頁:35 その【屋敷】怪しい邸宅につき。
騎士の負傷から数日が経過していた。
セラが付きっきりで彼の体調をみていたこともあり、彼は完全復活。
そんな日々を過ごしていた、とある日――宿の従業員から伝えられた言葉。
「本日、クロイツ伯爵様がお見えになられますので、準備をお願いしますね!」
そんな言葉を受け一同は急遽、忙しなく準備を進め、そして昼過ぎ頃。
宿の前へ、横付けにされた一台の馬車。
見るからに、高貴な御仁が乗っていそうな見た目の豪華な馬車。
漆黒に磨き上げられた華美な佇まいに、御者台には紋章旗が掲げられている。
つややかな毛並みの黒馬……そんな、黒塗りの高級馬車から降りてくる影――
降りてきたのは、以前迷宮を共にした貴族のリュシアン。
今まで見せていた学者的な様相とは異なり、貴族然りと言った姿の彼。
思わず全員の表情が固まるが、彼は扉の前で恭しい一礼。
にこりと柔らかな微笑を浮かべ、ゆったりした足取りで一同の側へと寄る。
「勇者の皆様方――大変長らくお待たせして、すみません。
勇者様から既にお話は聞き及びのこととは存じますが――」
「本日はニヴェイシア卿より直々に『お招きして良い』と――
お返事を頂戴しております。 つきましては、こちらの手配した……」
「皆様にもご確認頂いているとは思いますが、当家の馬車にて――
責任をもって子爵のお屋敷まで、ご案内申し上げます。」
リュシアンの落ち着いた声音からは、さすがは貴族としか言えない品格が漂う。
一同は彼に案内されるがまま、馬車へと恐る恐る歩みを寄せる。
が――馬車に乗り込むその前に、ルルが蚊の泣くような情けない声を上げた。
「ヒェッ……貴族さまの馬車とか……あたし初めてなんじゃけど……。
あたし、初めて馬車見た時、悪徳貴族が降りて来るんかー思うた……。」
「すんすん」と匂いを確かめ、彼女の瞳には更に恐怖が滲んでいた。
「やばいって……めっちゃ怖い……内装の匂いが違うんじゃもん。
もう、なんかさ――ほら、金で殴っとるような、暴力性を感じる……。」
「……匂いで判断すんのか……というか暴力ってよ……。」
仏頂面で呆れた声を洩らすパルテオンに、何も分かっていないノア。
ただ一人セラは、記憶に引っかかる『何か』があり、やきもきしていた。
(うーん、脳内で引っかかっている単語が……何だったかしら? 真夏の……。)
パルテオンが先に馬車へと乗り込み、その次にルル。
彼はルルの手を引き、馬車へと乗せるが、彼女はずっと緊張しっぱなしだ。
ノアはセラをさり気なくエスコートし、そうして四人で馬車へと乗り込んだ。
全員が座席に腰を下ろすのだが、ルルはどうにも落ち着きがない。
彼女は顔を動かし、忙しなく鼻をひくつかせて瞳を細めていた。
リュシアン含めた全員が馬車へと乗車し、御者の合図で動き出す。
軋み一つない空間に、緊張していた皆の身体の強張りも多少は落ち着いていった。
が、ルルは今まで、乗合馬車にしか乗ったことがなかった。
彼女は恐らく緊張で固まり、座席に座って身を縮めて動く気配がない。
全員がなんとなく、車内で口を開くことが出来ず――
背すじを伸ばし「スンッ」と腰を据えており、こころなしか気まずい空気。
「あはは……。 そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ?
