頁:2 その【少女】空腹につき。
――あれから、どのくらいの時間が経過したのかな?
二度目に目を醒ましたときには、世界は驚くほど静かで……。
んでもって、とんでもない空腹に見舞われておりました。
「……おなかすいたー……。」
小さくってとっても可愛らしい、まるで鈴を転がしたみたいな声……!
すごい、セラフィーナちゃん……めっちゃ可愛い声かもしれません。
憑依という感覚は、凄まじい違和感で……しかし考えている余裕などない。
少女の胃袋が食べ物を求め、抗議しております。
生きている証拠を「きゅるり」と、これでもかと鳴り響かせて。
……いくら幼い他者の身体といえど、さすがにすこーし恥ずかしい。
夢心地が抜けないままで、気がつけば家族らしき人々と食卓に。
――『気がつけば』という言葉を使ったのも理由がある。
知らない間に食事の席にいたからであって、自分の意思では……あるかも。
金色の装飾が施された、いかにも高級そうな長机。
その上に並んでいる様々な料理は、これまでに見たことのない料理たち。
香ばしいお肉の香り、甘いソースの匂いとか……柔らかそうなパンとか。
全部が全部、空っぽの胃袋を刺激してくれるみたいで……やばい。
『――美味しそう……。』
ついうっかり声が出てしまうけど、両手が勝手に動いて料理を捌いている。
わーお。なんて摩訶不思議な感覚なんだろうか?
自分は当然ながら、この国のテーブルマナーとか知らないわけですよ。
でも食器を操る手は迷いというものがなくって。
恐らくは身体に染み付いた動作なんだろうな……。
きっと、セラフィーナちゃんはすごく育ちも性格も『良い子』だったんだろう。
「ああセラ……高熱を出したと聞いて本当に心配したのだぞ……?」
声のする方向に視線を向ければ、赤く腫れた目尻の父親……と思しき人物。
セラフィーナちゃんのお父様なんだろうけど――なんて優しそうな方……。
「はい……お父様。 ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません……。」
口が勝手に言葉を紡いでいるけれど、抵抗感はなくて、自然に発声してる。
――ううむ。さすがに恐怖を感じますな……。
母親らしき人物も、とても穏やかな笑みでこちらをみつめているが……。
「いいのよ、いいのよ……愛おしいセラ……!」
「私たちは、可愛いあなたが健やかにいてくれるだけで――
それだけで、幸せなのですから……。」
ああ……自分は……あなたたちの娘ではないのに。
胸がぎゅっと……締め付けられるように苦しいのは、罪悪感からでしょう。
せめて、悲しませないために、精一杯『セラフィーナ』になりきろう。
そんな一見すれば穏やかな空気を引き裂くような、痛烈な音――
――『ガシャンッ!』
何事か?と、その場にいる全員が、音の方向へと視線を投げた。
どうやら、メイドさんの一人が手元のお皿をうっかり落としてしまったみたい。
床に散らばったお皿の破片を、慌てて拾おうとしていたメイドさん。
直後響いてきた『痛ッ……!』と――痛々しい声が自分の耳に届いて。
反射的に身体が動いてしまったのは、日本での知識とかじゃない。
目の前に怪我人がいたら、助けるのが道理っていう……本能みたいな。
慌ててメイドさんの元へ駆け寄って、怪我の程度を確認。
内心では、どれだけドジっ子なメイドさんなんだろう?って思うけど――
「診せてください。」
自然に口から紡がれた言葉だけど、これは……自分の言葉だと思う。
(うわぁ……指先が深く切れてる。これは……清潔な水ですすいで――)
(あとは綺麗な布で止血しないと……菌が入ってしまいますね……。)
そこからは――無意識の領域だ。
空いている方の片手が伸びて、小さな手がぎこちなく患部へ。
手のひらから淡い金色の光が、じわりと溢れていくのだけど――
当然ながらそんな『魔法』みたいな光景に大混乱。
小さな身体から発した……弱々しくて安定しない光だったけれど……すごい。
鼓動に合わせて明滅する光が、メイドさんの患部に触れれば――
たちまち傷が塞がっていって、出血は止まってしまった。
現実離れした光景に呆然として、声なんて出せるはずもなくって。
驚きのあまり、自分の……セラフィーナちゃんの手を握りしめる。
さきほどの金色の光は、自分……ではないよな!?
きっと、心が優しいセラフィーナちゃんがもたらした力……!?
メイドさんも目を見開いて呆然と――怪我していた場所を見つめている。
しばらくして、事態に気が付いたのか頭を下げてくださいますが……。
「お嬢様……!なんと感謝を申し上げればよいか……!」
精一杯の感謝の声だったけれど、ここにいる誰もが、一瞬だけ息を呑んだ。
「この年齢で……聖神力……?《祈り》の力に目覚めた――?!
私たちの家は――いや、しかし……。」
不安そうに何かをブツブツ繰り返していた、セラフィーナのお父様。
しかしながら自分という存在は、胸の奥で高ぶる気持ちが抑えられなかった。
眼前で起きた魔法のような光景で、聞き逃してしまっていた。
この力があれば――もっと、もっと大勢の人を救えるじゃない……!
そうすれば、日本でのお母さんに……近づけるかもしれない――
不安そうに息を呑んで見つめる両親の視線に、気がつくことはなくて。
その視線が――驚きの中に不安が混ざっているだなんて、知らなくて。
ただただ、胸の奥に灯された小さな熱で浮かれてしまっていた。
だけれど――この奇跡のような光は、ただの奇跡ではなかっただなんて。
このときの自分は、知る由もなかった。
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