妹たちはみな、それぞれとても個性の強い女子たちで――
長女のマリアーナ。
彼女は現在の自分より六歳上で、現在は礼儀作法を屋敷で学んでいるらしい。
合間に婚約者探し中とのことだが、彼女は乗り気ではないみたいで……。
彼女とは廊下ですれ違う度、冷たい視線と、冷たい声を投げかけられる。
「――ふんっ。 分家のくせして、随分と待遇がよろしいのですのね?」
言葉は刃のように鋭い。でも奥底に子供っぽい、テレのようなものを感じる。
きっとツンデレというやつなのだろうか?と誤認するが彼女に失礼だ。
でも、どうにも言葉の端には、自分への心配も滲んでいるように感じるわけで。
次女のレイアーレ。
マリアーナの三歳下で、現在の自分より三歳上。
激情の塊といった感じの子で、感情を隠すという事を知らない女の子。
「【聖女】に選ばれただか、なんだか知らないですけれどっ!
たかが分家の分際で、偉そうにしないでくださるっ!?」
「……わたくしの前から消えてっ!」
自分が何も喋っていなくても、彼女は突っ掛かってくる。
少しだけ、彼女の激昂した姿が怖いと感じる……だけど、理由は明確。
年齢の近い自分が【聖女】に選ばれて、彼女は選ばれなかった。
後になって分かったことなのだが、彼女は次期【聖女】だと――
期待を寄せられて育てられていたのだとか。
自分はただ黙して、彼女の感情を受け止めるしかできなかった。
そして、三女のドロシー。
現在の自分と同い年で、不思議な雰囲気の女の子。
彼女だけは、自分に対する態度が上の二人とまるで違っていた。
「ねぇセラっ! あなたの心の奥……すっごく光ってる!とっても、きれい!」
不思議な言葉に、毎回自分は返答を返すことが出来ないでいた。
ただ曖昧に笑うしか無くって、どうしてそんな事がわかるのだろうか?と。
彼女には、自分の姿がどう見えているのだろうか?と、不思議に思う。
もしかしたら彼女は、何か特別な【加護】を授かったのかな?
――姉妹たちは三者三様。
しかし共通して言えるのは、彼女たちが自分を“分家の娘”――
つまりはほぼ赤の他人として、推し量っているのだという事は、察しが付く。
長女に強い言葉を投げられても、次女にきつく当たられても、めげたりしない。
セラフィーナからこの身体を引き受けて、神様から祝福されて。
自分自身と、身体の持ち主を護って生き抜く為……今度は過労で倒れない為。
その為に、決意の炎を胸に灯して、ただひたむきに走るしか出来ないのだから。
◇ ◇ ◇
やがて季節は巡り、本家での日々が、徐々にだが身体に馴染んでいった。
本家の夫妻や侍女たちの冷たさは相変わらずだけど。
その中でも、姉妹たちとの関係に小さな変化が芽生えていった。
――ニ年目。
次女のレイアーレが貴族の学校を卒業したようだった。
だけど、彼女の態度は相も変わらず感情的で、ニ年経っても変わらなかった。
自分に強く当たってくるけれど、自分はそれを全部受け止めた。
その間、修行の間に、自分は何度も失敗を繰り返して叱られて。
何度叱責されようが、落胆されようが、それでもめげずに立ち上がった。
そんな自分の姿を見て、マリアーナは呆れたように言葉を投げる。
「貴女、よくめげませんわね。 普通なら……普通の女の子なら――
きっと泣き出して、逃げ出して、心が折れていますわ……信じられない。」
多少棘のある言い方ではあったけれど、同時に暖かくもある声音で。
その色は、彼女が自分に初めて見せた“興味”の色。
――三年目。
持病を抱えるマリアーナの侍女が、病に倒れてしまった。
自分はそんな侍女に《治癒の祈り》を祈り、彼女たちを想い、回復を願った。
前の身体のおぼろげな記憶を頼りに、処置を施し健康を願って――
幸いな事に大事ではなく、侍女の身体は次第に回復していった。
