頁:61 その【賛美】聖女の重荷につき。◆挿絵有り
騎士が咲かせようとした恋の花は、天然の勇者が呆気なく爆発させ――
あらぬ方向へと話が転換しようとしていた、同じ頃。
神殿へと赴いていた【聖女】だったが――
その日は偶然にも、建物の崩落事故が発生したとの事だった。
彼女は神官に連れられ、教会へと足を運ぶ。
大勢の怪我人が教会へと運び込まれ、治療のために駆けつけていた。
教会の床には、布が敷かれ、慌ただしくシスターたちが手当を施す。
神殿から駆けつけた他の神官たちが必死に〈治癒の祈り〉を祈っていた。
セラがその場に駆けつけた事で状況は一変し、どこからとも無く上がる声。
それは、彼女に救いを求め、嘆きながらも懇願する数多の言葉たち。
凄惨な光景ではあったが、セラは眉一つ動かさず、周囲に微笑を向ける。
「どうか、安心してくださいませ……私が来ました。」
セラが澄んだ声を落とすと、声はぱたりと止み、静寂が訪れた。
彼女は錫杖を持ち、部屋の中央へと立つと、瞳を閉じ、祈りに集中。
「天にあらす我らが主よ、星の巡りの元、深き慈愛の雫を今此処に……
我らに平穏の癒しを分け与え給う――《ルメン・サナティオ》……!」
祈りの言葉が紡がれると、部屋を満たす淡い金色の聖光――
セラ自身の身体から溢れ出す虹色の粒子が、次々に怪我人へと降り注ぐ。
たちどころに癒しを与え、重症者の呼吸も落ち着きを取り戻していった。
【聖女】は錫杖を掲げたまま、静かに目を閉じ、祈りを捧げ続ける。
癒しの聖光が落ち着き、人々の表情が険しいものから安堵へと変わり――
やがて、セラに対する賛美の言葉が、彼女へと降り注ぐ。
涙ながらに感謝を伝える人。感激に言葉を失う人。
感動し、感極まり叫びだす者まで現れ、セラは困ったように眉を下げる。
それでも微笑は絶やさず、一人一人悪い所は無いかを尋ねて回った。
人々を慈しむ有様は“慈愛の乙女”“奇跡を呼ぶ聖女”と言われる所以だ。
その場に居合わせていた一人の神官が【聖女】の姿に感涙。
神官は、涙を零しながらも、周囲に響き渡る声で語った。
「御覧なさい!【聖女】様の御力は本当に偉大なのですッ!!
我ら凡庸な神官の〈治癒の祈り〉を見られましたでしょう!?
我らであれば、光ったとしても、せいぜい淡く輝く程度なのです……」
「されど【聖女】様は違うのですッ! あの金色の神なる輝き!
あれはまさしく、浄化神の御力に他ならないッ! おお、神よ……!
これほどまでの、神々の寵愛を受けし御力をこの目で拝めようとは……!」
「我々は、此度のヴィオラの【聖女】と時代を共にできる事ッ!
感謝せねばならないのですッ! これ以上の幸福がありましょうかッ!」
腕を大げさに振り上げ、如何に聖女が素晴らしいか、説き伏せるように語る姿。
その神官の姿は、神々そのものより、まるで聖女を崇拝しているようにも映った。
セラは虫の居所が悪くなり、苦笑を浮かべているが――
彼女の反応をよそに、周囲の人々は神官に賛同するような盛り上がりを見せた。
「【聖女】様の奇跡をこの目に収められたこと……創造神様に……
いえ、神々に感謝せねばなりますまい……! おお……主よ……!」
「なんと尊いことか……!年端もいかぬ少女の身であるにも関わらず……!
