頁:38 その【勇者】天然につき。◆挿絵有り
魔導スクロールの羊皮紙を呆気なく燃やしたその後――
どれだけ勇者たちが暴れたところで、時すでに遅し。
羊皮紙だったものは灰となり、空間を漂いやがて光の粒へ。
粒子が集まり輪郭を描き出したかと思えば、それは人の形に。
光を纏い現れた姿は――ニヴェイシア子爵本人その人。
片腕を天へと突き出し、腰をひねったような妙ちきりんな姿勢。
まるでそれは――舞踏の一瞬を切り取ったような、滑稽な姿。
「……ハァーーー…………。」
特大のため息……それもそうだ。彼は老執事曰く『視察中』だったのだ。
つまるところそれが意味するのは、彼は仕事中に強制送還されたということ。
「仕事中に喚び出すとか空気読めないのキミら。 まさか――
こんっっっっなに早いこと喚ばれるとは思ってもなかったヨ。」
首をポキポキと鳴らす仕草はなんとも人間くさい姿。
勇者たちは一人を除き、申し訳なさそうな表情で俯くだけ。
が、この混沌を招いた張本人である人物は、実にあっけらかんとしていた。
帽子から謎毛玉生物を取り出し、もふもふを抱きしめて無表情。
「ンデ? ボクを急いで喚びつける程の用事、デショ?
ああ……エルドリック。 キミは席を外していい。 ドーモ。」
片眉を歪ませ、アメトリクスの赤紫の瞳には、若干の苛立ちを宿す。
彼に退室を促された老執事は、一礼の後に静かに去っていった。
「唐突にその……ごめんなさい。 ですがお聞きしたいことがあって。
あの――薬草園にあった黒い泥についてなのですが……。」
「ああ、アレのコト? ウチの姉サマが絡んでるって分かってたからネ。
色々と思うところがあって、有効性を調べてたのネ。」
口調は相変わらず軽い調子ではあるが、どこか刺さるような声色。
彼は軽薄な調子で、どさりと椅子に腰を据えると、言葉を続けてくれた。
「したらサー、聖水が一番効果的だったのヨ。 それでも――
完全な浄化には至らなくてネ。 ホンット困りモノだよネー?
で……処理に困ってたから、あのまま瓶詰めにしてたってトコー。」
「前にサ、ボクが石を運んだってお話……覚えてるカナ?
オブスクルーエ……学術都市近郊の迷宮にあったあの泥石。」
「あの泥から採取したモノってコト。」
薄ら笑いを浮かべ、皆の表情を眺め淡々と言葉を落としていった彼。
ふと、疑問に思ったセラは、彼の瞳を見つめ、恐る恐る問を投げた。
「あの、命令違反……?をした場合って、ニヴェイシア閣下は……?」
「ンー。 概ね想像通りだと思うヨ。 消されるまではいかなくとも――
それに準ずるコトはされるネ。 具体的には教えられないケド。
まーともかくサ。 ボクもまだ調べてる最中ってトコ。」
自身の命すら軽んじるような言動――心が軋む音が響く。
しかし当の本人は特段気にしている素振りはなく、ため息を零す。
「ボクの名前サ。 アメトリクス云々って長いデショ?
敬称もいらない。 気軽に『アメト』って呼んでくれて構わないよ?
どうせ『リクス』も後付だしー。 ほぉら……とぉっても呼びやすい。」
胡散臭い微笑に柔らかな口調――耐えきれずルルが『怖……。』と呟く。
「で?用事はコレだけ? まさかネー? 他に聞きたいことは?
遠慮しなくても答えられる範囲で答えるヨー。」
全員で顔を見合わせ、ノアが「ちょいちょい」と皆を招集。
アメトに聞こえるか聞こえないかの小声で、小さな作戦会議を開始した。
『どうする? 他に何か聞きたいことって……ああ言ってるけど……。』
『ですがまだ調べてる最中だと仰っておりましたし……。』
『ならさー、賢者ちゃんにききたいことを――』
皆で唸り、小声でやり取りをしていたが、唐突に「パン」と手を鳴らす音――
「とりあえずサ……イイ時間だし、本日はボクのお屋敷に泊まったらイーヨ?
