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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
六章:

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頁:35 その【屋敷】怪しい邸宅につき。



騎士の負傷から数日が経過していた。

セラが付きっきりで彼の体調をみていたこともあり、彼は完全復活。


そんな日々を過ごしていた、とある日――宿の従業員から伝えられた言葉。


「本日、クロイツ伯爵様がお見えになられますので、準備をお願いしますね!」


そんな言葉を受け一同は急遽、忙しなく準備を進め、そして昼過ぎ頃。


宿の前へ、横付けにされた一台の馬車。


見るからに、高貴な御仁が乗っていそうな見た目の豪華な馬車。

漆黒に磨き上げられた華美な佇まいに、御者台には紋章旗が掲げられている。


つややかな毛並みの黒馬……そんな、黒塗りの高級馬車から降りてくる影――

降りてきたのは、以前迷宮(ダンジョン)を共にした貴族のリュシアン。


今まで見せていた学者的な様相とは異なり、貴族然りと言った姿の彼。

思わず全員の表情が固まるが、彼は扉の前で恭しい一礼。


にこりと柔らかな微笑を浮かべ、ゆったりした足取りで一同の側へと寄る。


「勇者の皆様方――大変長らくお待たせして、すみません。

 勇者様から既にお話は聞き及びのこととは存じますが――」


「本日はニヴェイシア卿より直々に『お招きして良い』と――

 お返事を頂戴しております。 つきましては、こちらの手配した……」


「皆様にもご確認頂いているとは思いますが、当家の馬車にて――

 責任をもって子爵のお屋敷まで、ご案内申し上げます。」


リュシアンの落ち着いた声音からは、さすがは貴族としか言えない品格が漂う。

一同は彼に案内されるがまま、馬車へと恐る恐る歩みを寄せる。


が――馬車に乗り込むその前に、ルルが蚊の泣くような情けない声を上げた。


「ヒェッ……貴族さまの馬車とか……あたし初めてなんじゃけど……。

 あたし、初めて馬車見た時、悪徳貴族が降りて来るんかー思うた……。」


「すんすん」と匂いを確かめ、彼女の瞳には更に恐怖が滲んでいた。


「やばいって……めっちゃ怖い……内装の匂いが違うんじゃもん。

 もう、なんかさ――ほら、金で殴っとるような、暴力性を感じる……。」


「……匂いで判断すんのか……というか暴力ってよ……。」


仏頂面で呆れた声を洩らすパルテオンに、何も分かっていないノア。

ただ一人セラは、記憶に引っかかる『何か』があり、やきもきしていた。


(うーん、脳内で引っかかっている単語が……何だったかしら? 真夏の……。)


パルテオンが先に馬車へと乗り込み、その次にルル。

彼はルルの手を引き、馬車へと乗せるが、彼女はずっと緊張しっぱなしだ。


ノアはセラをさり気なくエスコートし、そうして四人で馬車へと乗り込んだ。

全員が座席に腰を下ろすのだが、ルルはどうにも落ち着きがない。


彼女は顔を動かし、忙しなく鼻をひくつかせて瞳を細めていた。


リュシアン含めた全員が馬車へと乗車し、御者の合図で動き出す。


軋み一つない空間に、緊張していた皆の身体の強張りも多少は落ち着いていった。

が、ルルは今まで、乗合馬車にしか乗ったことがなかった。


彼女は恐らく緊張で固まり、座席に座って身を縮めて動く気配がない。


全員がなんとなく、車内で口を開くことが出来ず――

背すじを伸ばし「スンッ」と腰を据えており、こころなしか気まずい空気。


「あはは……。 そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ?

