頁:61 その【帰路】陰鬱につき。
迷宮を後にし、交易都市への帰路の途中。
勇者たちと依頼主は馬車を共にしていたが――
誰しもが口を閉ざし、馬車での会話はなく、静寂が包む。
車輪が地面を叩く音。馬の蹄が大地を踏みしめる音が響くだけ。
荷物が僅かに揺れる音ですら、妙に耳に響くような――それほどの静けさ。
「まさか――このような事態に陥るとは、思いもよらず……。
勇者さま方には、多大なるご迷惑を……誠に申し訳が――」
声色からでも後悔が伝わるリュシアンの言葉。
「けれど、もしあのまま放置して、気が付かない間に別の方が犠牲にって……。
もしそうなってたら――もっと大変なことになってました。」
「リュシアンさん。 あなたの勘のおかげで、大事は免れたって。
だから――謝罪はしないでください。 それに……です。」
「今回のことは、勇者である僕の力不足が招いた結果ですから……。」
ノアは決して慢心していたつもりも、油断していたつもりもない。
彼にとって想定外のことが起きただけだった。
しかし、そのことがかえって彼の心を抉るものとなっていた。
「恐れ入ります……勇者さま……。」
◇ ◇ ◇
勇者たちを乗せた馬車は、その後何事もなく交易都市へと帰還した。
騎士の容態だが――聖女の懸命な《祈り》のおかげで傷は塞がってはいた。
しかしそれでも失った血液までもどるわけではない。
彼は気を失ったまま目を覚まさず、大事を取ることにした。
リュシアンの手配した宿へ、一時的に身を置く運びとなり――
目を覚まさない騎士や聖女を寝台へと運び、小人族が宿で待機。
勇者ひとりで、冒険者ギルドへ報告のため、街に出ることとなった。
こうして……一人で行動するのは久しぶり……なのかな。
あのとき僕は――どうすれば最善かがわからなくって。
結局気が付いたら聖剣さんに身体を任せてしまう羽目になった。
『僕って――やっぱりまだまだ未熟……なんだね。』
それでも……僕は弱いところを見せちゃ、いけない。
僕が弱音を吐いていたら、きっと大勢の人が不安に思うだろうから。
冒険者ギルドにたどり着いてすぐ、カウンターまで足を運んだ勇者。
報酬を受け取ったまでは良かったが――気分は浮かばれない。
「あの――お仕事中に失礼します。 少々お尋ねしたいのですが……。
黒い靄を纏った、泥を発生させる石みたいなもの……。」
「そんな感じのものの報告って、ありませんか?」
報告のついでに受付嬢に尋ねてみるが――無駄骨。
他の従業員にも尋ねている様子なのだが、その場にいる全員『しらない』
「ごめんなさいね……そのような石の報告はこちらにはあがってないみたいで。
もしかしたら組合長でしたらなにかご存知かもしれません。」
「後日、私から聞いてみておきますので、また改めてお越しになってください。」
改めてお礼を述べ、冒険者ギルドを後に、帰り道の道中で唱える言葉。
それは、勇者の腰に佩いた聖剣への些細な問いかけ。
『ねぇ――聖剣さん。』
『今回の、あの魔族の女の子――何がしたかったんだろ。
僕たちの姿を一切見ていなかった……よね。ずっとセラばかり見てて。』
『…………僕ってやっぱり、勇者に向いてないのかな。』
しばしの沈黙――やがて静かに胸中に語りかける女声。
『以前も語ったが――そなたは【勇者】たりえる清き魂の持ち主だ。
あまり自身を卑下してくれるな、ノア。 我とて辛い。』
『して――あの魔族の少女だが……我には判断出来かねる。
されどあの少女は……恐らく【聖女】に臆している。』
『我から伝えられるのは……現状その程度だ、許せ。』
『どうして臆しているのかわかるかい?セラの力がそれだけ強いってこと?
できれば、僕にも分かるように教えて欲しい。 それと……――』
問いかけようとしたが、言葉の途中で止めた。
聖剣は気まぐれではなく、ときおりこうして黙し、そして勝手に語りだす。
脳内に響く音は消え、聖剣が沈黙したのだと悟り、口をつぐんだ。
(聖剣さんにも都合があるんだね。 仕方、ないか……。)
仲間たちが待っているであろう宿へ戻るため、やや急ぎ足で宿へ向かう勇者。
どうにも――先の戦闘が頭の大半を支配し、不安が拭えなかった。
騎士は意識を失い、聖女も力を使いすぎて消耗している。
小人族の彼女も――軽薄な様相のその裏、焦燥しているに違いない。
一刻も早く戻らなければ――と、焦る気持ちが先行する。
宿へと到着すると、今回の迷宮同行を依頼した彼――
リュシアンが穏やかな微笑で待ち受けていた。
「勇者さま、此度は私のご依頼に付き合わせてしまったばかりに――」
「あ、頭を上げてくださいっ……!リュシアンさんは何も悪くありませんっ!
今回のことは――全部僕の責任だから……。」
深々と頭を下げるリュシアンに、しどろもどろになる勇者。
頭を上げたかと思えば――リュシアンは勇者の前にずいと硬貨袋を差し出した。
「謝罪といってはなんですが……こちら、私のほんの気持ちです。
どうか――勇者さま方に受け取っていただきたく……。」
袋の中身を確認してみれば、先ほど貰った報酬の倍近い金額の硬貨。
「ちょっ……!?お待ちください……!先ほどギルドで報酬は――
こんなに貰ったらもらい過ぎになっちゃうよ……だめだよ……ッ!」
「いえ。これは正当な報酬です。」
「勇者さま方がいらっしゃらなければ……恐らくもっと――悍ましいことに。
考えるのもぞっとします。 貴方がたがいてくださったから――」
「被害が最小限に済んだといっても、過言ではないのです。」
リュシアンの圧力に根負けし――ノアは改めて頭を下げて感謝を伝えた。
ふと――彼に尋ねておきたいと思っていた件を思い出した勇者。
「あの、リュシアンさん。ついでにお聞きしたい件があって……。
ニヴェイシア……というお名前の貴族の方について、何か知りませんか?」
「ふむ――?ニヴェイシア子爵でございますか?そうですね……。
先代の当主……二代目から現当主とも交流がありますゆえに。」
「何をお尋ねしたいかにもよりますが――」
リュシアンが言葉を続ける前――唐突に魔道具から響く賢者の声。
『詳しくお話をお伺いいただいてッ!!これはッ!好機ですッ!!』
興奮した調子の賢者の音声に思わず肩が跳ねる勇者。次いで漏れるため息。
「はは……勇者さま方さえよろしければ、私から現当主にお話をしますよ?
かの方は博識で聡明な御仁ですので、今回のことも何かご存知やも。」
「それに、かの方とは近々会う予定もありますので、そのついでに。」
「ではっ!そのようにお願いします……!ありがとうございます……!」




