頁:36 アメトリクス・フォン・ニヴェイシア◆挿絵有り
最初こそは緊張していた一同だったが、なかなか当主は姿を現さない。
更に言えば、茶菓子を食い尽くさんとする騎士の姿にしびれを切らし――
小人族が『ずりーぞ!』と言ったことを皮切りに、場の空気は和んでいった。
皆で雑談を交わし、ほのぼのした雰囲気で当主の到着を待つ。
そうして時間を過ごしていると、ようやく――その時が訪れた。
控えめだが、どことなく上品さを感じるノックの音。
ぴしゃりと場の空気が凍りつき、次いで聞こえてくるのは若い男声。
「……ご歓談中、失礼いたしマス。」
透き通るような声音が落とされた後、ゆるりと開かれた扉。
軽薄さを微塵も感じさせない、貴族としての微笑を湛えたその人――
この屋敷の主である、アメトリクスが姿を現した。
銀白金色の長髪を後ろで一つに纏め、波打つように緩やかに垂れる。
光を受けた髪色は、金色にも銀色にも見える不思議な色彩。
長い前髪で片目を覆い、覆われた方の瞳は僅かに黄水晶色の輝き。
磁気のような白肌は、病弱という概念そのものを体現した、美麗な青年。
妖艶さを纏いながら、一同を見据える赤紫の瞳は、不気味な光を灯す。
一人ひとりを射抜くように見つめ、やがて『ふー』と息を吐き出した。
盾を構えずとも、筋肉へ緊張が伝わり、身体を強張らせる騎士。
「おめぇさんはあの平原……それと祝賀会で会ったあん時のッ!」
今にも吠えだしそうな騎士を制止するように、勇者が朗らかに微笑む。
堂々とした足取りで貴族の青年の前まで身を寄せる勇者の彼。
礼儀を崩すこと無く、頭を下げ丁寧な礼の後、口を開いた。
「どうも“初めまして”ですね? ニヴェイシア子爵さん。 僕は――
【勇者】のノアです。 本日は僕たちのためにお時間をいただき、感謝を。」
緊張が奔り、ルルは無表情のまま視線を青年へと向け、じっと見据える。
が――セラは胸中の不安が抑えきれず、思わず声を荒げた。
「あっ……あの時ッ! どうして私にッ……!」
言いたいことは山程あったはずだった――なのに、どうして。
思考がバラけて、上手く言葉を紡ぐことが出来ず、拳を握りしめていた。
青年は眉を下げ、唇の端を釣り上げ胡散臭い微笑を浮かべる。
「興奮しないノー? まずはご挨拶から……デショ? 一先ず……。
勇者サマ方には、ご足労いただき感謝でもお伝えしないと、ネェ? ヒヒッ!」
「さて、初めましての方も、そうでない方も。 『幽玄の白雪』家当主――
アメトリクス・フォン・ニヴェイシア……と、申しマス。」
「以後、お見知りおきを……。 ヒヒッ!」
完璧に仕立て上げられた見事な一礼を披露し、怪しく笑う青年。
彼は片手を後ろに回し、もう片手を腹部へといかにもな立ち姿。
軽薄な調子であるはずだが、彼から感じるのは静謐という圧力で――
まるで蛇に睨まれた蛙が如く、息を詰まらせて唾液を飲み込む勇者たち。
「はぁー……そんなに緊張しないでヨー。 もっと楽にして欲しいナァ?
せーっかくボクに会いに来てくれたんデショ? で、聖女サマ……。」
「少し確認したいコトがあるんだケド……キミの手首を見せて欲しい。」
いつの間にやら、音もなく聖女の側へと寄っていた青年。
彼は背を丸め、彼女の手首に触れ、無遠慮に袖を捲りあげた。
彼の視線は彼女の手首へと注がれているのだが、セラはそれどころではない。
彼の冷たい指先が肌へ触れた瞬間、背すじまで粟立つような感覚――
セラは思わず手を引き、引きつった表情を浮かべ、自身の手首を撫でる。
「やーっぱり無くなってるよネー。 アレ、すっごく高かったんだヨ?」
言葉も態度も、何もかも軽薄なのに、空気だけは沈むように重い。
「失礼ですが、あなたは一体何がしたいのでしょうか?
僕たちの邪魔をするつもり……ではないんですよね?」
警戒を解くことなく睨みを利かせるパルテオン。
ルルの被る帽子からは謎の毛玉生物が姿を現し、威嚇するように吠える。
全員から視線を浴びている屋敷の主は、まるで調子を崩さない。
わざとらしく肩を竦め『ああ……』と瞳を細めて怪しい笑みを深めた。
「そうだネ。 そうだよネェ? ……ゴメンゴメン。
多分こうした方が、キミたちにとっては良いカモしれないネェ?」
彼はそれだけ言うと、自身の顔に手をかざし、境界を曖昧にする。
『ヒト』という偽りの仮面を剥がすように、現した姿は、あの時見た魔族――
肌色は血色というものが消え、陶器のような蒼白色。
黒紫に染まった赤紫の瞳に、もう片方は、宝石のような煌めきを宿した黄水晶。
そして――こめかみから覗くのは、短いが鋭い二本の黒い角のような物。
くつくつと笑うような仕草を見せた青年は、尚も軽い調子を崩さない。
「『認識阻害』っていう魔法だヨー? 見るのは初めてカナ?」
親しみを感じる囁き声なのだが、まるで温度を感じない声音。
「まぁー見た目通りってコト。 ボクは魔族って言われる種族だヨ。
まぁでも、その血って半分なんだよネ。 で、もう何十年……??
