その【啓示】は神のものではなく。
硬い寝台で過ごした翌朝。
一同は身支度を整え、早朝から中央の大図書館へと足を運んでいた。
「わ、私、もう駄目かもしれません。 ニヴェイシア邸のベッドが恋しくて――
昨晩も良く眠ることができず……っは! まさか、これは閣下の策略……?」
「わかっけど、多分違ーぞそれ。 でも分かる……朝食美味かったしねー。
布団はふっかふかだし、至れり尽くせりじゃったもんねー?
あたし、もうあのお屋敷に戻りてーもん」
女性たち二人の会話に、男性陣は苦笑を零し、大図書館へと向かう。
巨大な門を抜け、司書へと声を掛けるが、現在賢者は職務だそうだ。
禁書庫には居ないとの事で、仕方なく大図書館の一室を間借りする事に。
以前借りた学業部屋で、賢者を待つこととなった。
「ところで……バルタザールって一体何のお仕事をしてるのかな?
禁書庫を任された司書さん……なんだよね?」
「僕、司書さんがどんなお仕事をしてるのかが分からなくって……」
ノアの疑問に、パルテオンとルルは答えることができず、二人して唸る。
そんな彼らに助け舟を出す形で、セラが口を開き、疑問に答えた。
「主に書物の在庫管理ですね。 学術都市の大図書館は――
学生も在籍してらっしゃいますので、名簿の管理と確認もあると。
そう、お聞きした覚えがあります。 すごく大変だと聞きましたっ……!」
“禁書庫の司書”の業務内容は知らなかったが“司書”の仕事なら分かると。
パルテオンがノアとルルの分からない組みに対し、補足し説明。
暫く司書の仕事の大変さについて語っていると、扉を鳴らす音が響く。
とても控えめに扉が鳴らされ、入室してきたのは【賢者】バルタザール。
彼は頬がこけ、目に濃い隈を携えており、とても不健康そうな見た目だった。
「朝のご挨拶を申し上げッ……皆々様ッ……殊の外お早いご登場でッ……。」
メガネを押し上げ、学者のような仕草で腰を掛けるが、驚くほどに張りがない。
一体何事か?と、皆が目を丸くするが、賢者は何処吹く風といった様子。
「ワ、ワタクシッ……司書の業務外にも仕事を抱えておりましてッ……。
研究論文や、自然災害の年表を纏めるような仕事を兼任しておりッ……。
あらためて各国で起こった災害録を纏めッ――昨晩は徹夜をッ、ヌゥ。」
賢者は青白い顔で懐から小瓶を取り出すと、それを一気に煽った。
ゴクゴクと喉を鳴らし飲み込み、すぐさまにシャッキリとした顔つきに。
(この間、市場でみたあの怪しすぎるお薬ではありませんか……。)
(まさか、ご自身で飲まれているだなんて……)
セラの脳内では例の謳い文句が脳内を支配していた。
「――ええ、ではッ! 昨日は時間が無かったゆえ、話し合いが不可能ッ!
ですので、本日に持ち込んだと言う訳ですがッ! 先ず確認をッ――
勇者ノア殿ッ!聖女セラフィーナ殿ッ! 魔道具の修理の依頼はッ?」
「その事なんだけどね、修理の完了は、明日頃になるって。
それと、セラに見てほしくってさ! 昨日探し回って見つけた物で……
えーっと、安眠とか快眠の指輪型の魔道具?だって!」
ノアは言いながら、革袋から箱に丁寧に入れられた指輪を取り出した。
机にぽんと、箱から取り出した指輪を見せ、セラを朗らかな微笑で見つめる。
「セラの瞳の色と、ルルの瞳の色の宝石が可愛らしくって!ほらっ!