驚いたマリアーナからは、とても小さいけれど、感謝の言葉を届けられて。
「あ、ありがとう……。 わたくしの侍女を助けてくださって……。」
その日を境に彼女との距離は少しずつ、確実に近づいていった。
伯爵家の家の人との距離は――言わずもがなだったけれど。
だけど、三女との関係も良好で、最初は想像すらしていなかった――
それでも日々が明るく彩られていって、自分にも変化が訪れたのだった。
――四年目。
ドロシーとは自然に仲良くなって、二人で過ごすことも少なくない。
他愛ない日常の会話から、ヴァイオレット男爵家で過ごした日々の会話とか。
夜になれば二人きりで話し合ったり、とても親密な関係を構築していった。
彼女はいつだって、不思議な癒しの微笑みを湛えて、温かい言葉をくれる。
「セラのお祈り、とってもあったかくって……わたしね、大好きっ!」
ドロシーの不思議で温かい言葉は、修行中で辛い自分にとっての救い。
冷たい孤独で、どうしようにもなくって、叫び出したい時でも――
ドロシーという存在は、自分にとっての大きな希望の光。
――五年目。
私の心に変化があったような気がするけど、それが何なのか分からない。
なんだか、記憶が曖昧になったような、そんな感覚なのだけれど……。
今までどうやってヴァイオレット家で生活をしていたのかしら?
鮮明だったはずの魂の記憶――
“ニホン”という場所での記憶は、おぼろげになっていっていた。
自分という存在が一体何者だったのか、良く思い出せない。
何か……大事な事を忘れている気がするけれど――分からなかった。
そうして月日は流れて、十五歳となった、私ことセラフィーナ。
神殿や聖堂の、神官や司祭の方々が【聖女】を確実に認め始めていた。
「セラフィーナ嬢は、真に神々の寵愛を受けた【聖女】様だ――」
そんな言葉を受けるけれども、正直言って複雑な気持ちは拭いきれない。
修行の甲斐もあり【聖女】として危うかった聖神力も安定していった。
修行中、あちこちに連れ出されて、地脈を整えたり人々を癒してまわったり。
そうして、私……【聖女】の名前は少しずつ国中に広がっていった。
だけれど、レイアーレだけはいつまでも私を拒絶した。
彼女から歩み寄ることは終ぞなくって。
かといって、私から歩み寄っても徒労に終わるだけで、睨まれるばかり。
「何が神々の寵愛を受けた【聖女】よ! あんたなんか大嫌いよッ!」
彼女は私の名声が上がれば上がるほど、辛い思いをして来たのだと思う。
私はただ、彼女の激情を受け止めることしか出来なくって。
――それ以外の方法が、私には分からなかった。
なんだかんだ言っても、王都の本家での生活や修行の日々は――
辛いこともあれど、楽しく過ごしている訳でして。
聖女の修行もいよいよ大詰め――新たな物語の幕開けを迎えようとしていた。
◇ ◇ ◇
これは、一人の平凡な青年が、勇者になる物語の一頁――
黄金色に染まる穂の海。
ふわりとなでつける風が、静かに音を立て揺らして波を作る。
穏やかな草擦れの音が鳴り渡り、遠くからは野鳥の鳴き声が落とされる。
村人の穏やかな視線。暖かい両親の声……平穏そのものの光景。
――青年の故郷は、どこを切り取っても平々凡々で、長閑な田舎だった。
そんな和やかな早朝、日が昇ると同時に起床し、青年は寝ぼけ眼を擦る。
焼き立てのパンを頬張り、具だくさんの汁物を飲み込み、颯爽と外へ繰り出す。
準備運動の後に外へ出ると薪を割り、畑で収穫した野菜を箱に詰めていく。
作業を終え、次の畑へと向かう。そんな、いつもと変わらない日常。
だが――向かう先の畑には、見慣れない“何か”が突き刺さっていた。
「あれ? なんだろあれ……あんな場所に、あんなに変な棒?