 皆様のことを取って食べたりはいたしません。」


「それに――ニヴェイシア子爵は、博識で物腰柔らかな御仁ですゆえ。

 『陰鬱で不気味』『底が知れない』と、そのように囁かれておりますが――」


『も、物腰……柔らかい……?(あの、不気味な微笑の方、が……?)』


誰にも聞こえないような小声で、リュシアンの言葉を繰り返すセラ。

初対面の時に感じた温度のない微笑――二度目、三度目の邂逅を思い返す。


二度目は助けてくれた、が……理由が全くわからない。

三度目に至っては、セラにとっては思い出したくもない不愉快な記憶。


「ちなみに――先代の子爵さんって、どんなお方だったのですか?」


「先代――ですか。 実に冷静沈着で、いつも落ち着いてらっしゃる方でした。

 表情をあまり変えることはありませんでしたね。」


「殊に薬学の造形が深くいらっしゃっておりました。 あ――そうだ。

 先日、ヴァルクレスト殿にお使いさせていただいたあの回復薬――」


「ふう」と一呼吸を置き、手元にある小さな鞄の中から小瓶を取り出す。

全員が小瓶を凝視し、顔を見合わせると、リュシアンは言葉を続けた。


「こちらの回復薬は先の物と同一の物にございまして。 で――

 こちらの物は先代のニヴェイシア子爵直伝の製法に基づき……。

 我が屋敷にて調合をさせたものなのですよ。」


「と……まぁ。 このように知識の独占をせず、温厚なお人柄ですよ。」


どうにも納得の行かない様子のパルテオンだったが、恩は恩だ。

鼻を鳴らしながら、籠もったような声を洩らした。


「お、おうッ……そりゃ助かったぜ……ッ。 感謝申し上げますッ……。」


更に詳しく話が聞きたいと、リュシアンに問を投げると、彼は言葉を続けた。


曰く――先代の子爵はその知識を無駄に振りまくようなことはなかった。

研究結果を世に広めた賢人のような人物で、当時は助けられたと。


現当主は世代交代をしたばかりで、大きな功績こそ無いらしいのだが……。

研究に心血を注ぐような熱心な人物であり、彼もまた優秀な人物とのこと。


事前活動や、魔物の調査……植生の研究なども怠らず――

ニヴェイシアの細かな功績を上げれば、キリがないのだという。


また、薬草や霊草の管理方法を確立し、日々人々のために尽くしている、と。


聞けば聞くほどに、怪しい点一つ見つからず、むしろ疑念は深まるばかり。

その話を聞いたところで、セラはいまいちピンと来ない。


胸中に広がるのは違和感ばかりで、本当にあの胡散臭い――

冷徹な微笑の青年と同一人物なのか?他者の名を語った偽物では?と。


疑念と警戒が混ざり、誰も言葉を発さずに車輪が石畳を叩く音のみが響く。


やがて馬車は緩やかな坂道を登り、小高い丘の上にそびえる屋敷が姿を見せた。


陽光に照らされた白亜の石造りの屋敷――見嗅がれた壁面。

精緻(せいち)な彫刻の施された美しい窓枠。


歴史こそあまり感じることは出来ないが、それでも堂々たる佇まい。


――そこが、ニヴェイシア子爵邸。


初めて目にする者でも、その屋敷に住まう者が只者ではないと。

そう感じられるほどの、威風堂々たる威厳を放っていた。


表向きは確かに、荘厳で美しく――完璧に整えられた舞台装置のようで……。

しかし、その幕が上がった先、一体何が待ち受けているのか誰にも分からない。


馬車の中から屋敷を目に入れ、互いに視線を交わし合う勇者たち。

開かれた鉄門の軋む音に導かれ、馬車は屋敷の敷地へと踏み入れた。


◇ ◇ ◇


屋敷の庭園の途中まで馬車を進ませ、やがて「ギシリ」と音を立て馬車が止まる。

馬車から全員が降りると、すでに一人の老執事が待ち構えていた。


背すじを伸ばし佇む様子は、こちらの訪問を待っていたかのようだ。


その姿は、まさに長年屋敷に仕えてきたのであろう、従者そのもの。


黒色の燕尾服、白い手袋――控えめに垂れた白髪は柔らかさを醸し出す。


「勇者様方、ご来訪を心よりお待ち申し上げておりました。

 クロイツ伯爵閣下より、当主様へのお目通りの件は承っておりますが……。」