効果も、セラには丁度良いかな?って思ったんだぁっ!」
ノアは、知らなかった――煌陽国では、男性から女性に指輪を送る行為。
それは“あなたの事をもっと知りたい”“親密になりたい”という暗喩。
この場で意味を理解しているのは、騎士、聖女、賢者の三人。
彼ら三人は、それぞれ違った色の目でノアの顔を見つめていた。
ルルとノアの二人は、勿論意味を理解しておらず、二人で顔を見合わせる。
何故目の前の三人は、これほどまで、怪訝な目を向けているのか?と。
疑問符を浮かべている様子で、実にあっけらかんとしていた。
「き、気を遣わせてしまいまして……ごめんなさい、ノア。
その、あ、有難うございますね……? えっと、これは私に……?」
問われたノアは、あまりに輝く笑顔でセラの手を取り――
とても自然な流れで指輪をセラの指に嵌め、朗らかな笑みを向ける。
「セラにもっとちゃんと眠ってほしくって買ったものだからっ!
ほら!とっても似合ってる! ふふっ! ちゃんと眠るんだよー?」
唐突の出来事に、セラの思考は追いつかず、引きつった笑みを返した。
やっと出てきた言葉は、小さくか細い「あ、ありがとう。」と、一言のみ。
気を取り直しセラは目を瞑り、呼吸を落ち着かせると、自身の鞄を漁る。
昨日の市場で、格安で譲ってもらった狐面を机に置いた。
白地に、濃い赤紫色の模様が走る、愛嬌が多少感じられる神秘的な狐面。
「私はこれを。 昨日格安でお譲り頂いたものなのですが……。
店主様曰く、神子がどうのと……。 あと北方の国で造られたとも……!
不思議な魅力を感じて、是非賢者様に見ていただきたくて――」
セラの購入した狐面に、賢者は興奮の面持ちで、食い入るように見つめる。
慎重に両手で狐面を持ち上げ、メガネをギラつかせ、唐突に声を上げた。
「こ、コレはッ!! この細かな模様――独特の形状ッ!
動物を模した面ッ!! 間違い、有りませぬッ! これはッ――」
「かの北の大山脈――ラメルノートを越えた先ッ!! 幻の国と名高いッ!
ハクレン国の工芸品でありましょうッ!! なんとッ!!
かの北の国の品物は流通があまりされないのデスッ!!!」
賢者は「おおッ!」と興奮した様子で、狐面を気持ちの悪い手つきで触れる。
その迫力と圧力に、狐面の方がびくりと震えるようにも見える程。
あまりにも煩い賢者に、その場に居た全員が賢者から距離を取った。
「あのッ!興奮しているところ申し訳ないのですが!
賢者様はその国についてご存知ではありませんか?」
語気を強め、賢者へと質問を投げるセラだったが、賢者は肩を竦めた。
申し訳なさそうに縮み上がり、弱々しい声でセラへと返答を返す。
「スミマセヌッ……かの国の記録は秘匿されておりましてッ……!
ワタクシも知るところでは有りませぬっ……お役に立てず……。
誠――誠謝罪の極みでッ!!」
賢者は机の上に膝を乗せ、身を机に投げ出さんとする勢いだった。
土下座でもするような気迫に、ルルが慌てて止めに入る。
「ばきゃろうー、机の上に乗っちゃ駄目じゃろ? はしたねーぞ賢者ちゃんよ。
ほれみんさい。 皆賢者ちゃんに大注目しとるよー?」
ルルの言葉に賢者は「ハッ!」と顔を上げ、乗せていた膝を戻す。
軽く咳払いをした後、恥ずかしそうに大人しく椅子に腰を下ろした。
落ち着いた賢者を尻目に、ルルが安堵の息を洩らし、言葉を続けた。
「んじゃお次はあたし。 短杖じゃけど、無事に頼めたぜー?
んで、制作にちょい時間かかるみたいで、三、四日後くらいに――
また来いって話なんよ。 それまでこっから動けん。 めんごー」
その時、セラの脳内に突如として流れてきた映像。
……それは魔法少女のワンドを、可愛らしく振りかざすルルの姿。
無表情で、フリルたっぷりの際どい衣装に身を包み、強大な敵と戦う彼女の姿。
(???? ……?????)
(どういう事なのですかっ!? これは……神の啓示!?そうなんですね!)