皆様のことを取って食べたりはいたしません。」
「それに――ニヴェイシア子爵は、博識で物腰柔らかな御仁ですゆえ。
『陰鬱で不気味』『底が知れない』と、そのように囁かれておりますが――」
『も、物腰……柔らかい……?(あの、不気味な微笑の方、が……?)』
誰にも聞こえないような小声で、リュシアンの言葉を繰り返すセラ。
初対面の時に感じた温度のない微笑――二度目、三度目の邂逅を思い返す。
二度目は助けてくれた、が……理由が全くわからない。
三度目に至っては、セラにとっては思い出したくもない不愉快な記憶。
「ちなみに――先代の子爵さんって、どんなお方だったのですか?」
「先代――ですか。 実に冷静沈着で、いつも落ち着いてらっしゃる方でした。
表情をあまり変えることはありませんでしたね。」
「殊に薬学の造形が深くいらっしゃっておりました。 あ――そうだ。
先日、ヴァルクレスト殿にお使いさせていただいたあの回復薬――」
「ふう」と一呼吸を置き、手元にある小さな鞄の中から小瓶を取り出す。
全員が小瓶を凝視し、顔を見合わせると、リュシアンは言葉を続けた。
「こちらの回復薬は先の物と同一の物にございまして。 で――
こちらの物は先代のニヴェイシア子爵直伝の製法に基づき……。
我が屋敷にて調合をさせたものなのですよ。」
「と……まぁ。 このように知識の独占をせず、温厚なお人柄ですよ。」
どうにも納得の行かない様子のパルテオンだったが、恩は恩だ。
鼻を鳴らしながら、籠もったような声を洩らした。
「お、おうッ……そりゃ助かったぜ……ッ。 感謝申し上げますッ……。」
更に詳しく話が聞きたいと、リュシアンに問を投げると、彼は言葉を続けた。
曰く――先代の子爵はその知識を無駄に振りまくようなことはなかった。
研究結果を世に広めた賢人のような人物で、当時は助けられたと。
現当主は世代交代をしたばかりで、大きな功績こそ無いらしいのだが……。
研究に心血を注ぐような熱心な人物であり、彼もまた優秀な人物とのこと。
事前活動や、魔物の調査……植生の研究なども怠らず――
ニヴェイシアの細かな功績を上げれば、キリがないのだという。
また、薬草や霊草の管理方法を確立し、日々人々のために尽くしている、と。
聞けば聞くほどに、怪しい点一つ見つからず、むしろ疑念は深まるばかり。
その話を聞いたところで、セラはいまいちピンと来ない。
胸中に広がるのは違和感ばかりで、本当にあの胡散臭い――
冷徹な微笑の青年と同一人物なのか?他者の名を語った偽物では?と。
疑念と警戒が混ざり、誰も言葉を発さずに車輪が石畳を叩く音のみが響く。
やがて馬車は緩やかな坂道を登り、小高い丘の上にそびえる屋敷が姿を見せた。
陽光に照らされた白亜の石造りの屋敷――見嗅がれた壁面。
精緻な彫刻の施された美しい窓枠。
歴史こそあまり感じることは出来ないが、それでも堂々たる佇まい。
――そこが、ニヴェイシア子爵邸。
初めて目にする者でも、その屋敷に住まう者が只者ではないと。
そう感じられるほどの、威風堂々たる威厳を放っていた。
表向きは確かに、荘厳で美しく――完璧に整えられた舞台装置のようで……。
しかし、その幕が上がった先、一体何が待ち受けているのか誰にも分からない。
馬車の中から屋敷を目に入れ、互いに視線を交わし合う勇者たち。
開かれた鉄門の軋む音に導かれ、馬車は屋敷の敷地へと踏み入れた。
◇ ◇ ◇
屋敷の庭園の途中まで馬車を進ませ、やがて「ギシリ」と音を立て馬車が止まる。
馬車から全員が降りると、すでに一人の老執事が待ち構えていた。
背すじを伸ばし佇む様子は、こちらの訪問を待っていたかのようだ。
その姿は、まさに長年屋敷に仕えてきたのであろう、従者そのもの。
黒色の燕尾服、白い手袋――控えめに垂れた白髪は柔らかさを醸し出す。
「勇者様方、ご来訪を心よりお待ち申し上げておりました。