その慈しむ御心に触れられたこと……誠幸福の限り……!」
彼女はただ《快癒の祈り》を祈っただけなのにと、内心で焦る。
沸き立つ人々の感嘆の声は、彼女にとっては重荷そのものだった。
困ったように目を伏せると、小さく微笑み、その場に居る全員に言葉を届ける。
「どうか、落ち着いてくださいませ、皆様……。」
深呼吸をし、なるべく柔らかく微笑み、胸の前で錫杖を持ち直す。
「私は、神様方から御力をお貸し頂いている身……過分な評価を頂けること――
このような私に、誠に光栄に存じます。 ですが……」
「人々が信仰を絶やさぬ限り、神様方は必ず私たちに寄り添って下さいます。」
錫杖を変形させ小さくし、首飾りへと戻し、再び口を開くセラ。
「私だけでは無いのです。 神官方もまた、同じなのです。 どうか――
どうか、その事をお忘れなきよう、お願い申し上げます……。」
だが、セラの謙虚な姿勢は、この場においては無意味だった。
それどころか、人々の心を強く打ってしまう程。
人々はまるで、神でも崇めるようにセラに感服していった。
事故で傷ついた人々を癒したはず――だったのに。
また新たな事故でも起きそうな程、沸き立っている周囲。
セラはかえって恐怖を覚え、自身は来ないほうが良かったのでは?と――
そう考えずにはいられず、小さな溜息を付き、気を強く持ち直す。
「お怪我をされてる方は、もういらっしゃいませんか?
体調が悪い方も、どうぞ遠慮なくお声掛け下さいませ。」
崩落した建物にいた怪我人は、此処に居る全員だと言う話だった。
セラは言葉を聞き、肩を下げ、教会に断りを入れ、その場を後にするが――
最後まで、神官や人々からの感謝の言葉は止まなかった。
笑顔で見送られ、勇者たちの待つ大図書館へと足を向けるセラ。
《祈り》の行使による疲労は無かったが、気疲れがひどく、帰り道に溜息を一つ。
そんな道中――ふと背後に視線を感じ、振り返るが何もない。
空気の流れが変わったような、視線を浴びたような――
不可解極まる不快感を、背すじに感じたが、周囲を見渡しても分からなかった。
(先程、目立ちすぎましたものね。 偶然誰かに見られていただけやも。)
「きっと、私の気にしすぎなだけなのでしょう……。」
小さく呟くが、それでも不安は拭えず、駆け足気味に皆の元へ急ぐ。
ただの杞憂だったのか、それ以降は特に何事もなく、皆の元へたどり着いた。
しかし、セラの胸中では、言いしれない不安の種が芽吹いていた。
◇ ◇ ◇
それから数日後――
皆は、すっかりおなじみとなってしまった大図書館へと赴いていた。
其々が出発準備と、相談の為に、一室へと身を寄せているところ。
修理が終わった魔道具を、賢者へと返却し、ルルは新しい短杖を掲げる。
彼女は輝く瞳で短杖を握り、大層嬉しそうな調子で自慢げに声を上げた。
「短杖できた! 魔力伝導率と、属性の相性にも拘ったんよ!
ただちょい――値段が張ったんよね。 めんごー。」
「請求はあのうさんくせー子爵ちゃんによろ。 きっとあいつなら出すぜ。
あたしが保証する。 ふっふーん」
彼女が新調した短杖は、どこか彼女らしくもある、不思議なデザインだった。
まるでトランプを模したような彼女らしい形状に、セラの心は弾む。
「えっと……それでね、お話し合いの結果……ヴェルカナの調査も兼ねて!
一旦ヴァルメリアに戻ることは、伝えたと思うんだけど――
バルタザールも、一緒について行く事になったんだっ!」
大図書館の一室にて、五人で集まり、ノアが切り出す。
どこか楽しそうな声色で語るが、彼の表情は途端に暗くなり陰りを帯びた。
やがて「んー……」と唸り、必死に考え込む様子を見せ――
そんなノアの様子に、パルテオンが助け舟を出すように言葉を洩らした。
「交易都市に戻るのは良いんだがな、賢者は無理あんだろ。
この辺、まだ話し合ってねぇけどよ、司書の仕事はどうすんだ?