「新しい短杖、とても楽しみですね……! どんな物が出来上がるのか……。
私、とーっても興味があります……っ!」
そして、全員の視線は騎士へと注がれのだが、彼はどこか気まずそうだった。
珍しく筋肉を縮こませ、こころなしか、若干身体が小さくなったような――
そんな錯覚さえ覚えるような騎士の姿に、一同は首をひねる。
「わ、ワリィ……俺はその、いろいろ探した後、肉を……ずっと探しててよ。
特になんもねぇんだ……。」
そんな事だろうと肩を落とす勇者一同。何も分かっていない賢者。
その後、ルルが散歩をしたいとの事で断りを入れ、部屋を後に。
ルルが部屋から出ていき、セラも教会と神殿に顔を出しに行くと言い――
部屋の中から華やかさが消え、残されたのは男ばかり三人。
三人で顔を見合わせるが、ノアが「ふう」と一息付き、語りかけた。
「さてっ! 僕たちはどうしよっか? 本当は色々と調べたいんだけど――
僕は文字が読めないからね……あはは。」
「この大図書館って学び舎もあるんだろ? ならよ……。
聞き込みとかしたら良いんじゃねえか? って思ったけど……ウーム。
んな事、賢者がもうやってるだろうしなぁ。 普通に駄弁るんじゃダメか?」
「こうしてワタクシたちだけになるのも、中々訪れない機会ッ!
この賢者バルタザールめがッ!何か疑問があれば、お答え致しましょうッ!」
そういった賢者は、視線を鞄へと向け、やがて鞄を漁りランタンを取り出した。
以前使用した、防音、遮音の効果がある魔道具のそれ。
賢者がおもむろにつまみを回すと、周囲に緑色の光の膜が広がった。
「これで周囲に音が漏れる心配は有りませぬぞッ!
聞きにくい事、何でも仰って下さいませッ!!」
すると、パルテオンが唐突に真剣な眼差しをノアへと向けた。
やけに声を低くし、大真面目に、勇者の彼に対して疑問を投げる。
「なぁ、ノア。 ぶっちゃけた話すんだけどよ……セラの事、どう思ってんだ?」
騎士の落とした言葉に、賢者は椅子から転げ落ちそうになっていた。
ずり落ちそうになる身体を起こし、体勢を整えた後、軽い咳払い。
ゆったりすぎる動作の後、視線を騎士と勇者へと向け、勇者の言葉を待つ。
ノアはいつもの朗らかな明るい微笑で、首を傾げパルテオンの疑問に答えた。
「え?何が?セラの事? えーと、大事な仲間、だよ? それに――
パルたちも同じ気持ちだよね? うーん……そうだね、しいていうなら……。
セラはいつも何か抱えてて、僕たちに言わないから心配だなって……。」
パルテオンの期待していた返答とは違っていたらしく、ガックシと肩を落とす。
「お、おう。」と小さく唸り、続けてバルタザールへと熱い視線を注ぐ。
「じゃあよ、バルタザールはどうだ? 随分とルルに懐かれてねぇか……?
ぶっちゃけよ、ルルの事どう思ってんだ?」
唐突に振られた話に、バルタザールの整えられた眼鏡がずれ落ちた。
頬を若干染め、手指をもじもじと組みながら、やたらと乙女ぶる賢者。
「どう思っているも何もッ! 気にかけて頂いているだけのように感じマスッ!
それよりもデスッ! ワタクシ、ニヴェイシア子爵に興味がありましてッ!
ワタクシも是非に――同行を願いたいのデスッ!」
強引に話しを逸らし、ノアに助けを求めるように視線を向ける賢者。
天然が爆発している勇者は、露骨な話題逸らしには気が付かない。
「良いねっ! バルタザールがきてくれたら、アメトさん何か喋るかも!
凄いんだよバルタザール! アメトさんって……半魔さんなんだけどね――
とっても良い身体で、手つきがすっごく良いんだ!」
「細身だけど筋肉の付き方も綺麗で、一緒にお風呂に入った時なんて……。
僕、思わず見惚れちゃって! 沢山触らせてもらったんだっ!」
バルタザールは、彼は後悔していた。
何故なら、その様な話しを聞いても、どう返答を返せば良いのか――
彼の知識を以てしても、理解に及ぶことは無かったのだから。
賢者は騎士へと視線を向けるのだが、彼は、視線を逸らしていた。
話について行けなかったのか、はたまた別の理由があるのか、賢者には不明。
意味不明な勇者ノアの言葉に、二人はただ聞き流し続ける他無かった。




