頁:62 その【一行】安堵につき。
勇者の向かった先は、皆の待つであろう部屋。
しかしどうにも緊張が奔ってしまい、扉の前で尻込みしていた。
セラの治療でパルテオンが無事であろうことは、頭では理解できていた。
が……自身の目で確認するまでは、信じ切ることが出来ず、項垂れる。
本当に――腕は無事なのだろうか。もし仮にこのまま目を醒まさなければ。
嫌な予感や悪いことばかりが脳裏によぎり、僅かに眉間にしわが寄る。
瞳を閉じ――意を決して扉を「コン、コン」と打ち鳴らした。
「んあ……誰だぁ……。 ルル、頼むが開けてやってくれ。」
扉越しから聞こえてくるのは――低くて頼りになる声。
十年来の付き合い……幼馴染で大事な友人の声。
次いで聞こえてくるのはパタパタと駆け出すような軽い足音。
カチャリ――と、解錠の音が響き、扉が開いた先では、キューを抱えたルル。
部屋の奥の方に確認できるのは、上半身を起こした騎士。
彼のすぐ傍らには、椅子に腰を掛け、騎士の様子を伺っている聖女の姿。
「おお……ノアか……。 わりぃ、俺が足引っ張っちまって。」
「おめぇさんにはカッコ悪ィとこを見せちまったよな。」
全員がこうして無事でいられたことが、まるで奇跡のような。
扉の隙間から伺える騎士の姿は、どこか照れくささを隠すような表情。
何事もなかったかのように、呑気に頬を搔いている彼の姿。
その姿を目にした瞬間――込み上げてくる衝動を抑えきれなかったノア。
「パル――ッ! 君が……君が無事で……ッ本当に――」
「セラッ……ありがとう……パル……よかった……っ!」
「ウオオオッ!!いでででッ……待ってくれノア――ッ!
おまえただでさえ昔っから力は超つえぇんだからよ!やめてくれッ!」
慌てて止めようと動くセラだったが――途中で手が止まった。
幸福そうな彼らの姿に無粋だと感じ、代わりに小さく微笑んだ。
「セラのおかげさんで俺は一命を取り留めたつっても過言じゃねえ。
それとルル……おまえさんの声があったから咄嗟に防御できた。」
「今回はドジ踏んじまったがよ――これからはもっと……。
俺も気を抜かねぇようにすっからよ。 すまんかった……。」
部屋には安堵の空気が広がり、皆の無事を噛み締めていたが――
「そういえば――みんな。」
「さっきリュシアンさんに会ってきたんだけど……なんと。
ニヴェイシア子爵さんに合わせてくれるって話がついたんだ。」
「色々と取り持ってくれるみたい!お話をつけてくれるって!」
「おおッ!?マジか!やったじゃねえか!俺のおかげだなッ!」
彼は寝台に横になりながらも「ガハハ!」と豪快に笑う。
「もっと皆が笑ってられるよう――あたし、強くなる。」
「今回――あたしがもっと視野広げとったらって考えると……。
後悔しても仕方ないことじゃろうし、結果論でしかないんじゃけどさ。」
小人族の彼女の言葉を皮切りに聖女が項垂れ、賢者もまた――
自身の能力不足を嘆き、震える声を皆に届けた。
『ワタクシッ……皆様のお役に立つことができずッ……誠に不甲斐なくッ――
なんたる、体たらくッ……これでは賢者失格ッ……!』
「ちょ、ちょっと!みんな!卑屈にならないでよっ……!」
「セラがいなかったら……考えたくもない結果を招いてた。
ルルだってそうだよ?さっきパルも言ってたけど、ルルの声がなきゃ……ね?」
「パルテオンの〈技能〉がなかったら、セラたちが危なかった。
それにね、バルタザール。 君だけ……君だけだったんだよ。」
「あの蛇のことに気が付いたの。君の目は勇者の僕を上回ってる。
だからさ、これからも僕たちに力を貸してほしいんだ。 だめ……かな?」
しんみりとした空気が流れ、一同が微笑みを返し合う和やかな雰囲気。
だったのだが、突如として全員の耳を襲う爆音。
『……ヴォォォォッ!!! ォォーッ……ッッ……ォッ!!!!』
何かの爆発音のような轟音返答が耳飾り越しに響く。
思わず『うるっさッ!!!』とルルが叫び、全員は耳飾りを投げた。
それを機に部屋には笑いが溢れ、緊張も痛みも――全て笑いで溶かしていった。
四人で笑い語り合い、互いの無事を噛み締めて、喜びを分かち合う。
やがて夜が更け、一時の安堵の中で皆は眠りに就くのだが――
禁書庫に控えている賢者の彼は、全員の頭から忘れ去られ忘却の彼方。
独り虚しく、皆からの返答を待っていたのだが――
無意味だったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
翌日――リュシアンから手配された宿の一室。
聖女の《治癒の祈り》の甲斐もありすっかり回復した騎士。
しかし、彼は体力が回復すると同時に、悩みもあった。
それは――暇を持て余したことによる空腹。絶え間ない飢餓感――
大事を取り、外出は控えるように釘を刺されていた騎士。
ゆえに、腹が減って仕方がなかったのだ。
宿の者へ食べ物はないか?と催促するが、返答は芳しくない。
代わりに提案されるように宿の者から伝えられた事柄は――
空腹すら紛れるような、唆られる提案だった。
騎士はそのことを伝えるべく、颯爽と一同の元へと急ぐ。
皆が待っているであろう部屋の扉を乱暴に開き、入室。
部屋の中では、先の死闘の余韻がまだ抜けきっていないのか。
仲間たちは皆一様に、どこか探りを入れるような眼差しを騎士へと向ける。
「なぁ皆ッ!こんなときに、俺から提案するのはちょい……。
どうかって思ったんだが……聞いてくれッ!」
真面目なトーンで放たれた騎士の言葉に、皆は唾液を飲み込む。
互いに顔を見合わせ、騎士の言葉を待っている様子を見せる全員。
「明日――お祭りが開催されるってよ――宿のヤツが言ってたんだッ!
そのよぉ……折角だからよ、皆で行ってみねぇかッ!?」
「こういうときこそ、バカみたいに騒いだほうが気が紛れんだろッ!?」
豪快な笑顔で放たれた騎士の言葉。
真っ先の反応を示したのは小人族の彼女で、彼女は瞳を輝かせ――
磨いていたモノクルを放り投げ、パタパタと騎士の元へ駆け出した。
軽い足取りで彼の腰に抱きつき『天才かよ!』と喜びを露わに。
話し合いをするまでもなく、満場一致で『お祭り』へ赴くことになった。