んー……。 百年くらい? カナ? その位はこっちの国――」
「煌陽国で人間と共に過ごしていてネー?」
「初代から――ずっとおまえさんって事かよッ……。」
部屋の空気が凍りつくような青年の圧力に、騎士が唸るような言葉を吐く。
「そだヨ。 ンデー前に言ってたサー、魔族の『戦争』の件だケド……。
あのサァ……。 そんな睨まないでヨー。」
「ボク、こぉんなにも人畜無害な魔族なのにサー? 殺意、ダダ漏れだヨ?
それにサァ……ボクが居なくなると、ココの屋敷の従業員――」
「彼らは人族なワケだケド、彼らが路頭に迷っちゃっても良いワケェー?
従業員は確かに少ないケド、それでも大勢の人が困っちゃうヨ? ヒヒッ!」
会話を中断し、視線をノアと、彼の持つ聖剣へと向けるアメトリクス。
ノアはまだ何もしておらず、聖剣に手を伸ばしただけ――
しかし彼に見破られており、ノアは項垂れるように一呼吸。
「す、すみませんっ……! ど、どうにもあなたの空気が、怖くて……。」
言葉と共に腰に佩いた聖剣を床へと置き、両手をあげるノア。
くすりと妖艶に笑ってみせた青年は、自身の唇に指を当て再び語りだす。
「お話を戻すヨー? 魔族の『戦争』だケド。 怖い魔族の童女……。
あの童女が関わってるのネ。 ちなみにボクの姉だヨー。」
彼は一歩一歩、確かな足取りで部屋を優雅に歩き回る。
「ンデー、ボクの姉サマを利用した『勢力』が、人族を根絶やしに……。
って、多分そんなトコ。 ちなみにだケド、ボクにはその――
『勢力』が何なのかは、分からないのネ。」
彼が立ち止まると同時に、視線を一身に受けるアメトリクス。
彼を睨みつけ、パルテオンが彼に対し真っ当な問を投げた。
「で? おまえさんの言葉を俺らはどう信用すりゃいいんだ?」
鋭い問いかけだったが意に介すことなく、青年は小首を傾げるだけ。
緩やかな足取りで、微笑を湛えたまま騎士の側まで歩み寄る。
蠱惑的な指先で、軽鎧越しに騎士の胸をなぞり、喉で『ヒヒッ』と笑う。
「確かにネェ……?」
「でもサー、こうしてボクは、現在に至るまで危害を加えたりしてナイ。
害を為す機会はいくらでもあったケド、そうしてナイ――デショ?」
「それってサー、何よりの証拠にならなぁい? 違ぁう?」
騎士から距離を取ると、両手をひらひらと掲げてみせ、無害を装う。
彼の一挙手一投足はどれも不気味で、とても信用に値しない。
「ボクはネ? キミたちに協力するつもりなんだヨー?」
「薬が欲しければ、いくらでもボクが調合してアゲルし――
お屋敷だって好きに使ってくれて良い。 ただまぁ……。
こっちも色々『事情』があるからネ。」
「出来る限りの協力になっちゃうコトは伝えとくヨ。」
ルルの腕に抱かれている、謎毛玉生物が威嚇するように吠える。
キューを抱えたルルは、無表情で彼に視線を投げた後、皆に向き直った。
「屋敷使えるんは良い条件じゃろ? 宿代も浮くんじゃしさ。」
「それに、胡散臭いコイツの監視も出来る……信用ならんのは確かじゃけど……。
でも、現状コイツは何もしてきてないのは、ほんまのことじゃろ?」
「それに、ここにおれば一石何鳥にもなるじゃろうし。」
「ワオ。 キミは幾分か聡明みたいだネー? 助かるヨー。」
アメトリクスは軽い調子でルルへと近付こうとするのだが――
彼女の抱いているキューに吠えられ、手を止め、ため息を一つ。
「そうだね……。 皆がそれでいいのなら、僕は皆に同意見だよ。
ねぇ、セラ。 セラはそれでいいの? 僕は君が心配だから……。」
唐突に話を振られ、セラは肩をびくりと震わせる。
アメトリクスを含んだ、全員の視線はセラへと注がれていた。
彼女の視線の先には、銀白金色の姿があり、彼の姿を瞳に映す。
信用や信頼など出来るはずなどなく、あまりにも胡散臭く真意が読めない彼。
全員の視線に耐えかねたわけではなかったが――それでもだ。
人を見かけだけで判断してはいけない、様子を見ることも大事だと。
「はい、私は大丈夫です。 でも流石にすぐに信用しろとかは無理です。
どうして私たちに協力する姿勢を見せるのか、理由がみえませんので。」
銀白金の姿は部屋をウロウロと歩き回り、やがてセラの付近まで近づく。
「ボクのコト、すぐに信用しろだなんて、そんな無茶言わないヨ。
――解ってるサ、ボクが怪しいコトなんてサ。 それにボクは魔族。
キミたちが忌避し、恐怖を感じるのも、当然な理由って理解してるヨ。」
「でも……ネェ? ボク、こんな悍ましい見た目をしてるケド――
これでも、本心でヒトとの共存を望んでいる。」
「キミたちは信じられない……だろうケドネェー?」
彼は退屈そうにソファに腰を掛けると、指先で空をなぞるように動かした。
「ま、もしナニか分かったら、すぐにキミたちに情報提供するヨ。
良い条件、デショ? それにサ――」
脚を組み、頬杖をつき、薄ら笑いのまま天井を仰ぎ言葉を続ける青年。
「人族に紛れてる魔族って……ナニもボクだけってワケじゃないし。」
唇を押さえ、ウィンクのような表情で茶化すように語る。
勇者が部屋を見渡し、ため息を吐き出し冷静に言葉を返した。
「分かりました。 きっと、何か事情があってのことですよね?