ボクが直々に案内するからサ。 ついておいでヨー、ネー?」
軽やかに椅子から立ち上がり、悪戯っぽい微笑を浮かべるアメトリクス。
彼はまるで従者のような立ち振舞で、屋敷内を案内していった。
やがてたどり着いたのは二階の一角。
踵を返し、両手を広げてどこか楽しそうに周囲を歩き回る屋敷の主。
「泊まるならココの部屋たち、使ったらいいヨー。 あまり使ってないケド――
使用人たちが定期的に清掃はしてるし、安心して泊まっていってー?」
「勿論、ボクのお屋敷が不満なら、別の宿に泊まってくれても構わない。
ボクは止めたりしないし、最終的な判断を下すのはキミたちだからネ。」
至れり尽くせりとはまさにこのこと。
どうにも胡散臭すぎる目の前の青年の言葉に、勇者たちは疑心暗鬼になっていた。
「あ、そうそう。」と、なにやら親しげに笑うアメトリクス。
「伝え忘れてたケド……一階の一角に、大浴場があるヨー。
お湯も出るように調節してるし、使いたければ好きに使って。
男女共用だから、女の子たちは入るならちゃぁんと分かるようにしてネ。」
「仮に鉢合わせてもボクは責任取らないからサァー? それじゃ――」
それだけ言い伝え、彼は立ち去ろうと足を動かしたのだが――その時だった。
跳ねるように動いた聖女が彼へと駆け寄り、肩を掴みあげて何故か揺らす。
煌めく瞳――声も今までにない程、張り上げていた。
「大浴場、ですってッ!!?? 今、大浴場と言いましたかッ!?!?」
目を丸くし、状況が判断できない彼は『ン?』と小さく鳴いた。
眼前で凄んでいる聖女の勢いに若干引いていたが、どうにか返答を投げた。
「ウ、ウン。 大浴場、アル、 サスガ、セイジョサマ……。」
片言になるほどの勢い……その光景はまさに【聖女】ならぬ“勢女”――
満面の笑顔の聖女は「ガクガク」と屋敷の主の肩を揺さぶり続けていた。
彼からしたら恐怖映像だろうが、勿論彼女はそのことを知らない。
「ちょいおもろいんじゃけど、これ。 ウケる。」
「ガッハッハ! さすがはウチの聖女様だなッ!」
楽しんでいるルルやパルテオンと違い、一人だけ違う反応を見せるノア。
「あの……ニヴェイ……ううん。 アメト、さん……。 その――
僕も……お風呂って……はいってもいいの……?」
控えめなノアの発言に、アメトはここぞと言わんばかりにセラから距離を取る。
ノアとの距離を縮め、彼の顔を覗き込むようにかがみ込み――
やたら蠱惑的な指先で彼の頬に手を触れ、顔をぐっと寄せた。
「勇者サマと親睦を深める意味も込めてぇ……ボクと一緒に入るぅ?
……きっとキミと入るのは面白いだろうネェ……? ヒヒヒッ!」
「えへへっ! それ、すっごく良い提案かもっ! 僕――
魔族さんのこと……違うね。 あなたのこと、知りたかったからさっ!」
満更でもなさそうに頷く勇者に、セラは吹き出しそうになっていた。
なんとか口を手で覆い隠し、ニヤける表情を抑える。
勇者一同は全員笑いを堪えているのだが……しかし言い出しっぺの彼。
彼は人知れず冷や汗を流し、内心で困り果てていた。
まさか“冗談のつもりだった”などと、今更言い出せるはずもなく。
自身の発言が、舌禍を招くなど――彼にとって想定外が過ぎたのだ。
◇ ◇ ◇
【勇者】の彼と、半魔族の男二人、彼らはどうしてなのか――脱衣所にいた。
一糸纏わぬ姿がマナーな『非日常空間』の戦場……それが『脱衣所』だ。
勇者の彼は到着早々、タオル一枚で万全の姿。
一方で、隣に立つ半魔族の男は『本気?』と言いたげに躊躇していた。
「ニヴェイシアさんは、服を着たまま身体を洗うの? 脱がないの?」
彼の純粋な言葉に促され、丁寧に衣類を剥ぎ取り、丁寧に畳む。
衣類という名の鎧を剥ぎ取り、代わりに纏うのは防御力皆無のタオル。
「いや……あのサ。 悪いんだケド……本気で、ホントに、真面目に――
これからボクと一緒に浴場に向かう感じ? もう脱いだけどサ……。」
タオル一枚を腰に巻いた二人は、普段の彼らからは想像もつかないが――
彼らの身体はなかなかに素晴らしい、均整のとれた身体つきだ。
二人が布一枚で立ち並ぶ姿は、なぜか妙に絵になっていた。
聖剣を持っていない勇者の姿は、どこか普通の少年のようにも見える。
一見すれば、ただの男同士の裸の付き合いの光景。
しかしこの二人――ほぼ初対面である。
「もしかして勇者サマってサ……ボクのコト、これを機に暗殺とか……。
よからぬコト、企てたりしてなぁい……?」
ちらりと視線をノアへと注ぐアメトだが、勇者の彼は輝く笑顔を返すだけ。
「やだなぁ! あなたをどうこうしたいってわけではないよ?
