頁:58 その【依頼】調査につき。
さすがは高級宿。
早朝、スッキリした目覚めで起床することができた勇者一行。
彼らは早々に身支度を整え、宿を後に――冒険者ギルドへと向かっていた。
「高級なだけあって、とってもいい睡眠がとれたねぇ!
みんなはどうだったかな?僕はばっちり眠れたよぉっ!」
「あたしもめちゃ眠れた!また泊まりたいねぇー!」
早朝という時間帯ではあったが、街はすでに活気づいた様子。
ところどころ聞こえてくるのは、人々の話し声や荷物を運搬するような音――
これから訪れるであろう不穏な空気など、微塵も感じさせない。
清々しい気持ちで冒険者ギルドへと到着した勇者たち。
受付嬢に促されるまま、廊下を進み、案内された一室。
そこは――小会議室のような小部屋。
扉を開けた先にはすでに一人の男性の姿。
ソファに腰掛けていた男性は、勇者たちが入室すると同時、立ち上がった。
深い紺色のジャケット。柔らかな微笑が印象的な人物だ。
妙齢にも見える男性は、恭しい一礼で勇者たちに挨拶。
「お待ちしておりました、勇者一行の皆さま方。まずはお礼を――
依頼を受注してくださいまして感謝いたします。」
「私は――『リュシアン・クロイツ』と申します。 以後、お見知りおきを。
ヴァルメリアの議会と縁のある者でして……。」
彼は自己紹介をほどほどに、勇者たちへ依頼の詳細を伝えていった。
依頼は学術的な調査の一環のためであること。
近頃、変種が見られるようになったこともあり――
それゆえの依頼だということ。
迷宮へと赴きたい理由は、あくまでも調査のため。
戦闘はなるべく避けるが、それでも迷宮。何が起こるか分からない――
そのため、万一に備え手練れの護衛を募集したとのことらしい。
礼儀正しくとても落ち着いた声音ではあったが……どこか切迫したような。
彼は瞳を細め、一息つき――再び勇者たちへ語りかけた。
「ご存知でらっしゃるかとは思いますが……交易都市近辺――
この地域は気候も比較的穏やかで、魔物も大変大人しいです。」
「街の者たちも今は平和を謳歌しておりますが、ですが……。
どうにも妙に感じてしまっておりまして。」
「胸の奥に拭えぬ不快感があり、迷宮になにか潜んでいるのでは?と。
私の杞憂であれば幸いですが――……。」
依頼主は不安そうに視線を泳がせており、言葉は重く沈んでいた。
「わかりました。
あなたの不安を見過ごすわけにはいきません……っ!」
「僕たちが、あなたの調査を全力でお手伝いさせていただきます……!」
◇ ◇ ◇
その後――簡単な打ち合わせをし、迷宮へは馬車で向かうこととなった。
近隣とはいえど、交易都市から迷宮までは距離がある。
早ければ数十分、遅ければ一時間ほど掛かる距離だと説明された。
「調査だけって話なんだよね?荷物……このくらいで足りるかな?」
「迷宮の規模にもよるだろ。たしかそんな大規模な迷宮じゃなかったはずだ。」
かくして、依頼主の手配した馬車に乗り込み、迷宮へと向かった勇者たち。
やや緊張が奔る馬車の中、響いてくるのは賢者の言葉。
『失礼ですが――ッ……皆様方。』
『どうか――ワタクシの預けた片眼鏡をかけてくださいませんかッ……!』
何事かと話を聞いてみれば、どうやら片眼鏡は映像を届けるものだそうだ。
装着者の視点の映像を、賢者の持っている魔道具へ伝えるといったもの。
簡単な話し合いの末、片眼鏡はルルが装着することに。
のどかな丘陵地帯を抜け――遠くに見えてくるのは小さな森と岩山。
まるでぽっかりと空いた裂け目のような闇。
その闇こそが、今回の目的地である迷宮・アビサルエロー。
「ほいじゃ賢者ちゃん……あたしがモノクルかけるけー。
ちゃんと分析と解析、よろ。 なんか違和感あったらすぐ伝えてなー」
『お任せくださいッ……!』
賢者の声はいつになく真剣な響き。彼の様相に皆の気持ちも引き締まる。
迷宮の周辺はしんと静まり返っており、何が待ち受けているのか分からない。
岩壁から吹き抜ける風で、ぞわりと総毛立つような感覚。
「ここがその――調査する迷宮……なんですよね……?どんな構造なの?」
「この迷宮は三層構造で、小規模の迷宮です。」
「数年に渡って調査をしてきましたが、これまで個体数、種類共に――
大きな変化はありませんでした。 ただ……ここ最近のことなのです。」
「妙な個体が混ざるようになっておりましてね……。」
妙な個体。その言葉に引っかかりを覚えたのは、勇者だけではない。
そこにいる全員が不審に感じ、思わず口を挟み、質問を投げる聖女。
「――その妙な個体というのは、どのような個体なのでしょうか……?」
「ああ……顔に穴のようなものが……異様な姿の魔物がちらほらと。
私とて様々な魔物を見てきましたが……あれには背すじが凍りました。」
勇者と騎士が視線を配り、小さく頷きあった。
「リュシアンさん。ひとつ伺わせてください。
黒い靄みたいなのを纏った……黒い石を見たことはありませんか?」
真剣な面持ちでリュシアンへと問いを投げるが、彼は首を横に振るだけ。
短く『いいえ。』と答えると――少しだけ思考した表情を見せた。
「少なくとも私の記録や報告書などには、そのような石の情報は……。」
「そう、ですか……わかりました……。 突然すみません。」
眉間に皺をよせ――考え込んでいる様子の勇者。彼の瞳には不安が宿る。
「とりまさー?こんなとこで尻込みしとってもじゃん?入ってみんと分からんし。
百聞は一見にしかずーってやつ……じゃろ?」
小人族の言葉を受け、一歩を踏み出した勇者。
こうして、リュシアンを連れ、昏い迷宮へと足を踏み入れたのだった。