クロイツ伯爵閣下より、当主様へのお目通りの件は承っておりますが……。」
老執事の声は落ち着いているが、わずかにだが、口ごもる様子を見せた。
その後すぐに視線を勇者たちに向け、言葉を続ける。
「――当主様は現在、薬草園の管理のため、お留守にございます。
直にお戻りになられます故、それまでは応接間に通せとのことです。」
「――どうぞ、こちらへ……。」
老執事の言葉を受け、互いに顔を見合わせ、一歩目を踏み出した勇者たち――
だったのだが、リュシアンが紺色の外套を翻し、数歩下がると皆に対し一礼。
「大変お心苦しいですが、私は先日の件で立て込んでおります……。
故にこれにて失礼させていただきますね。 では、勇者様方――」
改めて感謝の言葉を伝え、彼を乗せた黒塗り馬車は、颯爽と去っていった――
そうして――老執事に案内されるがまま、屋敷の中へと足を踏み入れた一同。
外観からでは分からなかったが、内部は随分と冷気を感じる空気感。
外観もそうだったが、内装も貴族の屋敷というにはやや簡素だ。
整然と磨かれた大理石の床は、鏡のように姿を映し出す。
冷たい石床のホールを歩く度、コツコツと足音が反響して聞こえた。
広間を通り抜け、天井の高い廊下が続くが――緊張ゆえなのか、なんなのか。
勇者たちの間に会話は無く、全員分の靴音が響くだけの時間。
壁には燭台が等間隔に並んでおり、なんら変な箇所はない一般的な屋敷。
「こちらが応接間でございます。 こちらにてどうぞ――
当主様のご到着まで、ごゆるりとした時間をお過ごしくだされば……。」
扉を開き、入室を促され、部屋の内部へと足を運ぶ勇者一同。
老執事の誘導のもと、全員がソファや椅子に腰を掛けるが――落ち着かない。
老執事が『では……』と言い残し、部屋に取り残されたが――
入れ代わり立ち代わりで、次いで入室したのは年若そうな女中。
ふわりとした笑顔が印象的な彼女の腕には、銀色のトレイ。
人数分のティーカップとポット、茶菓子を机に並べ『どうぞ!』と一言。
「ではっ!ごゆっくりなさってくださいっ!」
と言い残し、女中もまた足早に立ち去り、全員の緊張が一旦は解けた。
淡い紅茶の香りに、砂糖菓子の香ばしい薫りが部屋中に撹拌していく。
「……さて。 皆はどう思う……? 今のところは何も怪しくない、よね。
メイドさんも普通だったし執事さんも……至って普通だったよね。」
「でも……うーん……落ち着かないねぇ……。」
『こちらでも情報をお調べさせていただきましたッ! 薬の製造法――
確かにニヴェイシアの名前が散見されますなッ……。』
なにやら遠くで、パラパラと書物がめくれるような音の後、再び声が響く。
『……ええッ! この土地に縛られたワタクシではてんで駄目ですなッ!
まったくもって、皆様のお役に立てそうに有りませぬッ!
ワタクシ、少々お時間をいただきますッ! ではッ!!』
言うだけ言った賢者からの音声は「ブツリ」という雑音と共に聞こえなくなった。
皆が顔を見合わせて互いに『ウーム』と唸っていたのだが――
パルテオンが茶菓子に手を伸ばし、茶菓子を手に取り躊躇いなく咀嚼。
あまつさえ、ティーポットの紅茶をカップへと注ぎ、グビグビと飲み下す。
彼は完全に、くつろぎモード真っ只中。
「毒見だッ!」
と――正々堂々言い放ち、紅茶をがぶ飲みし、茶菓子を次から次へ口へ投げる。
彼の胆力たるや、この空気で毒見が出来るのは、恐らく彼だけだろう。
胸の奥に不安を抱えた聖女は、そんな騎士の様子すら気にする余裕がない。
不安を抱きながらも静かに、屋敷の当主である人物の到着を待っていた。
(やはり少し怖い……ですが……! ちゃんと、お話を聞きませんと……!)
8/7 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