あんなの刺さってたかなぁ? とりあえず確認かなぁ……」
付近まで寄れば、その棒がただの棒では無い事が、明瞭になった。
僅かに発光している、鞘に収められた淡く極光色に輝く一振りの長剣。
こんな畑に、大層立派そうに見える長剣が、何ゆえに刺さっているのだろうか?
誰かが間違えて置いていったにしても、畑に剣を突き立てるなど言語道断。
そんな事を考えつつも、青年は長剣を手に取ると――
触れた瞬間から脳の奥へと、直接届けられるように、澄んだ女声が響いた。
『我は選定の虹剣。 ――【勇者】ノアよ、ようやく、相まみえた。』
(なにこれぇ……? どこから声が聞えてるんだろう? この剣さんから?)
「ええと。 せんていの、こうけんさん? 不思議なお名前だねぇっ!」
青年は意味が分からずとも、剣一つに対しても、朗らかに微笑み対応。
しかしながら、言葉の意味の大半を理解すること無く、にこやかに微笑むだけ。
(勇者?僕が? 人違いかな……? でもノアは僕の名前だし……)
選定の剣はまるで青年の心を読んだかのように、言葉を続ける。
『我は間違えてなどいない。 そなたの純然たる魂が――我を喚び寄せたのだ。』
青年は朗らかな笑みを湛えたまま、剣をそっと畑に刺し戻す。
見なかったことにする為、そっと後退り立ち去ろうとするが――
『待て待てまて!!! おーーーい!
我をこんな畑に、挿しっぱなしにするつもりか!!
信じられん! 我を拾え! そして世界を救え!!』
剣というものはお喋りなものなのか……と感心しつつ、再び剣の元へ戻る。
「えーっと、せんていのこうけんさんが、世界を救え……って言っているの?」
世界を救えと、簡単に唐突に言われても……と、困り果てるノア。
彼は産まれてこのかた、鍬と斧以外の振り方を知らないどころか――
村から出たことがないのである。
生粋の農家の民で、平穏で平凡なただの青年なのだ。
剣の心得どころか、世界を救うなどという意志も無いに等しい。
十数年――ずっと畑の世話をしてきただけの、そんな一介の農夫。
一村人の自身が何故、世界を救うなどという、だいそれた話になるのだろうか。
思考がぐるぐると渦巻くが、ノアが出した結論は――
「ええっと……一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?
こうけんさん。 僕が行かないと、もしかして家族や村の人達が危ないの?」
選定の剣は、冷水のような澄んだ声を脳に響かせる。
『そうさな。 家族どころか、世界が滅ぶやもしれぬ。
さて、どうする? 酷な選択を強いるようで悪いが、我を連れて行け。』
そんな事を言われてしまっては、断る理由など、あるわけがない。
両親や村の人達は“今”のノアにとっての“すべて”なのだから。
「僕が行かないと誰かが困るなら。 家族や村の人達を守れるならっ……!
僕なんかが、誰かを救えるって言うのなら、いくらでも力になるよっ……!」
――なんだって、やってみせる。なんにだって、なってみせる。
決意を胸に抱き、再び選定の剣を手に取る。
柄を握った瞬間、天から白い光の柱がノアの身体に降り注ぎ――
彼の身体を包むように、じわりと熱が広がっていった。
こうして、平凡な農夫の“ノア”は、世界を救う為の【勇者】となった。
まだ世界の広さも、自身に課せられた使命の重さも、何も知らないまま。
これは、一人の“村人”が【勇者】に選ばれた、物語のほんの一部にすぎない。
7/12 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいように調整致しました。
また、誤字脱字修正の念話、感謝感激です。