ほっぽりだす訳にも、いかんだろ?」
「大図書館の司書の仕事、禁書庫の管理……おめえさんが留守の間――
誰かに任せるのか? 唐突に“居なくなります”じゃ、困りもんだろ。」
するとバルタザールは『ズバッ』と、音が立ちそうな程の挙動で挙手。
「その辺りはお任せをッ!! すでに、休暇は貰っておりますゆえッ!!」
パルテオンはちらりと賢者に視線を移すと、大層な溜息を吐き出した。
「休暇か……それは良いんだけどよ。 俺は、これが一番心配してんだ。
賢者さんよ、おめぇさん……馬車、乗れんのか?」
パルテオンの疑問に、全員が項垂れる。
ノアは考えすぎた故か、目をきゅっと瞑り、腕を組んで長考の姿勢。
セラが控えめに挙手をし、全員の顔を確認した後、小さく提案。
「あの、馬車での移動でしたら、私が随時《浄化の祈り》をかけるのは……?」
「それじゃおめえさんの身が持たんだろ。 賢者の体調次第だがよ――
おそらく数分持たずしてバテるぜ、ありゃ……」
良案だと思っていたが、賢者の脆弱さを考慮すれば、至極当然の意見。
賢者含めた皆が「うーむ」と唸る中、唐突にルルが「あっ」と声を洩らす。
全員がルルに視線を向けると、彼女は懐を漁り、一枚の羊皮紙を広げた。
「わりー!完全に忘れとったんじゃけどさ……あたし――
子爵ちゃんの屋敷行きのスクロール、もう一枚持っとったわ!
スクロールだけに“直ぐ転がる”……ってな。 わーはは。」
一瞬の沈黙を置き、次いでバルタザールの絶叫が響いた。
「(直ぐ転がる…?はて、小人族なりの冗談ですかなッ…?)
な、なななな……なッ!!! ス、スクロール、ですとッ!?
エッ!? そちら、ホンモノでッ!? ウッソでしょぉッッ!?」
賢者はルルの手に持たれている羊皮紙をまじまじと見つめる。
驚愕の眼差しを向け、すぐに謎の動作を開始した。
先ず、眼鏡を外し、丁寧に拭き取ると、掛け直し、押し上げ――動作を繰り返す。
数回ほど同じ動作をし、確認が終わったのか、ようやっと声を落とした。
「スクロールとはッ!!エルフ族に伝わる失われた技術とされておりますッ!!
諸説あり、魔族の技術とも言われていたりとッ!!謎多きモノですッ!!
迷宮で見つかった等の報告もある希少な“宝”と――」
「そう言い伝えられているモノですッ!!! ええッ!?
どうしてスクロールを所持なさっているのでッ!?一体どのようにしてッ…!」
賢者は興奮冷めやらぬ様子で、ルルの手に握られた羊皮紙に顔を近づける。
匂いを確認し、頬ずりをしているのだが、若干――かなり気持ちが悪い。
ノア、パルテオン、ルルは、ニヴェイシア子爵が作成した事実を知らない。
この場では、セラのみがしる事実ゆえに、彼女は逡巡――
今の賢者に、その事を伝えるのは辞めておこうと判断し、口を噤んだ。
「ええっと、これはアメトさんが用意してくれたものなんだ。
えっと、たしか……ニヴェイシア邸のお庭に転送……だったよね?」
「せやー。 子爵ちゃんって、百年は人間と過ごしとるって言っとったよね?
文献漁ったら、魔族の寿命って無いって話なんじゃろ? しらんけど。」
ルルはバルタザールからスクロールを離し、ジト目を向け、言葉を続けた。
「諸説あるかもしらんのじゃけど、魔族関連とかじゃったらさ?
昔の魔族が作り方知っとるとかなんじゃね? ま、適当言っとるけど。
今の時代じゃ貴重品なんじゃろうけど、魔族からしたらそうでもないとか?
