その【屋敷】少数精鋭につき。
自室へと向かった賢者バルタザール。
先程、会議をする為に使用した一室へと向かうが、何やら音が何も聞こえない。
まぁ、そんな事もあるのだろう。恐らくは何か用事でもあったのだろう――
そう判断し、まだ見ぬ秘密の花園へ通づる扉を、ノックすること無く押し開いた。
が――彼が入室した瞬間、目に飛び込んできた光景は、余りにも目に余る光景。
それは、聖女の胸部へと手をかけたルルの姿で、仲睦まじ過ぎる光景。
「――ッ!? ワ、ワタクシッ!! 見てはいけないモノをーーッッ!!」
声を張り上げ、慌てて退出しようとする賢者だったが、セラがそれを阻止。
彼女は「お待ちをッ!」と大声を上げ、彼の前へ立ちはだかる。
その後、セラはこれまで何があったのかを、掻い摘んで説明。
そうして語る間に、賢者は赤面をし、なんとも言えない表情になっていった。
「そ、それであのような事にッ……ワタクシてっきり――いえッ……。
い、言わないでおきますゆえ…… ハイッ……」
「何か勘違いをしてらっしゃいますっ! もー……ルルちゃんのせいですよ?
ルルちゃんって小悪魔さんなのですねっ! もうっ!」
その後、落ち着きを取り戻した賢者は、机になにやら道具や紙束を並べた。
彼の〈技能〉で宙に浮いたソレらを眺め「ウウム……」と唸る賢者。
なにやら考え込んでいるらしく、ぶつぶつと独り言を呟き、唸っていた。
そんな彼に対し、すでに準備を終えているルルが何気なく彼の元へ。
「うわっ……なんしょんよ……どんだけ荷物多いん…? これ、いるか?
あとこれとこれ。 絶対いらんじゃろ……替えの服……何着あるんよ……
せいぜい四、五着でよくねーか……それとこのスゲー量のインク――」
机の上に並ぶ賢者の私物を、ルルが必要と不必要で分けていく。
彼の持っている鞄は、特殊な鞄らしく、曰く見た目以上に荷物が入るらしい。
曰く、魔導鞄と呼ばれているそれは、錬金術師の加工技術や――
古代エルフから伝わる術式などを駆使したものだと、賢者が語った。
ルルとセラの手助けもあり、無事に荷物をまとめた賢者。
一息ついたタイミングで、ノアとパルテオンも部屋へと戻ってきた。
「さて!もう出発して問題ないよーっ! あとは……皆はもう大丈夫?」
「ワタクシ、スクロールでの転送経験など初めてゆえッ――
とても興味を唆られますッ! ちなみにッ!!
司書の業務ですがッ、半月ほどは休暇を頂きましたッ!」
「半月だな?了解だ。 で、だ。 俺ァ……死ぬほど嫌な予感がしてやがる。
賢者さんよ、まさか“転送酔い”で“気絶”とかよぉ……
んなこたぁねぇよな……? 俺ですら気持ち悪かったしよぉ……。」
パルテオンは乾いた笑いで賢者を見つめ「まさかな……」と眉を下げた。
が、セラはそっと首を左右に振り、一人だけ何かを悟り、項垂れた。
(ああ……パルテオンさん。 フラグです。 お疲れ様です……賢者様……。)
その後、バルタザールの準備も無事に終え、一同は出発に向けて、歩きだす。
転送する姿を見られない為の対策を取らなければならず――
念の為に全員で門を抜ける必要があったのだ。
だが、転送前に早速問題発生――賢者の彼は、想像以上の脆弱な体力。
歩いて三分ほどでバテる上、歩行速度もすこぶる遅い……否、遅すぎたのだ。
これでは大図書館すら抜けられないという、残念な有様。
肩で呼吸を繰り返し、聖女に背中をさすられる情けない姿を晒す賢者。
「さて!!早速困りました! どうするのっ!これ、僕たち、進めないよ!」
ノアは困ったように頬を膨らませ、眉を寄せ、がっくりと肩を下げる。
「んー。合理的に行くんじゃったらさ、もうバルちゃんさ、抱っこしてもらい?
