頁:66 その【当主】半魔族につき。
最初こそ、緊張していた彼らだった。
しかしなかなか当主とやらは姿を現さない。
更に言えば、茶菓子を食い尽くさんとする騎士の勢いにしびれを切らし――
小人族の彼女が『ずりー!』と言ったことを皮切りに、場の空気は和んだ。
皆で雑談を交わして当主の到着を待ち、ようやくその時が訪れた。
控えめではあるが、どことなく上品さを感じるノックの音。
ぴしゃりと場の空気が凍りつき……次いで聞こえてくるのは若い男声。
「――ご歓談中、失礼いたしマス。」
透き通るような声音が落とされた後、ひらかれた扉――
軽薄さを微塵も感じさせない、貴族としての微笑を湛えたその人。
この屋敷の主である、彼が……『幽玄の白雪』が姿を現した。
緩やかに垂れた、銀白金色の纏められた長髪。
光を受けた髪色は、金色にも銀色にも見える不思議な色彩。
長い前髪で片目を覆い、覆われた側に僅かに覗く黄水晶色の輝き。
磁気のような白肌――病弱という概念を体現したかのような青年。
彼はひとりひとり、射抜くように見つめ――やがてため息を一つ。
「おめぇさんはあの……平原、それと祝賀会で会ったあん時のッ……!」
今にも吠えだしそうな騎士。彼を制止するように朗らかに微笑む勇者。
堂々とした足取りで、青年の前まで身を寄せた勇者の彼。
礼儀を崩すことなく、頭を下げ、丁寧な礼の後に口を開いた。
「どうも……“初めまして”ですね、ニヴェイシア子爵様。」
「僕は――【勇者】のノア。本日は僕たちのために時間をいただき、感謝を。」
緊張が奔るが――胸中の不安が抑えきれなかった聖女。
胸の前で指を組み、小さな震えを抑え込んで放った言葉。
「あ――あの時ッ……!どうして、私にッ……!!」
言いたいことは山程あったはず。しかし――なぜ。
思考はばらけ、上手く言葉を紡ぐことができずに、ただ拳を握るしかできない。
「興奮しないノー……? まずは、ご挨拶から……デショ?」
「ひとまず、勇者サマ方には、ご足労いただき、感謝でもお伝えしないと……ネ?
さて、初めましての方も、そうでない方も――」
「『幽玄の白雪』家当主――名を『アメトリクス』姓を『ニヴェイシア』
アメトリクス・フォン・ニヴェイシア――と、申しマス。」
「以後、お見知りおきを……ヒヒッ!」
完璧に――見事なまでに仕立て上げられた一礼を披露した青年。
背すじを伸ばし、片手を後ろに回し、もう片手を腹部へ。
「はぁ……キミたちからボクに会いに来たんデショ?」
軽薄な調子――そのはずなのに、彼から感じるのは静謐という圧力。
「ああそうだ、聖女サマ。すこーし、確認シたいコトがあるんだケド。
――キミの手首、見せてほしい。」
いつの間にやら、音もなく聖女の側へと寄っていた彼。
彼は背を丸め、聖女の手首に無遠慮に触れると、袖を捲りあげた。
唐突の出来事に反応が遅れてしまった聖女。
青年の冷たい指先が肌へと触れた瞬間――背すじが粟立つ感覚。
思わず手を引き――引きつった表情で青年を睨む聖女。
「やーっぱり、無くなってるよネ。 アレ、すっごく高かったんだヨ?」
「――あの、失礼ですが……あなたはいったい、何がしたいの?
僕たちの邪魔をするつもり……ではないんでしょう?」
聖女を庇うようにして勇者が間に入る。
騎士も小人族も、全員が屋敷の主へと視線を移し、緊迫した空気が流れる。
そんな彼らを一瞥し、わざとらしく肩をすくめ『ああ』と洩らす青年。
「そうだネ……そうだよネェ……? ゴメンゴメン。」
「キミたちには――恐らくこうした方が、イイかもしれないネ?」
それだけ言うと、青年は自身の顔に手を翳し――境界を曖昧にした。
彼を『ヒト』足らしめていた偽りの仮面を剥がすように――顕れた姿。
それは、学術都市の迷宮で出遭った――あの時の魔族の姿。
まるで陶器のような蒼白色の肌。黒紫色に染まった瞳。
髪に覆われていたもう片方は、宝石のような煌めきを宿した色。
そして……こめかみ部分から覗く、短いが鋭さを持った黒い角。
くつくつと笑うような仕草をみせ、軽い調子を崩すことのない青年。
「――『認識阻害』っていう『魔法』……だヨ? 見るのは初めてカナ?」
親しみを感じる、柔らかな声音のはずなのに、彼からは温度を感じない。
「ま、見た目通りってコト。 ボクは魔族っていわれる種族で間違いないヨ。
でも――その血って半分ダケなのネ。」
「もう何十年――イヤ、百年くらい?そのくらいはこっちの国……。
煌陽国で人間と共に過ごしていてネー?」
「初代から――ずっとおまえさんってことかよッ……!」
震えるような騎士の言葉。凍りつくような部屋の空気。
「そ……ンデ、前に言ってた魔族の『戦争』の件、聞きたい、デショ……?
――あのサ。 そんな睨まないでヨー? 勇者サマ。」
「ボク、こぉんなに人畜無害な魔族なのに……殺意ダダ漏れだヨ?
それにサ――ボクがいなくなると、屋敷の従業員――」
「彼らは人族だケド、彼らが路頭に迷っちゃうよネ?
従業員は確かに少ないケド……それでも大勢のヒトが困っちゃう……ネ?」
「とりあえず――もうすこーし……そこのチビっ子チャンみたくサ。
落ち着いてヨ? 勇者一行の皆々サマ……ヒヒッ!」