では僕たちはあなたのお言葉に甘えたいと……っと。」
「皆はそれで本当に良いんだよね?」
勇者の言葉に同意するように頷いてみせるが、聖女だけは様子が違った。
(……分からない。 まるで、意味が分かりません……真意が読めない。)
俯く聖女――しかし彼女の様子に気が付く者はいない。
勇者たちの様子に微笑を浮かべ、屋敷の主はソファから立ち上がる。
彼はセラの元まで再び身を寄せ、彼女の顔を覗き込むような形で語りかけた。
「それで? キミはまだナニか……言い足りない顔してるケド。 なぁに?」
「ニヴェイシア、閣下……。 あの、以前は護符を、その……ッ!
か、感謝申し上げますッ……。 で、でもッ! ――どうしてッ!
なんで私が狙われるって、分かっていたのですかッ! それにッ……!」
胸の前に不安そうに指を組み、視線を彷徨わせるセラ。
そんな彼女の様子にアメトリクスはただ優しく、怪しく微笑を返す。
「もしかして【聖女】サマ……自覚がない? キミのその強すぎる力――
キミの聖神力から紡がれる《祈り》とそれに連なる浄化の力。」
「その力って、姉サマ……もといボクたちの一番の弱点でネー?
相ッ当厄介なんだよネェー。 ぶっちゃけボクもキミが怖いし。」
アメトリクスは黒紫に染まった瞳を細め、セラとの距離をじわじわ詰める。
「だからサー、真っ先に狙うならキミだろうって。 そう判断した。
だから『致命傷避けの護符』を渡したってコト。」
「あの姉サマのコトだからサ、一度があるなら二度目もあるだろうって。
だから――チョーット強引だったケド、無理やり護符を渡したってコト。」
セラの胸の奥に込み上げてくるのは、釈然としない怒りの熱。
「言ってくださったら良かったじゃないですかッ! あんな――
最低なことを言って! わざと私を怖がらせるような真似してッ……!」
彼はぐっとセラに身を寄せると、視線を落とし、指先でそっと顎を持ち上げた。
妙に艶めく指先でねっとり、纏わりつくように優しくセラの唇を撫で――
顔をぐいと寄せ、吐息が触れ合うような距離まで無遠慮に詰める。
「ボクのコトさぁ……あのとき『信用して』って言っても、キミは――
信用……シてくれたぁ……? してない……デショ……?ヒヒッ!」
「――ッ!! 顔ッ!! 顔が近いッ! 近すぎますッ!!!」
魔族に――否。
異性にこれほどまでに、顔を寄せられたことなどなかったセラ。
思わず反射的に後ろに飛び退き、腕で顔を覆い隠す。
ノアの顔面を日常的に見ていたし、美麗な顔面には耐性があったつもりだった。
しかし、眼前に来るのは別で、反射的に頬に熱が上がってしまったのだ。
そんな自身に嫌気が差し、セラは顔を覆いながら、彼を睨みつける。
セラの様子を観察していたルルが、小声でぼそりとツッコミを入れていた。
「いま、すげー大事な場面だったよなー……。」
アメトリクスはというと、肩を上下に揺らし、飄々とした態度で笑うだけ。
「まさかそこまで反応されるだなんてネー、思ってもなかったヨー。」
「どうにもボク、距離感がおかしいみたいでサ。 悪気も悪意も無いヨー?
それじゃ――後はキミたちの気の済むまで、屋敷にいれば良いサ。」
一同から距離を取ると、彼は扉の前まで音もなく身を寄せ――
「ボクは気にしないから、くれぐれもこれだけはお願いネー?
従業員はキミたちと同じ、人間なんだからサー……。」
「屋敷は壊さないでヨ……?」
アメトリクスはそれだけ伝えると、扉を開け、そのまま姿を消した。
最後に見えた彼の背中には、長年蓄積された、孤独の闇のような――
不気味で、淋しく、妙な翳りが滲んでいた。
8/7 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