パルちゃんとかノアちゃんなら、楽勝っしょ。」
ジトっと視線をバルタザールに向けるルル。視線の先の賢者は――青ざめていた。
だが、有無を言わさない全員の視線に、賢者の尊厳は丁寧に破壊されていく。
ノアの荷物をパルテオンが持ち、手ぶらになったノアが、賢者を横抱きに。
賢者である彼は、顔を両手で覆い、肩を竦めさせ、勇者に運ばれるという――
一種の拷問のようなスタイルで、大図書館を闊歩する事となった。
「す、すっごく目立ちますね……私なら、恥ずかしさで……死んでしまいます。」
「んだな……こりゃぁ……あんまりにも……おう……。
でもなぁ……賢者のヤロウ、体力が無ェどころの騒ぎじゃなぇしよ……。」
ノアは全くといっていい程気にしておらず、賢者を横抱きに抱え、進んでいく。
しかしながら勇者が賢者を横抱きにするという異常事態だ。
人々の視線は彼らに釘付けで、大図書館内部ですら、注目の的。
ヒソヒソと噂話の的になる彼らだったが、どうしようにも無かった。
やがて街を抜け、門を抜け、ようやく人目のつかない場所まで辿り着き――
街の喧騒が聞こえなくなるような距離へと到達し、賢者を地面へと下ろすノア。
ルルが懐から羊皮紙を取り出し「準備はー?」と全員に声を掛ける。
「大丈夫だ、問題ない。」と騎士が軽鎧を叩き、ノアはただ頷く。
賢者は――無言で顔を下げるが、問題は無いのか、小さく「はい…」と答えた。
セラは胸の前で指を組み「ふう」と一息着き、転送前の準備。
「はい、私も大丈夫です。 ルルちゃん、お願いします。」
セラの声を合図に、ルルが指に火を灯し、スクロールに火をくべる。
点火された羊皮紙は、たちまち灰となり周囲に漂い、眩しい光が一同を包んだ。
勇者たちの身体は宙を漂い、不快な浮遊感が身体を襲い――
一瞬のうちに交易都市の土地へと、転送されていった。
◇ ◇ ◇
交易都市の小高い丘に聳える白亜の屋敷――ニヴェイシア邸宅。
かの幽玄の白雪が根城にしている屋敷の朝は、とにかく早い。
寝起きと共に、一息つき、顔を叩き気合を入れ、身体を慣らす。
黒と白に彩られた、整然とした女中服を整え、袖に手を通し――
身だしなみを整え、もう一人の女中の部屋へと向かうリリア。
「アイリス姉さーん、もう起床のお時間ですよー?ほらほらー!
起きてくださーい! 起きないと、また旦那様からのお小言が煩いですよっ!」
そう言いながら、女中の一人であるリリアは、躊躇いなく布団をめくる。
アイリス姉さん――そう呼ばれた人物は【加護】の影響で寝起きがすこぶる悪い。
部屋着姿で「もうですか……」と呟き、眠気眼をこすり、無理に身体を動かす。
長い丈の女中衣装を身に纏い、髪を結い、キャップを被り、身だしなみを整える。
そうして身支度を終えた後、ニヴェイシア家の使用人全員が集結した。
中規模の部屋へと集うが、全員といっても、少人数だ。
ニヴェイシア子爵の従者兼、使用人長である、完璧超人・老執事エルドリック。
彼の【加護】はかなり珍しいものらしい。しかし、その全貌を知るものは――
この屋敷の主以外おらず、エルドリックと言う人物は、謎が多い。
メイドのリリア、アイリスの二名……彼女らは姉妹だ。
ニヴェイシアの屋敷に雇われたのは割と最近で、所謂新参者。
リリアは珍しい【加護】を所持しており、対象的に姉は俗に言う“ハズレ枠”
そして、庭師のシリル。料理番のカミル――計五人で屋敷の切り盛りをしていた。
正直五人では骨が折れるが、それを補って余りあるほど、使用人長は優秀なのだ。
彼ら彼女らにとって、五人で切り盛りするというのは日常に過ぎない。
ゆえに、誰一人として気にせず、日々を過ごしているのだ。
使用人長・エルドリックはいつも通りの口調で、全員に短く伝える。
「では……皆様。 いつもと同じように……
何か変則的な事態がございましたら、私めまでご報告を。」
皆が静かに頷くと、それぞれの持場へと、颯爽と散っていった。
メイドのアイリスの業務は、掃除や洗濯の他に、来客対応なども含まれる。
掃除のため、各部屋を回っていたが――その道中、屋敷の主とすれ違った。
彼は毎度、なにかしらの軽口を叩く。故にアイリスにとっては正直疎ましい。
「今日はちゃぁんと、起きてお仕事してるネェー?