「……てか、エルフの精霊術に似たようなモンあるしなー……
貴重品って言われてもぱっとせんわー…スクロール…羊皮紙…。
――神っとる紙ってな。」
ルルは本人が言っている通り、彼女は適当な事を口走っていた。
しかし何故か彼女の発言は「成る程。」と言わしめるような説得力があった。
賢者は眉を釣り上げ、鼻息を荒くし、パタパタと駆け出すがしかし――
駆け出してから、僅か五歩程で息を切らしてしまった。
「ゼェッ……ゼェッ……!じゅ、準備をッ!させて、頂きますゆえッ!!
自室に……少々、お時間をいただきたくッ!!!ぞんじッ……」
そういった彼は、よもや這うように部屋を出てしまい、皆を置き去りに。
あまりにもな光景に、皆はぽかんと、賢者を見送るしか無かった。
「とりあえず俺らも準備だな。 まだ滞在するかと思ってよ――
宿ももう一泊分残ってるしな。 さて、俺らは宿か?」
パルテオンの言葉に、ノアが同意し、彼らもまた部屋から居なくなった。
セラとルルが大図書館の一室にて取り残され、二人きりに。
ルルはキョロキョロと辺りを見渡すと、机に駆け寄る。
賢者が置いていったであろう魔道具のつまみを回す。
たちまち緑色の光の膜が広がり、それと同時にセラへ視線を投げた。
「なーなー! セラちゅわーん、また子爵ちゃんとこ、世話んなるな!」
「なっ……!ルルちゃん、また閣下にお薬を盛るつもりですかっ!
もう私、ルルちゃんの尻拭いのための浄化はいたしませんので!」
「次はきっと貞操の危機です!!ルルちゃんに責任取ってもらうんですから!」
ぷいとそっぽを向くセラに対し、ルルは彼女の視界に映るように動き回る。
「えー? でもさ、こないだやったって、言っとらんかった?
一回も二回も変わらんじゃろー?」
ルルの言葉の違和感に気が付き、セラは深く思考を巡らせる。
自身は以前、なんて言っただろうか?と思い出そうと、眉を寄せた。
(ルルちゃん、何を勘違いなさってるんです?私、確かあの時――)
(《浄化の祈り》をじっくり……痛みがないように丁寧に……???)
合点がいったと同時に、ぶわりと顔から熱が放たれた。
そんな彼女を、ルルは楽しそうな瞳で見つめ、彼女へと滲み寄る。
「ちょっと!勘違い、勘違いです! あの晩は本当に!!
本当に何もしてませんッ! 丁寧に浄化を祈っただけなのですッ!!」
「えぇー…?折角あたし、頑張って“秘薬”を作ったんに……?
ほんまに……なーんも……おきとらんのんかー……?あーーん……?」
ルルの紅い瞳がじっと――セラを見据えるが、セラは数歩身を引いた。
(記憶……の断片は……? はーん、これはこれは……っておい……)
(まじでなんも起きとらんじゃん……つまんねー……)
やがてルルはつまらなさそうにセラから目を逸らし「ほーん」と零す。
相変わらず無表情で、彼女の表層からはなにも分からない。
だが、瞳の色に宿るのは好奇一色で、セラは余計に顔を歪めた。
「な……なんなのですか……?ル、ルルちゃん……? 怖いっ……!」
ジトりとした目を向け、ルルはセラへ身を寄せ――
そのままおもむろに、セラの全身を隈なくぺたぺたとチェック。
「一体なんなのっ……! ちょ、ルルちゃんっ……!? んっ……!」
セラはルルを制止しようと手をバタバタと動かす。
しかし予想以上にすばしっこいルルは、なかなか捕まらなかった。
「ちょっとっ! どうして執拗に脇腹を攻めるのですかっ……!」
小人族の彼女は、自身の背の丈を利用し、セラの脇腹を撫でに撫で回す。
大図書館の一角にひっそりと咲く、乙女の花園。
その園は、実に華やかで艶やかに――怪しくも可愛く咲き誇っていた。