老執事の声は落ち着いているが、わずかにだが、口ごもる様子を見せた。

その後すぐに視線を勇者たちに向け、言葉を続ける。


「――当主様は現在、薬草園の管理のため、お留守にございます。

 直にお戻りになられます故、それまでは応接間に通せとのことです。」


「――どうぞ、こちらへ……。」


老執事の言葉を受け、互いに顔を見合わせ、一歩目を踏み出した勇者たち――

だったのだが、リュシアンが紺色の外套を翻し、数歩下がると皆に対し一礼。


「大変お心苦しいですが、私は先日の件で立て込んでおります……。

 故にこれにて失礼させていただきますね。 では、勇者様方――」


改めて感謝の言葉を伝え、彼を乗せた黒塗り馬車は、颯爽と去っていった――


そうして――老執事に案内されるがまま、屋敷の中へと足を踏み入れた一同。

外観からでは分からなかったが、内部は随分と冷気を感じる空気感。


外観もそうだったが、内装も貴族の屋敷というにはやや簡素だ。


整然と磨かれた大理石の床は、鏡のように姿を映し出す。

冷たい石床のホールを歩く度、コツコツと足音が反響して聞こえた。


広間を通り抜け、天井の高い廊下が続くが――緊張ゆえなのか、なんなのか。

勇者たちの間に会話は無く、全員分の靴音が響くだけの時間。


壁には燭台が等間隔に並んでおり、なんら変な箇所はない一般的な屋敷。


「こちらが応接間でございます。 こちらにてどうぞ――

 当主様のご到着まで、ごゆるりとした時間をお過ごしくだされば……。」


扉を開き、入室を促され、部屋の内部へと足を運ぶ勇者一同。

老執事の誘導のもと、全員がソファや椅子に腰を掛けるが――落ち着かない。


老執事が『では……』と言い残し、部屋に取り残されたが――

入れ代わり立ち代わりで、次いで入室したのは年若そうな女中(メイド)。


ふわりとした笑顔が印象的な彼女の腕には、銀色のトレイ。

人数分のティーカップとポット、茶菓子を机に並べ『どうぞ!』と一言。


「ではっ!ごゆっくりなさってくださいっ!」


と言い残し、女中もまた足早に立ち去り、全員の緊張が一旦は解けた。

淡い紅茶の香りに、砂糖菓子の香ばしい薫りが部屋中に撹拌していく。


「……さて。 皆はどう思う……? 今のところは何も怪しくない、よね。

 メイドさんも普通だったし執事さんも……至って普通だったよね。」


「でも……うーん……落ち着かないねぇ……。」


『こちらでも情報をお調べさせていただきましたッ! 薬の製造法――

 確かにニヴェイシアの名前が散見されますなッ……。』


なにやら遠くで、パラパラと書物がめくれるような音の後、再び声が響く。


『……ええッ! この土地に縛られたワタクシではてんで駄目ですなッ!

 まったくもって、皆様のお役に立てそうに有りませぬッ!

 ワタクシ、少々お時間をいただきますッ! ではッ!!』


言うだけ言った賢者からの音声は「ブツリ」という雑音と共に聞こえなくなった。


皆が顔を見合わせて互いに『ウーム』と唸っていたのだが――


パルテオンが茶菓子に手を伸ばし、茶菓子を手に取り躊躇いなく咀嚼。

あまつさえ、ティーポットの紅茶をカップへと注ぎ、グビグビと飲み下す。


彼は完全に、くつろぎモード真っ只中。


「毒見だッ!」


と――正々堂々言い放ち、紅茶をがぶ飲みし、茶菓子を次から次へ口へ投げる。

彼の胆力たるや、この空気で毒見が出来るのは、恐らく彼だけだろう。


胸の奥に不安を抱えた聖女(セラ)は、そんな騎士(パルテオン)の様子すら気にする余裕がない。

不安を抱きながらも静かに、屋敷の当主である人物の到着を待っていた。


(やはり少し怖い……ですが……! ちゃんと、お話を聞きませんと……!)





8/7 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。

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