アイリス~? 偉いえらーい ヒヒッ!」
「おはようございます旦那様。 本日も大変、お顔が麗しゅう。
お顔が輝きすぎて、視力が下がりそうでございます。」
皮肉は皮肉で返すもの。それは、屋敷に連れられて以来、身につけた知恵。
当主の彼は、残念な事に皮肉には慣れている為、いつもの胡散臭い笑顔のまま。
「でっしょぉ? キミたち姉妹は、気にならないみたいだケド……。
キミたちのご主人様ってば、外じゃとーってもモテモテなんだヨ? ヒヒッ!
あの“幽玄の白雪”に仕えてるって、名誉だしー? 自慢しても良いヨ?」
アメトリクスという男――この男は、アイリスたちとは違う種族だ。
人間とは異なる種族で、俗に言う“魔族”と言われる血が半分の半魔族。
彼の言葉とおり、確かに容姿は整っており、線が細く、儚くも美しい姿。
嫌に人目を引き、実際に彼へアプローチをする貴族の婦人は多いと聞く。
この屋敷の主は、自身の美麗さを武器に、いつでも胡散臭い微笑を浮かべている。
だが、アイリスの瞳に映る姿は――笑顔の裏に本性を隠した孤独な青年。
溜息を吐き出し、さっさと業務に戻ろうとするアイリス。
そんな彼女に対し、屋敷の主は、にこやかな笑顔で歩みを寄せる。
あまりにも“気持ち悪いほどに完璧な笑顔”の主人の顔に、眉を下げるアイリス。
彼に仕えてまだ数年程だが、なんとなくの勘で、面倒事だと悟った。
しかし無視するわけにも行かず、話しを聞いてみれば案の定――
『香水の開発について、意見が欲しい』という、仕事と無縁の相談事。
深々と溜息を吐き出し、仕方なく彼に付き合う。
アイリスの【加護】は【超睡眠】というもので、どういった【加護】か――
説明するまでもなく、人より多くの睡眠を必要とするもの。
故に彼女自身、自身に与えられた【加護】は“ハズレ枠”と認識していた。
【加護】の影響も相まって、彼女にとって時間は貴重極まるのだ。
そして開発した香水に関する意見などという、至極どうでも良い事柄の相談。
何が彼をそうまでさせているか、アイリスには理解できないが――
アメトリクスという男は、極度の綺麗好きで、毎朝の入浴も欠かさない。
匂いにも細心の注意を払い、その執着ぶりは、異常だと思える程。
彼の異常と思える行動でも“お願い事”に付き合うのには理由があった。
それは――こういった“お願い事”に付き合えば、その分給金が弾む。
掌の上で転がされているようにも感じるアイリスだったが……。
だが、あえてそれを口にするような事は、無い。
と言うよりは、口にする程でも無いものだと、アイリスは割り切っていた。
香水や香油の調剤や調合は、主に薬草園にて行われる。
屋敷の見回りも兼ね、道中は部屋を転々と見て回るが、その途中――
立ち寄った調理場で、芳しい香りがふわりと漂う。
調理場を任されているカミルが、何かしらの食事準備をしているのだろう。
アイリスとアメトリクスは互いに顔を見合わせ、調理場へ侵入。
匂いだけは大層良いのだが、彼が作る料理の味付けは、個性的が過ぎた。
カミルという男は、味覚が少々、終わっている節がある。
故に、味見をしなければ、毎度大変な目に合う。
屋敷の主は、鍋で煮込まれている野菜のスープを味見するが「ヴェ。」と一言。
「チョット味が濃い。 具体的に指摘するなら――超しょっぱい。
コレ、どこの人向けの料理カナ? キミ含めた全員、塩分過多になっちゃう。」
「すんません旦那さん! 俺、前超汗流す仕事してたもんで!!