この間さ……いきなり斬りつけちゃったこととか……謝りたくって。
だからこうしてさっ! 一緒にお風呂に入ってもらおうって!」
あまりにも眩しい朗らかな笑顔――後光すら射したような光を感じるアメト。
手を差し出され、諦めたように手を取り、盛大なため息を吐き出す。
かくして――二人は浴室へと足を踏み入れた。
アメトはといえば、彼は逃げるように洗い場の隅へ。
しかし、逃げようにもそうはいかず、隣には勇者の姿。
「ああ……。コレの使い方だケド――」
丁寧に魔道具の使い方を教え、彼は無邪気にお湯を浴び、はしゃいでいた。
一旦は時間稼ぎができたことに安堵の息を洩らし、身体を洗う準備を開始。
石鹸を滑らかに濃密に泡たて、その泡で全身を隈なく洗い込む。
が、そんな最中――ふと……背中に触れられる指先の感覚。
「な……なぁに……? 距離近くなぁい……? なんで真後ろにいるのサ……。
やっぱり暗殺? チョット……ボク、おっかないんだケド……。」
「お背中をお流ししようかなと! 謝罪の意味もこめて! だめかなぁ?」
諦めたようにノアに石鹸を渡し、項垂れるように肩を下げるアメト。
丁寧に背中を流してくれている勇者の彼――アメトは生きた心地がしなかった。
「謝罪……っていうのがボクには分からないんだケドさ……。
キミは何も、間違えてはいないヨ? あの場面でボクに斬りかかるのは――
当然というか。 だから、サ……。 ホンット、気にしなくていいからネ?」
ノアは手を止めることなく、念入りにアメトの背を撫で続ける。
やがて、ぽつりぽつりと語りだした。
「実はね……あの時の僕、無意識に身体が動いちゃってたんだ。
情けない……よね? それで――こういう裸の付き合いっていうやつ!
パル以外の人ともやってみたくって! だから今、とっても嬉しいっ!」
「それで――失礼だとは思うんですが……あなたって本当に魔族さん?
なんだかその……あの魔族の女の子みたいな感じがしないって……。」
アメトの背中で語る彼の声は、どこか申し訳なさそうな調子だ。
ノアの碧灰の瞳には、後悔の色が帯びる。
「ヒヒッ……! キミはそれでいい。 今は認識阻害を使ってるからネ。
だから人間にみえるダケで、本来の姿は昼間見せた――」
「この姿が、ボクのホントの姿……だヨ? 怖いデショー?」
そう言ったアメトは、自身にかけていた『認識阻害』を解いてしまった。
彼の言う“本来の姿”とやら――肌と目が変化し、こめかみには小さな角。
が、ノアは彼が姿を変えたにも関わらず、二の腕や脇腹を撫で続け――
意味不明なノアの行動に、アメトは身を竦めていた。
「あのサ、無言でなぁに……どこ触ってるのサ。」
「アメトさんの筋肉のつき方……すっごく綺麗!
うん……こことか、ほらここも! 良い筋肉……!」
「ン……? ウン。 ありがとう。 勇者サマもとっても凄い筋肉だネ。
特に、大胸筋とか、外腹斜筋とか、すごく立派、ウン。」
どこかで空気のバランスが狂ってしまったのだろう。
謎に互いの筋肉を褒め合うという、わけの分からないことになっている。
この場にはツッコミ役がおらず、混沌とした雰囲気だった。
その後は二人で湯船へと向かい、二人で湯に身を委ねるリラックスタイム。
漸く訪れた静寂に、二人は静かに目を閉じて浮遊感に身を委ねる。
「お湯に浸かるのって、こんなにも気持ちがいいんだねぇ……。
すごいねぇ……全身の疲れがお湯に溶け出してくみたい……。」
「この湯、ボクが調合した疲労軽減効果のある薬をつかった薬湯だからネ。
従業員が少ないから、こういう場所で疲れを癒やさないとネー、ヒヒッ」
得意げに語り、再び静寂が訪れたと思っていた――が。
「アメトさん……す、すっごく立派ですね! ソレ!」
ノアの目線の先には、アメトの男声の象徴……と見せかけて――
腸骨筋から大腿直筋にかけての、際どいが過ぎる筋肉を、凝視していただけ。
――だが、見られている本人は、その事実を知る由もない。
「ちょ、チョット……?? ボクたちほぼ初対面だよネ??
昼間に『初めまして』の挨拶を交わしたばかりだよネ??」
「ジロジロ見るのは失礼じゃなぁい……? さすがにボク……。ちょっ……。」
下半身を両手で隠し、内股になり湯に沈み込むアメト。
実に滑稽で、実に情けなく――乙女さながらの姿を晒す彼。
恐らく数百年生きてきて初めて取るであろう羞恥のポーズ。
「えっ? でもパルと水浴びしたときも、立派だねって……!
僕、なにか悪いことを言ったかなぁ……?」
筋肉の話……そう、ノアが話しているのは筋肉の話なのだ。
しかし、彼の主語は抜け落ちており、アメトには伝わっていない。
またノアの視線は相変わらずアメトの下半身。
ゆえに状況は最悪なものとなっており、収拾がつかない有り様。
アメトは湯に身を沈め『ウン……ン……?』と頭を抱えるほかない。
その場に漂っているのは薬湯の香りと湯気、そして――男二人の妙な距離感だけ。
アメトは湯に身を委ねながらも、この天然の勇者に翻弄されていた。
(もしかして、ボク――とんでもないお客人を、招いちゃった……?)
8/9 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




