頁:59 その【迷宮】絶景につき。◆挿絵有り
一層目。じめじめとした湿り気を帯びた洞窟のような空間。
外観からの見た目通り――むき出しの岩肌がどことなく冷たい。
時折、天井から水滴が落とされ、不気味な「ポチャッ」という音が響く。
現れる魔物たちは比較的大人しい種類のスライムや王鼠。
至って平凡な魔物たちばかりだったが、依頼主は真剣な表情で記録を記した。
「ふむ。そうですね……一層目はやはり特段変わった様子は見られません。
さて……一層目は狭いので、これ以上の探索は無意味です。」
「私が案内しますので、この先の下層へと下りましょう。」
『迷宮・アビサルエローですなッ……。 念のためにご説明をば……。』
『一階層目はスライム、王鼠――二階層目からですと――
蝙蝠型の魔物『プテロプソス』や蛇型の『マグセルペンス』……。
以上の魔物の出現が確認されており……二階層からはやや危険度が高く……』
『油断しないに越したことはない……かとッ……。』
魔道具越しに響く賢者の声は、いつになく真剣かつ控えめ。
勇者たちはリュシアンの案内のもと――下層へと下っていった。
二層目。下り立った瞬間から見た目が様変わり。
まるで廃校のような……人工物と疑いたくなるような見た目。
視線をあちこちに移してみれば、天井に張り付く蝙蝠型の魔物。
しかし、聞いていた話とは違い、魔物たちは大人しく――
襲ってくる様子は見られない。
「ふむ――二層目も魔物自体はいつもと変わりはありませんね……。
ですが、用心に越したことはありません。」
「申し訳ないですが、もう少々探索を……。」
リュシアンの頼みを受け、全員で探索をしたが、驚くほどに何も起きない。
どれだけ警戒をしようが、魔物たちは勇者に恐れをなしているのか。
まるで襲われる気配もなく、難なく二層目の探索も終わってしまった。
「これだけ襲われないのも珍しいですね……。」
「それでは、三層目に参りましょうか。皆様驚かれることかと思います。
三層は最下層に位置しますが……なかなかの絶景なんですよ?」
「どんな絶景が待っとるんかねー?」
「油断するんじゃねえぞ?ルル。気を引き締めてかかれ。」
軽い会話を交わし、リュシアン案内のもと、勇者たちは三層目へ。
階段を下る前から感じていた、空気が濃密になる気配――
そして――下りた直後から一同は驚愕することになる。
アビサルエロー迷宮・その最下層。
最下層に広がる光景はまさに絶景。岩肌の地面に生い茂る植物。
風などは吹くはずのない地下深くであるはずだが、葉擦れの音がひしめく。
さわさわ……と、不気味な音がどこからともなく聞こえてきていた。
天井に輝く幾つもの鉱石。煌々と木々を照らし出す光景。
美しい景色に皆言葉を失い、あの賢者ですら黙していた。
時折羽ペンを滑らせるような音が響いてくるのだが、それだけ。
「この階層は普段でしたら二足歩行の魔物であるコボルドの他――
見た目が少々……女性には好まれないキトレプスといった魔物が出現します。」
「どちらも群れをなす魔物でして、ここ数年ほどは落ち着いていますね。」
「この迷宮は成長途中という研究があり――……っと。」
「ひとまずは主部屋へと向かいましょう。 皆さまはぐれないように。
この階層は、一度迷えば不可思議な力が働いて迷いの森へ変化しますので。」
最下層に広がる森の中を、リュシアンの指示のもと進んでいく一行。
彼の案内で、主部屋とやらにはすぐに到着した。
その主部屋とやらに扉はなく――代わりにあるのは一本の道。
狭い通路の先が主部屋だということらしく、先へと進む一行。
やがて――開けた空間へと出たが、皆一様に表情が引き締まった。
そこにいたのは魔物を象っていながらも明らかに異質な存在たち。
首から上を失い、胴体だけでずるずるとうねる白色の蛇。
体長がおおよそ人の顔ほどはあろうかという巨大な蜂。
尾の先端が刃のような鋭さを持った、四つ尾の猫型の影。
どの魔物にも共通して言えるのは――顔が虚空のように穿たれている。
虚空の闇からは黒い泥が滴り、瘴気を散らす。
ボタ……ボタ……と、溢れ出る汚泥は地を腐食させ、耳障りな音を立てる。
「ひッ……!おかしいッ!!こんな魔物ここにいるはずがありません――ッ!」
「来るよ――ッ!」
聖剣を抜き放ち、依頼主を庇うように前へ躍り出る勇者。
勇者一行と『異形たち』との戦いが、いま幕を開けた――