だから俺、自分じゃ塩味の濃さが分かんないんすよ!!」
――それは、完全に彼の言い訳。彼は、酸いも甘いも何かしらズレている。
だが、そんな事を今更指摘しても仕方がないというもの。
あえて口に出すことはなく、アイリスは深々と溜息を吐き出し、袖をまくる。
屋敷の主と共に、手早く味を直し整え、整えた後に部屋を足早に去る。
急ぎ足で薬草園へと向かうが、中庭の道中、魔法を使用し水やりを行う人影。
庭師兼、警備係のシリルが、庭園の手入れの為、魔法を使っていた。
この屋敷の従業員は全員知っているが、シリルは“魔力持ち”なのだ。
水やりに夢中になっていた彼だったが、視線は自然に二人へと向かう。
彼は気がつくと、明るい笑顔で手を振り、屋敷の主とアイリスに駆け寄った。
「アイリスさん!さっきぶりっす! 旦那様とご一緒ですか?
珍しいっすね! 庭園にご用事すか?」
「やあシリルー。 今日も元気で良いネ。 香水の試作品を見て欲しくてネ。
こういうのってサー、女性に聞いたほうが良いデショ?」
シリルの質問に対し、屋敷の主は軽い口調で腕を広げ、微笑を浮かべる。
庭師の彼は「納得っす!」とだけ返し、庭園へと戻っていった。
そうして、ようやく薬草園へと入室を果たすことができた二人。
調剤室へと足を踏み入れ、早速、調合したという試作品を確認。
香水の瓶を開け、一滴ほど紙片へ落とし、アイリスが香りを確認。
アメトリクスが調合する香水は、心を落ち着かせる物が多い。
何故か彼は、落ち着かせる匂いの物を作る傾向にある。
恐らく彼なりに、胡散臭さを軽減させる為の足掻きなのだろう。
「そうですね。 今回はまた……趣旨が以前と違うように感じます。
これは……どういった感情を引き出させる為に作られたのですか?」
「少しだけ薔薇の香りを立たせ、この鼻につく柑橘系の香りを抑え――
あとは……花?でしょうか。 どのような花が使われているか分かりません。
ですので、なんともいえません。」
屋敷の主は、そう言われる事を分かっていたのか、実物の材料を並べていく。
大輪の薔薇、柑橘の果実、くるんと巻いた花弁が特徴の黄色い花。
「主な材料はブラディアローズ、シトリス、それとこれ……イライラン。
配分率は――で、今回は薔薇とこの黄色い花が主軸だネ。 どお?」
それぞれの匂いを改めて確認し、奇譚のない意見を伝えるアイリス。
当主の彼は、満足そうな微笑を湛え、アイリスに感謝を伝える。
その微笑は、胡散臭さの抜けた優しい微笑――思わず、目を見開くアイリス。
「キミみたいな真っ直ぐな意見をくれるヒト、僕は好意的に思うヨ。
付き合わせてゴメンネー? アリガトー。 ゆっくり休んでネ?」
彼はそれだけ伝えると、アイリスの眼の前に広がる景色は、瞬時に変る。
気がつけばそこは、使用人の休憩室だった。
屋敷の主は、自身の固有能力である“転移系”魔術を行使し――
時折こうして、転送で強制的に休憩を促されることがある。
アイリスは主人から許された、つかの間の暇を満喫する為、息をつく。
机に整然と並べられた茶菓子と、冷めたティーポットに手を伸ばす。
すると扉が開かれ、休憩室に、何も知らない妹のリリアから声が掛かった。
「あれ? アイリス姉さんっ! お仕事は? 休憩ですか?」
妹リリアに事の経緯を簡単に説明し、二人分の茶を用意するアイリス。
やがてリリアは納得した表情を浮かべた。
「なるほどっ……! だったら、姉さんと一緒に休憩だねっ!」
メイドの姉妹は穏やかに、二人でかけがえのない時間を過ごすのだった。
――使用人たちは、勇者たちの帰還を、まだ知らない。




